「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

淳一 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (2)

2010年07月31日 21時44分43秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
○佐伯宅・ ダイニングキッチン (朝)

  2LDKのアパート。

  美和子が、 忙しげに朝食の用意をする

  そのかたわら、 淳一の弁当作りをしている。

  時計に目をやり 淳一の部屋へ走る。
 

○同・ 淳一の部屋の前

美和子 「(戸をドンドン叩きながら) ジュン、

 いつまで寝てるの!?  早く起きなさい!」

淳一の声 「(眠そうに) う~ん………」

美和子 「また遅刻するよ!」

  美和子、またキッチンへ走る。
 

○同・ ダイニングキッチン

  美和子、 支度の続きをする。

  淳一が目を擦りながら、 体長30cm位の

  トカゲ(外国産)を抱いて来る。

淳一 「(寝ぼけ眼で) ポチに 餌やったァ……

 ?」

美和子 「まだ寝ぼけてるの?  さっさと着替

 えて!」

淳一 「ふにゃ………」

   × × × × ×

  淳一、 パンをほおばり 牛乳で流し込む。

美和子 「(鏡の前で忙しく髪をときながら)

 今日は必ず 6時までに帰ってくるのよ。

 きのうは10時間しか 光 浴びてないんだか

 ら」

淳一 「ちぇっ、 夕方から 日焼けサロンに行こ

 うと
思ってたのに」

美和子 「(笑) ばか、 そのうえまだ 黒くなり

 たいわけ?」

  淳一、 弁当をカバンに詰め、 急いで出て

  いこうとする。

淳一 「じゃ、 行くよ!」

美和子 「こら、 また忘れる!」

淳一 「あちゃ…… (またかというように 引き

 返す)」

  淳一、 父と母の遺影に 手を合わせる。

淳一 「(ぱっと踵を返して) 行ってきまー

 す!」

美和子 「ちゃんと横断歩道 渡るんだよ、 黄疸

 少年!」
 

○東央大学病院・ 第二内科 (消化器内科)・

 病室

  肝炎の患者が 発作を起こし、 全身痙攣し

  て 訳の分からない うわ言をわめいている。

  美和子とナースが二人、 処置をしている。

  喉頭鏡を使って 気管内挿管をする美和子。

美和子 「気道確保、 アンビューバッグ!」

ナース1 「はい! (アンビューバッグを押

 す)」

美和子 「胸の動きに注意して」

  患者の手のひらが バタバタと 鳥の羽根の

  ように震える。

ナース2 「佐伯先生、 羽ばたき振戦です…

 …!」

美和子 「鼻から胃管挿入して、 ラクツロース

 注入!」

(次の日記に続く)
 

「生死命(いのち)の処方箋」(1) …… プロローグ

2010年07月30日 20時58分02秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 〔登場人物〕

佐伯 美和子 (28才・ 東央医科大学病院消化器
       内科医師)

佐伯 淳一 (18才・ 美和子の弟・ クリグラー
       =ナジャール症候群患者)

世良 康彦 (33才・ 美和子の恋人・ 報道カメ
       ラマン)

平島 多佳 (17才・ 糖尿病性腎症患者・
       臓器受容者<レシピエント>)

若林医師 (52才・ 東央大病院消化器内科・
      淳一の主治医)

緒方助教授 (48才・ 同消化器外科・ 移植医)

川添医師 (37才・ 同救命救急センター)

木下 幸枝 (40才・ 脳出血患者・ 臓器提供者
       <ドナー>)

木下 直哉 (45才・ 幸枝の夫)

山岡医師 (44才・ 移植医)

小池医師 (39才・ 移植医)

