ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

宇宙よりも遠い場所・論 13 お金では買えないもの。

2018-12-12 | 宇宙よりも遠い場所
 日向と報瀬。
 ともに人の内面に巣くう闇を知る者。どちらも組織(学校)の中での集団生活が上手くない。日向はアタマもいいし、感受性が豊かなだけに、そのぶん自分も傷つきやすい。彼女の明るさ、コミュニケーション力の高さは、その脆い心を守るための仮面みたいなものだ。
 だから信じていた仲間に裏切られたとき、日向は戦おうとはしなかった。そこから身を引き、離れることを選んだ。そんな言い方が適切かどうかは難しいけれど、「逃げた」といっていいかもしれない。
 ただし、このことはまだ、この時点では視聴者には知らされない。やっと少しずつ匂わせられているところだ。
 報瀬はそうではない。孤立を厭わず、意地を張り、我を通し、突っ張れるだけ突っ張って今まで来た。といっても彼女が鋼の心の持ち主ってわけじゃない。それはキマリという朋友ができたときの、あどけないほどの笑顔を見ればよくわかる。さぞや無理してきたんだろうな、と思う。
 これまでぼくは、日向を「オトナ」、報瀬を「純粋」と評してきたが、そこを、よりていねいにいえばこうなる。とはいえ本当の大人だったら、周りに裏切られても、もっと狡猾に立ち回るか、あるいは、あえて鈍感を装って居直ったりするだろうから、あくまでも、報瀬の純粋さと対比したうえでの、「オトナ」ってことだ。
 そんな2人の違いが混ざりあって、圧巻のドラマを生み出したのが第11話で、これは第12話とならぶ「よりもい」の白眉である。けれどもその11話は、この第6話(の後半部)を経由しなければ、けして成立しなかった。


 ホテルの部屋に戻り、ベッドの上に荷物を洗いざらい並べたものの、やっぱりパスポートは出てこない。パスポートがなければ出国はできず、南極はおろか日本に帰ることさえできない。キマリは「えーっ、じゃあ日向ちゃんこっちに永住するの~?」みたいに能天気なノリだし、日向本人も「だーいじょうぶ、何とかなるってー」と空元気をみせるが、あとの2人は真顔である。ことに報瀬は、すでにもう切迫した面持ちになっている。




 結月がてきぱきとパソコンを叩いて情報を取る(彼女が機内でパソコンを使っていたのはこの伏線でもあった)。パスポートの再発行は最短で半日。ただし大使館は日祝日休み。あいにく明日が日曜だ。出発は明後日。アウトである。
 飛行機を2、3日あとの便に振り替えるしかないですね、到着は遅れるけど、船の出発には間に合いますし、と結月がいい、そうだね! とキマリ。しかし報瀬は、「大丈夫かな……観測隊って、けっこう規律厳しいから……だったらもう来なくていいって言われないかな……」と不安を募らせる。そりゃ心証は悪くなるだろうが、よもや「来なくていい」とまでは言われまい。結月の提案が真っ当なのだが、もともと報瀬は生真面目すぎるほど生真面目で、融通のきかない性格であり、南極に懸ける思いも尋常ではない。それを思うとこんな表情になるのも致し方ないところか。
 もともと神経の細やかな日向に、そんな報瀬の心情がみえぬはずはない。「あー、あと1日あるから、明日また話そうよ。ほら、ひょっこり出てくるかもしれないし」とひとまずその場を取り繕い、報瀬と共に自分たちの部屋にいく。
 で、まあ、残ったこっちの部屋はこうである。


「やれやれ……」という感じで片側に寄せるが、すぐにまたゴロリと寝返りを打って中央を占拠。そこで毒舌娘の本領発揮


殺意です……


 対してこちらは深刻だ。

 編集したうえで、台詞を書き写してみよう。
「とりあえず、3人だけでオーストラリア向かえよ。私一人でもなんとかなるし、間に合ったら追いかけるからさ」
「……え……間に合わなかったらどうするの?」
「日本に戻ればいいだけだろ? キマリたちには私から話しておくからさ。へへっ」
「ごめん。私が変更するの嫌がったからだよね。……自分でもわかってる。予定通りにいかないと、つい苛々しちゃって」
「なんで報瀬が謝るんだよ? パスポート失くしたのは私だろ。謝るのは私のほうだよ。……ごめん」
「そういう話じゃなくて」
「そういう話だろ? ……みんなにさ、迷惑かけたくないんだよ。もし報瀬のいうとおり南極行けなくなったらどうする? 立ち直れないって」
「……でも」
「行かないなんて言ってないだろ。まず3人で行けって。追いかけるから。はーいそれで決まりな~」
「4人で行こう! あした、かなえさんにメールで……」
「お風呂入りたいんですけどぉ、いいかな~?」


