逓信省営繕課の設計により建設された分離派風の建物(大正12年築 1923)。 設計者は不明ながら山田守や森泰治、上浪朗といった同省技師の関与が推察されるそうです。 昭和41(1966)年まで電話局舎として使用され、その後は下関市の管理の下、市庁舎第一別館等になっていましたが、近年は空き家状態が長く続いていました。 今現在は「田中絹代記念館」としての活用・オープンに向けて急ピッチで修復工事が進められています。 山口県下関市田中町5-7 09年09月下旬
夕陽を浴びると色合いも暖かな物に。
縦溝の入った柱が立ちあがり、スパッと切れた所から放物線のアーチ。
半円窓の下には波紋のような同心円状の装飾。
柱が庇で止まらず、上まで突き抜ける。
窓と柱が整然と。
奥にある旧宮崎商館(ロダン美容室といったほうが馴染みある?)も化粧直しされ医療関係の建物に生まれ変わっていました。
05年12月下旬に訪問した時の写真。 この薄汚れた姿も嫌いではありません。。。