 -------------------------------------

○淳一の部屋

  晧々と輝く光。

  二~三畳の狭い部屋の 天井・壁全面に取

  り付けられた 数十本の蛍光灯。

  床もガラス張りで 下に蛍光灯が光る。

  美和子と、 トランクス姿の淳一が、 水中

  目鏡のような 黒いサングラスを掛けて座

  っている。

  淳一は黄疸で 全身が黒っぽい。

  小さな座り机の上には 生と死に関する本

  など。

  美和子、 淳一の顔の前に 人差し指を出す。

  淳一、 美和子の指先に 自分の指先を合わ

  せる。

淳一 「E・T……」

  美和子、 にっこり微笑む。

  美和子、 自分の鼻をチョンチョン指差す。

美和子 「鼻ゝゝ……」

  淳一も 自分の鼻を指で差す。

美和子 「鼻ゝゝ耳! (パッと自分の口を差

 す)」

淳一 「ホイ! (パッと自分の耳を差す)」

美和子 「(にっこり) OK。じゃ、立って、

 ジュン」

淳一 「はいはい」

  淳一、 立って両手を広げ、 片足を上げる。

美和子 「目つぶって」

淳一 「ヨッ……」

  淳一、 ぐらつかずに立っている。

美和子 「うん、大丈夫だね (にっこり)」

淳一 「(座りながら) 今んとこね。いつ頭に

 来て、 プッツンするかな (あっけらかん

 と)」

美和子 「(淳一の頭を抱く) ジュン、あたし

 が絶対 そんなことさせない」

淳一 「やめろよ、姉キ…… (こそばゆい)」


○回想 (10年前)

  桜舞う東央大学、 合格発表の会場。

  淳一(8才)と共に、 祈るように自分の

  名前を探す 美和子(18才)。

  淳一は やはり黄疸で体が黒っぽい。

淳一 「(美和子の名を見つけ) あった! お姉

 ちゃん、あれ!」

美和子 「あっ、あった!!」

淳一 「やったア!!」

美和子 「(淳一を抱きしめ) ジュン!……」

淳一 「お姉ちゃん……!」

美和子 「あたし、 きっとジュンを治してあげ

 るからね……!」

○淳一の部屋

  光の中の二人。
 
○タイトル 『生死命(いのち)の処方箋』

(次の記事に続く)
 

千葉法相、 死刑執行現場に立ち合い

2010年07月28日 22時05分43秒 | 死刑制度と癒し
 
 本日、 千葉法相が 二人に死刑を執行したと 発表しました。

 この時期の 執行命令への疑義、

 そもそも 死刑反対論者が命令を下す 根本的な矛盾。

 それはここでは割愛しますが、

 法相自ら 執行現場に立ち会ったことは 評価できます。

 死刑に立ち会った法務大臣は 初めてという事実には呆れますが、

 千葉法相は 執行命令を出した者の責任として、 現場を見届けたということです。

 今後、 死刑のあり方を検討する 勉強会を立ち上げ、

 死刑制度への議論を喚起するため、 マスコミに刑場を公開するよう 指示しました。

 これから裁判員裁判で 死刑判決もあり得る今、

 死刑の実態を 多くの人が知る必要があります。

 下記のURLから、 死刑執行の現実を 6回にわたって連載しています。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54095758.html
 

炎天下で水風呂に {{(>_<)}}

2010年07月28日 20時07分59秒 | Weblog
 
 2月に、 “マイ銭湯” を決めたという 記事を書きましたが、
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/60361649.html

 このところ、別の近場の 銭湯に行っています。

 ここは 湯船の温度が 僕には低くて、 入り心地が 良くなかったのですが、

 先日、 時間がなくて 一番近いここへ行ったところ、

 湯船の温度が 適度に上がっていたのです。 (^^;)

 この銭湯は 浴室が広くて、 露天風呂があったり、

 受付の若夫婦の 愛想が良かったり、 結構いい所があるのです。

 水・土曜日には、 露天のつぼ風呂に 麻布黒美水温泉が引き込まれます。

 それから サウナ用に、 露天の水風呂があります。

 とても冷たくて、普段は入れないのですが、

 営業時間が何と 午後1時半からだと知り、

 夏の昼は これがいいのではないかと 思いつきました。 (^^;)

 体を芯まで冷やせば、 うだる暑さの午後も 気持ちよく過ごせるのではないかと。

 そして 今日の1時半、 暑いさなかに行ってみました。

 すでに 17~8人の人が来ていて、 盛況です。 (もちろん男湯だけで (^^;))

 体を洗って 上がる前、 熱めのつぼ風呂に浸かり、 そのあと水風呂に入ってみると、

 やはり冷たい! {{(>_<)}}

 少し入っていると、 足先や手先が しびれてくるほどです。 (+_+)

