「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

エピローグ …… 「生死命の処方箋」 (69)

2011年01月05日 21時21分00秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ 外景
 

○ 同・ 受付

  中年の夫婦が来ている。

  受付係が内線電話をかける。

受付係 「緒方先生ですか?  高野さんという

 ご夫婦が 面会にいらっしゃっていますが」
 

○ 同・ 緒方の研究室

  電話で話している緒方。

緒方 「ああ、 あの、 木村さんから腎臓を受け

 た ……。  そう、 お元気で。  うん、 ぜひお通

 ししてください」

   ×  ×  ×  ×  ×

  緒方と美和子が 高野夫妻に応対している。

高野 「腎臓いただいてから 2週間して、 ついに

 オシッコが出たんです。  15年ぶりでした 

 …… もうシャーって、 ほとばしり出て ……

 私は これ (妻を指して) と抱き合って

 泣きました」

美和子 「そうですか …… 」

妻 「ごはんをね、 本当においしそうに 食べて

 くれるんです。  透析してた時は、 ずっと

 口の中に アンモニアの臭いがしてたもんで。

 『ああ、 15年前は こんな味だったんだ』

 って」

高野 「頭痛や体のかゆみも さっぱりなくなって。

 もう この爽快感っていったら、 言葉では

 とても ……。  これで寿命が延びたとか

 っていう 喜びじゃないんです。  毎日生きてる

 ことが 本当にありがたいんです。  それにホレ、 

 インポのほうも治りまして (笑)」

  妻も笑って 高野を叩く。

美和子 「(微笑む) …… 」

高野 「薬の副作用で 白内障が進んでますけど、 

 それも 透析生活に比べれば ……。  もし

 腎臓くださった方を 教えていただけるんだった

 ら、 一生その人には 足を向けて寝られませ

 ん」

  嬉しそうに聞いている 美和子と緒方。

妻 「この人と話したんです。  私たちが死ぬ時

 には、 使える臓器は是非 どなたかのお役に

 たててほしいって …… 」

美和子 「 ……… (感慨深い)」

 

○ 同・ 正面玄関

  高野夫妻、 何度も何度も 頭を下げながら、 

  病院を去っていく。

  見送る美和子と緒方。

美和子 「これで、 木村さんも喜んでくれるで

 しょうね …… 」

  緒方の目に 涙が光っている。

美和子 「緒方先生 …… ?」

緒方 「 …… あの、 笑顔が見たかったんだ

 ……」

美和子 「 …… 」

緒方 「あの笑顔の前には、 どれだけ多くの涙が

 流されたか …… そして、 これからもまた

 幾度も涙に濡れるだろう ……。  でも、 あの

 笑顔を忘れたくない …… 」

美和子 「 ……… (目が潤む)」

緒方 「佐伯くん、 淳一くんと多佳子ちゃんにも、

 あの笑顔を …… 」

美和子 「 ……… 」

  美和子に、 笑顔が戻っている ……。

 
         (完)
 

希望 …… 「生死命の処方箋」 (68)

2011年01月04日 21時07分09秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○ 六義園

  美和子と世良が歩いている。

美和子 「 …… 安達さん、 結局 助からなかった

 …… 」

世良 「あの状態では、 やはり無理だったん

 だ」

美和子 「やっと 死ぬことができた …… それで

 ほっとしたっていう気持ちが、 どこかに

 正直ある。  これって 一体何だろう ?」

世良 「それも 本当の美和子の心だろう。  でも

 オペのとき  『やめてください』 と叫んだの

 も、 本当の美和子だよ」

美和子 「 ……… 」

  二人、 池を見ながら佇む。

世良 「 …… 会社、 やめることにしたよ …… 

 少し時間がほしい」

美和子 「いつまで …… ?」

世良 「分からない ……。  でも、 この取材は

 一人で続けていく」

美和子 「連絡、 ちょうだい …… 落ち着いた

 ら」

世良 「ああ …… 」

美和子 「あたしたち、 “もう元には戻らな

 い” …… ?」

世良 「 …… 」

美和子 「まだ、 死んでないよね …… ?」

世良 「 …… 人間だからな …… 」

美和子 「待ってる …… 」

世良 「 …… 美和子 …… 」

美和子 「うん ?」

世良 「君には、 持ってほしい …… 」

美和子 「何を ?」

世良 「(美和子の肩に手を置く) …… 力と、 

 心と …… 」

美和子 「 …… (見つめる)」

  世良、 ゆっくり踵を返し、 離れていく。

美和子 「 …… (見送る)」

  世良、 立ち止まり、 振り返る。

世良 「 …… 俺、 真剣に考えてみるよ …… 今の

 日本で できるかどうか分からないけど…

 …」

美和子 「何 …… ?」

世良 「 …… 生体肝移植 …… 」

美和子 「 ……… (声にならない)」

  涙があふれてくる美和子。

(次の記事に続く)
 

