「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

睨む人形の目 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (50)

2010年11月30日 21時02分05秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ ICU

美和子 「今度は 前庭反射を調べる」

世良 「まだやるのか」

  美和子、 水が入った注射器を 安達の右耳

  に当てる。

美和子 「見てて。 右耳に冷水を注入すると、

 脳が正常なら 眼球が右に寄るの。 これを

 『眼振』 ていうんだけど」

  美和子が水を注入するが、 安達の目は止

  まったまま。

世良 「動かないな」

美和子 「左耳に注入すれば、 通常は左に寄る

 はず」

世良 「動かない …… 」

美和子 「 『眼振』 も消失ということ」

世良 「 …… でも、 何だか変な気もする …… 

 こうやって 色んな反応を調べても、 実際に脳

 の中が 見えるわけじゃない …… 脳は一体

 どうなってるんだろう?  この人の 頭の中は

  …… ?」

美和子 「(答を避け) …… 眼球頭反射を調べ

 るわ。 頭を動かしてみると、 脳死になって

 いれば、 眼球は人形の目みたいに 固定した

 まま動かな …… 」

  美和子が安達の顔を 左に向けると、 眼球は

  美和子をぎょろりと 睨むかのように、

  右へ動く。

美和子 「!? …… (血の気が引く)」

世良 「目が動いた …… !?」

美和子 「 …… まさか …… !?」

  美和子、 恐る恐る 安達の顔を 右に向けて

  みる。

  眼球は左に動き、 美和子を凝視する。

美和子 「(愕然とする) まだ、 生きている …

 … !?」

世良 「本当か !?」

  身の毛がよだつ思いがする 美和子と世良。

川添の声「何をしている !?」

  驚いて振り向く 美和子と世良。

  戻ってきた川添が 入ってくる。

  川添、 注射器や脱脂綿が 置いてあるのを

  認める。

川添 「何だこれは !? 君たちはなんてこと

 を !!」

世良 「す、 すみません …… !」

  川添、 美和子を 安達から引き離す。

  がっくりと膝をつく美和子。

川添 「自分のやったことが 分かってるんです

 か !?」

美和子 「 …… !! (川添を見上げる)」

川添 「 …… 私も バカなことをしたもんだ。

 あなたたちに任せるなんて …… (わなわな

 と)」

美和子・ 世良 「 ……… 」

(次の記事に続く)
 

脳死判定実行 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (49)

2010年11月29日 20時14分02秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/61349260.html からの続き)

○ 東央大病院・ ICU

  美和子と世良、ベッドで眠る安達を しばし

  見つめる。

美和子 「 …… どうみても切迫脳死 …… 」

世良 「 …… 」

美和子 「世良さん、 あたしが判定をしてみ

 る」

世良 「え ?」

美和子 「あたしでも 正確に判定できるという

 ことを 見せてあげるわ。 その目でよく見て

 いて」

世良 「そ、 そりゃ俺だって、 記者として 

 脳死というものを 見てみたいよ。 でも美和子の

 権限では …… 」

美和子 「もちろん できる立場じゃないけど、

 あとで正式に判定するときの 参考にでもな

 れば」

世良 「しかし …… 」

  美和子、 判定の準備をする。

世良 「アルコールの影響は 大丈夫か?  