 手足を 水の外に出して、 長水(?)をせずに 出てくると、

 頭がぼうとして、 手足がぴりぴりしています。

 露天の椅子に座って、 しばらく安静にしていました。

 極度の温度差で、 脳卒中でも起こしはしないかと

 心配になってしまいました。(・_・;)

 でも そのあとは 涼しげに過ごすことができました。

 また今度、 休日の猛暑日に、

 入り方を工夫して 行ってみたいと思います。 (^_^;)
 

「生死命(いのち)の処方箋」 〔企画意図〕

2010年07月27日 22時10分42秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
( 「城戸賞」 受賞の言葉より抜粋 / 1989年)

 人々の死に対する 関心が高まり、

 QOL (クオリティ・オブ・ライフ / 生命の質) という

 問題が提起されるようになりました。

 脳死と移植の問題も 盛んに語られています。

 移植を受ける側と 脳死患者側の 深刻な立場の相違の底流には、

 その双方にとっての  「生命の質」 という、

 解決しがたい難題が 横たわっているのではないでしょうか。

 倫理や法律論では 捉えきれない何かが、 人間の中にはあると思います。

 それを表現するのが 作品の役割であると考えます。

 この作品では、 自分の中にうごめいているものを、 そのまま表してみたつもりです。

 私は 脳死を人の死とし、 移植を是と考える 立場ですが、

 作品はその主張を するためのものではありません。

 双方の立場の 葛藤を描き、 その切実な姿を 知ることによって、

 「生命の質」 とは何か?  真のヒューマニズムとは何か?  ということを、

 考える契機となれば幸いと 思うものです。

 -------------------------------------

 佐伯美和子 (28才) は、 消化器内科の医師。

 弟の淳一 (18才) は、

 「クリグラー=ナジャール症候群」 という肝臓病で、 黄疸症状がある。

 美和子は 淳一を救うために 医師になった。

 淳一は 光線療法や血液交換の 治療を受けているが、

 年齢的に いつ脳障害を起こして 亡くなるか分からない状況である。

 助かるには 肝臓移植が必要だ。

 折から、 日本で生体肝移植が始まり、

 美和子は 自分の肝臓を 淳一に移植して 淳一を助けようとする。

 ところが、 美和子と淳一の白血球型は 無情にも一致しなかった。

 残る道は 脳死肝移植しかない……。

(続く)
 

「生死命(いのち)の処方箋」 について

2010年07月26日 21時53分31秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
 「生死命(いのち)の処方箋」 は、

 シナリオ登竜門 城戸賞を 1989年に受賞した、 僕のオリジナル作品です。

 脳死と臓器移植を題材に、 弟を救おうとする 医師・ 美和子の姿を描いています。

 そのシナリオを、 ここに連載してみたいと思います。

 城戸賞受賞後、 小学館で

 「生死命の処方箋」 を コミック化しようという 話がありました。

 担当の編集者は、 僕のシナリオを原作とし、

 作画を 村上もとかさんにやってもらいたいと、 地道に交渉していました。

 村上もとかさんと言えば、

 最近は ドラマ化で評判となった  「JIN-仁-」 をはじめ、

 当時から 大人気の実力作家です。

 多忙なスケジュールに追われて、 なかなか都合が付かず、

 長い折衝の末、 とうとう企画は お蔵入りになってしまいました。

 その間、 僕はシナリオに 手を加えていました。

 シナリオは脳死肝移植の話ですが、

 城戸賞受賞直後、 日本で初の 生体肝移植が行なわれたのです。

 受賞作では、 ストーリーに生体肝移植を 全く入れていなかったわけですが、

 生体肝移植が行なえる 現状になったからには、

 シナリオも 手直ししなければなりせんでした。

 しかし 話の骨子は、 あくまでも脳死移植です。

 そこに至るまでの前段を、 生体肝移植の筋書きで 書き換えたのです。

 ブログへの連載には、 受賞作に加筆した シナリオを掲載いたします。

 新人の頃のもので 稚拙な部分もありますが、 ご覧になってみてください。

(次の記事に続く)
 