許された死 …… 「生死命の処方箋」 (67)

2011年01月03日 19時33分58秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」

(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ 淳一の光線治療の部屋

  光の中。

  美和子と トランクス姿の淳一が、 サング

  ラスをかけて居る。

淳一 「 …… そう …… そういうことだったのか

  …… 機械が故障しただなんて言って …… 」

美和子 「許して …… また、 嘘ついた …… 」

淳一 「何だい、 しおらしくなっちゃって」

美和子 「(微苦笑) 形無しね …… 」

淳一 「でもまあ、 お互い一人じゃなけりゃ、 

 何とかやってけるよな」

  淳一、 美和子の肩に手を回す。

淳一 「心を支えることなんて できないけど、 

 肩を支えることなら できるから」

美和子 「医者が 患者に慰められちゃった…

 …」

淳一 「オレのほうがベテランだよ、 しんどい

 ことにかけちゃ」

美和子 「 …… この部屋、 すごく落ち着く …… 

 ジュンはずっと この中で過ごしてきたんだ

 ね …… 光の中で ……。  何だか、 時間が止ま

 ったみたい …… 」

淳一 「 ……… 」

美和子 「 …… ねえ、 あたしも 裸になってい

 い ?」

淳一 「あ ?」

美和子 「光、 浴びたいの、 全身で」

淳一 「女医のポルノ、 売れるかもね」

  美和子、 下着姿になる。

  二人、 並んで横になる。

美和子 「 …… いい気持ち …… 」

淳一 「 …… 人間だから、 うまくいく時もある

 し、 そうでない日もあるよ。  いいことも悪

 いことも、 一緒にあってこそ 素敵なんだ …

 … 喜びも悲しみも、 生も死も、 みんなまと

 めて抱きしめたい …… なんて」

美和子 「 ………… ピンポーン …… 」
 

○ 同・ ICU

  平坦な脳波計。

  止まった人工呼吸器。

  横たわっている安達。

  モニターのスイッチが 切られていく。

  静かに座っている杏子。

(次の記事に続く)
 

翻弄された生命 …… 「生死命の処方箋」 (66)

2011年01月02日 20時47分23秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○ 街景
  

○ 東央大病院・ 外景(夜)

  

○ 同・ 淳一の病室

  ベッドに座り込んでいる淳一。

  多佳子、 淳一に抱きついて 泣いている。

  美和子、 がっくりとして立っている。

多佳子 「(涙) …… 手術が中止なんて …… !

 ジュンくんが、 やっとここまで決心したの

 に …… !」

美和子 「 …… ごめんなさい …… 」

多佳子 「先生って、 人の心 もてあそぶみたい

 なことばっかり …… ジュンくん、 かわいそ

 う …… 」

  ベッドの中で淳一、 体を震わせている。

  泣き声とも笑い声とも聞こえる 声を立て

  ている。

美和子 「ジュン …… !! (涙)」

  淳一を抱こうとする美和子。

多佳子 「さわらないで …… !!  先生なんか

 ジュンくんに …… ! (美和子の手を払いのけ

 る)」

美和子 「 !! …… 」

  淳一を抱いて 泣く多佳子。

  美和子、 なすすべもなく立ち尽くす。

  

○ 同・ ICU

  人工呼吸器に繋がれた安達。

  杏子が寄り添っている。

  安らかな寝顔の安達。

杏子 「 ……… 」

  

○ 同・ カンファレンスルーム

  美和子、 緒方、 川添。

美和子 「(落胆して) …… これで、 よかった

 んでしょうか …… ?  安達さんを助けるこ

 とができて …… 」

川添 「僕は、 安達さんを 何とか助けようと思

 って、  様々な治療をしてきました …… 」

緒方 「うん …… 」

川添 「でも …… 体中に チューブを差された

 スパゲティ状態で、 機械に繋がれた 安達さん

 を見ていて、 僕は不思議な疑問に かられて

 きた …… 」

美和子 「? …… 」

川添 「この人は、 一体いつ、 “死ぬことを許

 されるのだろうか ?” って …… 」

美和子 「!? …… 」

川添 「移植という プロジェクトに組み込まれ

 て、 あっちへやられたり、 こっちへやられ

 たり …… 安達さんはまるで、 臓器を取られ

 て死ぬために、 この病院へ来たみたいだっ

 た ……。  僕が安達さんにしたことって、 

 一体何でしょう?  もし僕が、 あの人に蘇生

 術を ほどこさなかったら、 いや、 もしこの

 世に 蘇生術なんてものがなかったら …… 

 安達さんはもっと安らかに、 天に召された

 かもしれないのに ……。  医学は、 何のために

 ここまで発達してきたんでしょう …… ?