 泥酔によって 脳死と同じ状態になるんだろう

 ?」

美和子 「この人が発見されてから 6時間経っ

 てるから、 心配ないわ」

  脳波計を観る美和子。

美和子 「まず、 脳波は平坦」

世良 「 ……… 」

  美和子、 安達の目に 光を当てる。

  安達の瞳孔は 開いたまま。

美和子 「対光反射なし」

  美和子、 安達から人工呼吸器を外す。

世良 「あ …… 」

美和子 「驚かないで。 自発呼吸の有無を 調べ

 るの (腕時計を見ながら)」

世良 「本では読んだけど、 こうして3分間も

 放っておくなんて、 生きた心地がしない

 な」

美和子 「これが一番 厳格な方法なのよ」

  3分間、 安達の自発呼吸はない。

美和子 「(呼吸器を着けなおし) 自発呼吸停

 止」

  美和子、 脱脂綿の先で 安達の目に触れる。

美和子 「こうすると、 普通なら反射的に 目を

 閉じるはずだけど」

  安達の目は 開いたまま。

美和子 「角膜反射なし。 …… 今度は 気管粘膜

 を刺激してみる」

  美和子、レスピレーター (呼吸器) の

  チューブを抜き加減にし、 それをキュキュ

  ッと 揺すってみる。

世良 「生きていれば、 咳をするはずだな …

 …」

美和子 「咳嗽 (がいそう) 反射もない。 

 どの項目も ちゃんと基準どおり チェックできる

 でしょう ?」

世良 「ああ、 今のところ」

美和子 「痛み刺激を 与えてみるわ」

  美和子、 安達の乳頭を 強くつねる。

  安達の反応はない。

  ボールペンの先で、 安達の爪の根元を

  ギュッと圧迫する美和子。

世良 「(顔をしかめて) 結構 きついことをす

 るんだな」

美和子 「本人は 全く感じていないのよ。 わず

 かでも意識があれば、 ぴくっとでも 動くも

 のなんだけど」

  ぴくりともしない安達。

美和子 「これが 生きた体に見える?」

世良 「何だか、 モノをいじってるみたいだ …

 …」

(次の記事に続く)
 

更生の可能性、 少年法の理念

2010年11月27日 23時35分15秒 | 死刑制度と癒し
 
 石巻事件の裁判の論点は、 被告の更生の可能性でした。

 特に少年法では、 刑罰よりも教育が重要視されます。

 今回の判決文では、 「更生の可能性は 著しく低い」 とされましたが、

 それは更生の可能性が  「0」 ではないということでしょう。

 わずかでも 改悛の情が認められれば、

 矯正を図るべきというのが、 少年法の理念です。

 そして、 「疑わしきは被告人の利益に」。

 それが裁判の大原則です。

 被告の少年は、 涙を流して謝罪をしたといい、 判決を受け入れたいと述べています。

 それは確かに 改悟の念が芽生えている 現れではないでしょうか。

 更生の芽を 摘み取ってしまう死刑は、 正に 取り返しのつかない刑罰です。

 もし被告が 更生できると言えないとしても、 できないとも言えないのです。

 更生は不可能と 断定できない以上、

 被告の利益のため 極刑は回避するのが 原則だと思います。
 

 今回、 大変な重責を果たした 裁判員の人たちには、

 僕は心から 敬意を表しますし、

 被告の態度をその目で見た 裁判員の心証は尊重するべきです。

 けれども、 裁判員に 少年法の理念を 正しく理解してもらうための情報が、

 充分提供されていなかった恐れを 指摘する専門家たちもいます。

 児童心理学の専門家の証人申請が 認められなかったことも、 問題だといわれます。

 被告が少年である場合、

 職業裁判官では9割が 刑を軽くするほうに傾くと 答えています。

 ところが 一般の国民は、 50%が 「重くも軽くもしない」、

 25%が 「重くする」 と言い、  「軽くする」 は4分の1に過ぎませんでした。

 これは僕には 遺憾なことに思えます。

 特に 少年の方が重くするというのは、 どうにも理解に苦しみます。

 少年は大人に比べて、 明らかに変わるものではないでしょうか。

 改心や更生には 長い時間がかかり、 それを短時間の法廷で 見極めるのは困難です。

 迅速化が求められる裁判員裁判では、

 少年事件は対象外にすべきだ という意見もあります。

 或いはそれらも 考えていかなければならないのかもしれません。

〔 参考文献 : 読売新聞 〕
 

苦しみ悩み抜いた 裁判員

2010年11月26日 21時43分04秒 | 死刑制度と癒し
 
 石巻3人殺傷事件の 裁判員の人たちは、

 本当に、 深く、 真剣に、 苦悩しぬいたのでしょう。

 記者会見での重い言葉には、

 死刑に反対する者でも、 神妙に 耳を傾けざるを得ません。

(きのうの日記に書いた考えが 基本的に変わるわけではありませんが、

 さらに真摯に 向き合わなければと感じます。

 また昨日は 時間がないなかで書いたため、

 被告の情状に関する情報を 充分得ていませんでした。)