「孤高のメス」

2010年07月25日 22時16分14秒 | 映画
 
 映画 「孤高のメス」 は、

 現職医師・ 大鐘稔彦の 小説を原作として、 映像化したものです。

 以前、  「メスよ、 輝け!!」 〔原作・ 高山路爛 = 大鐘稔彦〕 として、

 コミックで 連載されたこともありました。

 目の前の患者を 救うことを信念とする、

 無骨でひたむきな 外科医・ 当麻鉄彦 (堤真一) が、

 上からの圧力にも屈せず、 次第に周囲を巻き込んでいきます。

 設定は1989年で、 映画では脳死肝移植が 重大なエピソードとなっています。

 実は 原作者の大鐘先生には、 昔お会いしたことがあります。

 僕が90年代前半、 小学館ビッグコミックで、

 ホスピスのマンガ  「生死命 (いのち)」 を連載していたとき、

 取材で伺ったのです。

 大鐘先生は当時、 ホスピス医療をはじめ、

 リアルタイムでの手術公開、 エホバの証人の無輸血手術などを手がけ、

 患者のための 最先端の医療を実践していました。

 「孤高のメス」 も評判が良く、 僕も期待して 観に行ったのですが……、

 正直言って 少々がっかりでした。

 何故いま、 20年前の脳死肝移植を取り上げるのか よく分からないし、

 描き方も 脳死移植の通り一遍の問題を なぞっただけに 僕としては思われました。

 人物造詣なども 深みが感じられませんでした。

 実は 映画の舞台の1989年は、

 僕がシナリオの新人登竜門  「城戸賞」 を受賞した年で、

 受賞作は 脳死肝移植を題材にした  「生命の処方箋」 というものでした。

 (シナリオは その月の 「キネマ旬報」 に、 全編掲載されています。)

 脳死,移植の問題を かなり掘り下げたもので、

 これなら 「孤高のメス」 より こっちのほうがいいのではないかと、

 自分では思ってしまいました。  (^^;)

 折しも先日、 臓器移植法が改正されました。

 脳死とは何か、 移植とは何かを 知ってもらうためにも、

 この機会に、 ブログに 「生命の処方箋」 を 連載してみようかと思います。
 

AED (自動体外式除細動器) を体験

2010年07月23日 20時35分13秒 | 介護帳
 
 きのう、 AEDの 体験研修を受けてきました。

 ヒューマンアカデミーというところの主催で、

 講師はスポーツインストラクターで プロレスラーの人でした。

 僕は以前、 満員電車の中で 女性が目の前に 倒れてきたりしたことがありましたが、

 まともな対応ができませんでした。
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51148233.html

 多少の知識だけがあっても、 いざとなると 適切に動けないものです。

 緊急の場合のために、 一度 AEDの現物を見て、 知っておきたいと思ったのです。

 新聞や報道などでは、 音声の説明通りにやれば 誰でもできるなどと言っていますが、

 実物を見たこともなければ、 ぶっつけ本番で慌てていると、

 どのボタンを押したらいいかも 分からないでしょう。

 きのうは無料の研修だったので、 ざっと流れを 体験しただけのものでしたが、

 実際に AEDを触りながらやってみると、 一通りのことは分かりました。

 まず AEDのバッグを開いて、 緑色の電源ボタンを押すと 説明の音声が流れ始め、

 放電するときは 点滅するオレンジのボタンを押す。

 これを覚えただけでも 大きな収穫です。

 基本的な流れとしては、 次のようなことになります。

 倒れている人に 声かけをして、 意識がないことを確かめる。

 できるだけ多くの人に 助けを求め、 119通報や AEDを持ってくることを頼む。

 気道を確保して 呼吸を確認する。 (人工呼吸をする)

