ふみさんの日々雑感

生活の事、家族の事、大好きなサッカーの事・・・日々いろいろ

八ッ場ダム

2009-09-29 13:37:04 | Weblog
無駄な公共事業は廃止と民主党はマニフェストで約束した。国民はそれを支持し、民主党は与党となった。

総論賛成でも各論となると、とたんにアチコチで大ブーイングを受ける前原大臣。でも、端正な姿で反対者の前で、マスコミの前で、頭を下げ、又はポーカーフェイスでぶれない発言をする大臣は、見かけに寄らず胆が据わっていると頼もしく思う。

美しい日本の山河を沢山の無粋なダムで壊すことには、私も反対だ。地球温暖化阻止の為にも、二酸化炭素を吸収し酸素を供給する膨大な木々が、日本のあちこちで水の底に沈むのはどうなのだろう。

以前、TVで中国の黄河が、沢山のダムが作られた為に、渇水時には川底が見える程、水量が減ったと放送されていた。年中、豊かな水量を誇っていた大河が。

八ッ場ダムだけでなく、巨大な公共事業は、着工から完成まで膨大な時間を要する。どうして、こんなに年数がかかるのか不思議に思う。本当に必要なら、いかなる障害があろうとも、予定通りに作られて当たり前だと思うが。

八ッ場ダムも、ウィキペディアで読んでみると、昭和27年に計画発表されている。台風の水害から首都圏を守る為とされている。途中から、首都圏の水需要拡大に対応してとなる。

又、一度国会で「ダム基礎地盤として極めて不安定」との指摘があり、その後国土交通省から、まったく問題ないとの見解が示されているが、本当にそうなのか。

又、工事は7割も進んでいるのだから、中止した方がお金がかかると言うが、本当だろうか。確かに、事業費の7割は使ったそうだが、付帯工事、付替え工事は、そうとう遅れているそうだ。完成した国道・県道は数%、代替地の造成は1割との事。つまり、工事の7割が出来上がったのではなく、予定費用の7割が使われたという事ではないのか。

それに、ダム本体はまだ未着工。それを考えれば、このままダムを完成させる方が、補償金等を払うよりも、はるかに膨大な金額がかかるのではないだろうか。完成しても、安くないランニングコストは永久にかかり続ける。

又、ダムに絡んだ複数の公益法人や企業に180名近くの天下りがあったという事は、表に出ていない税金が、もっともっと使われたと言う事だろう。そして、ダムが出来上がれば、税金は使われ続けるだろう。

マクロで見れば、やっぱり、無駄なダムは中止した方がいいと、私は思う。ただ、ミクロで見れば、苦しんだ地元の人々には最大限の補償をしなければいけないと思う。そして、いまだに土地提供に応じてない地権者の人々もいるそうだ。平等な対応を望む。

ダムが完成した事による、費用対効果の国民的メリットがどこにあるのか、どうしても分からない。TVで、地元の人達が大臣に「地元に何の説明がない。だから、会わない」と言っているが。でも、元与党の自民党から、私達国民に、ダムの必要性の納得の行く説明を聞いた覚えが無い。

公共事業は、いつだってそうだった。飛行場を作ります、高速道路や新幹線を通します、里山を潰して住宅地を作ります、と、地元の大反対を無視して工事は始まる。始まった工事はしょうがないでしょ、とチンタラチンタラ、なるべく多額の税金を長年に亘り組み入れるようにシステムを作り上げる。

TVの討論では、野党の自民党や評論家と言われる人達が、与党民主党を批判しているが、私は民主党に期待している。

何か、見える景色が変わって行くような、吹いてくる風の方向が変わって行くような、そんな時代の変化を予感するから。

夜明け前が一番暗いという。新しい出発と言うよりは、世界中が不況で苦しんでいるマイナスからの出発。前政権の負の遺産を沢山かかえた出発。

私達も、我慢する所は我慢して、未来の子供たちが幸せに暮らせる社会を作る為になる事ならば、新しい政権に協力して行かなければならないと思う。



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FC東京、磐田に逆転勝利!

