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ふみさんの日々雑感

生活の事、家族の事、大好きなサッカーの事・・・日々いろいろ

歯科医院に行く

2006-01-30 21:27:04 | Weblog
正月前から右下の奥歯が腫れて痛かった。今は痛くないのだけど行かなくてはと、思いながら忙しくて(本当は歯の治療が怖いから嫌い)行っている暇がなかった。やっと予約が今日の2:30に取れたので仕事中に行く事にした。

ところが仕事に夢中で気がついたら、2:45!慌てて行ったけど「時間どおりに来てくれないとこまります。もう違う人を入れたので4:30に来て下さい」と言われた。そこの歯科医院は時間にうるさい。その代わり、きちんと時間どおりにしてくれるのはありがたい。仕事中に行くので。

一年前に治療してもらった左上奥歯は、今日のレントゲンで空洞になっていた所が随分骨が再生していると、言われた。歯医者さんに「たった一年間でこんなに骨が再生しているのを見るのは初めてだ」と言われた。マジメに歯を磨き牛乳を飲んだのが良かったのかしら。

今回の右下奥は「何か硬いものを食べなかったですか、骨にヒビが入っているような気がする」と言われた。えええ・・・ひび?だから、いつまでも腫れが引かなかったのかしら。

消毒して薬を入れられて、今、あまり口が開かない。夜の食事は私だけ食べやすいように“おじや”にした
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映画「博士の愛した数式」

2006-01-29 15:24:42 | 映画・ドラマ・小説・マンガ
原作に感動したので映画を見に行った。この本の透明な感動をどのように映画化すのか。小説の行間から心にすーっと入って来た博士の愛した数字や数式を、映画を見る人の心にどのように着地させるのか非常に気になった。

原作には無い、ルートの数学の先生としての授業風景が素晴らしい!ルート役の吉岡秀隆が優しくて柔らかくて、生徒達に数式から生きとし生きる物への愛を、生きている事の素晴らしさを全身で表現しているように思った。

家政婦の前向きの明るさ、現実をありのままに受け入れ抱きしめる優しさ、深津絵里さんがぴったりだった。そして、博士役はやっぱり寺尾聰さん。人間の持つ数々の欲望をすべて削ぎ落とし、どこまでも何処までも、時間も空間も超えて無限に広がる数字と数式の宇宙に住む博士を、愛するように演じていた。

そして、なによりも涙溢れ心が辛くなったのは浅丘ルリ子さんの演ずる義姉。久しぶりに見た浅丘ルリ子さんは随分お年を召していたけど、相変わらずお美しい。そして、博士をずっと見つめて来た哀しみを秘めた瞳から、ただ黙して語らない口元から、杖を突いて歩く全身から深い深い悲しみを感じた。そして、博士がもっとも愛していた、“オイラーの公式”には秘められた二人の思いがあった事を始めて知った。

「義弟にとって事故が起こったのは10年以上経っても昨日の事なの。でも、私はあれから一日一日積み重ね年を取って行く。その事は義弟をとっても混乱させるのです」

お互いに家庭を捨て、強く愛し合った義姉と博士が駆け落ちしたその日に車の事故は起こってしまう。もう、同じ時間を共有出来なくなった義姉は、ただ物陰から愛した人を見つめるよりどうしょうも無かった。一日中、一ヶ月、一年・・・そして10年以上。窓辺にたたずみ、離れを見つめる浅丘ルリ子さんの全身から滲み出る哀しみと悲しみに涙が止まらなかった。そして、家政婦とルートと博士との、まるで家族のような中睦ましい姿を見入る万感の想いであろう瞳の表情。女としての心の悲鳴が聞こえるような静かな静かな美しい佇まい。

もう一度、本を読んで、もう一度、映画を見たいと思った。
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「博士の愛した数式」そのⅡ

2006-01-26 22:03:38 | 映画・ドラマ・小説・マンガ
いつだったか趣味はと聞かれて「因数分解!」と答えて笑われた20代後半の娘を思った。

夫の転勤で東京から関西の高槻市に引越ししたのは娘が2歳の誕生日の頃だった。そこで、小学校の3年生まで住み、4年生になる時、東京に帰って来た。

娘は高槻で生活していた時は、もう、ただただ夢中で遊んでいた。子供達が遊ぶ空間が、楽しい場所が一杯あった。まるでドラえもんの世界のような。学校の成績はマアマアで、夏休みや冬休みの終わりはベソかいてお父さんに手伝ってもらう子だった。

東京は世田谷の社宅に入った。学校は思った以上に教育レベルが高かった。中学も私立有名中学校に行く子が多かった。娘は成績が思わしく無かった。特に算数が苦手だった。中学に上がる時、「私、算数が分からない。何が何だか分からない。だから塾に行きたい」と言うので塾を探した。娘の性格から大手でなく、出来るだけ小規模の家庭的な塾を探した。そこはお母さんと、三人の息子でやっている塾だった。