 AEDが来るまで、 心臓マッサージ (胸骨圧迫) をする。

 AEDの電極 (パット) を 胸に2ヶ所貼って、

 AEDが放電の必要性を 自動解析する。

 このとき 周りの人たちに対して、 両手を広げて 「離れてください」 と指示する。

 放電するときも、  「離れてください」 と言い、 ボタンを押す。

 放電後、 胸骨圧迫を行ない、 2分後の再解析まで続ける。

 これを繰り返して、 救急隊の到着を待ちます。

 救急車が来るまで 平均7分だそうですが、

 この間に 胸骨圧迫やAEDをするかどうかで、

 救命率は 格段に変わってくるわけです。

 多くの人が 救命措置を覚えておきたいものです。
 

認知症の人の  「食べる力」 を引き出す

2010年07月22日 22時26分07秒 | 介護帳
 
 認知症のお年寄りのなかには、 食事がテーブルに 並べられているのに、

 じっと座ったまま 食べなかったり、

 口に食べ物を運ぼうとすると 顔を背けてしまったりする人がいます。

 そんな人たちの  「食べる力」 を引き出す取り組みが 広がっているそうです。

 ある80代の女性は、 ご飯やおかず、 みそ汁など、

 食器がいくつもあると 手を付けないのに、 1つだけにすると 食べ始めました。

 何種類もの食器が並んでいると、 どこから手を付けていいか 分からなかったのです。

 器を変えたり、 1つだけにすると 集中できるようです。

 70代後半の女性は、

 テーブルの 真ん中から左側に 食器を置くと、 普通にご飯を食べています。

 脳梗塞の後遺症で、 右側に置かれたものが 認識できないため、

 左側に食器を置くといいのです。
 

 認知症には、 対象が何であるかを 認識できない 「失認」、

 目的に向かった 行為ができない  「失行」 などの症状があります。

 これらは 食事の場面でも表れます。

 失認の場合なら、 一口食べさせることで 食べ物であることを認識させ、

 失行なら、 利き手に箸やスプーンを 持たせるとよいでしょう。

 食事の様子を 注意深く観察し、

 その人に合った 介助法を選ぶことで、 食べる力を引き出せます。

 本人ができることもあるので、 介助しすぎないことも 大切です。

 周りが騒がしかったり、 テーブルの上が 乱雑だったりすると、

 食事に集中できないのは、 我々も同じです。

 食事の環境を 整えることも大切です。

(7月12日の記事  「本当は淋しい」 に書いたBさんは、

 少し離れたところに 食器を置き、 構わないふりをして 遠くから見守っていると、

 一人でゆっくり食べ始めます。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/archive/2010/7/12

〔 読売新聞 「くらし 家庭」 より 〕
 

ピック病 (若年性認知症)