 このような裁判員経験者の 生身の言葉を前にしたとき、

 誰しもが 同じ立場になる可能性を 我が身のものとして捉え、

 裁判や死刑について 真面目に考えるのではないでしょうか。

 それが裁判員制度の 大きな目的のひとつですが、

 顔を出して会見に臨んだ 裁判員経験者の勇気には、 ただ敬服するばかりです。

 この裁判員経験者は、 被告が判決の主文を 聞いたときの表情を見て、

 こう思ったと語りました。

 「正直 …… (長い沈黙) …… 何とかできなかったのかなと ……」

 それでも、 苦しい 心の痛みにも拘らず、 死刑を選択せざるを得なかった。

 僕は、 死刑は最後の最後まで 回避すべきと考えていますが、

 このような 裁判員経験者の声を聞けば、

 それだけ必死に 考え抜いた末に 極刑を選択したのだという 結論を尊重し、

 そういう立場の人の価値判断を 理解しようとしないわけにはいきません。

(それなのに ミクシィの他の人の日記を 見てみると、

 こんなにも懸命な 裁判員経験者を茶化したり、

 軽薄に死刑を訴える輩が まま見られるのは嘆かわしいことです。

 彼らは 実際に自分が 裁判員の席に座ったとき、

 同じ態度でいられるのでしょうか? 

 もっとも そういう手合いは、 仮に裁判員候補に選ばれたとしても、

 事前の面接で はねられるでしょうが。)

 また、 死刑制度廃止を標榜することと、

 死刑が存在する 現在の法律のなかで 遵法精神に則って 判決を出すことは、

 別の問題です。

 そこにも 苦渋の選択を迫られる 辛労があるでしょう。
 

少年に死刑は不適

2010年11月26日 07時46分22秒 | 死刑制度と癒し

 ついに裁判員裁判で、 少年に対して 死刑判決が出てしまいました。

 現場で悩み抜いて 結論を出した裁判員の決定は 尊重しなくてはなりませんが、

 死刑回避の立場の 僕としては残念です。

 少年というものは とにかく未熟であり、

 今後の矯正教育次第で どう変化するか分かりません。

 更生の可能性がないというのは、 どのような場合でも 断じるのは困難だと思います。

(それだけに 矯正教育のプログラムが重要です。)

 被告の少年は、 涙声で 「一生償いたい」 と謝罪しています。

「犯行当時は 相手の気持ちを考えず、 自分勝手な気持ちで 二人の命を奪ってしまい、

 申し訳ないと思っています」 と 声を絞り出したといいます。

 光市母子殺害事件との比較がありますが、

 光市の被告は 犯行後の行状が 甚だ悪かったところがあります。

 それに比すれば今回は、 保護観察中に起こした 事件だったとはいえ、

 更生の可能性は 充分あるのではないかと思えます。

 その希望を 国家が抹殺してしまうのは、 余りにも無惨ではないでしょうか。

 被告の母親も すすり泣きながら、

「今後、 何があっても 息子を見捨てません」 と言っています。

 光市の事件では、 この親にしてこの子あり という父親でしたが、

 更生を支える 環境があるかどうかも 大事なことかと思います。

 被害者遺族が 極刑を望む気持ちになるのは、

 例え死刑制度反対論者が そう思ったとしても、 止むを得ないことでしょう。

 ただ量刑は それだけで決めるものではなく、

 その他の 幾つもの要件を熟慮して 選択するものです。

 死刑をためらう条件が ひとつでもあれば、 僕は選択すべきではないと思うのです。
 

何のための判定か …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (48)