2009-09-26 20:37:54 | FC東京とサッカー
開門を待つ間、スピーカーからユルネバが流れている。マイホームスタジアムだなと、本を読みながら、そして、時々、離着陸する飛行機を眺めながら、だんだんと集まって来るサポーターを眺めながら、開門を待つ。一週間て、早いなと思う。

バックスタンドは、まだ日差しが暑いが、すぐに日が沈むからと、団扇をパタパタしながら応援する。



最近は、あまり磐田には負けていないが、それでも磐田は怖い。昔、勝てなかった頃がトラウマになっているからか。前田選手にはゴールを決められた印象が強い。

前半は決めきれずに0-0で終わる。

ハーフタイムの二匹(?)は仲良しだった。そして、夕暮れの空。
 


そして、やっぱり前田選手にゴールを決められた。ウチのチームは、どうしてこうも得点した後に直ぐに入れられるのか。そして、どうしてコーナーキックに弱いのか。反対に、コーナーキックでは、なかなかゴールを決められない…。

でも、さすがはナオくん。何本か決めれなかったけど、今度はネットにフワッと押し込んだ。



でも、赤嶺くんのジュビロキラーは凄い!

逆転されて、あ~あ、と思い、ぜひ同点になってと祈った。同点になった時には、逆転されないで守って、と祈る。

でも、今日は違った。交代で入って来た選手達が、チームに動きを与えてくれた。絶対に勝つんだと、ゴールに向かった。むっくんのクロスが綺麗に入る。長友くんが、ゴール前で仕事をする。こんちゃんも時には前に。梶山には、ボールが集まり、時にはミドルを打つ。

細かいミスはいろいろあるけど、勝てば全て良し。ホームで勝つ事は、なににもまして嬉しい。まして、ロスタイムの劇的な勝利!!

アウェイ以外、メーンスタンドもゴール裏もバックスタンドも、全ての人々が立ってバンザイするのは、気持ちがいい!!

次回は、調子のいい名古屋。

ガンバレ!!東京!!
負けるな!!トーキョー



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献血が出来なかった

2009-09-24 19:19:36 | Weblog
都庁にパスポートの更新に行って来た。記入済みの申込書を持って行ったので、すぐに終わった。でも、平日なのに沢山の人が来ていた。

同じ階に献血ルームがあるので、時間もあるし、久しぶりに献血をしょうと思った。

会社に勤めていた時は、会社の隣の郵便局に定期的に献血車が来ていた。年に一回か二回、200CCの献血を仕事中に行っていた。

今回は、生血の400CCと成分献血を行っていた。ここも、順番待ちで人々がいた。

私は体重が50kg無いので、400CCは採血出来ない。だから成分献血をする事にした。

ところが、どうしても、血管が細くて対応出来ないという。採血なら出来るが、成分献血は、赤血球を体内に戻すので、私では無理という。

冬になれば、200CCの献血も出来るので、その時にお願いしますと、申し訳なさそうに言われた。

献血出来なかったのは初めてなので、ちょっと残念だった。でも、しょうがない。又、機会があった時に献血する事にして、気持ちのいい太陽の下を新宿駅まで歩いた。
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シルバーウイークは終り

2009-09-23 21:12:48 | FC東京とサッカー
近場しか出かけなくて、のんびりと過ごす。でも、サッカーを良く見たような…。

土曜日は味スタでFC東京とガンバ大阪の試合を応援に。

家事や買い物、映画も見に行ったし、里山の下草刈りもし、そして、その合間に録画したビデオでサッカーを見る。

FC東京と京都、FC東京とガンバ大阪、そして、アーセナルとウィガン。

今日は、稲城市民枠でヴェルディとセレッソ大阪のゲームを見に行った。
 

4-2でセレッソが勝った。夫とノンビリと静かに観戦する。いつもは力が入り、声も出て、じっとはしていられない。でも、今日は純粋にゲームを楽しんだ。

後半の後半に交代で尾亦くんが入って来た。16番。でも、あまりボールに関われなかったな…。
ガンバレ、オマちゃん!