2010年07月21日 20時43分01秒 | 介護帳
 
 認知症の原因で もうひとつ多いのが、

 若年性認知症のひとつである  「ピック病」 です。

 日本に1万人以上いると 言われていますが、 正しく診断できる 医師が少ないため、

 アルツハイマー病や うつ, 統合失調症と誤診され、

 不適切な治療を受けたりしています。

 40~60代の働き盛りに 発症が多く、

 アルツハイマー病の 10分の1から3分の1と言われます。

 前頭葉から側頭葉にかけて、 脳の萎縮が見られます。

 記憶に障害が出る アルツハイマー病に対して、

 怒りっぽくなるなどの 性格変化や、

 同じことを繰り返して 言ったりしたりする、 行動異常が起こります。

 次第に 記憶障害や言語障害が表れ、 最後は 重度の認知症に陥ります。

 原因や治療は まだ分かっていませんが、

 脳血流を活発にする 栄養補給や適切なケアで、

 悪化を遅らせることは可能と 考えられています。

 明確な診断基準はなく、 認知度や理解も低いため、

 誤診や周囲の無理解に 当事者は苦しんでいるのが現状です。

 分別のある 壮年の社会人が 万引きをしたことで、

 ピック病が見つかるという ケースも珍しくないそうです。

 社会はまだ それを理解していないので、 会社を辞めさせられたり、

 家族の生活も 変わってしまうことになります。

 ピック病の症状には 他に、 無気力・ 無表情になる, 家事ができなくなる,

 一人で帰宅できなくなる, 非常識な行動を取る、 などがあります。

 診断するのは ピック病の専門医に受診することが 勧められます。

〔 「教えて! 認知症の予防」 http://www.ninchisho.jp/kind/04.html より〕
 

便秘の解消で 認知症が穏やかに

2010年07月20日 20時35分32秒 | 介護帳
 
 認知症グループホームにいる 95才の女性は、

 むやみに 服を脱ぎたがるようになりました。

 秋で 暑いわけでもなく、 職員が止めると 怒って抵抗します。

 職員が介護記録を見るうち、 服を脱ぎたがるのは、

 3~4日間 排便のないときと重なっていることに 気付きました。

 そこで トイレの回数を増やしたり、 どうしようもないときは 便秘薬を使うと、

 女性の行動は治まり、 表情も穏やかになりました。

 認知症の人は、 体に不快感があっても それが何か分からず、

 徘徊したり、 大声を出したりの行動で 訴えることが多いのです。

 不快感を引き起こす原因は、 脱水症状, 持病の悪化,

 薬の副作用などがありますが、 見逃されがちなのが 便秘だといいます。

 ある施設では、 徘徊などの行動の 6割が、 便秘の解消で解決しました。

 認知症の人の便秘は、 便意を我慢したり させられたりするうち、

 便を溜めこむようになる  「習慣性便秘」 が多いといわれます。

 解消するには、水分や食物繊維の 摂取だけでは不充分です。

 便秘薬は副作用があるし、 摘便は 肛門や直腸を傷つけるので

 なるべく避けたいものです。

 大切なのは、 便意の有無に拘らず、 朝食後 トイレに座って 踏ん張る習慣です。

 朝食後は 胃腸が活発に働いて、 最も便が出やすいのです。

 それに合わせて、 排便のリズムを 身に着けると良いでしょう。

 もちろん それ以外のときも、 便意のそぶりがあれば、

 すぐトイレに行くことが大事です。

〔 読売新聞 医療ルネッサンス 「あきらめない認知症」 より 〕
 

水分補給で 認知症の進行予防

2010年07月19日 21時41分48秒 | 介護帳
 
 静岡県の93才の女性は、 認知症と診断されました。

 翌年春に 階段から落ちて 脳内出血を起こし、 3ヶ月の入院後、

 認知症の症状が 進んだ様子が見られました。

 そこで家族は、 介護老人保健施設 「ラ・サンテふよう」 に、

 女性を短期入所させました。

 同施設は、 認知症患者が在宅で過ごす 支援に取り組んでいます。

 認知症が進むのを防ぐため、 充分な水分補給を行なうのも そのひとつです。

 高齢になると 体内に保持できる 水分が減るうえ、

 のどの渇きを覚える 感覚が鈍るため、 脱水を起こしやすくなります。

 すると 全身の機能が低下し、 頭がぼうっとしたり、

 ひどければ 意識障害が起こることもあります。

 標準的な成人の場合、 1日1500ccの 水分が必要ですが、

 この女性は700ccしか 取っていませんでした。

 同施設では、 デザートに寒天ゼリーを加えたり、

 散歩のあとなど 喉が渇いたときに 水分を取ったりしました。

 女性は夜よく眠れるようになり、 受け答えもしっかりしてきました。

 コーヒーや紅茶, 牛乳, ジュースなど

 本人の好みで選ぶと 摂取しやすいといいます。

 寒天ゼリーも代用になります。

 ただし酒類は、 アルコールを分解するとき 体内の水分を使うので 逆効果です。

 適度な運動は 水分摂取や排泄を促します。

 夏場は脱水が起きやすいので、特に注意が必要です。

