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英国の家




「英国の家」は、ことわざにありエスニック・ジョークにもされるように「優れたもの」のひとつと認識されている...と思う。
少なくともわたしは世間は優れたものと認識すべきだと考えているんだな、と思っていた。

ベルギーでも時々「イングリッシュ・コテージ・スタイルの家」という広告表現がされる。
その場合、カントリーサイド風(決して「田舎風」ではない)のものすごく素敵な家を意味する。

ところがそういう類いの家をここでよく見かけるかと言うとそうでもなく、実はものすごくレアものだったりする。
「イングリッシュ・コテージ・スタイル」...たぶん「ジャパニーズ・武士道精神」とかそんなカテゴリーのものなんだろうなあ。

英国の家すなわち素晴らしいという勘違い(があるとすれば)は、「英国人の家はその人の城」ということわざが曲解されたのが原因なのではないか。正確には「英国の家は城のようにすばらしい」という意味ではなくて、「城のように個人を守る」という意味だそうだ。全然意味が違う。


納得である。

と言うのは一部の特殊な家をのぞき、英国の家がフランスやドイツの家にくらべて特別すばらしいとはわたしは思わないからだ。これはわたしの好みと近視眼的ものの見方の問題なのでご立腹なきよう。
また当然のことだが、ジョージアンやヴィクトリアンの家にもピンからキリまであり、ごく一般的な建て売りも、また荘園ですかと聞きたくなるような大豪邸もすべて「英国の家」で、別々に論じるべきだという理は無視する。


その第一の理由は、特殊な家をのぞいて一部屋一部屋が狭いことだ。
英国人にとって大切なのは家の平米数ではなく、「いくつ部屋があるか」なのである。これは不動産屋も認めたので事実だろう。
極端な例を持ち出すと、もし30畳のスペースがあったら(わたしならそのまま広々使う)、ここでは6畳の部屋を4つ5つ作ってしまう。
これは島国的な感覚なのだろうか?不思議だ。


第二の理由は窓が小さいあるいは全開しないということ。
気候を鑑みると「全開すらしない小さな窓」というのは土着の知恵なのかもしれないが、それほど緯度の変わらないベルギーの家の窓は普通壁一杯の大きさで全開する。天気のいい日に窓を開けて太陽の光と空気を取り入れるのはどんなに気分のいいことか。

窓と言えば、特殊な家をのぞき(笑)、窓枠等にアルミサッシが多用されている家が意外に多いことに気がついてしまった。うむ、ここはやはり木製と鉄製がわたしの好みである。自分の住まう家だけでなく、街中の家がそうだったらもっと美観が相当整うのにな...と。


「英国の家」の美点をあげるとすれば、どんな慎ましい家にもできるだけ庭がついていること、複雑な料理を作る習慣がない割にはキッチンが非常に立派なことだろうか...



もちろんその土地の風土や文化に合わせて発達して来た家はどこの国の家も素敵だし、設備に説得力がある。
いつか様々な国で見た素敵な家のいいところを取り入れて素敵な家をデザインしたい...と思う。
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真夏の夜の夢




最近、朝4時半には日が明け始める。鳥が一羽歌を歌い出す。続く大合唱。
わたしは寝室の窓を少し開けて空気を入れ換え、鳥の大合唱を聴きながら後少し寝る。

夜は22時過ぎまで日が残っている。空の色も木漏れ日の形も一日かけてゆっくりゆっくり変わって行く。


夫は早朝、カーテンの間から光が漏れ、鳥が思い切り歌うのがかなわないと言うが、わたしは太陽が長く出ている日々がうれしい。

今日からまた次第に日が短くなり続け、あと半年したら朝9時にはまだ明けきらず、午後4時前には暗くなり、娘を迎えに行くのにもハイビームで道を照らさなければならない冬の日が待っているのがかなわない...