2010年11月25日 20時27分01秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ ICU

  川添が 安達にグリセオール、 ステロイド

  などの投与、 人工呼吸器装着など、 蘇生

  術を施している。

  美和子が手伝う。

  安達の脳波計は 平坦を示している。

川添 「脳波はフラット」

  川添、 安達の瞳に 光を当てて確認する。

川添 「瞳孔も散大」

  安達の手足を診る 川添。

川添 「筋肉が弛緩してきている」

世良 「除脳硬直が消えて、 さっきより悪くな

 ったと いうことですね?」

美和子 「(ちょっと驚いて) 恐れ入ったわ、

 いつの間に そんなことまで?」

世良 「(モニターを見て) 脳圧が随分高い …

 …。 脳死、 に近いんでしょうか ?」

川添 「熱心に 勉強されているようですが、

 脳死というのは そんな簡単なものではありま

 せん。 専門家の間でも 見解は一致していな

 い。 ある病院で 脳死と診断された患者が、

 別の病院では まだ生きているということに

 なったりもするんです。 取材されるなら、

 そのあたりを きっちり書いてほしいです

 ね」

世良 「分かっています」

美和子 「川添先生、 脳死判定をしてみては

 どうでしょう …… ?」

川添 「何のために ?」

美和子 「え …… ?  そ、 その結果によって、

 治療法を考えないと …… 」

川添 「ごまかさないでください。 臓器が新鮮

 なうちに 判定をしたいのではありません

 か?  移植のために」

美和子 「いえ …… 」

川添 「佐伯先生、 私たちは 患者さんを助けよ

 うとしているんですよ。 死ぬのを確かめよ

 うと しているのではありません。 そういう

 のを 本末転倒というんです」

美和子 「 ……… 」

川添 「もうつまらないことは 言わんでくださ

 い」

美和子 「 ……… はい」

川添 「(目に手を当てて) ふう …… すみませ

 んが、 少し休ませてもらいます。 夕べも寝

 ていないもので。 患者さんも落ち着いてき

 たようだし、 申し訳ないが 少し観ていても

 らえますか ?」

美和子 「ええ …… 分かりました。 どうぞ」

川添 「バイタルのチェックを怠らずに」

美和子 「はい、 おやすみなさい」

  川添、 出ていく。

  無言でたたずむ 美和子と世良。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/61362317.html
 

二人目の脳死患者? …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (47)

2010年11月24日 20時54分35秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ 当直室(夜)

  仮眠中の美和子。
 

○ 同・ 外景(夜)

  救急車が サイレンを鳴らして走ってくる。

  

○ 同・ 当直室

  美和子、 サイレンの音に 目を覚ます。

  時計に目をやり、 部屋を出ていく。

  
○ 同・ 救急通用門

  川添と救急隊員たちが、 救急車から 患者

  を降ろしている。

  美和子が駆けつけてくる。

美和子 「川添先生 !」

川添 「(呼吸用のバルーンを動かしながら)

 佐伯先生、 手を貸してください !」

美和子 「はい !」

  川添たち、 ストレッチャーを押して 走っ

  ていく。

  
○ 同・ CT室

  川添と美和子、 断層撮影をする患者を

  観察している。

  患者の背中には 入れ墨があり、 左手の小

  指がない。

  世良が駆け込んでくる。

世良 「頭をやられた人が 運び込まれたって

 !?」

美和子 「(患者を示しながら) 酔って 喧嘩を

 したそうよ。 鈍器で頭を 殴られたらしい

 の」

川添 「頭蓋骨が陥没しています」

  患者の腕は外旋(がいせん)、 足は尖足(せんそく)

  の状態。

世良 「腕と足が あんなに突っ張って …… 。

 あれが 除脳硬直というやつですか?」

美和子 「ええ、 よく分かるのね」

川添 「(世良にモニターを示し) ここと ここが

 出血の部分です。 中脳をやられて 危篤で

 す」

世良 「(頷く) …… 」

  世良、 患者の所持品を調べる。

世良 「 …… 安達三郎 …… 45才 …… 。

 家族は ?」

美和子 「警察に届けたんだけど、 まだ」

世良 「何か 情報が入り次第、 連絡をくれるよう

 頼んでおこう」

(次の記事に続く)
 

生体肝移植 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (46)

2010年11月23日 21時33分27秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/61315411.html  からの続き)