 (一粒の涙が落ちる)」

美和子 「川添先生 …… 」

緒方 「医学の歴史は、 人体実験の歴史だ。

 それが人々を 幸福にしていく。  我々は危険思想

 ぎりぎりのところで 生きているんだ …

 …」

美和子 「 ……… 」

(次の記事に続く)
 

急転直下……「生死命の処方箋」(65)

2010年12月30日 17時44分47秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
○東央大病院・オペ室

  愕然とする室内、 世良が転がり込んでくる。

世良 「オペはやっちゃダメだ !!  すぐ中止し

 てください …… !!」

犬飼 「どうしたんですか!?」

世良 「安達さんは、 大量のハルシオンを 飲ま

 されてるんです !!  警察からの連絡で…

 … !?

美和子 「そんな …… !?」

犬飼 「薬物の影響が 今切れてきたのか …… 

 !?」

美和子 「緒方先生 …… !!」

緒方 「 …… 何てことだ !」

  外から 杏子の怒鳴り声が聞こえてくる。

杏子の声 「開けろ! 手術はやめて …… !!」
 

○ 同・ オペ室の外

  杏子がドアを激しく叩き、 スタッフが

  杏子を止めている。

杏子 「あの人は まだ生きてる …… !  うちの人

 返せえ …… !!」

スタッフ「手術中です!  静かにしてくださ

 い!」

杏子 「放せ、 バカ野郎 !!  みんなで寄ってた

 かって あたしを騙して !  あたしなんか

 バカだと思ってるんだろう !?  それが医者の

 やり方だよ !!」
 

○ 同・ オペ室の中

  愕然とする一同。

  美和子、 耳をふさいで 頭を抱え込む。

  ドンドンと激しく ドアを叩く音。

杏子の声 「開けろ !! 開けろよォ …… !! 

 うちの人殺すつもり !?  そんなことさせるも

 んか !!  人殺しィ …… !!  医者の人殺し~

 ~ !!」

美和子 「ああ …… !! (肺腑をえぐられる思

 い)」

世良 「どうします !?」

犬飼 「 …… ! (進退窮まる)」

緒方 「 …… 私が行こう」

  ドアのほうへ 歩んでいく緒方。

美和子 「緒方先生 …… ?」

  緒方、 ドアを開ける。

  杏子が スタッフに取り押さえられている。

杏子 「うちの人は !?  どうしたの …… !?」

緒方 「大丈夫です。  落ち着いてください。

 手術は中止になりました」

杏子 「あ、 あ …… ?」

緒方 「冷却灌流装置という器械が 故障して、 

 手術ができなくなってしまったんです」

  杏子、 泣きながら 事情を飲み込もうとす

  る。

  中から見ている美和子たち。

緒方 「ご主人には 指一本触れていません」

  へなへなと座り込む杏子。

  美和子、 頭が混乱し、 茫然としている。

  世良、 一気に緊張が解ける。

美和子 「 ……… 」

(次の記事に続く)
 

絶体絶命 …… 「生死命の処方箋」 (64)

2010年12月29日 21時05分49秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ オペ室

  消毒布を掛けられた安達。

緒方 「では、 始めさせていただきます」

  美和子、 心臓が早鐘のように高鳴る。

緒方 「まず 両岸の摘出。  その間に 皮膚を消毒

 して」

ナース「はい」

緒方 「それから腎臓、 肝臓の順でいく」

山岡「分かりました」

  美和子、 呼吸が喘ぎ、 震えはじめる。
  

○ 同・ 廊下

  走る世良。
  

○ 同・ 廊下

  走る杏子。
 

○ 同・ オペ室

  手術台の上の安達。

  震撼する美和子。

緒方 「メス !」

ナース1 「はい (メスを手渡す)」
  

○ 走る世良と杏子、 カットバックで
  

○ 同・ オペ室

  緒方のメスが 安達に加えられようとする。

美和子 「(絶叫) やめてください …… !!」

  美和子、 泣き崩れる。

犬飼 「どうした !?」

ナース1 「佐伯先生 !?」

美和子 「(震えながら) の、 脳波を …… 見た

 んです …… 安達さんの …… !!」

緒方 「何だって ?」

犬飼 「そんなバカな …… ! 錯覚じゃないの

 か ?」

美和子 「自分でも疑いました …… ! でも、 

 確かにこの目で …… !」

犬飼 「静電気か、 他の器械の 電磁波の影響

 かもしれん」

ナース1 「でももし 本当に脳波が出たんだと

 したら ?」

緒方 「いずれにしろ 問題にはならない」

美和子 「緒方先生 …… !?」

緒方 「脳幹機能が停止していれば 完全に脳死

 だ。  死後に わずかな脳波が残存していても

 無意味だ」

美和子 「でも …… !」

緒方 「オペは続行する」

美和子 「先生 …… !」

犬飼 「ここまで来てしまったんだ。  止むを得

 ないだろう。  どの道、 この人はもう助から

 ない」

ナース2 「(脳波計を見て) 先生、 来てくだ

 さい …… !!  モニターが …… !!」

犬飼 「どうしたんだ !?」

  一同、 モニターを覗き込む。

  不規則ながら 脳波が現れている。

美和子 「こんな …… !?」

犬飼 「信じられん …… !」

ナース2 「どういうことですか !?」

緒方 「ばかな …… 」

(次の日記に続く)
 