 そして入浴ののち(服から察するに、報瀬のほうは入らなかったようだ)。
「……ごめん」
「えっ……」
「報瀬、気ぃ使ってくれてるのにさ。……私、こういうのダメでね。それがふつうだっていうのはわかるんだけど、誰かに気ぃ使われるとさ、居心地わるくなるっていうか、本心がわからなくなるっていうか……だから、高校もムリ~ってなって、なるべく一人でいようと思って。結局、私が誰かと一緒にいると、こういう感じになっちゃうんだよな。だから気にしなくていい。ぜんぶ、私の問題だから……」

このとき、高校時代の回想シーンがはいる
(部室内にいるのは先輩。出立前に空港で見かけたのはこの人。特徴的な髪型でわかる)


「そんなことない。私だって問題ある。高校入って、ずっと、近づくなオーラ全開だったし、人付き合い……とか……もともと……」
「だからそういうの。気ぃ使われるのイヤだって言っただろ」
「使ってない」
「使ってる。……報瀬はさ、誰よりも南極行きたいんだろ?」
「うん……」
「南極行きたいってずっと思ってきたんだろ?」
「だから?」
「それ最優先でいいんだよ。そのほうが気持がいい。私が……。なっ?」
 報瀬はもう何も言わない。頑なな顔になり、「おやすみ」とだけ言って、シーツにもぐって寝てしまう。ちょっと呆気にとられる日向。
 ひどく不器用な2人が、じぶんの不器用さを持て余しつつ、自分の心と相手の心との折り合い場所をさがしている。だがここでは、まだ2つの心はすれ違ったままだ。


 翌朝。日向が目を覚ますと報瀬がいない。日向の仕掛けた目覚まし時計を遅らせて、キマリたちと空港に向かったらしい。慌てて駆けつける日向。
 キマリ「あー日向ちゃん。いま、結月ちゃんがチケット変更できないか話しに行ってる」
 日向「それなら大丈夫だよ。3人だけで先に行くって話になったから」
 キマリ「えっ、そうなの?」
 報瀬「そんな話きいてない」
 日向「したんだよ、あのあと」
 報瀬「なに意地になってるの?」
 日向「意地になってるのはどっちだよ」

 結月がもどってくる。格安チケットだったため、一ヶ月以上あとでないと空きがないとのこと。「ほら、結局こうなるんだよ、だから3人で先に行けって。」という日向を尻目に、報瀬は意を決した顔でカウンターに向かい、「チェンジ! レイト・ツー・デイズ、エアー」と、カタコトで交渉をはじめる。そこで「ノー」と言われるや、バッグに手を差し入れて、

「しゃくまんえん」を叩きつける。


 びっくりして駆け寄る日向。「待てよ! だから、なに意地になってんだよ!」
「うるさい。意地になって何が悪いの? 私はそうやって生きてきた。意地張って、バカにされて、イヤな思いして、それでも意地張ってきた。間違ってないから!」
「気を使うなって言うならはっきり言う。気にするなって言われて気にしないバカにはなりたくない。先に行けって言われて、先に行く薄情にはなりたくない。4人で行くって言ったのに、あっさり諦める根性なしにはなりたくない」
4人で行くの! この4人で! それが最優先だから! 


