ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

酔うと化け物になる父がつらい

2020-03-08 17:07:08 | や行

思い出したのは

「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」(10年)です。

 

「酔うと化け物になる父がつらい」70点★★★★

 

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ある地方都市に暮らす、田所一家。

サラリーマンの父(渋川清彦)と専業主婦の母(ともさかりえ)、

小学生のサキと妹の4人家族は

一見、ごく普通の一家・・・・・・だった。

 

父がいつも酔っ払っていることと、

母が新興宗教にのめり込んでいることを除けば。

 

やがて高校生になったサキ(松本穂香)は

相変わらず日々、酔っ払っている父にうんざりしていた。

 

そんななか、シャレにならない父の話をマンガに書いてみたところ

親友やクラスメートに好評。

そして

サキはマンガを描くことを、心のより所にしはじめるが――。

 

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いや~、これはタイトルを聞いただけで

尻込みしちゃいそうですが

でも、それではもったいない気がする。

 

普通ならシャレにならない話、しかも実話を

電球色のタッチで

よく描き切ったなあ、というのが率直な感想です。

 

いや、決して「いい話」や、あったかい家族話じゃないし

実際、シビアですが

 

ところどころにコミカルさをもたせ

目を背けずに、観られる風合いを持ち続けたことによって

この映画は

ダメな人間を断罪するだけでは得られない、

何かを伝えてくれるかも、と思えたんですよね。

 

それに酔っ払って正体をなくしても

このお父さんは、家族に暴力を基本、振るわない。

そこが救いだった。

(原作コミックも拝見しましたが、実際「1度きりだった」そうでホッとした)

 

主役の松本穂香さんもすごくよいですが

父親役の渋川清彦氏が

ダメでしょうがないけれど、憎みきれないお父さんを、まあ見事に演じていて

 

娘たちに服を脱がされて

「おいはぎ~!」と抵抗する様子とか笑ってしまうし

 

「いっとき、いろいろを忘れるために、

(酒に)頼っちゃうんだよねえ・・・・・・」というつぶやきは

わかる・・・・・・と身に染みすぎた。

 

人間は弱いもの。

自分だって足を踏み外す可能性は大いにあるし

酒に限らず、ギャンブル、薬物――家族の問題を抱える人はたくさんいる。

 

でも、自分のことも家族のことも

そういう「負」の部分を人に話すことって

なかなかできるもんじゃない。

 

そうした人たちに

「ああ、おんなじだ」と思ってもらえるように

原作も、この映画も、作られたのかなと思うのでした。

 

というようなことを

パンフレットにも寄稿させていただきました。

映画館でお手にとっていただければ幸いです。

 

それにしても。

原作コミックを探しに、本屋さんに行ったのですが

「コミックエッセイ」の棚が、あまりに壮絶なタイトルだらけで

かなりびっくりしてしまった。

虐待、毒親、病気に依存・・・・・・

 

そういえば「母さんがどんなに僕を嫌いでも」(18年)もコミックエッセイが原作だった。

多くの人がつらい経験をし、

それを、こういうかたちで外に出しているのだ・・・と

改めて考えさせられました。

 

こうしたコミックエッセイ、って

日本独特のものなのでしょうかね。

 

★3/6(金)から全国で公開。

「酔うと化け物になる父がつらい」公式サイト

コメント (2)
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山の焚火

2020-02-20 00:06:49 | や行

自分映画史ベストワン作品。

 

「山の焚火」85点★★★★

 

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ときはおそらく、1980年代。

 

人里離れたアルプスの山中に

父(ロルフ・イリック)と母(ドロテア・モリッツ)、

10代の娘ベッリ(ヨハンナ・リーア)と

その弟(トーマス・ノック)が暮らしている。

 

聾唖者の弟はときどき奇行を起こすが

無垢で、愛らしい存在であり

一家は彼を、やさしく見守っていた。

 

だが、夏の終わりに

ある出来事が起こりーー?!

 

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スイスの巨匠、フレディ・M・ムーラー監督が

1985年に発表した作品。

 

といっても、ワシ

監督の名前もよく知らないまま(すみません・・・苦笑)

 

実はもう30年近く前、学生時代に

たまたま深夜にテレビで観て(たぶんミッドナイトアートシアター)

衝撃を受けて以来

自分映画史ベストワンにしていた作品なんですよね。

 

それが

デジタルリマスターで上映。

 

いや~懐かしい!

