ふみさんの日々雑感

生活の事、家族の事、大好きなサッカーの事・・・日々いろいろ

FC東京、最期の国立での試合

2013-12-30 18:52:10 | FC東京とサッカー
あ~あ、今年のFC東京との楽しい時間は終わってしまった。

もし、国立で東京の試合が無かったら、鹿児島に住む友達は帰って来なかった。お正月は、向こうで過ごすと言っていたから。

でも、仙台に勝って国立に戻ってくる事になり、あわててチケットと飛行機を手当てしたと言う。

以前、ナビスコでの2回の国立決勝では、仲間と場所取りに大変な思いをした。会社帰りにチェックに行ったり、当日は始発で行ったり。

天皇杯の決勝の時にも、場所取りを頑張ったが、結局は、全員の分のチケットを持っていた友達が遅れて来て、中に入れたのが行列が無くなった頃だった。

でも、人数分の席は前後したが、ちゃんと取れた。

だから、今回は、場所取りに頑張る事を止めた。

入場も千駄ヶ谷ではなく、青山門から入る事にした。15分遅れでゴール裏に入れると言うので。

それで、信濃町駅で11時に待ち合わせして、青山門に向かった。

付いてビックリ。

5組くらいしか並んでいない。それも、バックスタンドの指定席の人達。

シートを敷いて荷物を置いて、時間も一杯あるしコンビニに食料等を仕入れに行く事にした。

買い物して戻ったら、行列が伸びていた。

ポカポカ暖かいし、おしゃべりして開場を待つ。

入り口で先着者に配っている物(今回はひざ掛け)をもらい、ゴール裏とバックスタンドを仕切る柵の所で15分待つ。同じ考えの東京サポーターが私達の後に行列を作る。

時間になり、スタジアムには入ったら、まだまだ、ガラガラ。こっちに並んで正解だった。あの沢山の千駄ヶ谷に並んだ人が、中に入り終わるにはまだまだ時間が一杯かかるだろう。

友達と、「次回、いつになるか分からないが、その時もこの方法で並ぼうね」 と。普段のリーグ戦よりも楽だった。

久しぶりに会った友達とおしゃべりしていれば、時間なんてアッと言う間に過ぎる。

気が付いたら、本当に久しぶりの昔の仲間が私達のそばを登って行く。

声をかけて、「久しぶり!!元気だった?」
「オレも年とったよ。」
「大丈夫。あなたと同じだけ私達も年とったから」
「もう、2回もギックリ腰をやっちゃったよ」
「大丈夫。私は3回もぎっくり腰やったから」 と皆で笑いながら近況を話す。

昔、立ちあがったばかりのFC東京で、その彼も含めてまだまだ数少ないサポーター達と、勝ったから負けたからと言い、試合後に飲みながら食べながら今を未来を熱く語り合った。

サポーターのホームページの掲示板でのオフ会の集まり、忘年会、新年会。サポーターも選手もフロントも一緒になって未来を語った。

そして、手分けして駅でチラシを配った。会社に行く前に、途中下車して30分くらい、社長達とチラシを配ったっけ。

J2の頃、地方のアウェイに行くと太鼓さん達が来ていなくて、「あら、誰が仕切るの?あたなやりなさいよ」と声の大きな男性にリードを任せたり。人数が少ないから「トーキョー!トーキョー!」 と手拍子しか出来なかったり。

初めて鳥栖に行った時には、10人くらいしかいなかった。それでも、入場者数も少なかったから、声は選手には聞こえたと思う。

初めて、アウェイの広島に行った時には、広島のサポーターの人が向こうのゴール裏から回って来て、「リーダーさんに挨拶しに来ました」 と。「え、リーダー?誰だろう」 と。丁度、太鼓さんが降りて来たので、彼に頼んだ事もあったっけ。

彼と話していたら、そんな昔の事を思い出した。

そして、そんなJ2の東京が、初めて天皇杯の準決勝で国立に立った事がある!!

