奇想庵@goo

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感想:『時砂の王』

2009年10月31日 19時38分27秒 | 小川一水
時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)
価格:¥ 630(税込)
発売日:2007-10


人類の命運を賭けた時間戦争を描いた作品。時間をテーマにした作品は往々にしてそうだが、作品世界へ気持ちが入り込むのに非常に時間が掛かった。

小川一水の作品は読みやすい。本書は決してその例外ではないのだが、特に冒頭の異なる時間軸上の邪馬台国は苦労した。
基本的に、邪馬台国を舞台にした章と、オーヴィルの時間遡行の章が交互に描かれている。オーヴィルの章はすらすら読めはしたが、悲痛な戦いが描かれていた。
どんどんと局面は厳しくなり、追い詰められていく。面白さよりもただただ重苦しさばかり感じられた。

そして、ついに。

絶望の淵にたどり着いたとき奇蹟が起こる。

どん底からの逆転はかつてないほどのカタルシスをもたらす。それまでの重たい空気は一瞬のうちに払われ、この劇的な瞬間にこの作品の全てが込められていたと気付く。小説を読んで久しぶりに背筋がゾクゾクっとした。

傑作と呼ぶには導入がもう少し巧ければと思わなくもない。中盤の展開を思えば尚更。それでもこのカタルシスは素晴らしい。それを描き切ったことには脱帽だ。ただし、その余韻を生かすエピローグとは言えず、導入部と共に物足りなさを覚えた。名著足りうるにはもう少し磨いて欲しいところが目立つ。それでもなお、印象的な物語として記憶に留めずにいられない作品であることには違いない。




これまでに読んだ小川一水の本の感想。(☆は評価)

復活の地』(☆☆☆☆☆☆)
天冥の標I メニー・メニー・シープ 上・下』(☆☆☆☆☆☆☆)


感想:『戦う司書と黒蟻の迷宮』

2009年10月30日 19時01分28秒 | 山形石雄
戦う司書と黒蟻の迷宮 (集英社スーパーダッシュ文庫)戦う司書と黒蟻の迷宮 (集英社スーパーダッシュ文庫)
価格:¥ 580(税込)
発売日:2006-04


シリーズ3作目。

ハミュッツ=メセタに匹敵する戦闘力を持つという武装司書モッカニアの反乱を描く。時に、どちらが正義でどちらが悪かその明確さが消失するストーリー。
モッカニアとウインケニー。この両者の内面描写と絡み合う物語は非常に素晴らしいものだった。

一方、武装司書の組織性の無さや、ハミュッツとモッカニアを除く武装司書たちの行動には精彩が無く、物足りなさを感じた。また、ミレポックがモッカニアの反逆の理由に母の存在を挙げるところの唐突さは気になった。
非常に優れた部分がある一方で、お粗末な面もあり、もう少し完成度が高ければ傑作足りえたものをと思ってしまう。エンターテイメントとしては一ヶ所でも群を抜いて秀でていれば価値はあるとはいえ、それだけで済ますには惜しい作品だ。




これまでに読んだ山形石雄の本の感想。(☆は評価)

戦う司書と恋する爆弾』(☆☆☆☆☆)
戦う司書と雷の愚者』(☆☆)


感想:『嘘をもうひとつだけ』

2009年10月30日 19時00分08秒 | 本と雑誌
嘘をもうひとつだけ (講談社文庫)嘘をもうひとつだけ (講談社文庫)
価格:¥ 520(税込)
発売日:2003-02


加賀恭一郎シリーズとしては初の短編集。

表題作「嘘をもうひとつだけ」は『眠りの森』に続くバレエを舞台とした作品。動機がユニークだったが、ミステリとしての冴えはそれほど感じない。

「冷たい灼熱」は心理面に無理を感じた作品。殺す動機は理解できるものの、そこから隠蔽に出るきっかけが必要だろう。

「第二の希望」は動機に難がある。トリックにしてもかなり強引で、全体としてもう一つという印象だった。

「狂った計算」は少ない登場人物の中で凝ったストーリーが組み上げられている。ミステリとしては収録作の中で随一だろう。加賀の予測を裏切った展開も見事。

「友の助言」は加賀の個性が溢れた作品。シリーズと呼ばれるほど数多くの作品に登場する加賀ではあるが、内面を描いたり、個性を強く印象付けるエピソードを提示したりすることは稀だ。友人に助言をする加賀の姿はファンサービスといったところか。