と感慨深く

 

同時に

自分の好きな世界、嗜好が変わってないんだなあと

驚きました。

 

人里離れたアルプスの山で

自然と静寂とともに、生きる家族。

 

その淡々とした日常には

人の暮らしの、たしかな息づかいがある。

 

そして外界から隔離されたその場所で起こる、ある出来事。

 

それは残酷でもあるけれど

なにか自然の摂理のようで

 

人間の根源を考えさせると同時に、

倫理を超えた神話的な美しさを持っていて

30年余を経ても、やっぱりぐっとくるんです。

 

いいなあ。

 

昨日の「名もなき生涯」の村も

ちょっとこんな感じだなあと

続けてアップしてみました(笑)

 

スイスの山岳地帯に生まれた

フレディ・M・ムーラー監督は現在79歳。

すでに映画制作からは引退しているそうですが

ほかにも「山三部作」とされる、山映画を撮っている。

 

今回はその

「われら山人たち われわれ山国の人間が山間に住むのは、われわれのせいではない」(1974年)と

「緑の山」(1990年)が

同時公開ということで

 

観に行きます!

 

★2/22(土)から渋谷ユーロスペースほか全国順次公開。

「山の焚火」公式サイト

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よこがお

2019-07-31 23:53:59 | や行

筒井真理子氏の横顔、市川実日子氏の目の奥に

ギリギリの「淵」をたしかに見ました。

 

こわ。

 

 

「よこがお」75点★★★★

 

 

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訪問看護師の市子(筒井真理子)は、

献身的で面倒見のよい女性。

 

周囲からの信頼も厚く

訪問先の娘でひきこもりがちな基子(市川実日子)の勉強も見てやるほどで

基子は市子をとても慕っていた。

 

市子には恋人(吹越満)がおり、

彼女は彼と彼の幼い連れ子と

つつましくも平和な家庭を築こうとしていた。

 

――が、そんな矢先、

ある事件が起こる。

 

そして市子は

すべてを失うほどに追い詰められていき――?!

 

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深田晃司監督の新作。

 

期待どおり、見応えありました!

 

善き訪問看護師の人生が

ある出来事で一変するお話で

 

 

日常と地続きに起こる事件の

じわじわとくるイヤ〜な感じ。

不穏や緊迫感が

静かにノンストップに首をしめてくるような

 

「淵に立つ」(16年)に繋がる、深田ワールドの真骨頂!だと思います。

 

 

ヒロイン市子を演じる筒井真理子氏が

とにかく出ずっぱりで、迫真。

人の良さそうなその横顔が、一瞬で雑で下卑た感じになる

冒頭シーンの、豹変の見事さといったら!

 

あそこからタイトルをとったのだろうか?

と思うほど、印象が強かった。

まあ、すべては監督の計算のうち、と思いますが

 

筒井氏は

日本映画ではなかなか行かない場所に行かん、としている監督の要求に

きっとそれ以上をもって応えたのだろうなと思います。

 

 

明るい陽射しのなか、穏やかに、しかしズブズブと

人の内面をこれでもかとえぐっていくさまといい

なんだかフランス映画みたいなんですよね。

イザベル・ユペールがヒロインでもおかしくない感じ。

 

また、基子役・市川実日子氏の存在が

きっついんですわ(笑)。

 

基子は市子を慕っていながら、だんだんと攻撃性を見せていく。

 

一瞬、「市子が結婚して、一人だけ幸せになることが単にいやなのか?」とも思うんですが

その底に彼女への恋愛感情があるとわかる。

 

 

愛情が執着になり、愛憎になっていくさまが

実に自然でリアルで

 

このへんの描写には

かなりゾッとした。

 

さまざまなラストが予感でき、

しかし、そのどれにも当てはまらないエンディングを

もぐもぐと反芻するのでした。

 

AERAdot.に監督インタビューが掲載されています。

映画と併せてぜひ、もぐもぐと。

 

★7/26(金)から角川シネマ有楽町、テアトル新宿ほか全国で公開。

 

「よこがお」公式サイト

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山懐に抱かれて

2019-04-29 23:15:58 | や行

牛乳、飲んでみたい。

 

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「山懐に抱かれて」70点★★★★

 

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岩手県で山地酪農を営む家族を24年間追ったドキュメンタリー。

製作のテレビ岩手による長期取材の映像は

実に貴重で実り多く

いまでいえば

まさに究極の「ポツンと一軒家」!