いつも西が丘で試合を応援していた私達が、国立のスタジアムに足を踏み入れた時の、あの衝撃を今でも忘れられない。

沢山の照明が輝くスタジアムは満員に膨らみ、青赤の旗と、鹿島の旗が沢山翻っていた。東京の試合で初めて見る風景、想像も考えもしなかった光景。

鳥肌が立った。

興奮で舞い上がってしまって、試合内容なんて頭の中に刻まれなかった。

引き分けだったけど、幸せだった。国立で東京の選手達のプレーを見る幸福感で一杯だった。

そして、J1に上がって、国立は一年間だけど私達のホームスタジアムとなった。東京スタジアムの完成が翌年だったので。

多分、国立をホームスタジアムとしたのはFC東京しかないと思う。

だからこそ、昨日は勝って、決勝に行きたかった。

ピッチに繰り広げられたゲームは、ハッキリ言って、私の望んでいたサッカーでは無かった。

負けない試合ではなく、勝ちに行く試合をキックオフからして欲しかった。リーグ戦ではないのだから、引き分けなんてないのだから。

90分で勝負を決める戦いをして欲しかった。

0-0で進んでも本当に面白いスリリングな試合もある。

でも、リーグ戦での1試合みたいな試合は天皇杯にはふさわしくない。

まるで、最初から延長を予期していたような交代だったし。絶対にPKには行って欲しくなかったのに。東京と違い、相手はチャンピオン、修羅場を経験し、度胸もある、メンタルも強いだろうし。