探偵ガリレオシリーズはもともと連作短編であり、著者の技量が余すところなく振るわれていて楽しめる。そこには物理学者湯川というユニークな存在がいて、理学や工学的なトリックを暴きだしている。
それに比べて本書は、加賀である必然性に乏しい。短編なので登場人物は限られ、犯人を捜す楽しみはあまりない。独創性もさほど感じられず、ミステリとしての楽しみもそれほど得られない。短編の面白さを引き出すにはもう少し何かが欲しかった。




これまでに読んだ東野圭吾の本の感想。(☆は評価)

放課後』(☆☆)
探偵ガリレオ』(☆☆☆☆☆)
予知夢』(☆☆☆☆)
容疑者Xの献身』(☆☆☆☆☆☆)
卒業 雪月花殺人ゲーム』(☆☆☆)
眠りの森』(☆☆)
どちらかが彼女を殺した』(☆☆☆☆☆☆)
悪意』(☆☆☆)
私が彼を殺した』(☆☆)


感想:『螺鈿迷宮』

2009年10月29日 23時09分33秒 | 本と雑誌
螺鈿迷宮螺鈿迷宮
価格:¥ 1,680(税込)
発売日:2006-11-30


『ナイチンゲールの沈黙』『ジェネラル・ルージュの凱旋』の事実上の続編。碧翠院桜宮病院を舞台に、白鳥・姫宮コンビが活躍する物語、と思われたのだが……。
はっきり言って、期待外れだった。理由は以下に述べる3点。ただし、ネタバレを含むので白字で記す。

第一に、悪に対するバランスの悪さ。通り魔事件を起こした少年と桜宮病院の三人の医師とを比較して、圧倒的に後者の方が悪だと感じた。どちらも悪なのだから程度の問題と言うこともできるが、それを言い出せば完璧な善人なんて存在しないと反論できる。
桜宮病院の三人の医師たちの傲慢さに全く共感できなかったし、裁かれなかったことに憤りを覚えただけだった。医療問題でどれほど正論を述べたところで、前提となる倫理が欠落していては何一つ同意できない。
自殺という結果を齎したとはいえ、彼への復讐を許す気にはなれない。少年犯罪への対処について社会的な対応が十分でないのは事実だとしても、勝手に裁く権利はない。
また、ここで描かれた自殺幇助やデス・コントロールは安楽死というレベルの問題ではなくただの犯罪に過ぎない。
彼らはただの犯罪者に過ぎない。彼らが裁かれなかったことに、ただただ不満が残っただけだ。


第二に、主人公天馬大吉のキャラクター性に不満が残った。年齢は二十代半ばだが、ゼロ年代的男性主人公の典型的なキャラクターである。それを戯画的に描くのかとも思ったが、そうでもないようだった。
狂言回しとしてはそれなりに機能していたが、殺されそうになっても怒りもしないあたりに違和感を覚えた。ましてや、そこに一人で乗り込むというのは、常識的に考えてもおかしいし、彼のキャラクター性からしても逸脱している。二重の意味での無茶が作品をつまらなくしてしまった。
また、桜宮病院との彼の因縁はただ笑ってしまうしかない話だ。だから、それがどうしたの?と言うべきところまで書いたのはほとんど暴走のようなものだろう。


第三に、エンターテイメントとして破綻している点だ。白鳥・姫宮を出してきたのはいいが、結果的には役立たずに終わった。盛り上がりにも乏しかったが、それ以上に結末に肩透かしを食らった。途中まではまだ楽しく読めたが、後半はひたすら苦痛に耐えながら読み続けた。それでもきっとそれを解放してくれると信じて。しかし、結果はこの有様だ。
特に『ナイチンゲールの沈黙』で小夜の敵討ちといった思いがあっただけに、それさえ裏切られてがっかりした。


巌雄のピカレスク・ロマン的な物語を描くのであれば、もっとやり方は他にあっただろうに。それが正直な感想だ。大の大人が、それも他の職業以上に倫理を求められる医者が、愚かな復讐劇や自殺幇助ビジネスといった悪を、容認し手助けし実行した。同じ悪でも共感できるものもあるはずだが、ここで描かれたものはあまりにもみすぼらしいものだ。それを裁けなかったことは著者に対しても不信の種となる。
もちろんこの一冊のみで著者への評価を大きく変えるわけではない。だが、本書への評価は他の作品への評価へも影を落とすことになる。今後読む著者の作品が、その影を払拭する出来映えであることを祈るばかりだ。





