明暦3年神無月10日に江戸を出た綱政侯は、19日に坂下の宿に泊っています。その時 「爰ぞむかし鬼神の住家とや、坂上とおつおや・・・・」と記されています。
綱政侯の初上りの際の歌紀行には、「木々の紅葉散す」、「浪の音の松風にかよい聞ければ」、「たちまちの月の山の端に残りければ」等と言う、自分の目を通して実際目にした、各地の景色を書き綴られているのですが、一つだけ例外があります。それがこの坂下の記です。
この坂下に伝わる坂上田村麻呂の鬼退治の伝説を取り上げて書かれているのです。余ほどこの伝説に興味があった証拠ではと考えられます。又、このお話は能「田村」に出てきます。もしかして、綱政侯はお能に興味を持っていたのではないかとも思われます。しかし、このお話は「あいの土山雨が降る」の土山の話ですが。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/3d/57bddc907379a62a688acf986a2bf62e.jpg)
その他、こんな絵でも何処で見られたのかも???????
綱政侯の初上りの際の歌紀行には、「木々の紅葉散す」、「浪の音の松風にかよい聞ければ」、「たちまちの月の山の端に残りければ」等と言う、自分の目を通して実際目にした、各地の景色を書き綴られているのですが、一つだけ例外があります。それがこの坂下の記です。
この坂下に伝わる坂上田村麻呂の鬼退治の伝説を取り上げて書かれているのです。余ほどこの伝説に興味があった証拠ではと考えられます。又、このお話は能「田村」に出てきます。もしかして、綱政侯はお能に興味を持っていたのではないかとも思われます。しかし、このお話は「あいの土山雨が降る」の土山の話ですが。
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