何か、ポポ監督のサッカーを象徴するような一戦だった。


そして、新しい監督の発表があった。長友がいたチェゼーナの監督をしていた人。

長友がいたのでチェゼーナの試合はよく見ていたが、監督は覚えていない。

チェゼーナのサッカーは面白かった。

見ていて、そのサッカーに懐かしさを覚えた。とにかくサイドがガンガン上がって行く。

昔、ナオ君が髪をなびかせて小鹿のように駆け抜けていた頃の原サッサーを見ているようだった。ゴール裏もウチのように熱くヤンチャな感じがした。

だから、長友が移籍するまでずっと見ていた。今の長友のチームの試合は見た事ないが。

東京が積み上げて来たパスサッカーに、そのサッカーがプラスされたら、面白いだろうなと思う。

新しい監督に期待するし、一人ワクワクしている。

それに、香港行きを決めたので、そこで、新しいサッカーを見れるのが何よりも楽しみだ。













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畑に大根取りに

2013-12-28 18:43:52 | 南ちゃんと南山
今日、畑に正月用に野菜を取りに行った。

雲一つないいい天気。こんな日は富士山が見える。

それで、一の森に回り、富士山を見てから畑へ行こうと思い、早めに家を出た。

家の前の道路を渡りながら、駅の方を見ると、何となく見た事があるグループが、駅の方から歩いて来る。

そして、山の方に曲がった。

あ、ちーむポンポコさん達だ。何か久しぶり。

それで、急いで追いついた。いつものポンポコさんのメンバー達。

「おはようございます。皆さんおそろいで。今日は、散歩ですか」
「今年も終わりだから、ちょっと、ゴミを拾いながら、いつものゴミ集めの場所へ行ってみようと」

そう、ちーむポンポコさんは、南山の崖下等に捨てられている廃棄物を処分する為に集まったボランティア。

私達が南山の下草刈りをボランティアでやり出した頃と、同じくらいに活動を始めたんじゃないかな。

軽トラックで何台分くらい、集めたのだろう。

ミュージシャンのヒジリくんと、ずっとおしゃべりしながら登った。そして、いつの間にか、彼の仲間の若いミュージシャン(名前は忘れた)とも、おしゃべり。

「今日は、富士山が綺麗に見えるから、一の森に行こう」 と誘ったから、私達の活動の事を、つい熱く語ってしまった。

ポンポコさんの代表御夫婦に会うのも、本当に久しぶり。

木々の葉が足元に落ち、見上げた空は、夏には信じられないほどの広がりを見せている。

そして、山々の頂から白い富士山が青空にクッキリと見える。



ポンポコさん達が感激していた。

一の森には、じゅんさんがいて、隅の方に落ち葉を集めて、「カブトムシの寝床を作っている」 と。



一緒に来た子供達に、「ほら、カブトムシの寝床を作っているんだよ。来年の夏に、ここにおいで。カブトムシの幼虫が見れるから」 と。

そして、ポンポコさん達は予定の場所へと一の森を降りて行った。



しばらくは、じゅんさんとおしゃべり。

年が明けたら、間伐しなければと言う。確かに、ちょっと常緑樹が増えて、暗くなっている所がある。そのままだと、下草刈りをしても山野草が生えて来ない。

「あの木とこの木と」 と二人で切る木を見て回った。

その後、じゅんさんと別れて畑へ向かう。

大根、ネギ、聖護院ダイコン、サトイモ等を収穫した。

大好きな“のらぼう”が大きく育っている。

稲城に住むまで、のらぼうという野菜を知らなかった。“おとうさん” にもらって初めて食べて、すっかり好きになった。ちょっと、クセのある味で、そのクセが病みつき。

不思議な事に、同じ種をまいたのに、畝によって葉の色が違う。どうしてだろう。



帰りは、桜の広場を通って帰った。


桜の広場のカブトムシの寝床。


そして、霜柱が。



木漏れ日が足元に輝く冬の里山。










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新巻シャケの解体

2013-12-26 17:37:45 | Weblog
久しぶりに新巻シャケを一本、解体(?)した。

私の田舎では、お正月は何処の家でも、新巻シャケを一本買って来て、それを切り身にして焼いてお正月を迎える。

子供の頃、シンシンと降る雪に埋もれて、父親の手元でシャーシャーと動く包丁を見つめていた。貧しい農家では、何よりの御馳走だった。

結婚してから、暮れには夫と私の実家に新巻シャケを送っていた。そして、家用にも一本買って帰った。

今度は、私の子供達が、目を輝かせて私の手元を見つめていた。

何回か引っ越しを繰り返しているうちに、いつの頃からか、田舎に送る事も家で買う事も無くなった。

そういえば、暮れの今頃、昔はどこのお店にも新巻シャケがゴロゴロ並んでいたが、今は見た事が無い。今は、切り身でしか売っていない。

今では、その切り身を買って来て子供達の為にお正月には塩シャケを焼く。

新巻シャケを解体する為に、油紙を巻いた出刃庖丁を出した。

もう、出刃庖丁の出番はほとんど無い。

私には出来ないが、田舎に住む妹はブリさえも、まるまる一匹買って来て刺身におろしている。

まず、頭を落として、と包丁を入れたら、「あれ、切れない!」

ずっと、使わなかったから、包丁がナマクラになっていた。

「あららら、砥がなくては…」 と思ったが、水盤の下の物入れの奥から砥石を出すのが面倒だ。

本当に、職人さんが使うような立派な砥石を私は持っている。もう、本当に持っているだけだ。

時々、本当に時々、包丁を砥いでいる。父親のように上手には砥げないが、まあ、何とか切れるようにはなる。

でも、砥がなくても、何とか切り身におろした。

一切れ一切れラップに包み、骨の付いた方は家の冷凍庫に、骨の付いていない方は娘の家に持って行った。

この新巻シャケを送ってくれたのは、姉妹のように育って、もう一人の姉のように慕っている従姉から送られて来た。

その彼女の旦那さんは、今、末期がんで、もう寝たきりになっている。

随分前にガンの手術をして、3年前に再発をした。その時に、「長くて1年でしょう」 と言われたが、3年も立つ。とうとう、今年の夏ごろから、床に着く事が多くなったと言う。今は、寝たきりになって、家でいとこが看病している。