これまでに読んだ海堂尊の本の感想。(☆は評価)

チーム・バチスタの栄光』(☆☆☆☆☆)
ナイチンゲールの沈黙』(☆☆☆)
ジェネラル・ルージュの凱旋』(☆☆☆☆)


感想:『彩雲国物語―隣の百合は白』

2009年10月29日 22時13分45秒 | 彩雲国物語
彩雲国物語―隣の百合は白 (角川ビーンズ文庫)彩雲国物語―隣の百合は白 (角川ビーンズ文庫)
価格:¥ 540(税込)
発売日:2007-11-01


外伝にあたる短編集の第3弾。

「恋愛指南争奪戦!」は秀麗が国試を受ける直前が舞台。久方ぶりのドタバタ喜劇で単純に楽しめる。とはいえ、そんな楽しかった日々を振り返る想いで締められると切なさが一層増す。
明確な悪役が登場しないこのシリーズでは、シリーズが深まるほどに人々の想いの重さが絡み合って物語を紡いでいる。はじまりはとても軽やかだったのに。この短編を読むとそんな思いを新たにする。決して責めるものではなく。人々が苦しみながらも迷いながらも前を向き歩き続けるその姿に惹かれながらも、つい昔のバカ騒ぎを懐かしむ。両方を同時に味わうことはできなくとも、こうして外伝として味わうことが出来ただけで十分だろう。

「お伽噺のはじまりは」は秀麗の父邵可の若い頃の物語。そして、それは先王戩華の時代の、苛酷な時代の物語。仕方がないとはいえ、人の動きに乏しい、思い出に耽るばかりの短編となってしまった。ただ次の短編を描くためには必要な話だったと言えよう。

「地獄の沙汰も君次第」は黎深と百合姫の物語。彼の国試が舞台でもあり、奇人や悠舜ら同期の姿も描かれている。黎深の造型は今更ながらユニークで素晴らしい。
巧みな男性陣の多彩さに比べ、女性陣は驚くほどパターンが乏しい。優れた女性たちは登場するが、どうしても似たようなキャラクターとなってしまっている。今にして思えば、香鈴は秀麗とは異なるタイプのいいキャラクターだった。

短編集のお約束、あとがき後のショートショートは「幸せのカタチ」でわずか3ページ。「地獄の沙汰も君次第」のおまけである。

秀麗の出番が少なく、そのせいか突き抜けたような部分が感じられなかった。世界の重苦しさに正面から立ち向かう彼女の存在がいかに心地よさを感じさせているか改めて確認した気がする。




これまでに読んだ雪乃紗衣の本の感想。(☆は評価)

彩雲国物語―はじまりの風は紅く』(☆☆☆)
彩雲国物語―黄金の約束』(☆☆☆☆)
彩雲国物語―花は紫宮に咲く』(☆☆☆☆☆)
彩雲国物語―想いは遙かなる茶都へ』(☆☆☆☆)
彩雲国物語 漆黒の月の宴』(☆☆☆☆)
彩雲国物語 朱にまじわれば紅』(☆☆☆☆☆)
彩雲国物語 欠けゆく白銀の砂時計』(☆☆☆☆☆)
彩雲国物語 心は藍よりも深く』(☆☆☆☆☆☆)
彩雲国物語 光降る碧の大地』(☆☆☆☆☆☆☆)
彩雲国物語 藍より出でて青』(☆☆☆☆☆☆)
彩雲国物語 紅梅は夜に香る』(☆☆☆☆☆☆)
彩雲国物語―緑風は刃のごとく』(☆☆☆☆☆☆)
彩雲国物語―青嵐にゆれる月草』(☆☆☆☆☆)
彩雲国物語―白虹は天をめざす』(☆☆☆☆☆☆)


感想:『夢の守り人』

2009年10月28日 20時12分46秒 | 上橋菜穂子
夢の守り人 (偕成社ワンダーランド)夢の守り人 (偕成社ワンダーランド)
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2000-05


「守り人」シリーズ3作目。1作目の舞台新ヨゴ皇国にバルサが戻ったところから物語が始まる。

1作目に登場したキャラクターたちが多数登場する楽しみがある。特にチャグムの成長はこのシリーズの大きな楽しみだろう。
ストーリー自体はさほど起伏に富まない。バルサの活躍も控えめで、タンダへの想いを見せるシーンを除くと、内面描写も単調である。
それでも世界の深みと著者の巧みな描写により、他のファンタジーとは一線を期す内容と言える。




