玄文社主人の書斎

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Beth Hart, War in My Mind(1)

2019年07月22日 | 日記

 19日、アメリカのブルース・シンガーBeth Hartから(正確にはBethのファンクラブ事務局から)ニュー・アルバムのアナウンスが届いた。私はBethのファンクラブ会員になっているので、新しい情報は最も早く届くことになっている。ニュー・アルバムのタイトルはWar in My Mind。タイトル曲のビデオもついてきたので、早速聴いてみた。

 驚いた。心底驚いた。ピアノのイントロから始まるが、そのイントロはこれまで聴いたどの曲よりも暗くて悲しい曲調である。こんなに悲しい曲はバッハのカンタータ21番「わが胸に愁いは満ちぬ」以外に聴いたことがない。もちろん彼女のこれまでの暗く重苦しい曲、たとえばCaught Out in the Rainと比べても、Baddest BluesやFire on the Floorと比べてもはるかに悲しい。この世の悲しみを一手に引き受けたような曲なのだ。

 イントロを聴いただけでこの曲はBeth Hartの代表曲となるだろうことを了解した。彼女は2016年にオリジナル・アルバムFire on the Floorを出し、2017年にはJoe Bonamassaとの共作アルバムBlack Coffeeを出した。その後はツアーに専念し、ライブ・アルバムを二つ出しているが、オリジナル・アルバムからは遠ざかっていた。

 ただ、ニュー・アルバムの制作をツアーの合間に行っているとの情報は入っていたので、今年出るとは思っていた。ただ新曲を聴くのが怖かった。数々の名曲を作曲し、歌ってきたBeth Hartだが、いつでもそれ以前の曲を乗り越えることができているかと言えば、必ずしもそうではない。

 前作の前作Better than Homeはブルース・シンガーのアルバムとしては物足りない作で、前作のFire on the Floorで彼女はそれを凌駕して見せたのだったが、それ以上のことができるのだろうか。あの名曲以上の名曲を作れるのだろうか。ファンとしてはいつでもそれが不安なのである。

 ところがBeth HartはWar in My Mind一曲で、Fire on the Floorさえも軽々と超えてしまった。恐るべき才能である。

 私は2017年の後半から2018年11月にフランスのサン=ジェルマン=アン=レーで、彼女とそのバンドのコンサートを聴くまでのほぼ一年半、Beth Hartの曲だけを聴き続けてきた。日本ではほとんど知られていないが、彼女の歌唱力と声量、音域の広さは、現存の女性シンガーの中で一番だと思っているから、他のアーティストの曲を聴く必要すら感じなかった。

 しかしいつまでもオリジナル・アルバムが出ないと、ついつい浮気がしたくなるのも当然で、今年前半はBethが高く評価していたイギリスのAmy Winehouseや、このところ彼女のバンドと一緒にツアーで廻っているKenny Wayne Shepherd Bandなどを聴いてきた。

 でも私には帰っていくべき場所がある。Amy Winehouseの異常とも言うべきイントネーションと、それが醸し出す圧倒的情感には代え難いものがあるが、Bethの声量と音域の広さを彼女は持っていなかった(2011年に薬物中毒と飲酒のために死亡)。Kenny Wayne Shepherdのギターは、その超絶的な技巧とソウルフルな情緒において並ぶものがないが、いかんせんヴォーカルが弱い。Noah Huntのヴォーカルは好感が持てるのだが、Beth Hartの歌唱力と声量に遠く及ばない。

 War in My Mindはイントロから突然のギターの破裂音に続いて、Bethの歌に入っていく。

 War in My Mind

 There‘s a war in my mind

の部分の繰り返しがこの曲のベースとなる。それがイントロで聴いたピアノに伴われて続いていく。最初のWar in my mindのところで、背中に戦慄が走る。a chill down my spine

というやつである。彼女の曲では何度このa chill down my spineを体験してきたことだろう。だが今度のやつは今までのものとは次元が違っている。

 それにしてもこんなに悲しい曲があるだろうか。まるで葬送の曲のようだが、彼女はそれをいつにも増した力強いヴォーカルで聴かせていく。バラード調の曲はどうしてもヴォーカルが不明瞭になりがちだが(声量を落とすから)、Bethの場合はそんなことにはならない。

 あくまでも発音はクリアーで、力強い。こんなことができるのもBeth Hartだけではないか。まだ若い時のLearning to Liveの〝力強いバラード〟を思い出す。しかし、War in My Mindはバラードと言うよりもあくまでもブルースなのである。

 

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