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アストル・ピアソラ 「タンゴ・ゼロ・アワー」

2006年11月29日 16時42分37秒 | 音楽
 アマリア・ロドリゲスの歌が好きだった。暗い情感の中にポルトガルの風俗が浮かび上がる。どうしようもないパッション。スペインと並んでポルトガルはぼくに未知の暗い感情を抱かせる国だった。パッションを情熱と訳すならば、情熱とはかくも暗いものなのだと思う。そう、理知が明るいものであるのに対して、時によって、情熱とは人に説明するのも共有するのも難しい心の中の炎であったりする。
 政治の荒廃、人心の乱れ、それはとても不幸なことなのだろうが、そういう国に限って素晴らしく暗い歌ができる。
 アストル・ピアソラもまさにそんな音楽を作った。
 「タンゴ・ゼロ・アワー」。
 ピアソラの原点はタンゴにある。だけれど、ピアソラはタンゴしか知らなかったわけではない。踊りやすくメリハリのきいたリズムに甘くセンチメンタルなメロディ、タンゴをそう捉えているなら、このピアソラはタンゴではないだろう。
 ここに響く圧倒的な音の厚み、スイングするリズム、そこにはクラシックやジャズ、さまざまな要素が取り入れられ、さまざまな感情を引き起こしている。
 タンゴ以外の要素を取り入れ、「タンゴの破壊者」と呼ばれたり、踊れないタンゴに非難を浴びたりしたが、それでもなおピアソラの原点は、やはりタンゴだ。このCDに流れる暗さはタンゴの暗さだろう。
 曲を聴くにつれ、まだ雨の乾かない夜の暗い石畳を散歩している気分になる。そこには、絶望に背中を丸めるギャンブラーがいるかもしれない、お互いの髪をつかみ合うかのようにキスをする二人がいるかもしれない、昔を思い出して何度も同じレコードをかけ続ける老婆がいるかもしれない、失われた恋人を今も思って泣いている人がいるかもしれない。目の前に見せつけられる暗い情熱、暗い愛情、心の激しさ。
 人々の混ざり合った声から次第に盛り上がっていく「タンゲディア」に始まり、美しい「天使のミロンガ」に癒される。ぼくは終曲「ムムキ」に感動する。
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