普通は、もう病院に入院する状態だが、彼女は車の運転が出来ない。バスで通うには、本数も無いし、駅まで行って乗り換えなくてはならない。

市の総合病院は、昔は駅から歩いて便利な所にあった。でも、あまり駐車場が無かった事もあり、柏崎原発での補助で立派な病院と広大な駐車場が市の郊外に出来た。

確かに、車を運転できる人には便利だろうが、運転できない人や、亡くなったウチの父親のように年とって運転出来なくなった人には、どうしょうも無いほど遠い。

だから、いとこは自宅で介護をすることを選んだ。本当に大変な事だと思う。

「毎日、天井を見つめて、イロイロな事を考えているみたいで、ふみちゃんに何か送ってと言うのよ」 と。

そんな…私の方こそ、何かしてあげたいのに…。

夫も姉も、眠ったらもう目覚める事は無いのを自覚しないで永遠の眠りに着いてしまった。

でも、いとこの旦那さんは、3年前からその日を見つめて生きて来たのかと思うと、その気持ちを想像するのは難しい。今は、その日の来るのを、ただ、じっと見つめて時の刻む音を聞いているなんて…。

お正月には、帰って来る子供達に、その事をちゃんと伝えなくては。

尻尾の所を、早速一人で焼いて食べた。

涙が出る程、美味しかった。ありがとう。


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田舎でのお葬式

2013-12-23 16:48:10 | Weblog
昨日、田舎でお葬式があって行って来た。

本当は、仙台へ行くはずだった。

天皇杯準々決勝のFC東京を応援しに行くはずだった。

美味しい、牛タンを食べて来るはずだった。

サンタ帽をかぶりクリスマスソングを歌って楽しむはずだった。

劇的勝利を選手達と一緒に喜ぶはずだった。

でも、急に十日町に住む夫のお姉さんから電話があり、旦那さんがなくなって22日にお葬式だという。

直ぐに一緒に行く友達に連絡を取り、新幹線代が無駄にならないように行く人を手当てした。

前日に上越新幹線の席を取ってよかった。その時点でほぼ満席でビックリした。連休でスキーに行く人が多かったから。

朝、5時半に家を出て、新幹線に乗ったら、確かに満員だった。

長い長いトンネルを抜けたら、そこは雪国だった。

川端康成の 「雪国」 を思い出す。雪の季節に田舎に帰る時には、雲一つなく青空に輝く東京と、灰色の空と白い世界に埋もれた雪国とを分けたトンネルを抜ける時、いつも 「雪国」 を思う。

越後湯沢で私も含めて沢山のスキー客が降りた。

私は、ほくほく線に乗り換え。

初めて乗るほくほく線は、2両の可愛い電車。もうすでに乗客が乗っていて、乗ろうとしたが、ドアが閉まっている。ドアのそばにボタンがあり、「これを押して下さい」 と“開”“閉”のボタン。

“開”を押して、乗りこんで座席に座ったが、前に座る人が私をジッと見ている。

それで気が付いた。“閉” を押してドアを閉めないといけないのだ。なるほど、乗り降りの人がいなければ、寒いので全部を開ける必要がないのだ。十日町までの途中の駅は、無人駅なので降りる人は一番前の運転手の所のドアしか開かないから、そこまで行く。確かに、降りる人は一人だった二人だったり。

