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感想:『振仮名の歴史』

2009年09月05日 13時46分37秒 | 本と雑誌
振仮名の歴史 (集英社新書)振仮名の歴史 (集英社新書)
価格:¥ 735(税込)
発売日:2009-07-17


文字通り、振仮名の歴史を扱った一冊。

第一章では、サザンオールスターズの歌詞や現代小説、コミックの吹き出しなどに使われる振仮名から、振仮名の働きについて説明している。振仮名は単純に漢字の読みとして使われるのみならず、表現の手法としても使われている。特に漢字で書き表そうという書き手の意図を補助するために使われている。中には漢字以外の外国語に対して振仮名が振られたりするケースもある(歌詞の例では平仮名に外国語の振仮名というものも挙げられている)。

第二章は平安時代から室町時代の振仮名を紹介し、その歴史を辿っている。仮名文化が誕生する中で、読みを補助するために使われ始めたのが振仮名だった。やがて時代が下るにつれて、表現としての振仮名が現れるようになる。

第三章は江戸期の振仮名を取り上げ、そこで使われている表現としての振仮名の発展を紹介している。室町期のものにも見られたが、左右両方に振仮名が振られているものも多く、振仮名によって読みと意味を表している。また、そうした前提を元にした表現としても利用している。

第四章では明治期の振仮名を新聞を軸に説明している。振仮名のない大新聞、ほぼ全ての漢字に振仮名のある小新聞という区分では、『日本人のリテラシー』で見た当時の識字能力の格差を垣間見ることができた。現代のように漢字表現が固定化していない時代であり、表記の揺れの大きさを夏目漱石の新聞小説を題材に示している。

『遊字典』という本を持っている。文学作品で使われた正規の表記ではない読みを集めた本だ。例えば、「けびょう」という項目に「偽病」とあり、夏目漱石『吾輩は猫である』で使われたと記されている。「いとおしい」には「最愛」「可惜い」「可憐しい」という表記が書かれている。作家が言葉を紡ぎ出す中で生まれた表現と言えるだろう。
『振仮名の歴史』の「おわりに」で、春陽堂から出されたウーブル・コンプリート『夏目漱石全集』に対する批判が書かれている。それは振仮名を最低限に減らすために漢字表記を大幅に減少させている。作家によって程度の違いはあるだろうが、表記ひとつにも意志が込められている。京極夏彦は文がページをまたがないように、製本後の見た目にまで気を配っている。
細部にまで魂を込めるもの書きにとっては、振仮名は決して疎かにできない大切な命綱と言えるだろう。

この本では取り上げられなかったが、振仮名から連想する小説に『ニューロマンサー』と『魔獣戦士ルナ・ヴァルガー』がある。
ウィリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』はサイバーパンクとして名を馳せたが、日本語訳では黒丸尚による振仮名のインパクトが有名だ。今でこそ当たり前になったが、「電脳空間」に「サイバースペース」と振ったりするセンスは斬新だった。
更にそれを推し進めたのが秋津透で、「無謀戦士」に「バト・ロビス」と固有名詞の振仮名を振ったり、「驚愕」に「びっくりぎょーてん」と付けたりしている。こうした振仮名が連発され、独特の表現を生み出したと言っていいだろう。文脈により「魔道士」や「男」に「ギルバート」と振ったり、「ザシャム師」に「あのかた」と振ったりと他の追随を許さない。この作品の実験的意味合いはもっと評価されるべきだろう。ライトノベル創成期の作品だけにその後の影響などを調べてみると面白いかもしれない。


感想:『探偵ガリレオ』

2009年09月05日 13時45分44秒 | 本と雑誌
探偵ガリレオ (文春文庫)探偵ガリレオ (文春文庫)
価格:¥ 570(税込)
発売日:2002-02-10


東野圭吾2冊目。月9ドラマ『ガリレオ』は見ていない。

森博嗣の「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」を読んだ後だと、理系ミステリという印象はあまり受けない。帝都大学物理学助教授の湯川学と警視庁捜査一課の草薙のコンビによる連作短編ミステリ。科学的トリックを湯川が解決するという分かりやすい構図から成る。
トリック自体はまさに理系なので、そうした知識に乏しい身としては推理する楽しみはそれほど得られない。もともとそんなに考えながらミステリを読むわけではないので構わないが。
事件の登場人物なども短編ということもあり、それほど複雑な様相を呈してはいない。従って、湯川と草薙のコンビのやり取りと解決への意外性が作品の魅力となっている。

エンターテイメントとして非常に闊達に描かれているが、キャラクターとして特別に印象付けられているわけではない。デビュー作『放課後』を読んだときに感じた距離感は、ちょっと遠すぎる印象だったが、本作では非常に適切なものと感じられた。生々しくはないが、冷たい感じもしない。近すぎず遠すぎず、その距離感が湯川の科学者としての立ち位置にぴったりはまっている。

ドラマは見ていないが、ドラマ向きという印象は強く受けた。むしろ遅すぎたくらいだろう。シリーズの他の作品も読みたいと思わせるのに十分な出来だ。