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oude geuze boon ベルギービール




大阪の友人家族から「今週は空中庭園でベルギービールウィークエンドをやっていて今夜行く」というメールが来た。
大阪は梅雨に入り気温も上昇中、夕方はビールが美味いだろう。

「大阪でベルギービール祭り? 不公平!不公平!」とうらやましがるわが夫。
まあ気持ちも分からなくはない。


それで「今うちで流行っているビール」を見つけたらぜひ試してくれたまえと彼らに返信した。

写真の Oude Geuze Boon 。
ランビック地方(ブラッセル近郊)で生産されており、ボトルの頭はシャンパンと同様のコルクで封がしてある。
金色で、フィルターにかけられていないからか濁っている。ビールらしい苦みはほとんどなく、ひときわ強い酸味、しかも複雑な味。苦手な人もいるかも...後味に甘さはほとんどなくベタベタせず、アルコール分7パーセントとまさに夏の暑い日に飲みたいビールなのだ。
食事時には白ワインのかわりにいけると思う。
わたしが初めて飲んだのはKホテルのバアで、食材は忘れたが季節の何かを食べた時すすめられてだった。白アスパラだったかな?生牡蠣だったかな?

Kriek Boon (チェリービール)もあり、わたしはどこのチェリービールが一番とジャッジできるほど味が分かっているわけではないが、こちらもおいしい(チェリービール好きのベルギー人によく勧められるのは Lindemans のチェリービール)。


現地からもメールが来た。
「ストラッフェ・ヘンドリックの生がある!」と。
ステラッフェ・ヘンドリックはブルージュの地ビールなのだ。

そして、なななんと、Kriek Boon のソルベの写真!ベルギーでもこんなの見たことがない...(シャンパンや日本酒や蒸留酒のソルベは食べたことがある)さすが改良と工夫の国日本である。週末、暑かったら家でチェリービールのソルベ、作ってみよう。想像しただけでもおいしそう!


大阪の方、ぜひぜひ。ベルギービール祭りへ。

そして夏至前のよい一夜を。
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BRUGGE




国旗としては最高にかっこいいデザインだと思うユニオン・ジャックに対抗しようと...

ブルージュの市旗。
「BRUGGE」とロゴが入っていなければもっとよかったのだが(はさみでカットすればよかった)。

車のナンバーにはフランダースのシール(黄色地に黒の獅子)を貼ろうとそちらも買ってきたもののやはり気恥ずかしく、モールスキンのダイアリーとメモの外見が全く同じで、かばんの中で常に紛らわしいから、メモの方に市旗シールを貼ってみたのだ。

娘に「あなたらしくない...」と言われてしまった。

でもわたしは気に入っている。

愛国心とはそこを離れて発揮するものなのである。
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tired of london, tired of life




本屋で平置きにしてあったこの本を見つけたのは、去年2011年の11月に英国ビザ取得のためパスポートを預けたきり、この島から出られなくなったことがストレスになっていた頃だった。


今までのように買い物に日帰りでパリ、お客さんを連れて車で20分先のオランダの街(まあパスポートが手元になくてもベルギーからはこれらの国には出入りできるのだが)、夫の急な出張に付き合って明日からアブダビへというわけにはいかない...
という身の上がすべての自由を奪われた結果のような気がし、ある国の妃が「海外に行けないことに慣れるのに努力がいった」とおっしゃったあの文句を非常に身近に感じたほどだった。

夫は英国の中をマンチェスターやリバプール、バースやオックスフォードと出かけられるように気を配ってくれたが、元々旅行がしたくてイライラしているわけではなく、自分の自由が証明したいのにできなくてイライラしていていたのだから、なかなか国内旅行でウキウキという気分にはならなかったのだ。

ほんっと難しい人ですね...と夫に何度言われたことか。
(彼は難しい女が好きなのでいいのである)

この本は副題にOne thing a day to do in London とあるように、ロンドンで1月1日から12月31日の365日間、ダイアリー式に毎日何ができるか、つまりどんな小さな幸せを見つけられるかが素敵なイラストとともに紹介してある。

序文には「最も創造的で多彩な都市、芸術、文学、人類の歴史。ロンドンはわれわれの世界を形作る一端を担ってきた...(略)しかし、時々私たちは自分がどんなにラッキーかを忘れてしまいがちである。周りを見回したとき、私はほとんど無限の”すること”を発見できた...」


例えば明日、6月13日を見てみよう。
「ビリングスゲイトの魚市場で魚を買う」
...ビリングスゲイトの魚市場は16世紀から立ち...という簡単な説明と住所つきだ。

今週末16日、夫がこれは行ってみたい!と言ったのは「ウィブリー・ワブリーで一杯飲む」だ(写真左)。
ロンドン南西グリーンランドドックに浮かぶウィブリー・ワブリー号(船)はパブになっていて、ドックからの眺めを楽しみながら飲める、看板猫もいるよ、と...

わたしの誕生日のある月、11月はこんな風に始まる
1日「ロンドン一のお化け屋敷、バークレー50番へ」
2日「グリニッチで時計を合わせよう」


もちろんこの日に必ずこれをしなければならないという訳ではない。

「何かちょっといいこと」はどこでどんな境遇にあろうと自分が見つけるものなのだ、ということがあらためて分かる本なのである。
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palmier @ van mullem




ブルージュで絶対に食べたいと思っていたものがいくつかあり、そのひとつがヴァン・ムーランのパルミエだった。

わたしは甘いものはそれほど好きではないが、これは朝ご飯前に紅茶と一緒に食べたい!

