日本は島国で面積は小さいですが、海域は世界有数の大きさです。
国境ともなる排他的経済水域(EZZ)は、四方に領土問題を抱えています。
北は、北方領土、南は沖の鳥島、東には、尖閣諸島やガス田問題と山積です。
最近、クローズアップされているのが、日本海にある竹島です。日韓双方が領有権を争っていますが、ここまで縺れさせたのは、日本の政治的怠慢があったとも言えます。
この島の面積は、わずか0.2平方Kmで日比谷公園ほどの広さですが、問題はこの海域での漁業権なのです。
今でも日本の漁船が締め出しを受け、島根県が竹島の日を制定しているのは、この海域での漁業が出来ず、早く日本の領土として認めて欲しいからなのです。
竹島の歴史は、韓国の鬱陵島(うつりょうとう)の歴史から知らなければなりません。 鬱陵島は朝鮮半島から115Kmの海上にあり、西暦512年から韓国の支配下にありましたが、李氏朝鮮(1392~1910)は、鬱陵島への渡航を禁じました。税金逃れで島に移る者が後を絶たなかったからです。つまりこの無人島政策は1881年まで続けられました。
17世紀初頭、今の鳥取県の海運業者だった大谷甚吉が渡航中に暴風に遭い、鬱陵島に漂着した。1616年に江戸幕府から渡航を許可され、鬱陵島(当時竹島と呼ばれていました)には、竹島(当時松島)を寄港してアシカ猟やアワビ猟を行っておりこの記録は残っています。 韓国もこの歴史的事実・経緯には異論は出ていません。
1905年、明治政府は竹島を島根県に編入し、国際法的に日本の領土となりました。
1951年9月のサンフランシスコ講和条約の中で日本の領土について「日本は済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮を放棄する」と書かれているが、竹島は含まれておらず、これをもって日本は自国領とする根拠にしています。
韓国は、講和条約の締結国でないことを理由に自国領と主張しています。
1952年には、李承晩ラインなるものを設けて竹島周辺海域を自国海域としました。
1954年には、国際司法裁判所への提訴を韓国側に提案しましたが、韓国は拒否した。この裁判所には、双方の同意なくしては提訴出来ません。
なぜ、韓国はこの提訴に反対なのか、それは根底から自国の領土であるからわざわざ提訴する必要がないとしています。 特に韓国には、日本が侵略したものを返してもらっただけであり、竹島を日本が再び侵略してくると言うことが一般市民の感情であるらしいのです。
ここに、日韓の温度差が感じられます。
では、韓国大使館のHPや海洋水産庁のHPを見ましたが、どちらも竹島の歴史的影響には言及せず、只自国領で行政現況として、接岸施設や有人灯台の設置を掲げて、事実的領土としています。
それより、驚くべきは、”日本海”の呼称を”東海”とする旨を2000年前から決まっているように書いており、早急に呼称の変更を求めています。
日韓漁業協約の締結時に、竹島問題を棚上げし、大人の解決?をしたと言っていましたが、大人の解決が今は子供の物欲しさの”けんか”に発展してしまったようです。
家の近所付き合いでもそうですが、「無難に、挨拶程度で深入りせず」では?
お隣さんと仲が良くていつも一緒って人は無いでしょう。
国もそれと同じだと思います。