○ 東央大病院・ 正門
  

○ 同・ 消化器外科

  交換輸血をしている淳一。

  
○ 同・ 食堂

  世良が 丼飯をかき込みながら、 本やノート

  を見ている。

  淳一が来る。

淳一 「世良さん」

世良 「やあ、 こんちは。 元気?」

淳一 「まあね (作り笑い)」

  淳一、 世良の隣に座る。

淳一 「よく 勉強してるんだね」

世良 「大事なことだからね」

淳一 「(世良のノートを覗き込む) 生体肝移

 植 …… ?  何、 これ ?」

世良 「うん …… 生きた人の 肝臓の一部を切って

 移植する方法なんだ。 肝臓は 強い再生能

 力を 持っているから、 切ってもすぐ 元の大

 きさに戻る。 これなら 脳死の人から 提供し

 てもらわなくてもすむんだよ」

淳一 「ふーん …… 」

世良 「淳一くん、 それだったら 受ける気はあ

 るかい?  …… 例えば、 肉親のお姉さんから

  …… ?」

淳一 「え ?」

世良 「どうかな ?」

淳一 「 …… 姉キにはその話、 したの?」

世良 「いや」

淳一 「 …… 姉キには 言わないでおいて …… 」

世良 「でも 医者なんだから、 知らないはずは

 ないだろう」

淳一 「 …… (下を向く)」

世良 「それなのに美和子は 脳死にこだわって

 る …… (自問するように)」

淳一 「 …… 姉キが、 自分の肝臓切るのが いや

 だって言いたいの ?」

世良 「いや …… 」

淳一 「姉キを そんなふうに言うな …… ! (目

 に涙がにじむ)」

世良 「そ、 そんなつもりは …… 」

淳一 「(声を震わせて) …… 頼むから、 姉キ

 には そんなこと言わないで …… !」

世良 「 ……… 」

(次の記事に続く)
 

施設での 身体拘束について

2010年11月22日 21時33分10秒 | 介護帳
 
 前の記事に書いた  「身体拘束」 に対して、

 幾つかコメントをいただいたので、 少し書いてみたいと思います。

 この10年ほどで、 施設での 拘束に関する考えは 随分進んだと思います。

 20年余り前は、 都内の 非常に良いと言われる 老人ホームでも、

 入居者はつなぎ服を 着せられていました。

 オムツをはずしたり 弄便(ろうべん)をしないようにするためです。

 間もなく十三回忌を迎える 僕の母親が 脳出血で入院していたときは、

 夜間に母が 点滴の針を抜いてしまわないよう、

 針を刺した手の 反対側の手首に カバーを付けていました。

 ちょうど犬や猫が 顔に怪我をしたとき、 手足で顔を触らないよう、

 首に漏斗(ろうと)のような 円錐状のカバーを付けるのと 同じようなものです。

 母は半身麻痺だったので、 カバーをしたほうの手しか 動かせません。

 当時は 仕方ないことだと思っていましたが、

 現在ではこれも  「身体拘束」 になるのだということです。

 点滴の針を 足首にするなどの 工夫が必要だといいます。

 
 身体拘束は禁止にされていますが、

 下記の3つの条件を 全て満たしたときは、 止むを得ず許されるとされています。

・ 自傷他害の危険性がある時

・ 他に 変わる方法がない時

・ 一時的であること

 今の僕の施設で、 これをしている 利用者さんが一人います。

 この利用者さんは、 何かケアをしようとすると、

 叩く, つねる, 爪を立てる, 噛む, つばや暴言を吐くなど、

 様々な抵抗をします。

 僕もしょっちゅう 傷を作っています。

 この人に お風呂に入ってもらう時などは、 拘束をせざるを得ません。

 椅子に座った 利用者さんの後ろから、 一人のスタッフが 利用者さんの両手を握り、

 もう一人のスタッフが 体を洗うのです。

 このときは、 上記の3つの要件を 満たしています。

 最近はなるべく 後ろから手を握らず 放していますが、

 一瞬油断すると、 前にいるスタッフの 腕や髪をつかんだりします。

 湯船に入れば お湯をかけられ、 ビショビショになりますしね。  (^^;)

 小さな傷やあざを作るのは 仕方ないと思っていますが、

 このようなケースでは 拘束も仕方ないことでしょう。
 

Cさんにお焼香

2010年11月20日 20時11分18秒 | 介護帳
 
(http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/archive/2010/11/5 からの続き)
 
