パラドクスの小匣

南原四郎、こと潮田文のブログです。

コピー人間とクオリア問題

2006-01-30 00:00:39 | Weblog
「映画の研究」とタイトルは決まったものの、なかなか筆が前に進まないのは、「動くものが動いて見えるのはいかなるメカニズムによるのか」という問題に引っ掛かってしまったからだった。それで、一つ、ここらで中間報告を、勉強のまとめとしてかいてみたい。

 1、我々が、肉眼で「動くもの」を見るメカニズムは、映画の「映像」が動いて見えるメカニズムと同じである。

 周知の通り、映画の場合、標準で1秒間あたり24コマの映像が、ストップ&ゴー形式で消えては現れ、現れては消え、消えては現れる、という過程をくり返すことで動きが再現される。これを「間歇運動」というけれど、実は、我々の肉眼もまた、これと同じ、ストップ&ゴーで「動くもの」の動きを見ることができている。もちろん、その精度は映画よりも高いと思われるけれど、1秒間、50コマを越えるようなことはないだろう。(いわゆる「動体視力」の優れた人とは、このコマ数が大きい人のことと思われる)ただし、このことに触れた映画の研究書は、私が見た限りでは皆無だった。ただ、映像のマジックの、いわば「種明かし」として、「間歇運動」が紹介されているだけである。(いまだに「残像現象」で映画のカラクリを説明している本もあるけれど、これはまったくのアナクロな間違いである。たとえば、最新の液晶テレビの広告には、「残像をカットすることで鮮明な動きの再現に成功しました」と書かれているくらいだ)
 唯一、長谷正人という千葉大学(今は早稲田で教えているらしいが)の教授が、ウェブ上の論文で、…あああ、長くなりそうなので、また明日。

 
 ところで、埼玉で一夫多妻家庭(?)を営んでいた男は、若い女性を暗い部屋に誘い、私達(彼、及び彼の妻たち)以外の人間はみんなコピー人間なんだ、とか言って誘い込んだと新聞に書いてあった。全部が全部、この手で誘ったわけでもないだろうが、実は、これが前に書いた「クオリア問題」なんですな。つまり、私以外の人間が、コピー人間、あるいは宇宙人、あるいはロボット(…なんでもいいが)ではないことを証明することは不可能である、ということを利用したわけ。たとえば、その女性を窓際につれていって、外を歩く人たちを指差し、「彼らはみなコピー人間なんだ」と言う。女性は、「まさか」と笑う。男は真剣な顔で、「じゃあ、そうじゃないって、君は証明できる?」と言う。女性は、改めて考えると、それができないことに気づく。も、もしかしたら…と芽生える懸念。女の不安を見て取った男は、すかさず言う。「俺はお前が本当の人間であることを知っている。実は、本当の人間は、ここにいる女たちと、俺だけなんだよ。わかったかい? じゃあ、仲間になりなさい」

 んー(笑)。