これまでに読んだ上橋菜穂子の本の感想。(☆は評価)

精霊の守り人』(☆☆☆☆☆)
闇の守り人』(☆☆☆☆)


感想:『別冊 図書館戦争II』

2009年10月28日 19時21分14秒 | 有川浩
別冊 図書館戦争〈2〉別冊 図書館戦争〈2〉
価格:¥ 1,470(税込)
発売日:2008-08


「図書館戦争」シリーズ外伝2冊目にしてシリーズ最終巻。図書館に予約しておよそ2ヶ月でようやく届いた。

短編集ではあるが、3/5が「背中合わせの二人」なのでどうしても感想はそこが中心となる。柴崎と手塚、二人のその後を描いた物語であり、シリーズの幕を閉じるに相応しい大団円へと至る話である。

有川浩らしい甘さは、当然のごとく苦い展開との表裏一体。ストーカーの、恐怖というよりも苦々しさが渦巻く作品である。主要キャラクターの中で、くっつきそうでくっつかない二人がくっつくためにはこれだけの出来事が必要だったといった感じ。それだけの苦さを払拭してくれるラストは見事(当初の予定ではなかったそうだが)。

比較的きっちりと、正義側と悪側を分けるタイプの作家ではある。もちろん、正義が絶対的なものではないことは明示するが。ストーカー側のキャラクターたちの気持ち悪さは、読み手からすると自分とは全く異なる他者として描かれているので安心して読んでいる。ただ「もしもタイムマシンがあったら」で描いてみせたように、本当にその境界ははっきりしたものなのか。このシリーズで見せた明快さは、このシリーズの持ち味として昇華されている。上質なエンターテイメントとして楽しみながら、本書では上質過ぎてやや危惧も感じずにはいられなかった。女性らしい潔癖さは時として眉を顰めることもある。

そんな些細な欠点はあっても、ゼロ年代を代表するエンターテイメントシリーズであることは間違いない。キャラクター造型、設定の妙、わくわくするストーリーに正統派の演出。そして、有川浩らしい甘い甘いラヴストーリーでもある。至福の時間をありがとうと著者に感謝の言葉を述べたいほどのシリーズだったと言おう。




これまでに読んだ有川浩の本の感想。(☆は評価)

図書館戦争』(☆☆☆☆☆☆☆)
図書館内乱』(☆☆☆☆☆☆☆)
図書館危機』(☆☆☆☆☆☆)
図書館革命』(☆☆☆☆☆☆☆☆)
塩の街』(☆☆☆)
別冊 図書館戦争I』(☆☆☆☆☆☆☆)
空の中』(☆☆☆☆☆)
クジラの彼』(☆☆☆☆)
ラブコメ今昔』(☆☆☆☆)
阪急電車』(☆☆☆☆☆☆☆)
海の底』(☆☆☆☆)


感想:『数学ガール』

2009年10月28日 18時36分00秒 | 学問
数学ガール数学ガール
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2007-06-27


小説、というよりも、数学の教科書に限りなく近い。「僕」と二人の少女、ミルカさんとテトラちゃんが出てくるが、物語は展開しない。展開するのは数学である。

三人は高校生。扱われる数学は、高校レベル、ではなく更に進んだものとなる。数学好きの「僕」、「僕」よりも高度な数学を示してくれるミルカさん、「僕」に数学を教えてもらうテトラちゃん。テトラちゃんとのやり取りは高校レベルだが、ミルカさんとのやり取りは大学レベルだろう。

物語に数学がエピソードとして使われるのではない。数学のエピソードのために物語が進行する。分かりやすく解説してはいるが、易しくはない。無限級数や母関数などになると付いていくのは難しい。それでも、理解は十分にできなくとも、問題を解く楽しみは共有される。ひとつひとつ上質のミステリを解き明かすように問題は解かれる。

私自身は文系を選択したので高校数学は途中までしか学んでいない。本書に、「僕たちは好きで学んでいる。先生を待つ必要はない。授業を待つ必要はない。本を探せばいい。本を読めばいい。広く、深く、ずっと先まで勉強すればいい」という言葉が出てくる。数学は嫌いじゃなかったので、いくつか本を探して読んだ。しかし、それ以上前に進むことは出来なかった。本だけでは限界があると思っていたが、単に見つけるまで探さなかった怠慢のせいだったのだろう。フェルマーの最終定理に関する本や、本書の参考文献にも出てくる『素数の音楽』といった本を読むと、数学の楽しさを再発見する気分となる。そして、本書も。

