ドリームピックのウクレレ日記

ウクレレとヨットの大好きな「お腹の大きなオヤジさま」
dreampicのウクレレ日記。

SW後半 Ⅲ

2016年09月26日 00時31分15秒 | 日記
9月25日(土)
Cafe Luonto でのウクレレ教室の写真は撮り忘れました。人数は4人でした。
そのあと、長谷のイドバタさんで絶品ハンドドリップ珈琲を頂きます。ケニア、なんとかローストで酸味の強いものが
入りました、と聞いたらそれを頼まない訳がありません。酸味の強い珈琲が好きなんです。
それから足つぼを待ってる間、長谷のミニ水族館で生ビールを。
それから、長谷駅でナディアさんと合流して、鎌倉駅前の生涯学習センターでこの日2件目のウクレレ教室へ。
なんと久々にカザフくんが彼女を連れて登場。携帯を落として壊してしまい、連絡出来ずにきましたとのことで、
ナディアさんmacotoさんの二人だけと思っていた私には、ビッグサプライズでした。
そして、もうひとつサプライズは、なんと私の誕生日のお祝いで全員でハッピーバースデーをウクレレで
歌ってくれたことです。じ~ん。


9月26日(日)
久々の陽光でしたので、朝から家人の庭の雑草取りを手伝って、そして江ノ島のRydeenの新しい保険証書を船に
持って行く事に。
自転車で行く途中、長谷の“経音”に寄ってみたら、この日の店番はNAOちゃんでした。昨日カザフ君が久しぶりに
来たんだよとか世間話をして江ノ島に。
江ノ島で、Rydeenのオーニングを開けて保険証をチャートテーブルの中のファイルに格納。それから、コーゴさんの
ところへ。先客との話を待って、待ってる間ポケモンGOを少しいじります。
先客が終わって、ようやく私の番です。請求金額交渉。私を見たらコーゴさんは絶対値切られると思ってくれる
のは、値切る理由を前に話してあって、そのことに共感、理解してくれているからこそだと思います。

塗装部のF山さんが最近見かけなかったから、何かあったかと思われるよという話をしてくれました。
まあ、そうだろうなあ。





江ノ島の帰り道、鎌倉高校前近くの踏切りでは、相変わらず海外(主に中国)の観光客でごった返してました。
つまり、彼らにとってこの辺は、まさに憧れの場所なんだよね。色んなドラマや映画の舞台となった場所。
ローマの休日のトレビの泉や、いろんな映画に良く出てくるマンハッタンや自由の女神みたいなもんかな。


そして、家に戻りインスタントラーメンでも食べようかなと思ったら、ラーメンが無い!
どうしようかな、と思ったらパスタがあったので、パスタを長く茹でてラーメン風にスープを作って…
スープはよせ鍋のスープと中華スープの素、ごま油ラー油、生姜とニンニク、塩コショウで何とかラーメン風に
して、それに茹で過ぎのパスタを投入して、高菜炒めをトッピングし中華そばの出来あがり。
ラーメンとは違うけど、旨かったよ。
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シルバーウィーク後半 Ⅱ

2016年09月24日 16時30分28秒 | 日記
23日は朝から準備して、上野のキワヤ商会さんに仕入れに出掛けました。
そうです、会社は休みを取りました。退職準備を自分で着々と進めて
おりますので、文句は言わせないぞ~🎵

フェイマスのソプラノとKWAVEのソプラノを仕入れて、更に小物類を
いくつか。あいにくの雨ですが、好きなことやってると苦じゃないね。


そして本日はウクレレ教室3クラス。直前に2クラスに減りましたけど
とりあえず、長谷に納品してその足で、cafe LUONTへ。

カイマナヒラ、りんごの木の下で、カントリーロードを。
生徒さんからクレージーGのリクエストがあり、次回はその譜面を
用意することに。このリクエストはmihoちゃんの旦那様からです。
前向き❗
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シルバーウィーク後半

2016年09月24日 00時56分18秒 | 日記
シルバーウイークというらしい、前半17日(土)18日(日)19日(祝)のうち19日(祝)出勤で
20日(火)21日(水)も出勤。21日は朝昼晩三食とも小諸蕎麦という快挙を達成。21日は22時の
小諸蕎麦閉店ギリギリに駆け込んで夕飯にありつけるという有様だった。
  

そして、シルバーウイーク後半。
22日(木)は朝からあいにくの雨。この日は私の誕生日で、先週の15日の家人の誕生日から始まる
我が家のお誕生日ウィークの最終日。私の誕生日は休み=秋分の日と重なるのは、何年かに一度である。
今年は丁度その年に当たり、