 今月初頭に 別の施設で ショートステイ中に亡くなった、

 利用者・Cさんのお宅へ お焼香に行って参りました。

 施設で撮った Cさんの写真をファイルにし、

 スタッフの寄せ書きを添えて、 ご家族にお送りしました。

 お花もお供えし。

 ご家族の方は Cさんの写真を見て、 涙が出ると言って 喜んでくれました。

 ご家族は うちにはとても 感謝してくださいました

 うちで ずっと見てもらっていれば、 こんなことにならなかったと……。

 でも僕たちも Cさんには、 本当にありがとうと 言いたい気持ちで一杯です。

 Cさんは僕たちに 沢山の笑顔をくれました。
 

 Cさんの亡くなり方は あまりにも残念なもので、

 ご家族も納得はいかないと 言っています。

 でも訴訟沙汰などには ならないようです。

 Cさんが亡くなった施設では、

 夜中も認知症の方が 自分で外に出られるようになっており、

 Cさんは4時間後に 庭で倒れているのを発見されました。

 寒い夜で、 外傷はありませんでした。

 保護責任者遺棄致死にもなるのではないかと 僕は思いましたが、

 認知症の方が 外に出られないようにしておくと、

 逆に 「拘束」 になってしまうそうです。

 もし火事が起きて、 利用者さんが逃げられなかったら、

 そのほうが問題になるということです。

 その代わり 見守りを充分にしなければならないわけですが、

 この施設では 4時間も間が空いていました。

 最低でも2時間おきに 見回りをしなければならないと言われています。

 それが問題になるでしょうが、 この業界では 一般におおごとにはならないそうです。

 もっと頻回に見回りをしていれば こんなことにはならなかっただろうに、

 誠に無念でなりません。

 またCさんの 笑顔を見たかった……。

 どうか 安らかにお過ごしくださいと、 心から願うばかりです。
 

死刑判決の今後への影響

2010年11月19日 20時19分46秒 | 死刑制度と癒し
 
(前の記事からの続き)

 今回の裁判員裁判の死刑判決は、 今後の裁判に どのような影響を与えるでしょう?

 裁判員が 重い負担を覚悟してまで 死刑を選択したことで、

 死刑への国民の支持が 強くなるのではないかという、 法務省幹部もいます。

 一方、 裁判員が 法廷での被告の態度をくみ取り、

 裁判官に比べて 死刑を回避する可能性があるという、 元高裁判事の意見もあります。

 僕は この見方のほうに与します。

 プロが業務として 判決を出すのではなく、

 人間の素朴な 感情を感じ取って 反映させるのは重要なことです。

 裁判に関わる文献や 体験者の話を見聞きすると、

 人として考えられないくらい 無責任でいい加減な 裁判官の数々は、

 本当に 司法を信頼できなくなるほどです。

(死刑判決は そんなに杜撰ではないでしょうが。)

 それに比して、 裁判員の人たちの 真剣な姿勢と 冷静な判断には、

 予想を上回って 感服するばかりです。

 被告の内面の変化に 触れるなど、 裁判員が悩む姿が 伝わることで、

 国民も 自分の立場に引き寄せて、

 裁判や死刑について 深く考えるようになるでしょう。

 司法に国民が参加するという、 裁判員制度の第一の意義です。
 

 これまでの 年間の死刑判決数は、 80~90年代に 約20人未満でした。

 2003年以降、 被害者感情を重視する 世論など背景に、

 30~40人台に増え、 厳罰化傾向が見られました。

 世論の影響は間接的であり、 実際に国民自身が 直接死刑判決に関わると、

 やはり自ら 判断を下すことに 抵抗を感じるのではないでしょうか。

 表面的な感情や観念だけではなく、 自らの問題として 捉えて考えることが大切です。

 死刑の刑場が公表されたり、 法務省で 死刑存廃の勉強会ができたり、

 少しずつ 前に進んできていると思います。

 今後さらに 情報が発信され、 多くの人が詳しく知り、

 真摯に考えていきたいものです。

〔 参考文献 : 読売新聞 〕
 

裁判員の精神的負担の軽減

2010年11月18日 08時57分37秒 | 死刑制度と癒し
 
(前の記事からの続き)