帰って来てからは、BSでACLの録画放送を見る。やっぱり、川崎は強いな。ちゃんと得点が出来る事がうらやましい。東京も、ボールは枠に入れようね。

又、明日からパートに行かなくては。
パスポートの更新にも行かなくては。
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“南ちゃんの会”で里山に入る

2009-09-21 09:35:30 | 南ちゃんと南山
昨日は気持のいい天気だった。風が梢をさわやかに揺する。
サワサワサワ~ザア~~シュルルルル~~

気持ちが洗われる木漏れ日の美しさ
 

 


昨日は、下草刈りをした所に小道を作る下準備をした。芽が出てくる山野草を保護する為に、歩く人が立ち入らないように。
 

 


切り株を取り除き、子供達の為の落ち葉の滑り台にする斜面



まだ、下草刈りをしてない場所。
 

これから、計画を立てて散歩しやすい場所にして行く。一生懸命になり過ぎず、楽しみながらボチボチやろうねと話し合う。

11月の終りか12月の初めに、一周年を記念をしょうと計画している。落葉樹が落ち葉を散らし、キラキラ輝く青空を眺めながら食べ物を持ち寄って里山の未来を語らいたい。仲間の仲間も一緒にどうぞと。

帰りにかわいい蝶を見かけた。あなたの名前は?
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どうしても勝てない、FC東京

2009-09-19 20:56:16 | FC東京とサッカー
疲れた。本当に今日は疲れた試合だった。負けなかったと言うべきか、勝てなかったと言うべきか。

まず、ユーロスポーツで買い物をする。


今日はブラジルディーなのに、ブラジル人はブルーノさん一人。そして、サンバ隊も、昔と比べて寂しくなった。羽飾りのおねーさんやおにーさんが少ない。昔はもっと沢山いて華やかだったのに…。
 

台風の影響が無く、丁度いい気候で選手も動きやすいだろうし、私達も応援しやすい。
 

攻守の入れ替わりの激しい試合だった。しかし、ナオくんの幻となったゴールが恨めしい。

ガンバにもゴールはさせなかったけど、本当にシュートまでが遠かった。カボレもいなくなったし、平山もいないし、今日は、単純にカウンターや、裏に欲しがっていた赤嶺やタツヤくんい出してもよかったのでは。ちょっとしたミスが多すぎた。それに、パス回しはガンバの方が上手なんだから。

緊張の合間に仰いだ空は夕焼けが綺麗だった。


相手のゴール前にやっとボールを運んだのに、どうして選択はパスやクロスなんだろう。奪われてカウンターを食らうよりはシュートで終わればいいのにと思うのは私だけ?最適なポジションや場面なんて、与えてはもらえないんだから。

90分は、あっという間だった。疲れた…。

ホームゲームは絶対に負けて欲しくない。

次は調子を上げて来た磐田。そして、日本人得点王の前田選手にはゴールを決められて悔しい思いをさせられた事が何回もある。金沢さんが移った事もあり、磐田には負けたくない。

ガンバレ!!東京!!
負けるな!!東京!
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日光観光

2009-09-19 10:00:41 | Weblog
地元の商店の招待で日光観光に夫と行って来た。

抽選に当たりましたと、私宛にハガキが来てビックリした。夫が私の名前でも申し込んでいて、私の分だけが当たった。夫は実費での参加。

高速道路は空いていて、途中休憩した時、バスの隣に自衛隊の車両が沢山止まって、「おおー!!」と思った。そして、話しかけていろいろな話を聞いた。

高速道路は普通に走る。ブレーキの利きが悪いのでスピードは出さない。「ええー!」
クーラーは付いているが、利きが悪い。「あら、大変ね。」
イラクで、ボンネットで目玉焼きを作ったのは本当。暑くて、暑くて…。「ご苦労様です」
車のドアが相当頑丈そうなので「どのくらいの銃器まで大丈夫?」「それは、秘密です。」「そうれは、そうよね」と納得。
「ドアの所の弁慶のイラストは?」「部隊の印です」
等々、バスが出発するまで、色んな事を話した。面白かった。


<お昼はユバ料理の「日光葵御膳」>



<輪王寺>
 

 


<東照宮>
 

 

 

 




<華厳の滝>
 

 