記憶力の悪い私は、学生時代、公式を覚えるのではなくその導き方を覚えた。二次方程式の解の公式は、後に楽しみとしてセンター試験の問題を解くときには、毎回公式を求めるところから計算した。その後は数学的な面白さを論理パズルを解くことで代用している。でも、時に数学の面白さを再び味わってみたいと思うこともある。私にとって本書はとても切ない本だ。


感想:『戦う司書と雷の愚者』

2009年10月27日 21時25分29秒 | 山形石雄
戦う司書と雷の愚者 (スーパーダッシュ文庫)戦う司書と雷の愚者 (スーパーダッシュ文庫)
価格:¥ 580(税込)
発売日:2006-01-25


「戦う司書」シリーズ2作目。

残念ながら1作目ほどの面白さはない。この世界独特の《本》の設定よりも、魔法に関する話と言えよう。そうした設定をエピソードに変換する点はこの作品でも巧みだ。ただ本書の主人公の一人である武装司書見習いの少女ノロティが物語を支え切れていない印象が残った。

一応、正義と悪という分類にはなっている。正義側はバントーラ図書館に属する武装司書たち。悪側は神溺教団。1作目2作目とユニークなキャラクターを生み出しているのは悪側である。その内面にまで迫った描写には迫力がある。正義側でも館長代行ハミュッツ=メセタは単なる正義の枠に収まらない魅力的なキャラクターだ。だが、彼女は強すぎ、能力が高すぎて、物語の展開に繋げにくいため、本書ではノロティが正義側の主人公を担っている。
ノロティはライトノベルの主人公らしい甘いキャラクターで、しかも過去や想いがほとんど描かれてないため空っぽに近い存在だ。確かに狂言回しとしてはそれでもいいのだろうが、周りのキャラクターたちとの関係ではとてもバランスが取れているとは言い難い。
ハミュッツ以外の戦う司書たちのキャラクターがもっと肉付けされていかないと厚みは出てこないだろう。ハミュッツ=メセタをメインに据えない限り。メインに据えれば、強さのインフレでも起こさないと物語の展開が容易ではなくなりそうだ。シリーズとしての評価は次巻の展開が大きく左右しそうだ。




これまでに読んだ山形石雄の本の感想。(☆は評価)

戦う司書と恋する爆弾』(☆☆☆☆☆)


感想:『私が彼を殺した』

2009年10月27日 21時20分38秒 | 本と雑誌
私が彼を殺した (講談社文庫)私が彼を殺した (講談社文庫)
価格:¥ 730(税込)
発売日:2002-03


袋とじのヒントのついた文庫版で読んだ。『どちらかが彼女を殺した』に続くリドル・ミステリ。『どちらかが彼女を殺した』はどこに謎を解く鍵があるかは読んでいて分かったが、本書ではヒントを見るまで気付かず仕舞い。容疑者の数が増えただけでなく、難易度も上がったと感じられた。

三人の容疑者の視点で、ストーリーが描かれている。それぞれの動機や事件を巡る経緯は丹念に描かれてはいるが、東野らしい距離感とも相俟って、キャラクターは誰もが非常に遠く感じられた。それは謎解きにとっては悪いことではない。純粋な推理小説とも言える。だが、同時に謎解き以外の面での評価は皆無に等しい。
2度目のリドル・ストーリーということでインパクトには欠ける。謎を解く喜びはヒントを見ながらではあるが得られたが、驚きといったものは感じられなかった。『どちらかが彼女を殺した』はどちらが犯人かに関わらず楽しめたが、本書はそのレベルには達していない。一回解けば終わりの推理パズルの長編版といった趣だ。
多数の著作の中にこのような作品があることは悪くない。ただし、読み手としてはあまり印象に残らない一冊になりそうだ。




これまでに読んだ東野圭吾の本の感想。(☆は評価)

放課後』(☆☆)
探偵ガリレオ』(☆☆☆☆☆)
予知夢』(☆☆☆☆)
容疑者Xの献身』(☆☆☆☆☆☆)
卒業 雪月花殺人ゲーム』(☆☆☆)
眠りの森』(☆☆)
どちらかが彼女を殺した』(☆☆☆☆☆☆)
悪意』(☆☆☆)