という訳で、どっかに行こうよと雨だと言うのに朝から言い続ける
小生に根負けしたのか家人も重い腰を上げて、近所のピザ屋へ。トマトとモッサレラチーズのピザとサラダを
二人でシェアし、もう少し食べたいとナンチャラという揚げ物を頼んで丁度満腹です。


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シナトラのSeptember in the rain

2016年09月20日 00時53分17秒 | 日記
甘く切ない歌。9月の雨、シナトラの甘い歌声に合いますねえ。
9月ってんだから、秋の曲だと思ってたら、改めて調べたら春の歌だって。
「春だというのに、私の心はあの9月で止まったまま」ってことらしい。
まあ、でもいいや、秋に聴くのに丁度いい切なさです。
これウクレレでやろうかな~

September in the rain

The leaves of brown came tumbling down
Remember in September in the rain
The sun went out just like a dying amber
That September in the rain

To every word of love i heard you whisper
The raindrops seemed to play our sweet refrain
Though spring is here to me it's still September
That September in the rain

To every word of love i heard you whisper
The raindrops seemed to play our sweet refrain
Though spring is here to me it is still September
That September in the rain

That September that brought the pain
That September in the rain
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大船中学同窓会に参加

2016年09月17日 23時23分23秒 | 鎌倉・逗子・藤沢・湘南
17日(土)は大船中学の同窓会で、久々の2連ちゃん飲み会だった。
会場は藤沢の湘南クリスタルホテルというド派手なホテルだった。前は藤沢グランドホテルだったが
今はそのホテルはなくなってしまった。

前日の海彦山彦の二日酔いが抜けきらないまま、夕方になってしまい藤沢に出かけて行った。
江ノ島でヨットのバースがお向かいのK山君にも声をかけて現地で落ち合うことにした。
二人とも、1次会で失礼しようと相談してあった、というのも二人とも翌日はヨットに行く事にしてたから。

そんなことは許されるはずもなく、2次会場「かもん」に行くことに。まあ、意思の弱さもあるが。
久々に会う中学時代の同級生たちとの話しも面白く、43~4年前の友人たちと昔に帰ったように
話がはずむのが不思議だ。

さすがに、2次会の途中で失礼して東海道上りに乗り、洋光台のK山君と大船で分かれた。
実は、翌日のヨットは中止と途中で連絡が入っていたんだけどね。




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海彦山彦golf会 at 新橋“石狩”

2016年09月16日 23時23分23秒 | ゴルフ
16日(金)は新橋の“石狩”にて海彦山彦ゴルフ会の反省会が行われた。今年は残念ながら参加出来なかったが
先日の妙高高原ゴルフコンペの反省会である。とは名ばかりの単純な飲み会である。
海彦山彦ゴルフ会は、故渡辺卓さんを囲んで行っていた渡辺卓杯が名前を変えて今も開催を重ねている会で、
NTTからS&Bへ転籍した故人への思いから、2社のメンバーが中心となってこの2社に限らず拡大してきた
ものだ。とくに故人と同期のS&BのF島さんが今は最高顧問で、今は妙高高原に居られるF島さんのおひざ元で
ここ数年は開催している。東京側最高顧問は元NTTのMT氏で、今回の反省会は彼の発案のものだろう。
とにかく、新橋の夜は静かに、しかし熱く更けて行くのでありました。


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中秋の名月 9・15

2016年09月15日 23時17分04秒 | 日記
仕事が早めに終わって鎌倉に22時過ぎに到着した。駅でバスが待っていたので慌てて飛び乗ると、早速発車。
最寄りのバス停で降りて、ふと空を見上げれば、満月が煌々と明るい夜。

そういえば確か中秋の名月は今夜あたりではなかったかな。
月例15か16の本当にまんまるいお月さま。少しだけ雲がベールのように
かかっているのが、また風情があるではないか。

ムーンライト・セレナーデが聞こえてくるような夜。


撮影:CASIO EXILIM (モードPオート撮影 手持ち オートぶれ補正)

そして、今日は家人の誕生日なので、家に帰ってすぐにウクレレを持ち出し、Happy Birthdayを家人の前で歌う。
いつもはうるさいという家人も今日ばかりは、嬉しそうに聴いていた。
来週は私の誕生日で、ここから我が家は誕生日ウィークに突入するのだ。今までは9・15は敬老の日だったので
必ず祝日だったが、それが変わり、今年は私の誕生日の22日が秋分の日で休みになった。諸行無情ああ無情。