帰りのバスはグッスリ。でも、首都高に入ってから、ノロノロになった。故障車での渋滞だったが、予定より20分程の遅れだった。夕方雨の予報だったが、雨が降らず、暑くも無く寒くも無く良かった。

日光は一度しか行った事がない。長男か幼児の頃で、よく覚えていない。ただ、旅館に着いたら、息子がササササと這い這いをしたのは、良く覚えている。だから、もう一度、行ってみたいと思っていた。

平日なのに、日光は修学旅行で込んでいた。

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子供手当について

2009-09-17 20:35:20 | Weblog
民主党の配偶者控除を廃止して、子供手当支給についてのアンケート等の集計によると、反対意見が多い。もちろん、賛成の人もいるが。私は、前々からこうなったらいいなと思っていたし、友達や若い働くお母さん達にも言っていた。でも、余り反応は無かった。

私がそう思うようになった原点は、私の子供の幼稚園の時にある。

昔、私が若い頃は女性はちょっとOL(昔はBGと言っていた)をして、結婚して退職する。結婚しなくても、25歳くらいになると、上司が見合いの話を持って来る。それが、当たり前の時代だったし、私もそんなもんだと思っていた。

東京にいた時、幼稚園はほとんどサラリーマンの子供達だった。だから、低納税者への補助を受けている人は聞こえて来なかった。

大阪へ転勤し、入れた私立幼稚園ではサラリーマンと地元で商売をいている人と半々くらいだった。モチロン、私達サラリーマンの家庭には補助は出ない。ところがお店や造り酒屋(多々あった)の家には補助がでる。羨ましいほど広大な敷地に大きな家が建ち、何台も車を持ち、豊かそうに暮らしている家の子供に補助が出る。それを当然のように話す地元の人達。倹約、倹約で暮らしている私は、どうして差別されるのと違和感を感じた。

幼稚園、小学校、中学、高校とPTAに関係して感じたのは、今度は男女の差別。学校に関わる事は全て母親が主になって行っているのに、提出する全ての書類に父親の名前を書く。私は、どうしてと思った。それで、私が責任を持って関わる事には私の名前を書き、印を押し提出した。別に、それで不都合は無かったが。

そして、パート勤め。東京に転勤して来て、今度は銀行のパートの仕事。ここで感じたのは、同じ仕事をしているのに時間給の眩暈がするほどの差!時は、バブル真っ最中の頃。新入行員でもビックリするほどのボーナスを貰う。そして、グングンと上がる給料。

私達パートは自給が10円上がるのがやっと。そして、年収百万未満しか働けない。仕事が面白かったから、もっと仕事がしたかった。その頃は、パートは主婦の仕事だった。あなた達は扶養されているのだから、扶養手当を与えているのだから、時給を上げたら困るでしょう、と言われる。

でも、私は納得がいかなかった。それで、別の会社で正社員として働く事にした。

でも、結局、女である事、主婦である事の差別は無くならない。同じ事務仕事なら、事務処理能力は女性の方が圧倒的にあるのに。私だけでなく、女性の同僚も娘もそう言っていた。でも、そんな事は関係ないのだ。女だから、主婦だから、給料はそんなものと言われる。

そして、定年で辞める時、年収は50歳くらいの男性とは3倍強の差が開いていた。だから、差別は年金にも関わってくる。仕事は面白かったが、悔しい思いは一杯あった。

配偶者控除、扶養控除がある限り、企業は安い賃金で主婦という労働者を雇えた。でも、社会情勢が変わり、それは派遣と言う名の都合のいい労働者を多数、生み出して行った。

会社勤めをしている時、高級取りの上司の奥さんは、ゴルフ三昧、高級ホテルのランチ三昧、海外旅行三昧。そして、3号保険で、払わなくても将来年金がもらえる。まだ、安い給料の若いお父さんは、子供にお金がかかるから、こづかいが少ないと立ち食いうどん。