ある時、「お母さん、数学面白いよ。楽しいよ。こんなに面白いとは知らなかった」と楽しそうに教科書を開いていた。高校の一年生の時、数学の試験で学年でナンバー3にも入った。

小説を読んで、そして娘を見ていて、もしかしたら数学は文科系かも知れないと思った。私も夫も本が大好きで、いつも何処でも何かを読んでいる。だから、二人の子供達には生まれた時から沢山の本を読んでやったし、彼らも本を読むのが大好きだった。いつだったか、TVで数学のオリンピックの話をしていた時、数学は読解力だと、きちんと日本語が理解出来なければ解けないと言っていた。全てを数式ではなく文章で答えなさいという質問も出るそうだ。

この本を、今読んでいる本が終わったら読むと娘が言った。どんな感想を聞けるか楽しみだ。そして、今度は映画も見に行こうと思っている。
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小説「博士の愛した数式」

2006-01-25 22:08:24 | 映画・ドラマ・小説・マンガ
映画館で予告を見た。ちよっと気になって本屋さんで平積みになっていた文庫を買って来て読んだ。登場人物は博士と家政婦の私と私の息子の10歳のルート。そして、博士の義姉の老婦人。最初から最後まで登場人物はこの名前で呼ばれる。

1975年に博士は交通事故で脳の損傷を受け、記憶が80分しかもたない。博士の記憶は1975年で止まり、新しい記憶は80分で消えてしまう。だから家政婦の“私”は毎朝毎朝、博士の家に行くと自己紹介から始める。そして、その息子も毎日、博士にルートと名付けられる。

数論専門の元大学教師だった博士の世界は美しい数字の海。沢山の難しい数学の言葉が出てくる。自然数・友愛数・完全数・素数・双子素数・合成数・オイラーの公式・・・沢山の数学用語と数字が出てくる。でも、全然それが苦にならない。まるで、シトシト雨が降っているよ、とか、風がそよそよ吹いているよ、とか、桜が咲いたよとか、そんな風に目に頭に入ってくるのである。

一日一日が博士と私とルートと数字とのゆるやかな生活が流れて行く。そして、10歳のルートが22歳になり、博士が亡くなるまで続く家族愛のような友情が続いて行くのである。ある日、記憶が1975年より一秒も未来に進まなくなって、施設に入っても時々たずねて行く“私”とルートと博士の友情は変わらない。大人になってもルートは博士のなかでは守ってやらなくてはならない10歳の少年。

博士はタイガースの江夏が大好きなのである。もう、とうの昔に江夏は引退したのに博士の中では縦縞のエースなのである。入団の時、提示された背番号の中から、江夏が選んだ“28”の背番号。完全数を背負った偉大な投手。

ラストシーンで光に浮かび上がる江夏。生涯で最も速い球を投げていた時の江夏。縦縞のユニフォームを着ていた、博士の大好きだった江夏。そして、背番号は“完全数 28”

朝の満員の通勤電車で最後のページを読む時涙がこぼれた。嫌な嫌な事件・事故が多い中で、今日は一日やさしい気持ちで過ごす事が出来た。家族に読む事を薦めよう。
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シクラメンが咲いた

2006-01-24 22:07:49 | Weblog
4年目?5年目?シクラメンの花がやっと咲いた。赤とピンクのミニシクラメン。全部で5鉢。1鉢はまだまだ硬い蕾だけだけど、今年は今までになく花も葉も立ち姿がスックと形いい。花もいつもよりも沢山咲いた。市販のシクラメンと違って、咲くのはいつも遅い。本当は自然にしていたら、今頃が花時なのかしら?

昔、シクラメンは一年ものと思っていた。ある時、TVで女優さんが「このシクラメンは何年も咲いているのよ」と自宅で言っていたので、それから捨てないで大事に夏を過ごした。部屋が狭いので、ミニのシクラメンしか置けないけど、一番古いのはいつからウチで咲いているか分からない。

シクラメンは夏に弱いと言うけど、すっかりウチのベランダに慣れたみたいで、猛暑でも夏ばてをしないで健気に頑張ってくれる。

リビングの陽だまりで楽しそうに咲いているシクラメン。最後の最後の蕾が咲いて、そして枯れる頃に待ちに待った春になる。今年は寒さがキツイので、春がとっても待ち遠しい。

あ~~あ、早く春にならないかな・・・
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今日のおはよう

2006-01-23 22:37:42 | FC東京とサッカー
FC東京の携帯サイトで毎日アップされていた「今日のおはよう」が今日で終了となる。日替わりでの選手のコメント&映像。コメントは「今日も頑張って行きましょう」とか「寒いですので気を付けて」とか「今日も一日元気よく、いってらっしゃい」とか、簡単なコメント。クリちゃんの「寒いですけど、布団から出てください!」には思わず笑った。

