ふみさんの日々雑感

生活の事、家族の事、大好きなサッカーの事・・・日々いろいろ

柏崎地震

2007-08-04 16:51:19 | Weblog

妹から電話が来た。本当に大変らしい。

地震の後は気が張っていて、メチャメチャになった家の中を片付けたり、走り回っていたけど、ここに来て何かだるくなってやる気がしないと。車で走っていると、あちこちにある潰れた家が目に入ったり、きれいな道路がガタガタになっていたり、色んな事ですぐ涙が出ると言う。

張り詰めていた気が緩んで来たのだろう、そしてストレスの疲れが出てきたのだろう、本当に可愛そうだと思う。行って手伝ってやりたいと思うけど、行っても自分の寝る所や飲み食いを考えると、かえって迷惑になるかなと躊躇してしまう。

とりあえずは、先立つものをと、まとまったお金を地震後すぐに妹・甥・従姉に現金書留で送った。時間がかかるかなと思ったが、翌日にはすぐに届いてビックリした。宛先が被災地なので、郵便局も頑張ってくれたのかと感謝した。

父の実家が、妹の家よりは海寄りの村にある。妹が言っていた。一番、被害が大きいそうだ。村のほとんどの家がペチャンコに潰れ、立っている家も取り壊さなくてはならないだろうと。本当に無事なのは5~6軒だろうと言っている。たまたま、父の実家は10年ほど前に建て替えたので、無事だった。従兄は「ウチだけ無事で、皆に悪い」と手伝いに村中を走り回っているいるそうだ。

東京にいると、そんな事は、もう過去の事のように思える。毎日毎日、仕事に追われ一日が一週間があっと言う間に立ってしまう。次々とイロイロな事があり、彼らの悲惨さを忘れている。電話をもらって初めて、「ああ、そうだ。地震があったんだ」と気が付く。

どんなに悲惨な事件も、事故も、災害も、まして戦争だって当事者でないと、やっぱり他所事なんだろうな。人間の想像力なんて、知れている。

ただ、原発がチェルノブイリにならなかった事に胸を撫で下ろす。政府や東電の発表を信じればの話だが。

昔、柏崎に原発を作ると聞いた時、高校生の時の新潟地震を思い出し「大丈夫なのか?」と思った。どうして反対しないのかと親に聞いたら「都会に住んでいるもののが口を出す事ではない」と言われた。

その時、柏崎の市役所の周りを信じられないくらいの沢山の反対のデモ隊が取り巻いていた。父に言わせると、彼らはすべてよそ者との事。「田舎の事なんて何にも知らないで」と、何事もないように田んぼに出ていた。でも、地元の人達の意向は蚊帳の外で、すべて政治家の世界で決まって行った。そして、決まってしまったら、反対の為のデモ隊は、アッというまに居なくなった。

私は、作る前から、作った後も反対だった。でも、帰るたびに人工的にキレイになって行く柏崎を見て、何も言えなかった。こういう事が田舎の人達の望みなのかと・・・。

でも、一度、自然が動けば莫大なお金をかけた公的・私的な建築物や土木工事は、空しいまでにガラクタになってしまう。

人間にとって、本当に大切にしなければならない、お金を懸けなければならない物とは、なんなのだろう。時には立ち止まって、皆で考えてみなくてはならないのではないだろうか。

丁度、選挙があった事だし、自分の事、地域の事、日本の事、世界の事、地球の事を。
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