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感想:『片想い』

2009年11月17日 22時23分02秒 | 本と雑誌
片想い (文春文庫)片想い (文春文庫)
価格:¥ 860(税込)
発売日:2004-08-04


評価の高かった『秘密』『白夜行』が期待外れで、東野圭吾への信頼が揺らいでいたが、本書で踏み止まった。

主要キャラクターは、元アメリカンフットボール部員。10数年前の試合の思い出話が導入部となっている。解説によると、著者はアメリカンフットボールが好きという話で、付け焼刃ではない語り口に好感が持てた。ポジションによる性格設定はちょっとやり過ぎな感もあったけれど。

本書のメインテーマは、性を巡る揺らぎである。性同一性障害が中心であるがそれだけに留まらない幅の広さが描かれている。
テーマの大きさも然ることながら、重要なのはフィードバックである。アメリカンフットボールという「男らしさ」を象徴するようなスポーツを対峙し、性差別は嫌悪しても常識の枠の中で生きる主人公を据えた。ストーリーが展開する中で、彼の変化をどう描くか。簡単には変わらない。どこまで理解できたかは、主人公も読者も問われている。

テーマは性を巡る常識への一撃だが、もちろんそれに留まらない広がりがある。それは、社会が「普通」の枠からはみ出すものへの嫌悪感であり、排除であり、強制である。それは社会の一人一人の心に根差したものだ。
解説で「異常な趣味嗜好をもった『ヘンタイ』の類いではない」と性同一性障害に苦しむ人々を指摘しているが、その『ヘンタイ』たちを社会の「普通」の枠から排除する構図は全く同一のものである。社会のルールから逸脱しない範囲内で、多様な形で共存できる環境を作ることが大切なことであって、○○ならいいが××はダメといった選別は解決への道筋とは逆の方向性だろう。

「普通」の枠内にいるときは心地良いが、一歩外へ踏み出すと生きることもままならない社会である。我々は無邪気に「普通」と言う。その無邪気さは、しかし、残酷な刃になる。例えば、家族形態。昔ほどではないとはいえ、結婚や出産への重圧、離婚への偏見など様々な「普通」でないものへの目に見えない攻めが存在している。
時代によって常識は変転しているにも関わらず、現在の常識に合わねば悪と見なす風潮は強い。刻一刻と変化するのに強固な「普通」信仰。日本文化・風習の多くは50年や100年程度の歴史のものが多い。それなのに、まるで太古から存在するように錯覚している。
不寛容の時代である。歪んだ価値観の上に立ち、他者を、特に弱者を攻撃して自己満足する時代。不確かだからそうなってしまう面もあるだろう。でも、その不確かさをちゃんと見据えて、認めて成り立つ社会ならば、不確かなことは悪いことじゃない。

ミステリとしては弱さもあったが、テーマの深さとそれに見合ったキャラクターの多彩さが印象的だった。東野作品の中では異色作と言うべきかもしれないが。
「東野ワールド」という言葉がある。意味は分からないが、ネット上でもファンの間で使用されている。「東野ワールド」とは相性が悪いかもしれないと思う。ファンに人気の『秘密』も『白夜行』も面白いとは思わなかった。ミステリ色の強い『どちらかが彼女を殺した』や”ガリレオ”シリーズは楽しめたが。そして、本書。著者にしては珍しいテーマ性の強い作品だが、そのテーマ性の強さゆえに興味深く読むことが出来た。読みやすくはあっても、読んだ後に何も残らない作品が多いが、本書は例外である。現時点での東野圭吾作品のマイ・ベストと言えるだろう。(☆☆☆☆☆☆)




これまでに読んだ東野圭吾の本の感想。(☆は評価/最大☆10個)

放課後』(☆☆)
探偵ガリレオ』(☆☆☆☆☆)
予知夢』(☆☆☆☆)
容疑者Xの献身』(☆☆☆☆☆☆)
卒業 雪月花殺人ゲーム』(☆☆☆)
眠りの森』(☆☆)
どちらかが彼女を殺した』(☆☆☆☆☆☆)
悪意』(☆☆☆)
私が彼を殺した』(☆☆)
嘘をもうひとつだけ』(☆☆)
赤い指』(☆☆☆☆)
秘密』(☆☆)
白夜行』(☆☆☆)


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