 

そして、ランプの灯りのもと

「暗い?夜になったら寝るんです!」とおっしゃる一家の主からして

リアル「北の国から」という趣でした。

 

始まりは、一家の主、吉塚公雄さんが

大学卒業後の1974年、岩手の田野畑村に移り住み、

「山地酪農」を始めたことに遡ります。

「山地酪農」とは山林を切り開き、シバを植えて

そこで牛がシバを食べ、搾乳のために牛舎に戻り、また山へ行くという酪農法。

 

自然のなかでのびのびと育ち

四季折々の自然の作物を食べる牛たちの牛乳は

春夏秋冬、食べるものによって味も違うのだそう。

 

実に素晴らしい方法ですが

実際、やるのはかなり大変。

 

吉塚さんは5男2女、7人の子どもたちを総動員し

みんなで酪農を行っている。

 

その様子を1994年から、テレビ岩手が追っていて

それをまとめたのがこの映画。

 

7人の子は、みな熱心に親の背中を追うんだけど

やはり、それぞれ思うところもある。

 

そんな彼らの成長を見続けて、まず思うのは

親に「習う、倣う」とはこういうことか、ということ。

 

それは「親が子を、自分の思い通りにする」ということではないんです。

同じ酪農を志しながら、違う道に進む子もいる。

結婚して、巣立っていく子もいる。

 

でも全員が間違いなく、同じレガシー、スピリットを共有している。

それが、すごい。

 

一家の主・公雄さんが試みを初めて40余年。

時代が移り、「安心」「自然のまま」なことの価値は、

その予言通りに、より必要とされるようになった。

そして、東日本大震災も、原発事故もあった。

 

そんな時の経過のなか

いま長男を筆頭に、三男は営業に、四男はチーズなど加工製品を作るようになった。

それぞれのキャラの違いと、適材適所具合もまたおもしろい。

 

映画を観れば

「山地酪農牛乳、絶対飲んでみたい!」と思うはず。

ただ、ネットで調べたら、ちょっとお高かったんですが

 

彼らのようなやり方を、きちんと後押しできる社会に

まだ日本が成熟していないのかなあ、と

まだまだこの先の展開も重要になりそうな気がするのです。

 

★4/27(土)からポレポレ東中野で公開。ほか全国順次公開。

「山懐に抱かれて」公式サイト

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ユーリー・ノルシュテイン《外套》をつくる

2019-03-22 23:13:31 | や行

手塚治虫、宮崎駿、高畑勲氏ら

日本の大巨匠たちにもリスペクトされるアニメーション作家の、いま。

 

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「ユーリー・ノルシュテイン《外套》をつくる」71点★★★★

 

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「霧の中のハリネズミ」(75年)などで知られる

ロシアを代表するアニメーションの巨匠

ユーリー・ノルシュテイン氏。

 

彼が30年以上作り続けている

ロシアの文豪ゴーゴリの名作「外套」のアニメーションは

いまだ完成していない。

 

本作は

「ラピュタ阿佐ヶ谷」の主宰で

ノルシュテイン氏とも懇意である才谷遼氏が

自らカメラを携え、「なぜ、外套は完成しないのか?」

ロシアに飛んで直撃取材したドキュメンタリーです。

 

完成途中の《外套》の映像をはさみながら(これが、またすごい!)

77歳のノルシュテインの頭の中をのぞく

貴重な記録です。

 

なぜ、完成しないのか?の理由は

長年信頼していた撮影監督の死、自身の病気、

製作パートナーである妻の病気、資金の問題――そしてなにより、自身の気力の問題だ、と話す

ノルシュテイン氏。

 

しかし、ドキュメンタリーが捉える本人は

いかにもロシア叔父さん、的にお酒を飲みながら、意外に饒舌で、朗らか。

文豪たちの著作をひもとき、語られるその言葉は

哲学者との会話のように深淵。

 

「世の中は悪意に満ちており、おとなしい聖人にはいじわるなのだ」――

まさに「幸福なラザロ」(4/19公開)に通じるような、

巨匠の言葉に感じ入ります。

 

そして、なんとそのアニメーション制作の秘密も

公開してくれるんです!

 

まるで着せ替え人形のような、

細かいパーツを組み合わせる技にびっくり!

 

 

「みんなが、あなたを待っているんだ!」――酔っ払った才谷監督の切なる言葉に、

この探訪が、何かのきっかけになれば、という願いをヒシヒシと感じました。

 

★3/23(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

「ユーリー・ノルシュテイン《外套》をつくる」公式サイト

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