生きたままえぐり出される …… 「生死命の処方箋」 (63)

2010年12月28日 20時54分47秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」

(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ オペ室

  美和子、 血液製材の点滴をするために、 

  安達の血管確保 (血管に針を刺す) をし

  ているが、 手が震えて 何回も失敗してし

  まう。

緒方 「何をもたもたしてるんだ !?」

美和子 「す、 すみません …… !」

緒方 「これが生きている人だったら 大変だ

 ぞ」

美和子 「! …… (安達の顔を見る)」

 

○ 暗闇

  (声だけが聞こえる)

安達の声 『 …… ここは、 どこだ …… ?

 何だ …… ?  俺はどうしたんだ ……

 ?』

緒方の声 「メス …… 」

ナースの声 「はい」

  器具の金属音が響く。

安達の声 『誰だ …… ?  俺の体に何をしてる

  …… ?』

緒方の声 「大動脈カット …… 冷却灌流開始」

ナースの声 「心臓が停止しました」

安達の声 『心臓が止まった?  俺の?  ばか

 なことを言うな …… !!』

  フェイドイン。

 

○ オペ室

  暗闇が明るくなり、 オペ室の様子が現れ

  る。

  無影灯や 医師の顔が見える。 (安達の目

  線から)

  安達の摘出手術中である。

緒方 「右腎動脈カット (能面のような顔)」

美和子 「はい」

安達 『(体は動かず意識だけ) ちょっと待て

  …… !!  何をするんだ …… !?』

緒方 「静脈、 尿管カット」

安達 『やめろ !!  俺は生きてるぞ …… !!』

緒方 「右腎摘出」

安達 『分からないのか !?  俺は生きてるん

 だ !!  お前たちの話、 全部聞こえてるぞ …

 … !!』

美和子 「次は左腎摘出ですね」

緒方 「メス !」

安達 『やめろ !!  やめないか !!  助けてくれ

 ~~ !! …… 』

 

○ 東央大病院・ 家族室

  仮眠中の杏子、 ガバッと夢から覚める。

杏子 「(脂汗を流し) ……… あ、 あんた ……

 !?」
 
(次の記事に続く)
 

甦った脳波 …… 「生死命の処方箋」 (62)

2010年12月27日 20時17分33秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」

(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ オペ室

  ナースたちが安達に脳波計、 心電図、 

  血圧計などを着けている。

犬飼 「私も見学させてもらうよ」

  力なく頷く美和子。

  犬飼、 奥へ行く。

  美和子、 安達をじっと見ている。

  平坦だった脳波計が、 一瞬小さく波形を

  刻む。

美和子 「 !? …… 」

  他には誰も気付かない。

  脳波は平坦に戻る。

美和子 『(愕然として) 死後の残存脳波 …

 … !?  それとも目の錯覚 …… !? 』

世良 「(美和子の後ろから)いよいよ始まる

 な」

美和子 「 !! …… (ハッと息を呑む)」

世良 「どうしたんだ?」

美和子 「 …… いえ、 何でもない …… (動揺を

 隠す)」

  世良のポケットベルが鳴る。

世良 「こんな時に …… 」

  世良、 歯がゆそうに出ていく。

  狼狽する美和子。

  脳波計も安達も ピクリともしない。

  周囲は何事もなかったように 作業が進行

  している。

  

○ 同・ ロビー

  電話をかけている世良。

  

○ 警視庁

  電話をしている刑事。

刑事 「安達三郎さんの件なんですが、 取り調

 べ中の容疑者が 変なことを言ってまして。

 ええ、 この男は 薬物の知識があるようなん

 ですが、 (メモを見ながら) 睡眠導入剤の

 ハルシオンというのを、 安達さんに大量に

 飲ませたということなんです」

 

○ 東央大病院・ ロビー

世良 「(電話で) ハルシオン?  睡眠導入剤

  …… 」

刑事の声 「一応 お伝えしておこうと思いまし

 て」

世良 「(ハッとして受話器を離す) 急性薬物

 中毒 …… !? 」

  蒼白になって電話を切り 走っていく世

  良。

  受付に駆けつける。

世良 「第2オペルームの緒方先生に 連絡を取

 りたいんです …… !! 」

受付係 「はい、 どちら様でしょう ?」

世良 「緊急事態なんです !!  早くしてくださ

 い !!」

受付係「どういうご用件で ?」

世良 「(焦燥) 今オペルームにいる人が、 

 薬物の影響で 疑似的な脳死になってるのかも

 知れないんです !!  すぐオペの中止を…

 … !!」

受付係「はあ …… 少々お待ちください (怪

 訝)」

  受付係、 奥へ行って 年配の事務員に話を

  する。

世良 「(台をバシッと叩き) もういい …… 

  !!」

  世良、 全力で走っていく。

(次の記事に続く)
 