〔 読売新聞 医療ルネッサンス 「あきらめない認知症」 より 〕
 

硬膜下血腫による認知症

2010年07月18日 23時15分51秒 | 介護帳
 
 85才のある女性は 庭で転倒し、 右後頭部を強く打ちました。

 こぶはできたものの 出血や痛みはほとんどなく、 気に留めていませんでした。

 ところが 半月ほどすると、

 認知症のような 症状が見られるようになり、 物忘れが目立ってきました。

 歩行も覚束なくなって、 自宅にいるのに  「よその家にいる」 と言い出すのです。

 頭部のCTを撮ると、 大きな血の固まり (血腫) が 見つかりました。

 脳を包む膜 (硬膜) に 血が溜まる 「硬膜下血腫」 でした。

 硬膜下血腫には 急性と慢性があります。

 急性は 交通事故などで頭を強打して 大量出血するもので、 緊急の治療が必要です。

 一方 慢性は、 軽い頭部打撲が 主な原因で、

 数週間~数ヶ月で 血腫がじわじわと大きくなるので、 症状に気付きにくいのです。

 血腫が大きくなるにつれ、 頭痛や歩行障害が起きたり、

 高齢者では 認知症の症状が表れやすくなります。

 女性は 血腫を吸い出す 手術を受け、 約10日で退院しました。

 ただ 10%前後の患者で 再発の可能性があり、

 この女性も 微量の血の塊が見つかって、 再発予防の薬を飲んでいます。

 認知症の症状は かなり良くなり、 おしゃべりやカラオケを楽しんでいます。

 慢性硬膜下血腫による認知症は、 一般的な認知症に比べて 進行が早く、

 「最近急にぼけた」 という場合は、

 しばらく前に 頭を打ったことがないか、 注意してみる必要があります。

〔 読売新聞 医療ルネッサンス 「あきらめない認知症」 より 〕
 

突発性正常圧水頭症による認知症

2010年07月17日 20時51分27秒 | 介護帳
 
 79才のTさんは、 物忘れが激しくなり、

 物忘れ外来を受診しましたが、 はっきりした診断は 付きませんでした。

 そのうち症状は進み、 歩幅が狭まって 小刻みにしか歩けなくなってしまいました。

 MRI検査をすると、 脳に水が溜まっている 様子が見られます。

 医師は  「突発性正常圧水頭症」 を疑いました。

 原因不明で、 脳や脊髄の周囲にある 髄液 (脳脊髄液) の流れが悪くなり、

 脳内に大量に 溜まる病気です。

 脳が圧迫されて、 身体機能に異常をきたし、

 歩行障害が表れたあとに、 物忘れや尿失禁症状が 出ることが多いとされます。

 ただし 一般的な認知症との 区別は難しく、 専門的な検査や診断が 必要です。

 Tさんは  「髄液シャント術」 という手術を受け、

 余分な髄液を出すようにしました。

 その結果、 以前に比べ 苦労なく歩けるようになり、 物忘れも減りました。

 趣味も楽しみ、 海外旅行にも 行けるようになったのです。

 認知症とされる高齢者の 5~10%が、

 実は突発性正常圧水頭症だという 推計もあります。

 何年も寝たきりだった人が、 手術で元気になった例もあります。

 歩行障害に物忘れが 重なる場合などは、 この病気の可能性があり、

 脳外科や神経内科を 受診することが勧められます。

〔 読売新聞 医療ルネッサンス 「あきらめない認知症」 より 〕
 

レビー小体型認知症

2010年07月16日 19時11分38秒 | 介護帳
 
 アルツハイマー病と診断された ある患者は、

 認知症の薬 アリセプトを飲んでいましたが、 症状は一向に 良くなりませんでした。

 家族に暴力を振るうなど、 日に日に状態は悪化し、

 半年後、 認知症の専門医を訪れました。

 専門医は、 家族が記した 患者の症状の中で、 幻覚が見えるという 点に注目し、

 アルツハイマー病ではなく、 レビー小体型認知症と診断しました。

 レビー小体型認知症には  「抑肝散」 という漢方薬が 効く場合があるとされ、

 この薬で治療を行なうと、 幻覚がなくなり、

 3~4日で 劇的に症状が改善したといいます。

 アルツハイマーの治療薬である アリセプトを、 レビー小体型認知症の患者に使うと、

 強く効きすぎることが 多いといいます。

 この患者も 薬の副作用で、 興奮状態を招いていたのでしょう。

 他に 抗うつ薬や抗精神病薬を用いますが、

 適量や効き目, 副作用は 個人差が大きく、 専門医との相談が大切です。

 しかし 幻覚があるかないかを 診断するのには、 難しい面があります。

 患者に  「何か不思議なものは見えないか」 と 問診しても、

 患者にとっては 当たり前に見えているものであり、 不思議なものではないため、

 「見えません」 と 答えたりするわけです。

 限られた情報で 判断しなければならないので、 認知症は誤診が起こりやすいのです。

 レビー小体型認知症は 物忘れや幻覚のほか、 小股で歩いたり つまずいたりする,

 大声で寝言を言う, 奇声を上げる, 怒る, 暴れるなどの症状があります。

〔 NHK クローズアップ現代 「誤診される認知症」
  読売新聞 医療ルネッサンス 「あきらめない認知症」 より 〕