賀山という名の里山・摩利支天様(岡山県井原を40年ぶりに訪ねる旅③)(2010.4.10)

2010-04-09 23:45:56 | Weblog

*いつも見ていた風景。甲(かぶと)山です。形がカブトに似てるからとも、頂上に神功皇后がカブトを埋めたから、とも。

 このところ、諸事諸々あって旅日記が進みません。3月28日ことです。
 福山駅から井笠バスで50分、井原という町に入ります。兄夫婦のウチの世話になります。
 私が育ったのは、隣町の西江原(にしえばら)という町です。小田川にかかる日芳橋を渡れば西江原です。50年前とかわらない山が目に飛び込んできます。
 山とはいえない里山です。もっともその頃、里山という言い方はありませんでしたが。

*変わらぬ橋、日芳橋です。
*このあたりで育ちました。もっともっと家は少なかったのですが。

 里山を歩きながら、なんともいえない安らぎを覚えました。今、東京郊外で普通に暮らしていて、それはそれで生活ですが、なんとはなしに忘れていたことを思い出しました。
 ここで走りまわっていた頃には、思いもしなかったけど、けっこう大事なものがあったのだなあ、と。今、すっかり失くしてしまっています。

 今住んでいるのは埼玉県郡部、決して都会ではありません。同じような田園地帯ですが、関東平野のど真ん中、山、坂のないどこまでも平坦な地域なのです。
 なんの意味もなそうな小さな山、里山がほしかったのです。

 その里山には、賀山(かやま)というハッピーな名がついています。

*兄夫婦、弟夫婦がつきあってくれました。

*里山をゆっくりゆっくり登ります。

*地べたに転がってる石にも注連縄です。子どものころには踏んづけたかもしれません。が、ここは、何かしら特別な思いの聖地?でした。摩利支天という呼び名に摩訶不思議を感じていました。

*摩利支天様と呼んでいました。

*こんな風にのぞいたことはありませんでした。社は立て直されていたのかもしれません。

 

   【おまけ】

*兄夫婦が訪ねたのは、この賀山が気に入って住み着いて工房を開いたという、なんと言うのか、木地師・塗師さん。お椀・お盆などの作品で、中央で名の知れたアーティストさん。いやぁ職人ですよ、と。

*工房の遠望です。普通の農家のたたずまいです。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