オペ室へ …… 「生死命の処方箋」 (61)

2010年12月26日 19時27分31秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ 外景 (昼)

  空が広い。

  

○ 同・ 淳一の病室

  美和子、 淳一の手を握っている。

  無言のまま 互いを見る

  全て 心は通じている。

  美和子、 淳一の顔に頬を寄せる。

  

○ 同・ オペ室前の廊下

  ストレッチャーに乗せられた安達。

  美和子、 世良、 ナースが付いている。

  杏子と川添が これを見送る。

杏子 「川添先生がね、 最後にこの人の体、 

 あたしに拭かせてくれたんだ …… 」

美和子 「そうですか …… 」

杏子 「(安達に) あんた、 よかったね、 いい

 先生に診てもらって …… 」

  眠っている安達。

杏子 「何だい、 ちょっとくらい笑っとくれよ

  …… 」

美和子・ 世良 「 …… 」

杏子 「ふふ …… 笑うわけないですよね …… 」

美和子 「 ……… 」

杏子 「(美和子に) よろしくお願いします …

 … (頭を下げる)」

美和子 「ありがたく承ります …… 」

  美和子とナース、 安達を押して、 オペ室

  に入っていく。

  世良が続く。

  オペ室に消えていく安達。

杏子 「(川添に) …… 何だか、 まだ、 生きて

 るみたいでしたね …… 」

 

○ 同・ 麻酔室

  淳一に準備麻酔がかけられる。

  多佳子が淳一の手を取っている。

淳一 「じゃ、 ちょっと、 寝るからね …… 」

多佳子 「うん …… ちょっと、 おやすみ …… 

 (微笑)」

(次の記事に続く)
 

仏の顔 …… 「生死命の処方箋」 (60)

2010年12月24日 20時58分32秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」

○ 夜空

  下弦の月に 雲がかかる。

  月が隠れていく。
  

○ 東央大病院・ ICU

  人工呼吸器に動かされている 安達。

  杏子、 安達の手を取り、 寄り添っている。

  ほんのりと上気したような 安達の顔。

  杏子、 見つめている。

  長く …… 長く …… 長く ……。

  杏子の顔が、 諦念にも似た 柔らかい微笑

  みを たたえたかのように見える ……。
  

○ 同・ カンファレンスルーム

  緒方は犬飼が、 杏子に 最後の説得をして

  いる。

  美和子が 悄然として座っている。

緒方 「奥さん、 こんな状態を いつまでも続け

 ているわけには いかないんです」

犬飼 「どうしても お分かりいただけないとな

 ると、 当方としては ご主人の死亡診断書を

 書きかねるということにも なりかねませ

 ん」

  杏子、 心ここにあらずという様子。

犬飼 「私どもも こんな脅しまがいのことは

 言いたくないんです。  どうかもう一度、 考え

 直していただけませんか ?」

杏子 「え …… ? (茫然) ああ …… すみません、 

 よく聞いてなかった …… 」

緒方 「奥さん ! (憤慨)」

美和子 「 ……… 」

杏子 「 …… あたし、 あの人の寝顔、 見てたん

 です、 ずっと ……。  いい顔してるんですよ、 

 あの人 …… いつも怒鳴りちらしてたのが

 嘘みたい …… この人も、 こんな優しい顔 して

 たのかって …… 」

美和子 「 ……… 」

杏子 「人に迷惑ばっかり かけてる人だったけど、 

 今はまるで 仏さんみたい ……。  そうかあ、 

 この人も 仏になれるんだって思って ……

 内臓あげれば、 人様を助けることができる 

 …… 生きてる時ァ 何の役にも立たない

 人だったけど、 最後の最後で ご奉公ができる

 んなら …… (涙が滲む) この人も 仏になれ

 るんじゃないかって ……。  だから …… 

 (むせぶ)」

犬飼・ 緒方 「 ……… 」

  放心状態の美和子。

(次の記事に続く)
 

慟哭 …… 「生死命の処方箋」 (59)

