自由学園では、よく盗み事件が起こった。ある時、クラスの生徒の物が盗まれた。こういう時、学校では、まず、こういう事をしていた。生徒を全員、教室に集める。そして全員に小さな白紙の紙を渡す。そして、「盗んだ人は○を書いて下さい」と言う。そして紙を回収するのである。つまり、まず盗んだ人が、反省の意志があるかどうかを確かめるのである。中三の時だったと思うが、これが私のクラスで行なわれた。この時、紙をちぎって、生徒に配った。そして、紙を集めたら、○の書いてある紙が出てきたのである。これで盗んだ人が反省している事が証明された。そこまではよかった。しかし、その後が悪かった。クラスの秀才が、紙のちぎれ具合から、得意げに○を書いた人を探し出して、犯人を探し当てたのである。彼は探偵きどりか、どうか知らないが、これはバカだなーと思った。確かに、犯人がわかるという事は、非常に大事なことである。しかし、もっとずっと大事なことがある。クラスの秀才はそれが全くわからないのだ。それは、紙を配る前に、これは、犯人を探し出す目的ではなく、犯人に反省の意志があるかどうか、確かめるための調査である、と皆で誓い合ったことである。犯人には、出来れば自発的にクラス委員か担任の先生か、あるいは皆に、自発的に名乗り出て欲しいというのがスタンスだった。それは私も非常に良い手順だと思うし、というより、それが一番いい方法だと思う。犯人も反省しているのなら、傷つけたくない、という配慮からである。犯人をつきとめる事は問題解決に有効である。しかし、その前に、皆で誓い合ったのである。「これは犯人探しではなく、犯人に反省の意志があるかどうか、調べるための調査である」と。皆で一致団結して誓いあった約束を破る。この事の方がずっと悪い事だと思う。意図的ではなかったが、ちぎった紙を配ったため、そのちぎれ具合から犯人を突き止めるなんて事は、たとえ出来ると分かっていても、やるべきではない。そして○を書いたヤツはわかったが、その結果が何ともオソマツだった。彼は通学生で、もう夜も遅い時間になっていたので、早く帰りたいために、犯人でないのに、○を書いたと眠そうな目で言ったのである。真偽のほどは証明できないが、まず彼は犯人ではなく、彼の言っている事は本当だろう。彼は、金持ちで、他人の物を盗む必要などないし、もし本当の犯人の言い訳だったとしたら、もっと焦って、あんな落ち着いた口調で言えるわけはない。さて探偵の秀才は東大理三にも入れるくらいのものすごく頭のいい生徒だった。しかし、こういう物事の道理がわからないのである。それから私は、秀才は必ずしも聡明な人間ではない、と分かったのである。
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