「太陽に活力を入れるため」、今夜は焚き火(バーベキューだけど)をしよう。

夏至の日にパワーが最高値に達するらしい妖精も来るかもしれない。




でも雨(笑)。
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今日一日だけの夏




Saatchi Gallery 入り口の鳩も
















噴水で水浴び中だ。










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英国と言えば...電話ボックス




ロンドンの灰色の空に、赤い2階建てバスと赤い公衆電話ボックスはよく映える。

わが街の角にもいつから使われていないのだろうかという風情のボックスが立っている。
引っ越して来た当時、夫が好奇心から「繋がっているのか?」と受話器を取り上げたところ、ツーという音がしっかり確認できた。現役なのだ。落書きにまみれガラスは壊れているが、老兵死なず、のようでちょっとかっこいいのである。

携帯電話が普及しているとはいえ、不意の際には必ず役に立つに違いない。


このボックス、すべて赤かというとそうでもなく、例えばロンドンのサマセットハウスの裏辺り、キングスカレッジ前では、黒塗りのボックスを見たことがある。黒もシックで素敵だ。


先日、空港ラウンジから持ち帰った読売新聞に、「「引退」電話ボックス60台完売」という記事があった。

「携帯電話の普及などで、公衆電話は続々と姿を消す中、K6は現在も約1万1000台が「現役」で活躍している。BT(ブリティッシュ・テレコムのこと)が4年前に不要となった電話ボックスを初めて売り出した際は、1台1ポンド(約121円)とタダ同然だったが、「ミニ図書館」や「ミニバー」等に再利用された。ロックバンド「クイーン」のギタリスト、ブライアン・メイさんは、「世界一小さな画廊」として使っているという。BTは今回、税抜きで1台1950ポンド(約23万5000円)と強気の価格を設定。」(読売新聞国際版6月13日の記事)


デザインが優れているので、例えばどこかの広場にだーっと並べるだけでも素敵なオブジェになるだろう。町おこしにいかがでしょうと思ったりする。
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パン・コティディアンとそのスペキュロース




たしか東京にも出店したLe Pain Quotidienパン・コティディアン(蘭 ' t Dagelijks Broodje ダグレスク・ブローチェ、「日々のパン」という意味)はベルギー発祥の「ベーカリー・レストラン」だ。

ブルージュにもマルクト広場近くにある。
ブラッセルではルイーズ通りのかグラン・サブロンのに毎週土曜日必ず行っていた。

何が特別なのかと問われたら「パン屋がやっているパンがメインのカフェだから」くらいしか理由が思いつかない。でもつい行ってしまう。

土曜日の朝9時頃、入り口のパン売り場には金色のつやつやしたパンがぎっしりと並び、その辺りがハチミツ色に発光しているように見える。
近所から1人で来ているのであろう老紳士や、デートの始まりのようなカップルや、子ども連れの美しい奥さんやで賑わい、眠たいような雰囲気の店内が次第に活気を帯びてゆく。
コーヒーやバターの香りが漂う中で、わたしも大きなカップのカフェオレやクロワッサンやサラダを頼んで、新聞を読んだり午後の予定を立てるのはいかにも素敵な週末のはじまりだった。


ロンドンにもコティディアンは何件かあり、いつも大層混み合っている。
ベルギーとメニューは似通っているが出される現物はかなり違い、ケーキに至っては全く別ものが揃えてある。

そういえばドバイでも見かけた。
入らなかったが、入ってみればよかったな...どんな特別メニューがあったのだろう?



先週ベルギーへ帰った時、ベルギーで一番旧い友人からベルギーフードの詰め合わせをもらった。
その中に入っていたひとつがパン・コティディアンのスペキュロースのペーストだった。スペキュロースのペーストは他に入れてくれたベルベリーのジャムやトラピストビールやパンナクック(クレープ)ミックスなどと並んで非常にベルギーらしい食べ物だ。
このメーカーのは初めて食べたのだが、おいしい...一気に三分の一ほども食べてしまう。

またあのブラッセルの土曜日の朝の光を浴びながら、湯気の立ち上がるカフェオレを飲んで、このペーストをつけた「日常のパン」を食べたいものだ、と思った。

まずは明日早朝おいしいパンを求めてロンドンはケンジントンまで行こうかな...

みなさまもよい週末を。

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