2010年12月20日 19時26分11秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ 淳一の病室

  淳一が ベッドに寝ている。

  美和子が 消沈して入ってくる。

淳一 「 …… 姉キ …… どうしたの …… ?」

美和子 「 …… ジュン …… 」

  美和子、 淳一の横に座る。

  淳一を片手で抱く。

美和子 「 …… もう、 いいよ …… あたしが悪か

 った …… あたし、 人は それぞれ違うんだっ

 てことが、 そんな簡単なことが、 分からな

 かった …… 自分の気持ちばっかり 押しつけ

 て …… ジュン、 あんたのしたいようにすれ

 ばいいよ …… あたしもう、 何も言わない…

 …」

淳一 「 ……… 」

  美和子、 淳一の頭を抱く。

  ベッドから立ち上がり、 退室しようとす

  る。

淳一 「 …… 姉キ …… 」

美和子 「 …… (立ち止まる)」

淳一 「 …… オレ …… 」

美和子 「 ……… 」

淳一 「 …… 生きたいよ …… 」

美和子 「 ……… 」

淳一 「移植、 受けたい …… 」

美和子 「 ……… 」

淳一 「 …… オレ、 誰かが死ぬのを待ってるよ

 うな …… そんな自分が、 嫌で、 嫌で …… 

 堪らなかったんだ …… !(涙)」

美和子 「 ……… 」

淳一 「いや、 自分のことなら まだいい …… 

 姉キがオレのために、 人の臓器を 追っかけ回

 すようなこと …… まるでハイエナみたいに

  …… 」

美和子 「 ……… (深く頭を垂れて)」

淳一 「姉キのそんな姿、 見せてほしくなかっ

 たんだよ …… !!(泣)」

美和子 「 ……… 」

淳一 「だけど …… だけどオレ、 姉キのために

 も、 タカちゃんのためにも …… 」

美和子 「(押し殺したように) …… ハイエナ

 だって …… ? (「クゥ~~ …… 」 という

 細い呻吟がもれる)」

淳一 「(涙を流しながら) ? …… 」

美和子 「(声が震える) …… 勝手なこと言わ

 ないでよ …… きれいごとばっかり言って…

 …」

淳一 「 ……… (息を呑む)」

美和子 「(徐々に顔を上げる) あたしがその

 ために、 どんな想いをしてきたか …… !

 生きたいなら生きたいって、 何でもっと早

 く言わないのよ !?  今頃になってそんなこ

 と …… !! (唇が震え、 顔が引きつってく

 る)」

淳一 「姉キ …… !?」

美和子 「あたしが今まで どれだけ苦労してき

 たと思ってるの …… !? (いても立ってもい

 られない悔しさ) あたしは みんなあんたの

 ために 生きてきたのよ …… !!  父さんも

 母さんもいなくなって、 あたしがあんた育て

 てやったんだよ …… !  医者になったのだ

 って あんたのため!  毎日 嫌いな勉強ばか

 り …… ! だけど我慢してきた ! あんた

 が普通の子じゃないから …… !!  あたしだけ

 いい思いできないから …… !!」

淳一 「 ……… (顔を伏せ 肩を振るわせてい

 る)」

美和子 「みんなあんたのためよ …… !! その

 挙げ句が …… 何もかも台無し …… !!」

淳一 「 …… (しゃくりあげる)」

美和子 「あんた、 何で病気になんかなったの

 よォ !?  あんたさえいなけりゃ …… !! 

 みんなあんたのせいで …… !!」

  もはや 自分で何を言っているか 分からな

  い。

  痙攣的な、 喘ぐような呼吸。

  淳一は 流れ出る鼻水を 拭こうともせず、 

  ボロボロと涙を流す。

  美和子、 次第に我に返る。

  自分の口から出た言葉に 気づきはじめる。

  「ああ …… 」 という細い音が 喉からしみ

  出る。

  悔恨の情が こみ上げてくる。

  みるみる表情が歪む。

  淳一に、 震える両手を伸ばす。

  太い涙がこぼれ落ちる。

  淳一を深く抱きしめる。

  絞り出すような泣き声。

  淳一も 美和子を抱き返す。

  互いに 骨も折れんばかりに抱き合う。

  二人 …… 。

  慟哭 ……… 。

(次の記事に続く)
 

亀裂 …… 「生死命の処方箋」 (58)

2010年12月19日 18時35分27秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ 階段

  世良が 美和子の腕を掴んで 昇っていく。

美和子 「痛い、 世良さん …… !」

 

○ 同・ 屋上

  世良、 美和子の両肩を押して 金網に押し

  つける。

世良 「立場をわきまえろよ !  あれが医者の

 することか !?」

美和子 「(絞り出すように) …… 医者として

 どんなに非難されても構わない …… ! 

 あたしは医者である前に ジュンの姉よ …… 

 !!」

世良 「たとえわずかでも 脳が生きている人から

 臓器を摘出するのは、 立派な殺人罪だ

 !」

美和子 「そんな建て前論 …… ! 自分ばっかり

 善人面して …… !  あなたは人の死が 分から

 ない偽善者よ …… !!」

世良 「死んでいく人の命は、 生きていく人の

 命より 価値がないって言うのか !?」

美和子 「(爆発するように) ジュンが 意識障

 害を起こしたのよ …… !!  このままジュン

 が死んでくのを 黙って見てろって言うの …… 

 !?」

世良 「 !! …… 」

美和子 「そんなに あたしをいじめて嬉しい …

 … !?  どうしてそんなむごいこと …… !!