                  
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初台時代の上司同僚と日暮里にて

2016年09月11日 09時28分30秒 | 会社系飲み会
9日(金)は初台時代の上司同僚「新たな出発(たびだち)の会」
で恒例の日暮里さくら水産に行く。
この集まりももう10年以上、今でも寄ればM茂さんの話で盛り上がります。
この会は、旅行先を決めるとか旅行の反省会という色彩が濃いんです。
先週末に引き続き初台時代の仲間達。元上司のK村さんと私は二週連続です。
でも今回は珍しく次回の旅行先が決まりませんでした。
やはり皆、寄る年波には勝てません。
私は仲間の一人がウクレレを習っているというのを聞き、嬉しく
なってしまった。

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義母逝く

2016年09月07日 23時23分23秒 | 家のこと
家人の母親が3日未明亡くなった。
市内十二所の老人ホームで夜中の1~2時の間に息を引き取った。
義母は婦人科系の末期がんであった。
義父は7年前に亡くなっているので、家人は親なしになったと嘆いた。

2時過ぎに連絡をもらい、車で家人と10分ほどで十二所のホームに着く。
葬儀社にも連絡を入れるが、医師の死亡診断が終わってから連絡をと
いうことで、医師を待つことに。0時に寝たところだったので、あまり
寝ていないが、不思議と眠くはないものだ。

医師が来るのは朝になるとのことで、場合によって昼間になるとホームの
他の入居者への影響もあり、夜までホームから移動できないかもしれない
という事であったが、6時半ごろには医師が到着し死亡診断ができた。
葬儀社がすぐに霊柩車を回してきて、家の前を通って葬儀社の霊安室に
安置し季節がら大量のドライアイスで保管してもらう。

葬儀社との打ち合わせで、火葬は数日後となったが、故人の遺言で葬儀は
行わず、火葬の日に自宅で家族と近しい人だけのお別れの会を行う事に
して、親戚にも声はかけないし、お香典もご遠慮することになった。

昔小学校の教員をしていた義母は、今でも当時受け持ったクラスの生徒
たちと付き合っており、ホームに入ってからも幾度となく彼ら彼女らと
食事に行ったりしていたので、その人たちを主体にしたお別れの会になった。

派手な祭壇も作らず、近所の花屋と葬儀社によりベッド周りに花と遺影と
生前に貰っていた戒名を貼った位牌、線香とろうそく、そして故人が読んで
いた本と眼鏡を並べた。
故人が好きで鎌倉で一番美味しいと言っていた“登茂ゑ寿司”本店から
取った寿司と本人が亡くなる直前まで呑んでいた日本酒の献杯でお別れの
会が始まった。

司会進行はずっと看病をしてきた家人がして、義母の教え子全員に一言
づつしゃべってもらった。教え子と言っても、もう80歳を超えた方々である。
義母は90歳を超えた年齢でもあり、はじめはしんみりとした雰囲気では
なかったが、一言づつ別れの言葉を頂くうちに、誰ともなく涙を流して
故人を偲ぶ会に。

家人が義母の残した帳面等から、自分の死と葬儀にあたってという文書と
和歌を見つけていたので、それと遺影をカードにPCで印刷したものを
帰りに参列者へお渡しした。
お別れの会の最後に、全員で「故郷」を合唱、その伴奏は私のウクレレで
あった。私にも出番を作ってくれていた。

これらの手作りの進行は全て、気丈にも家人が作り、そして仕切った。
いいお別れの会になったと思う。義母は幸せだったはずだ。



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重い荷を背負って、長い坂を上るというが

2016年09月03日 23時23分23秒 | 独り言
     

人生が終わるときには、「ああこれで背負った荷を降ろせる」と気持ちが楽になるのだろうか。
「まだ死ねない!」ともがくのだろうか。それとも、自分の生きてきた道と結果に満足出来て
安らかに天国に行けるのだろうか。

そのどれもが入り混じった、複雑な感情なのかも知れない。あるいは、突然の事故のように
全くそう言った事を認識することもなく、あの世に行ってしまう事もあるのだろう。

私はクリスチャンだが、どの宗教でも、あの世、天国、極楽に行く前にしばらくこの世に魂が
留まるという概念があるようだ。それは、死ぬと認識することもなく突然亡くなったりという
時に天国にまっすぐ向かわないということなのかもしれない。

そして、誰も自分が死ぬとは思わないで突然、死が訪れるので大概の人は、あの世、天国に
行く前に、心の残るこの世に留まるということなのだろう。今、死ぬと確信を持てるのは
自殺をする人か、いつ死が訪れてもいいように覚悟が出来ているような人しかいないと思う。

ということは、殆どの人はこの世にしばらく留まる魂になるのだろう。

いずれそういうものになるとしても、私がそういう魂、霊が見える人じゃなくて良かった。
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