だから、前々から配偶者控除を無くして、その分で子供手当を出したらと思っていた。

どういう人生を選ぼうと、それは自己責任(自民党の人が良く使った言葉)だと思う。そこに、差別と感ずるシステムを持ち込んで欲しくない。

でも、子供達は私達の未来。金持ちに生まれようと、貧乏な家庭に生まれようと、彼らの未来には溢れる希望を与えて欲しい。





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議員会館

2009-09-16 16:30:05 | Weblog
月曜日に仲間と議員会館に民主党の大物議員に会いに行った。

南山大規模開発の事で、近くに住んでいる人が、「どうしても開発をストップしてもらいたいから、民主党の衆議院議員に親しい人がいるから会いに行って。電話を入れるから」と。

もちろん、組閣で本人は忙しいので第一秘書が会ってくれるという。

初めて行くので、私達はお上りさん状態で入っていった。受付を済ませて、手の消毒をして荷物検査を受けてエレベーターで昇る。

両脇に沢山の部屋が並び、胡蝶蘭を持った人達が歩いている。名札を見ながら歩いていると、知った名前、知らない名前、まだ、名前の無い所、荷物を運び入れている所、空室、等々。

約束の時間に行ったけど、事務の女性(?)が出かけていていつ戻るか分からないと言う。ガッカリしたけど、忙しい時だからしょうが無いよね、と私達。

初めてなのでしばらくキョロキョロウロウロしていたら、当の秘書の方が探しながら追いかけて来た。「10分だけなら」と。約束を忘れないで、わざわざ戻ってきてくれて恐縮した。

資料を渡し、急いで説明をした。若いけど頭のいい、きれる人だと感心する。さすがに大物議員の秘書だと思った。落ち着いた頃に、もう一度、時間を貰う事にして玄関まで戻る。

そこで、ばったりと当の議員に会った。私達の事情は知っていてくれて、仲介してくれた人の事を「大変にお世話になった方」と言っていた。

もしかしたら、力になってくれるかも知れない、とチョッピリ希望を感ずる。私達の希望と民主党の政策は一致しているはずだから。

せっかく来たのだからと、地下の食堂で昼食を食べ、例の「政権交代 紅白饅頭」を話の種に買った。家族にも、持って行った職場の人にも、とっても受けた。


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高速道路の無料化

2009-09-12 10:11:51 | Weblog
私としては、地方都市では賛成である。

私の実家は柏崎市。

実家へ帰る時、昔は車で帰っていた。車を手放した15年ほど前から高速バスを利用している。夫と帰る時は新幹線を利用していた。新幹線は長岡で乗り換えなくてはいけないし、荷物を持って階段の上り下りがあり、待ち時間がある。でも、バスは直接、柏崎駅まで行ってくれるのでとても楽だ。

夫もリタイアしてからは「バスの方が楽だ」と、自分の実家に行く時もバス利用になった。

そして、いつも思うのは、高速道路の渋滞度である。五月連休、お盆と高速道路の混む時にもバスを利用していた。確かに、そんな時は渋滞はするが、関東圏を過ぎるとスムーズに走る。特に新潟県内に入ると、ガラガラになる。

柏崎では、高速道路が長岡方面から上越市方面に市を横断している。そして、並行して国道8号線が走っている。昔から、この国道は季節により時間により、渋滞する。そのほとんどが通過車両である。

帰るたびに、新しい道がチョコチョコと作られる。8号線の渋滞する所を迂回するように色んな道が作られる。そして、最近、バイパスとして立派な道を作り始めている。バイパスが出来ても、時間帯や季節により、やっぱり渋滞するだろう。

並行して走る高速道路は、いつでもガラガラである。

もし、この高速道路が無料になれば、通過車両は高速道路に行き、一般道は地元の人々の生活者の為の道路になり、走りやすくなるだろう。

なによりも、新しい道路を作る必要がなくなる。田舎の町が、帰るたびに道だらけになるのが何よりもイヤだった。

帰ると、姉と自転車で走り回るのだが、一台も車とすれ違わないりっぱな道もある。日中、田んぼや畑に作業する人がいないと、人間が誰もいなくなったSF映画を想像してしまうほどだ。

それでも、際限なく、道路建設が予定されている。

人口が減少し、高齢化で車を手放す老人が増えるであろう地方都市は、速やかに高速道路の無料化をしてほしいと思う。

田舎に帰るたびに「もう、道路は作らないで」と思っていたから。

そして、道路予算を、もっと福祉に回してほしいと思っていたから。



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