 (涙)」

世良 「 …… 俺はただ、 真実を偽ってはいけな

 いと …… 」

美和子 「真実と 一人の人間の命と、 どっちが

 大切なの …… !?」

世良 「 …… (言葉を失う)」

美和子 「大した正義感だわ …… !!」

世良 「(金網をガシャンと掴む) …… こんな

 取材、 始めるんじゃなかった …… !!  本当

 のことを知らなければ、 こんなことには …… 

 !!」

美和子 「 ……… (涙)」

世良 「 …… 脳死なんてものがなければ、 俺た

 ちは うまくいってただろうな …… 」

美和子 「 …… いってた …… ?」

世良 「 …… 一度、 こうなってしまったら …

 …」

美和子 「 …… 待って …… 世良さんとあたしは

 立場が違うだけで …… 」

世良 「立場の違いは、 心の違いよりも大きい

 よ …… どっちが 悪いわけでもないのに …… 

 …… 互いの嫌な面ばかりが 表に出る …… 

 互いに傷つけられた分だけ、 傷つけ返そうと

 してる …… 」

美和子 「 ……… (泣)」

世良 「情けないよ …… !」
 

○ 河川敷

  泣きながら歩く美和子。

  夕日。

  白鷺が飛ぶ。

(次の記事に続く)
 

土壇場の嘆願 …… 「生死命の処方箋」 (57)

2010年12月18日 20時30分53秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ 裏庭

  美和子が 杏子を引っ張ってくる。

杏子 「何ですか !?  こんな所に連れてきて

 …… !?」

美和子 「奥さん、 もう時間がないんです !

 心臓が止まる前に、 どうかご主人の臓器を

  …… ! (焦燥)」

杏子 「ち、 ちょっと待ってよ 先生 !  うちの

 人が 生き返らないのはしょうがない。 でも、 

 まだ息してるんだから …… !」

美和子 「人工呼吸器で 動かしているだけなん

 です !  いわば死体を 機械で無理やり…

 … !」

杏子 「そんな言い方 …… !!  そりゃ、 うちの

 人は ひどいこともしてきたけど、 だからって

 血が通ってる体を 切り刻むなんて殺生な

 こと …… !!」

美和子 「移植を待ち望んで、 今この瞬間にも

 死んでいく人たちがいるんです …… !」

杏子 「そ、 そりゃ 気の毒だとは思うけど …… 

 … !」

美和子 「ご主人だって 人を救うことができれ

 ば、 立派な死だったと 言えるんじゃないで

 すか !?」

杏子 「じ、 じゃあ何 !?  移植しなけりゃ 犬死

 にだとでも 言うの !?  冗談じゃないよ !!

 誰が助かったって そんなの関係ないわ !!

 一番大事なのは あの人よ !!」

  杏子、 美和子の手を振り払って 走ってい

  く。

美和子 「奥さん …… !! (杏子を追う)」

  
○ 同・ ICU

  杏子が狼狽して 駆け込んでくる。

  驚く世良と川添。

川添 「奥さん、 どうしたんですか!?」

杏子 「(安達にすがりつく) あんた、 目ぇ

 覚まして !!  先生がとんでもないこと 言って

 るよ !!  早く起きないと 内臓 取られちゃう

 よ …… !!」

  美和子が追ってくる。

世良 「美和子 !?  君は …… !?」

美和子 「 !! …… 」

杏子 「あんたあ~~~ !! (泣く)」

川添 「奥さん、 安心してください。 ご主人の

 臓器を 取ったりはしません」

  安達の目から 一筋の涙が流れる。

杏子 「あ、 生きてる …… !  この人、 聞こえ

 てるんだ …… !!」

美和子 「 …… 」

杏子 「見てごらん!  これでも死んでるって

 言うの !?  川添先生、 何とか言ってやって

 よ !」

川添 「(言いづらそうに) …… それは、 単な

 る生理現象で、 聞こえているわけではない

 んです …… 」

杏子 「う、 嘘 …… !?  川添先生まで そんなこと

 言ってごまかそうと …… !」

川添 「 ……… 」

美和子・ 世良 「 ……… 」

  安達に亡きすがる杏子。

(次の記事に続く)
 

淳一 錯乱 …… 「生死命の処方箋」 (56)

2010年12月17日 20時03分25秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/61379524.html からの続き)

○ 佐伯家・ 食卓 (朝)

  美和子が 朝食の用意をしている。

  淳一が入ってくる。

  全裸でサングラスをしている。

  視点が定まらず、 茫然としている。

美和子 「ジュン?  どうしたの、 その格好 

 …… !?」

淳一 「 …… ポチは …… ? どこ行ったの 

 …… ?」

美和子 「え、 なに言ってるの !?」

淳一 「 …… 探してもいないんだよ …… 

 (虚ろな目)」

美和子 「意識障害 …… !?」

淳一 「 …… どこに隠したんだよ …… ?」

美和子 「(淳一の肩をつかみ) ジュン !!