 「何が何でも南極に行く。それが最優先」だった報瀬が、「4人で行くのが最優先」になった瞬間だ。


なんだよ……


なんだよぉ……


 これは日向、うれしかったろう。11話を見たうえで見返すと感慨もひとしおで、このときぼくたちがふつうに想像した以上に嬉しかったはずだ。
 キマリも報瀬も初回で泣いた。結月も3話で泣いた。しかし日向が涙を見せるのはこの時が初めてである。


 報瀬は虎の子の100万を払ってビジネスクラスのチケットを買った。シンガポールからオーストラリア・フリーマントル近郊までのビジネスクラス料金は、安いもので15万、高いものでは50万超。25万くらいのものもあるので、その中で日程の適当なものを購入したってことになる。
 キマリと報瀬を結びつけるきっかけとなったこの「しゃくまんえん」、じつは作中でこれまでにもいちど使われている。02話の「歌舞伎町鬼ごっこ」の後、喫茶店で前川かなえからお目玉をくらったとき、「これで自分たちをスポンサーにして連れて行ってくれ」と報瀬が差し出した。むろんかなえは「そこまで困ってないわよ。」と突き返したが(本当は困ってたんだけど)。


 今回の件ではほぼ「蚊帳の外」だったこちらの2人。でも、ここでのやり取りがいい。

結月「なにがあったんでしょう……」
キマリ「さあぁ……。でも、悪いことじゃない気がするよ」

 鋭い洞察力をもつ結月だが、「友達との関係性」にまつわる感性はキマリのほうが上なのだ。ただしキマリにはひとのこころの闇は見えない。でも、このときは報瀬と日向とのあいだに温かいものが流れていたからよく見えたのだろう。この4人、ほんとにバランスがよいんだなァ。

 さて。さんざこちらの目頭を熱くさせといて、このあとのオチはけっこうヒドい。チャイナタウンの屋台村・ホーカーズ、そこのマックスウェル・フードセンターで朝食をとるキマリたち。ちなみに献立は海南鶏飯(ハイナンチーファン)とカヤトーストだ。



 「こ、これがビジネスキュラス」とチケットを見つめるキマリから、「失くすと危ないから返して」と取り上げた報瀬、バッグにしまおうと留め金を開けて、そこに日向のパスポートがあることに気づく。なんのことはない、空港を出たとき、靴紐を結ぼうとした日向からいったんそれを預かって、用心のために入れたのだ。ころっと忘れていたのである。
 急騰から一気に暴落する報瀬株。こんな銘柄を持ってたら、さぞ心臓にわるかろう。


ここからはじまる百面相と挙動不審に……



ふたたび結月のホラー調つっこみが入って……
報瀬さん、なにか隠してますよね?


 かくして高額チケットは無事キャンセル。予定も変更しなくて済んだ。でも罰ゲームは必至ということで……。

報瀬ちゃんと日向ちゃんのドーリアンショー!

バビ(まじ)かー


「ぐ、ぐえー」「うえー、これのどこが果物の王様だー」という日向の叫びの後に、報瀬がぽつりと「あ。でも慣れたら美味しいかも」といって、キマリが「えっ、ほんとっ♡」と思いっきり食いついたところで、第6話「ようこそドリアンショーへ」はおわる。


 ところで、キャンセル料金はどうだったんだろう。経験がないのでわからない。調べてみたら、「当日ならば掛からない。つまりゼロ」という意見から、「7万くらい取られたんじゃないか」という意見もあって、どうも定めがたかった。次に第12話で出てきたとき、少し減っているようにも見えたので、あるいはいくらか取られたか……とも思う。
 7万でもかなり大きいが、それどころか報瀬は100万投げだす覚悟だったのだ。ふつうなら、変更が不可とわかったところで日向の案を採用するだろう。ぼくたちだって、百人中ほぼ百人がそうすると思う。日向にしても、それで傷つくというほどではなく、「しょうがないか」くらいの気分だったはずだ。
 しかし追いつけなかったら、そのときは日本に戻るしかない。そのばあい、キマリたちとの縁もそのまま立ち消えになったかもしれない。それは最悪のケースだが、追いつけたとしても、その時はもう、初めの心情とはずいぶん変わってしまっていただろう。
 つまり、もしも報瀬があそこで「3人で先に行く」という選択をしていたら、確実になにかが失われたのだ。そのことは、パスポートが見つかったあとでも回復できなかったと思う(よけい気まずくなったんじゃないかって気もする)。
 報瀬はこのとき、「しゃくまんえん」で、お金では買えないものを手に入れた。市場原理や経済効率からみれば、ひたすらアホでしかないけれど、もっとずっと大切なものを手に入れたのだ。





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