私も雪国で生まれ育ったけど、電車に乗る生活とは無縁だった。昔からそうだったのだろうか…。

そのほくほく線のカラーは、FC東京と同じ青赤だった。それを見て、意味も無く天皇杯準々決勝は勝つと確信した。結果は、劇的な勝利だった。

タクシーで葬儀場に着いた時には、もう始まっていた。

中学生の孫の女の子は、棺に眠る祖父に、「じいちゃん、またね」 とほほを触り涙をこぼす。夫の葬儀の時、ポロポロ涙をこぼしていた娘の姿を思い出す。

姉の時、夫の時、今回と、やっぱり地域によって葬式の仕方が少しづつ違うんだなと思う。十日町では、お通夜が無いと言う。それもビックリ。

葬儀が終わった後は、お義姉さんの家に移動して、思い出話や諸々の話しをした。夫の話題にも盛り上がる。

帰りは、駅まで送ってもらい、ほくほく線に乗る。

やっと、携帯で東京の勝利を確かめ、一人小さく拳を握った。

新幹線に乗り換えてから、携帯で準決勝のチケットを取った。

今度はスタジアムで仲間と一緒に応援出来る。九州に住む友達も帰って来る。楽しみだ。










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映画 「ゼロ・グラビティ」

2013-12-19 19:56:51 | 映画・ドラマ・小説・マンガ
面白かった。

洋画を見る時は、いつも字幕で見るが、3Dの時は疲れるので吹替えで見る。

でも、この映画には吹替えがないのでメガネONメガネで見た。

結果は分かっているのに、こんなにドキドキした映画は久しぶりだ。

初めはユッタリとした宇宙空間。

ヒューストンと会話をしながらシャトルの船外で作業するサンドラ・ブロック。

そして、その周りで宇宙遊泳をしているジョージ・クルーニー。

ジョージ・クルーニーはドラマのERでファンになった。でも、途中から映画に転向してから、彼の映画は見てない。久しぶりに見る彼は宇宙服で、わずかに顔が見えるだけ。

暖かい映画館で、ユッタリとノンビリと作業する彼女を見ていると眠くなりそうと思ったのが、嘘みたいなドキドキが始まった。

突如、「ロシアが自国の衛星を爆破した。その破片が途中の衛星を破壊しながらそっちへ向かって行く。すぐに作業を中止して帰還せよ」 と。

タッチの差で間に会わなくて、宇宙に放り出された主人公。

題名通りの無重力の世界。動き出したら永遠に動き続ける。回ればずっと回りつづける。でも、空気は有限、宇宙服の中にあるだけの量しか生きられない。

そこから始まる彼女の生きるための、重力があり空気のある地球に生還する為の戦いが始まる。

やっと潜り込んだシャトルの中で、動かす為の方法をマニュアル本をめくりながら探すアナログ。パニックになると、やっぱり紙ベースの方がいいのだと、何か感心してしまった。

ところが、タッチパネルは燃料切れと出る。

地球への最後の手段として、乗りこんだのは、宇宙ゴミにやられて放棄された中国の宇宙船。

中に入ったら中国語で、どのボタン(タッチパネルでは無くボタンだったと思う)を押したらいいか分からない。

こっちのドキドキが高まる。

後で、娘が、「普通、宇宙船だったら英語だよね。」 「だから、中国の船にしたんだと思うよ。日本だったら英語にも対応していると思うけど、中国なら違うだろうと思えるじゃない。英語が通じない方がドキドキするから」 と。

