パラドクスの小匣

南原四郎、こと潮田文のブログです。

沈黙により迎えられ、送りだされたこと

2007-05-09 16:20:12 | Weblog
 三日ほど前、御存じの人は少ないと思うけれど、写真家の新倉孝雄氏が、私の写真展を見に来てくれた。

 新倉氏は、もう、40年近く前のことになるが、20代半ばにして、『カメラ毎日』という、毎日新聞社が出していた写真雑誌の巻頭を与えられ、当時の写真の新思潮である「コンポラ写真」の旗手、担い手、ホープと言われていた人だ。

 当時の写真界の動向は、『カメラ毎日』を見ればすべてわかると言って過言でなく、同誌の編集長、山岸章二氏は、「山岸天皇」と称されていた。

 もっとも私は山岸編集長が、そんなふうに呼ばれていた事は知らなかったが、『カメラ毎日』はよく見ていたし、その編集長がカリスマ的存在である事も知っていた。

 で、その頃、写真を個人的にこそこそ撮っていた私は、ある日、意を決して、その『カメラ毎日』に自分の写真を持ち込んだのだが、その時、編集部には山岸編集長1人しかいなかった。
 私は、この人が名高い山岸さんかとカチンコチンに緊張しながら、机の上にもっていった作品を7、8枚並べて、氏の言葉を待ったのだが、奇妙な事に山岸氏は黙りこくって何も言わない。
 ただただ黙って机の上の私の写真を見ているだけで、いったいどれくらいの時間が経過したのか、全然憶えていないが、ともかく、これでは諦めざるを得ないと思って、黙って写真をカバンにしまい込み、編集部を辞したのだったが、その時も山岸氏は黙ったままだった。

 よいなら「よい」、だめなら「だめ」と言ってくれるならば、まだしも、無言で迎えられ、無言のまま送りだされるという最悪の結果にすっかり意気消沈したことは言うまでもないのだが、いったい、山岸編集長はなぜ、あんな理不尽な態度を私に対してとったのだろう、新米編集者ならいざ知らず、天下の「山岸天皇」ではないかと不思議に思っていたのだが、『月光』の24号で草森紳一氏に御協力を願った際、話が山岸編集長の話になって、山岸氏が「天皇」と呼ばれていたのは、実は、山岸氏は写真を見る事が全然できな人で、周囲の意見に従っているだけであり、それで、皆は「山岸天皇」と呼んだのだということだった。

 草森氏の話に私はなるほどと思った。もちろん、山岸氏が、私の写真にどう反応していいのか、全然わからなくて、絶句してしまったからといって、私の写真が優れていると言いたいわけじゃない。ただ、「なるほど」と思っただけだ。

 しかし、往生際が悪いというか、私は新倉氏に、草森氏の言葉を伝えて意見を聞いてみた。

 ちなみに、草森氏は、当時広告業界に関連し、『カメラ毎日』の巻頭30数頁を独占して発表された立木義浩の「舌出し天使」と名付けられた企画(立木義浩の最高傑作)の解説を担当(《舌出し天使》というタイトルも草森氏の命名。草森氏によると、これは自分のアイデアではなく、東方キリスト教会に伝えられる天使にこういう名前があるのだそうだ)していて、山岸氏を身近でよく知る人の一人であり、新倉氏の場合は、一時期『カメラ毎日』の看板だったのだから、知らないわけはないのだが、その新倉氏の言うには、「たしかにあの人は写真を全然見れなかった人だが、時代の流れのようなものに非常に的確に反応する人だった」ということだった。

 つまり、山岸氏は、個々の写真の善し悪しにはあまり拘泥せず、それをいかに時代の中に位置付けるかに腐心した、典型的プロデューサータイプの編集者、ということなのだろう。

 この新倉氏の評価に、一応納得したのだが、その後、ネットで写真家のホーム頁をいくつかチェックしたところ、若い頃、『カメラ毎日』に写真を持ち込んで、山岸編集長に見てもらったという人の文章がいくつか見つかった。
 ところが、そこでは山岸氏は、「いいねー、いいよー」と実に愛想が良い。しかし、「いいね」と言ってくれたものの、雑誌掲載については、自分の一存では決められない(ん?)という答えで、「天皇と言われてるのだったら、《自分の一存》で決めたっていいじゃないか」と内心不服でいると、それを察知したか、山岸編集長は、件の写真家の卵の肩を抱いて引き寄せ、「次号の掲載予定の人の校正刷りが出てるんだ。見ていくかい」などと懐柔する始末。

 結局、その人の写真は、2、3号先の号に載ったようだが、それはともかく、私への態度とはなんたるちがいだろうかと、憤懣たる思いがまたふつふつと沸き起こったのだが、でも、「いいねー」なんて言われたくもなし。沈黙によって迎えられようが、ただ、その人の心のうちに棘となって刺さっていてくれればよしとしよう。というか、「写真を見れない」人とは、実は、「心眼で見る人」のことであり、その心眼に迫り得た事の結果が、「沈黙」だった、と、いいように解釈する事にしょう。(山岸氏はその後自殺しちゃったんだけど)

 この話はまだちょっと続くのだが、長くなったのでまた明日。

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