弁護士任官どどいつ集

弁護士から裁判官になった竹内浩史のどどいつ集

合議も組めない 相模原から 大抜擢の 部総括

2024年06月15日 14時18分31秒 | 講演

しばらく空席になっていた仙台高裁民事部総括と名古屋高裁民事部総括のポストが、相次いで埋まった。
私も以前から希望ポストとして挙げて来たのだが、異動の打診は一切なかった。
特に前者は、実質的には在職死亡した小林久起裁判長の後任であるから、人事当局も予定していなかったはずだ。適任者を誰でも選ぶことが可能であった。
そこで、先月末に仙台高裁民事部総括となった倉澤守春判事(写真)と私の経歴等を比較してみよう。
                竹内     倉澤
司法修習     39期              45期
誕生日   1962/10/29   1961/10/8
直前任地     津地裁部総括 相模原支部長
在任年数     3年2か月  0年11か月

これだけのデータからしても、かなり露骨な差別的人事と私には見えるのだが、いかがだろうか。
ちなみに、横浜地家裁相模原支部は、最も新しく設置された支部であるが、合議事件を行わないことになっているので、日弁連や地元市町村から問題視されている。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/228384

したがって、相模原支部長は合議事件の裁判長すら行っていない。
他方、津地裁の唯一の民事部総括である私は、本庁でしか担当しない行政事件や簡裁控訴事件を含めて、常時百件前後の合議事件の裁判長を3年以上も務めている。
その一事をもってしても、全件が合議事件である高裁の裁判長として、どちらが適任なのかは一目瞭然だと思うのだが。