どのボタンを押すかで、「神様の言う通り」 と押すのが可笑しかった。直訳だと、どんな意味なんだろう。

「やっぱり、いざとなると、タッチパネルよりもボタンを押す動作の方が安心するよね」 とアナログな私は後で娘に話した。

クライマックスの大気圏突入は、本当に心臓がバクバクした。主人公に同調するように。

「結果は二つに一つしかない」 と言う彼女に被せるように響く音楽。

その音楽が凄かった。音楽が心臓のドキドキを倍加した。

映画が終わって、静かにクレジットが流れ始めて、遠くでヒューストンからの声が聞こえ、それに、あの音楽がかぶさって来る。

すると、収まりかけたドキドキが、又、蘇って来る。

娘と、「あの音楽が凄かったね。思わず力が入るよね。でも、面白かった」 と。

絶対に、映画館で見る映画だと思う。

暗い映画館で、自分もゼロ・グラビティの世界に放り出されて、猛スピードで向かって来る宇宙ゴミに顔をそむけたり、指を動かしたり。

本当に、どうやって撮影したんだろうと思うほど、全てが無重力を実感した。

そして、美しい地球の映像は、実際に成層圏に気球を上げて何枚も撮影したものを使ったそうだ。昼の地球、夜の地球。

ストーリーが単純だからこそ、その映像に引き込まれた。


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今日も落ち葉集め

2013-12-17 20:06:59 | 南ちゃんと南山
今日は、風も無く穏やかで、落ち葉集め日和だな、と思いながら家を出る。

いつもの、キツイ坂道をハーハー言いながら登る。この坂道がな…とブツブツ言いながら。

登れば、緩い坂道はあるが、ほぼルンルン状態で畑へ行けれる。



誰も来ていないが、道具を持ってクヌギ林に上がる。



熊手で落ち葉をかき集め、あっちに落ち葉の山、こっちに落ち葉の山を作り、特大のゴミ袋に入れ始めていたら、もみじさんが桜の広場から降りて来た。

二人でおしゃべりをしながら、作業をする。

でも、落ち葉はガサガサザクザクと音が大きいので、つい、手を止めておしゃべりをしてしまう。そうでないと、話が聞こえない。

持って来た袋がそれぞれに一杯になったら、下の道路に落とし、そこから畑に落とす。

「エイ!」 と蹴り落としたら、もみじさんが笑う。

落ち葉囲いに入れ、それを踏みつけて落ち着かせる。もっともっと落ち葉を入れたいから。



私はお昼を持って来たけど、もみじさんは、「帰って片づけをしたいから、お昼で帰るので持って来なかった」 と言う。

でも、私が食べている時も、一緒におしゃべりしていたし、野菜を取るからと言うし、持って来ても良かったみたいね、と笑う。

私の友達が、午後に来る事になっていて、途中まで迎えに行く事にした。

友達は、最近、仕事を止めて、家でゴロゴロしていると言うので、一緒に楽しもうと誘っているのだ。

あの、坂道の所まで行ったら、友達が、「フーフー」 言いながら登って来た。

「お疲れ様。道、分かった?」
「一度来たから、何となく分かった。でも、この坂道、前からこんなにきつかった?」
「道は、変わってないのに、私も年々きつくなるよ」
「明日、あちこちが痛くなりそうー」
「健康の為にも、時々おいでよ」

