韓国の法頂禅僧が3月11日に入滅し、朝日(4/11)に人柄が紹介されていました。
「無所有」の著書を執筆し、韓国ではベストセラーになったようです。
法頂禅師の私物は、眼鏡と万年筆だけと書かれていました。
僕(達)は、(特にこの島国において)現代文明の「物」に溢れている立ち位置から、この禅師の生き様を、宗教家の生き様と見てしまいがちです。
また、物に限らず、民主主義、選挙、資本主義、家族(和製漢語で中国、韓国でも使用されています。)、子ども、平等、自由等の概念は、近・現代に理念が確立しました。
「私物は眼鏡と万年筆」の生き様は、これらの「物」、「精神」を当たり前としての思索の根底を、再照射させます。
これらの「物」、「精神」を僕が規定しているつもりが、知らず知らずのうちに、逆に僕を規定してしまいます。
僕の、身の回りの「様々な近・現代の物」、脳髄のなかの「様々な思想、哲学、概念」を削ぎ落としたところからの、存在そのものの自己問答を思い起こさせます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/e1/dfcdad5dbf6304de3e091310aa137ec3.jpg)
この雪も、既に春に呑み込まれました。
「無所有」の著書を執筆し、韓国ではベストセラーになったようです。
法頂禅師の私物は、眼鏡と万年筆だけと書かれていました。
僕(達)は、(特にこの島国において)現代文明の「物」に溢れている立ち位置から、この禅師の生き様を、宗教家の生き様と見てしまいがちです。
また、物に限らず、民主主義、選挙、資本主義、家族(和製漢語で中国、韓国でも使用されています。)、子ども、平等、自由等の概念は、近・現代に理念が確立しました。
「私物は眼鏡と万年筆」の生き様は、これらの「物」、「精神」を当たり前としての思索の根底を、再照射させます。
これらの「物」、「精神」を僕が規定しているつもりが、知らず知らずのうちに、逆に僕を規定してしまいます。
僕の、身の回りの「様々な近・現代の物」、脳髄のなかの「様々な思想、哲学、概念」を削ぎ落としたところからの、存在そのものの自己問答を思い起こさせます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/e1/dfcdad5dbf6304de3e091310aa137ec3.jpg)
この雪も、既に春に呑み込まれました。