 「控訴することを勧める」 という、 裁判長の言葉が 話題になりました。

 これまでの裁判官裁判でも 例のないことではないそうですし、

 死刑判決の場合は 原則として控訴するのが通例です。

 自分で出した判決に 責任を持つべきだと 批判的な向きもありますが、

 今回の裁判員裁判では、 裁判員の心理的な重荷を 軽くする考慮もあるでしょう。

 プロの裁判官でも 死刑判決を選択したときは、

 別の裁判官に チェックしてほしいと思うそうです。

 恐らく今回の評議は 全員一致ではなく、

 死刑に反対した裁判員も いたのではないでしょうか。

 死刑を望まなかったのに 死刑判決に関わることになった人の、

 精神的ストレスは大変なものだといいます。

 そういう意味でも、 また 審議に慎重を期す意味でも、

 死刑判決を選択する際には、 必ず全員一致にしなければならないと 僕は思います。

 そして、 将来的には 死刑制度廃止の方向へ 行ってほしいと思っている次第です。
 

 なお、 裁判員のアフターケアとして、

 「裁判員経験者ネットワーク」 というものがあるそうです。

 裁判員経験者や 弁護士, 臨床心理士などが呼びかけ、

 経験者の体験談や悩みなどを 打ち明ける場です。

 裁判員経験者の一番のストレスは、 守秘義務だそうです。

 どこまで言っていいのか分からず、 誰にも言えないで辛いときに、

 経験者同士で共有することで ストレスが軽減されるといいます。

 現在約20人が 登録しているそうですが、 まだあまり知られていません。

 このような組織が 拡充していくことを期待します。

〔 参考 : フジテレビ 「とくダネ!」 他 〕

(次の記事に続く)
 

池田被告の心情の変化

2010年11月17日 10時46分43秒 | 死刑制度と癒し
 
(前の記事からの続き)

 「ナイフで殺してから 首を切ってほしい」

 被害者の究極の訴えをも退け、

 電動ノコギリで 生きたまま首を切った 池田被告。

 想像しうる最も残忍な 悪行を犯した男は、

 判決公判では その凶悪なイメージと かなりギャップがあったそうです。

 逮捕時の長髪を丸め、 色白で やや弱い印象の被告は、

 判決文が読まれる40分間、 体ごと 裁判官・ 裁判員のほうを向いて見つめ、

 背筋をこれ以上にないくらい 真っ直ぐに伸ばして、

 微動だにせず真剣に 判決に聞き入っていました。

 池田被告の反省の情が 読み取れる態度だったといいます。

 「被告を死刑に処する」

 主文が朗読されたとき、 池田被告は 裁判官・ 裁判員に 深々と頭を下げて、

 静かにゆっくりと、  「ありがとうございました」 と述べました。

 そして 回れ右をし、 傍聴席の遺族に、

 「どうも、 申し訳ございませんでした」 と謝罪しました。

 傍聴人が予想もしなかった言動で、 法廷は凍りついたといいます。

 裁判員の一人の女性は 涙を浮かべました。

 そのとき裁判長の  「控訴を勧めます」 という 付言がありました。

 重い空気に 包まれていた法廷で、

 傍聴人はその言葉に 救われる思いがしたと言っています。

 池田被告は 開廷当初、

 「悪いことをしたんだから 殺せ」 という 突っ張った態度でした。

 しかし 被害族の悲痛な訴えを聞いて 目を赤くし、

 ここから心情の変化が あったといいます。

 その後  「生きて償えるなら」 と 素直な気持ちを語るようになりました。

 それを聞いた記者は、 心から発した言葉で、

 別世界にいた被告が 現実に引き戻されたように感じた ということです。

 池田被告の弁護士によると、 被告は一日一日、 反省を深めていったといいます。

 被告の気持ちが 刻々と変わる事件で、 裁判の時間が 短すぎたと嘆きました。

 僕も、 被告に 更生の可能性が見られれば、 死刑判決は回避すべきだと思います。

〔 参考 : フジテレビ 「とくダネ!」, 読売新聞 〕

(次の記事に続く)
 