湿気るのを恐れてたくさんは買いだめできず、今朝最後のひとつを娘に奪われてしまった。
ああ、ブルージュの味が...


他にもヴァン・ムーランのピストレ。
ピストレはフランスパンに似た生地を直径8、9センチの丸形に形成した軽いパンだ。外側は薄く香ばしくどこまでもパリッとカリッと、内側はふわふわで密度が高すぎても低すぎてもいけない...

2日目の朝、いそいそと出かけて行って koffie verkeerd(コーヒーよりもミルクが多いから「間違ったコーヒー」つまりカフェ・オレのこと)と一緒に3つも食べた。パンそのものがおいしので何もつけなくても噛めば噛むほど旨味が楽しめるのである。


ヴァン・ムーランと言えば、クロワッサン系のパンも抜群においしい。フィユテ生地には湿度が深く関係するようで、特に晴れて乾燥した日は最高に美味い。こういうパン自体を楽しめる食べ物屋さん、英国にはないなあ...


ケーキは取り立てて誉めるほどでもないが、ピストレ、クロワッサン系のパンやチェリーのパイ、すもものパイなどのシンプルなパート・フィユテ系はほんとうにおすすめなのでぜひぜひ。
そしてこの季節はテラスで。



Van Mullem
Vlamingstraat 56
パン屋にしては定休が月火、またまとまった休みも多いので注意。
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プチ・トリアノン風田舎




わたしが住んでいるサリー州はロンドンへ通勤可能な距離にありながら英国一の美しい自然を誇る。
なんでも森林の割合がダントツで高いそうだ。

サリー丘陵の濃い緑の中には村々が点在し、村と村をつなぐ道は舗装はされてるものの多くが細い田舎道だ。ゆえに朝晩の渋滞は正気の沙汰ではない。

朝晩の渋滞を緩和する為に、ブルージュの高速脇やアントワープのリングにあるような立体ジャンクション(主にトンネル)を造る計画はないのかと思っているのだが、サリー州の英国人は自然を破壊してまで交通を便利にするつもりはさらさらないらしい。

サリーは教育や福祉や住環境が充実していて犯罪率も失業率も低いために中産階級に人気のエリアだ。だから今後も人口が増えるに従い高級車の数珠つなぎ渋滞はさらにひどくなり、ロンドンはさらに遠くなるのだろう。


この季節、天気がいい日に渋滞を避けてそういう道を車で走ると、爆発したかのような緑が自分の身体の細胞のすみずみだけでなく、無機的な車体にもしみわたるかのようでほんとうに気持ちがいい。
もちろん醜い看板も、コンクリートの味気ないアパートやショッピングセンターもない。ただただかわいらしい村と村をつなぐ緑のトンネルが続き、緑の向こうのキラキラした草原に真っ白な馬が佇んでいたり、丘陵と丘陵の間の浅い谷が澄んだ空気をまとって女神のように横たわっていたりするのである。


そのようなこの辺りで最も裕福な人々はどんな家に住んでいるかと言うと、細い田舎道の途中、うっそうと茂る森の中に森そのものを庭とし、家の端が森の彼方にかき消えているような大邸宅に。家と言うよりも「領地」。もちろん車がなければどこにも行けない。
こういう家を持つのが英国人のステイタスだ。

わたしは三つ星レストランや劇場に徒歩で行ったり、一日家を空けた後23時頃に犬を散歩に連れて出て馴染みのバアに寄ったりできる環境の方が好きなので、パン一斤買うにも車、郵便局で小包一個出すにも車、という緑の中の生活に簡単には馴染めないでいる。

それでこういう環境を「ど田舎」と呼んで密かに笑っていたのだが、わたしの英国生活師匠の旦那様(英国人)に言わせると、この環境はど田舎ではなく、「田舎風」なのだそうだ。

そうだ、ファッションなのだ。

そういえば田舎は田舎でも井戸から水をくんでくるわけでもなし、自分でパンを焼くわけでも畑を耕すわけでもない。

おお、それはさしずめマリー・アントワネットのプチ・トリアノンではないか。
ルソーが「自然に帰れ!」と言った(本当は言っていないけれど、それは当時のかけ声になった)のは当時本当に流行ったようだし...今の「ロハス!」みたいな感じだったんでしょうか。


ウィキペディアの「イギリス式庭園」の項には、
「この時代に最初に整形式の庭園に対して批判を述べているのは、アントニー・アシュリー=クーパー (第3代シャフツベリ伯爵)である。彼は、1709年に記した『モラリストたち』において、あるがままの自然を賛美し、これを整形式庭園の美学と正反対のものとして対比し、人工美の庭園よりも大自然の優美さを賞賛した。」
とあり、ルソーの時代の自然賛美ももうすでに何年も前からの流行りだったようで、たぶんその時代に成立した英国人の自然観、庭園観はここ300年ほどずっと変わらず、そしてきっとこの先もずっとそのままなのであろう。

最低300年の歴史があるらしいサリーの田舎風暮らし、ど田舎ではなく実は大変スノッブな生活様式なのである(笑)。



手持ちにサリー州の自然の写真が全くない...なぜならいつもそれを車から眺めるからだ。この記事の写真はサリー州ではなく、隣のハンプシャー州のものであることを断っておく。
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