畑に着いたら、もみじさんが、まだいた。

友達は、もみじさんとも顔馴染みなので、しばらく3人でおしゃべりをした。

もみじさんが帰った後、二人で野菜の収穫。

その後、野菜や荷物を置いて、クヌギ林、桜の広場、一の森を案内する。

一の森で、今日は見えないが、富士山が綺麗に見える方向を教える。



一の森から帰る時、普通の山道ではつまらないので、ケモノ道から人間道になった藪の中を通った。

「わあー、凄い。面白い!」 と友達。

下に降りて、「楽しかった。ありがとう」
「又、一緒に山で遊ぼう。」

駅へと向かう彼女を見送った。



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アンジェのイルミネーション

2013-12-15 20:26:28 | Weblog
昨日、友達と京王フローラルガーデン・アンジェのイルミネーションを見て来た。

割引券があったので、友達を誘い、京王多摩川駅近くの行きつけのお店で、まずはランチ。

そこは、ランチしかやっていないお店だけど、本当に美味しい。綺麗なママさんが一人でやっているけど、最近、時々行くので、すっかり顔馴染みになった。

娘も呼んで、3人で食べながら賑やかにおしゃべりをして、娘と別れて、友達とアンジェに行った。

今頃は、花も咲いていなくて、景色が寒々しい。たしかに、木々等に電球が巻きつけてあったり、サンタさん人形がいたり。













10月桜が咲いていた。初めて見る。


奥の方では、バーベキューを楽しむ人々で盛り上がっていた。

そんなに大きくないガーデンなので、陽だまりのベンチでおしゃべりしていても、暗くなるには時間があり過ぎる。

それに、寒い。

せっかく来たけど帰ろうか、と外に出て、冷え切ったので向かいのマックでお茶にした。

夢中でおしゃべりしていて、フッと気が付くと、外は夜。

アンジェの方を見ると、建物の間からイルミネーションが見える。

それで、もう一度入る事にした。

今度は、京王のパスポートカードで入場したので、割引。それでも合計しても正規の料金にならない。おまけに、今度はドリンク一杯のサービス券をいただいた。

昼間の、色彩のあまりないお庭が、色とりどりの光に輝いていた。











思わず、「ワアー、綺麗!!」 と。

昼間歩いた道を、もう一度歩く。

あまり綺麗ではなかった池が、光が反射して本当に綺麗。

昼間、所々にあった、“パラソルストーブ”。



触っても暖かくなくて、何だろう?と言っていたが、名前通り、ストーブだった。

それも、パラソルの下に入ると、暖かさが上から降りて来る。

「ワアー、暖かい」 と手を上に掲げた。「面白いね。こんなストーブ初めて」 と笑う。

カフェで、私達は暖かい “フレーバーティ” をいただいた。クリスマスならワインかもしれないが、寒い日は暖かい紅茶がいい。

クリスマスにはクリスマスコンサートがあるらしい。



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落ち葉集め

2013-12-13 19:51:01 | 南ちゃんと南山
今日もクヌギ林で落ち葉集めをした。



熊手で落ち葉を集め、それをゴミ用の大袋に入れて、堆肥用の囲いまで運んで入れる。







今日は、山の中は風が強くて、うっかりしていると、袋が飛ばされたり、熊手で集めた落ち葉が吹き飛ばされたり、皆で、「キャー、キャー」 言いながら作業した。

このクヌギ林は、本当に助かる。まだまだ沢山の落ち葉が積もっている。

山道で落ち葉を集めていた時は、石などが混じったりしたが、今は、純粋に落ち葉だけ。

そして、嬉しい事に、楽しい作業は、まだまだ終わらず次回へと続く。

お昼を食べながら、楽しくおしゃべりをして、今日の作業は終わり。

大根やネギ、小松菜、カブ等を収穫して、一の森に寄って帰った。



富士山は、雲に隠れた見えず。







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畑に大根取りに

2013-12-11 20:26:09 | 南ちゃんと南山
本当は、昨日が畑仕事の日なんだけど、あいにくの雨で、今日、大根取りに畑に行って来た。

ここしばらく、雨が降らなかったので、畑にある雨水を溜めるタンクの水がほとんど無くなっている。



雨が降るのは嬉しいが、降り方が足らなかった。タンクにはあまり溜っていない。又、しばらく晴天が続く。畑の作物は心配しないが、ポットの中の挿し木が心配だ。

今日は作業日ではないので、誰も来ていない。

せっかく来たから、落ち葉集めをする事にした。

クヌギ林に上がり、まとめてある落ち葉を袋に詰めて、落ち葉囲いまで、何回か運んだ。





このクヌギ林があるので、本当に助かる。無かった頃は、あちこちの山道で落ち葉集めをし、それを運ぶのが大変だった。

クヌギ林は畑の直ぐ上だし、その上にある桜の広場も、沢山の落ち葉が積もっている。



イチヤクソウが芽を出しているというので、探した。落ち葉集めの時に、気を付けるようにと、囲ってある。



先月のイモ煮会の時に咲いていたリンドウが、まだ咲いていた。



大根と小松菜、コカブ、ラディッシュを収穫して帰った。




ついでに、我が家のささやかな紅葉。コナラとカエデ。







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雨がやんで虹が

2013-12-10 17:29:21 | Weblog
雨がやんで、太陽が出て来た。

しばらくして、もしかして、と外を見たら、虹が出ている。

いつ見ても、虹って不思議な気がする。

分かっていても、どうして七色に半円となって空に表れるのだろう、といつも思う。

そして、虹を見ると何となく幸せな気持ちになる。

しばらく見ていて家に入る。

もう、消えたかなと虹を見たら、あら、2重の虹!!





じっと見ていたら、飛行機がその虹を横切るように飛んでいる。

残念ながら、写真は撮り損ねた。


そして、太陽の沈んだ西の空。



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