裁判員の心の負担 重く

2010年11月16日 22時47分19秒 | 死刑制度と癒し
 
 裁判員制度初の 死刑判決が出ました。

 一般人が自らの判断で 被告に極刑を下す、 精神的な重圧が危惧されています。

 裁判員制度が始まる前から それは議論され、 初めは 軽微な罪から関わることで、

 国民が裁判に慣れていってもらう という意見もありました。

 けれども、 国民的関心がある 重大事件を扱うことによって、

 死刑も含め 裁判を深く考えてもらう という立場が取られました。

 短期間の評議で 深刻な結論を出さなければならない 重責だけでなく、

 この先、 刑の確定や 執行の際にも、 裁判員の心は 揺れ動くことでしょう。

 残酷な犯罪を犯した 被告の生い立ちや 心の内、 更生の可能性など、

 裁判員には プロの裁判官以上に 情報が必要だという 意見があります。

 裁判中は 審議に夢中になっていますが、 その後 時間が経つと、

 あれで良かったのか考えてしまうという、 裁判員経験者の話もあります。

 死刑判決を出したことのある 裁判官は、

 「更生の可能性は 本当になかったか」 という思いが 時折わき起こったといいます。

 判決の10年後に 刑が執行されたことを知って、 冷静ではいられなかったそうです。

 プロの裁判官による 充分な合議の後でも、

 判決言い渡し後に 心が揺れることがあるということで、

 素人の裁判員なら なおさらのことではないでしょうか。

 他の裁判員経験者と 連絡を取ることもないし、 守秘義務もあるので、

 一人で悩み続けることも あるかもしれません。

 裁判員経験者には 24時間の電話相談窓口があり、 面談も受けられますが、

 裁判所は 相談が来るのを待っているだけでなく、

 積極的にサポートする アプローチも必要でしょう。

 死刑というものは、 判決を下す人にも これだけ重い負担を 課すほどの刑罰です。

 それを 国民全体が感じて、

 死刑制度の是非を 考えていく必要性が 迫られていると思います。

〔 参考文献 : 読売新聞 〕
 

命の質 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (45)

2010年11月15日 19時56分49秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 寺の境内

  美和子と淳一が 石段を登ってくる。

美和子 「まだ 気は変わらないの …… ?」

淳一 「姉キのほうこそ 変わらないのかよ ?」

美和子 「ジュンにも 生きてて嬉しいことが

 できたはずよ」

淳一 「誘導尋問だな」

美和子 「好きなんでしょ?  多佳子ちゃんの

 こと」

淳一 「ボッキします」

美和子 「ジュン、 あんただって 生きたいんだ

 よ。 その気持ちが 生きたいってことなんだ

 よ」

淳一 「 ……… 」

美和子 「ジュン、 多佳子ちゃんのためにも …

 …」

  淳一、 祭壇の前の鈴を鳴らす。

淳一 「(手を合わせて) 死ぬまで生きられま

 すように !」

美和子 「 …… (淳一を見る)」

  階段に 腰を下ろす二人。

美和子 「生きてれば、 きっと幸せなことがあ

 る」

淳一 「生きるって、 長さじゃないよ。 質だ

 よ」

美和子 「 …… 命の質 …… ?」

淳一 「ああ」

美和子 「 “質の低い命” より、  “質の高い

 命” …… ?」

○ インサート・ 高層ホテル

世良 「命に  “質の上下” があるんだろうか

 ?」

○ 寺の境内

淳一 「それを選ぶのは、 医者じゃなくて オレ

 自身だよ」

美和子 「 ……… 」

淳一 「(独り言のように) 選ぶのは、 オレ自

 身 …… 」

美和子 「 …… (つぶやく) ジュンは それでい

 いかもしれないけど、 あたしはどうなるの

  …… ?」

淳一 「え …… 」

美和子 「ジュンは 自分だけ満足ならいいの ?

 自分だけ 純粋に死んでいければ それでいい

 って …… !?」

淳一 「そんな …… (美和子の顔を見る)」

美和子 「(歯ぎしりする思いで) 自分だけの

 命だと 思ってるわけ!?  あたしは 何のため

 に今までずっと …… !!」

淳一 「姉キ …… !? (美和子の腕に手をかけ

 る)」

美和子 「(淳一の手を払いのけて 立ち上が

 る) 少しは 残されるほうの身にもなってよ

  …… !!」

  美和子、 走っていく。

淳一 「姉キ、 待って …… !」

  淳一、 追いかけようとして、 つまずいて

  転ぶ。

  手足が痙攣する。

淳一 「!? …… 」

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/61342597.html