 しっかりして !!」

淳一 「 …… ポチ …… どこだ …… ?」

美和子 「ジュン !  分かる !?  ポチは死んじ

 ゃったじゃったのよ ! (淳一のサングラス

 を外す)」

淳一 「ああ …… ?」

美和子 「おいで ! (淳一の手をつかみ、 

 引っ張っていく)」

 

○ 同・ 庭

  美和子が淳一を ポチの墓に連れてくる。

美和子 「ジュン !  ポチのお墓よ !  分か

 る !?」

淳一 「あ、 ああ …… (少しずつ我に返る)」

美和子 「ジュン …… !!」

  淳一、 次第に自分に気づき、 ぶるぶる

  震えはじめる。

美和子 「大丈夫!?」

淳一 「 …… あああ …… !!」

  淳一、 家の中に 駆け込んでいく。

美和子 「ジュン !! (追いかける)」

 

○ 同・ 淳一の部屋の前

  淳一、 わめきながら走ってくる。

  光のついた 部屋の中に入り、 ドアを閉め

  る。

  美和子が追いかけてくる。

美和子 「ジュン !」

  美和子、 ノブを回すが 動かない。

美和子 「開けて ! (戸を叩く)」

  中から 淳一の叫び声と 激しい物音が聞こ

  えてくる。

美和子 「何してるの、 ジュン !?」

  淳一の叫び声。

  美和子、 向かいの 自分の部屋に飛んでい

  く。

  机の引出しから 淳一の部屋の鍵を 取り出

  し、 踵を返す。

  淳一の部屋の鍵を 開ける美和子。

美和子 「ジュン ! (ドアを開け 部屋の中に

 飛び込む)」

  淳一が 両膝を抱えこんで震えている。

  蛍光灯が割られ、 破片が飛び散っている。

美和子 「大丈夫 …… !? 」

淳一 「 …… ううう …… 」

美和子 「ジュン …… !! (淳一を強く抱きしめ

 る)」

  淳一、 視線が宙を漂い、 顎をガクガクと

  震わす。

美和子 「ジュン …… ! (思い切り抱きしめ

 る)」

(次の記事に続く)
 

肝臓はあげられない …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (55)

2010年12月05日 17時41分43秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 街路 (夜)

  世良の車が走る。

 
○ 世良の車の中

美和子 「世良さん、 ジュンに 余計なこと

 吹き込むのはやめて」

世良 「余計なことだって?  事実を隠してば

 かりいて、 自分の良心に 恥ずかしくないの

 か ?」

美和子 「あたしは …… 自分の良心なんかより

 ジュンの命のほうが 大事よ …… !」

世良 「だったら 自分の体を犠牲にしてでも、

 淳一くんを 助けるべきじゃないのか?」

美和子 「どういうこと ?」

世良 「(失言を悔やみ) …… 生体肝移植だよ

  ……。 どうしてそれには 一言も触れないん

 だ ?」

美和子 「(当惑) …… 生体肝移植は、 技術的

 にも、 倫理的にも、 まだ問題があるし …

 …」

世良 「それは 脳死からの移植だって 同じだろ

 う !?」

美和子 「 ……… (言葉が出ない)」

世良 「自分の体を 切るのは嫌で、 人のものなら

 騙してでも 巻き上げようっていうのか

 ?」

美和子 「 ……… (うつむいてしまう)」

世良 「 ……… 美和子が、 信じられなくなった

 よ …… 」

  気まずい沈黙。

美和子 「 …… 世良さんには、 言いたくなかっ

 た …… 」

世良 「何を ?」

美和子 「 …… あたし、 ジュンとは 組織が不適

 合なの …… 」

世良 「え ?」

美和子 「ジュンに肝臓を あげることができな

 いのよ …… (涙がにじむ)」

  世良、 驚いて 車を道路脇に止める。

世良 「本当か …… ?」

  小さく頷く美和子。

世良 「そんな …… 」

美和子 「 …… あたしが駄目なら …… 次の身内

 は …… 」

世良 「 ……… 」

美和子 「世良さんに そんなこと頼めないじゃ

 ない …… !! (顔を伏せる)」

世良 「 …… 美和 …… 」

  涙を拭う美和子。

美和子 「 ……… 言ったら ……、 くれた …… 

 ?」

世良 「 ……… (沈黙)」

美和子 「 …… 答えられないのね …… (涙)」

(続く)