映像も静止画像と動画メッセージ。でも残念ながら、私の携帯は少し古いので静止画像も鮮明に見れないし、動画メッセージは対応していないので見れない。もうそろそろ新型携帯に替えようかなと思うこの頃。写真機能も付いていない。でも、なかなか決心が付かない。

それは、私の携帯には、力強くフジくんとアマラオのサインが書いてある!サインが消えないように透明シ―ルも張ってある。それに、そんなに不便も不自由もしてないし、デザインも気に入っているし、手にピッタリと馴染んでいるし。

毎日、朝の通勤電車で「今日のおはよう」を楽しみに見ていたが今日で終わり。そして、いよいよFC東京も動き始める。昨日は小平練習所にはファンが650人ほど集まったそうだ。私の仲間も行った。行きたい気持ちはあったけど、寒くてコタツ猫をしていた。

まだまだ、リーグ開幕まで一ヶ月強もある。今は取り溜めした去年の試合のビデオを時々見ている。家族に笑われながら。新監督は厳しそうだけど、楽しい予感がする。早く、暖かくなれ!
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青春アミーゴ

2006-01-18 21:58:42 | Weblog
今朝のニュースで春の甲子園の行進曲が「青春アミーゴ」に決まったと言っていた。去年の唯一のミリオンセラーとの事。

昔はウオークマンを離さなかった私が、いつから音楽を聞かなくなったのだろう。CDが主流になった頃は、もう音楽離れしていた。音楽の無い生活なんて考えられなかった私が。興味や楽しみが他の事に行ってしまったからである。

久しぶりに、娘に頼んで「青春アミーゴ」を買って来てもらった。ドラマも必ずエンデングを一緒に歌いながら、ブタちゃん達のミニドラマを見ていた。もちろん録画に取った時も必ずエンデングは一緒に歌っていた。

買ってから毎日聞いている。そして毎日歌っている。だから、今日は嬉しくて仕事をしても頭の中は「青春アミーゴ」が回っていた。修二と彰が“SI 俺達はいつでも、二人で一つだった・・・”と頭の中で歌っている。

最近、高校野球を見なくなったけど、開会式は見てみようかな
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多摩丘陵、削らないで

2006-01-17 21:46:11 | Weblog
今日、朝日新聞の多摩版に「平成狸合戦ぽんぽこ」の高畑監督の思いが載っていた。本当に強くそう思う。

私の住む稲城も今、多摩丘陵の一部の雑木の里山を削って宅地化にする大規模開発が計画されている。京王線の稲城駅を降りて、バス・タクシーのロータリーに出ると右手から前方にずーーと雑木の里山が続いている。平行に続くケヤキ並木をダラダラ歩いて行くと、道は里山にぶつかり行き止まりとなる。山はL字型に左方向に伸びて行き突然断崖になって終わっている。誰かが稲城のグランドキャニオンと言った。そして、京王よみうりランドの方向へ草地が広がっている。手前には、草野球の練習場と、サッカー場がある。よく、草野球や草サッカーの試合をしている。時々、見に行くが、小学生から企業まで、賑やかに楽しそうに試合をしている。

その、突き当たりの里山を全部削り、野球場もサッカー場もその向こうの草原をも、すべて掘り起こし宅地造成をする計画がスタートする。

この少子化の時代に、人口が減って行く時代に、これ以上住宅を作ってどうするのだろう。それでなくても、今、私の住む稲城市はマンション建設のラッシュなのである。もう、自然を破壊するのは止めてほしい。

春のパステルカラーの萌黄時。夏の圧倒的緑。秋の燃える紅葉。冬のちょっと背の低くなったような尾根。散歩に山に入ると、所々に畑がある。富士山がきれいに見える開けた場所もある。ふっと読売カントリークラブのゴルフ場にぶつかる。散歩している人によく出くわす。そして、自転車競技の人達も練習に入り込んでいる。時々、映画やテレビの撮影も行われる。

この景色に魅せられて住み始めた稲城市。どうか、貴重な貴重な雑木の里山を無くさないで。壊してしまったら、二度と再生する事は出来ないのだから。
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故郷の豪雪に想う

2006-01-16 22:01:45 | Weblog
私の故郷は新潟の豪雪地帯である。最近は雪の少ない年が続いていた。電話すると「雪があまり降らなくて助かる」と言っていた。冬囲いもそんなに大掛かりにはしなくなったらしい。

私が子供の頃は、冬の一階は地下室だった。窓は囲いで塞がれ、雪は二階の屋根まで積もっていた。玄関から外を見れば、天まで届くかと思うほど、白い雪の階段で空が見えなかった。冬はそういうものと思っていた。一晩でドカっと降ると町までの道路は何日間か車が通らなかった。今と違って、TVもなくラジオだけの生活だったから、大人はどうか知らないが、私達子供は外の世界を知らなかったので冬はこう言うものと思っていた。

2月の積もる粉雪の日に、玄関に出て少しづつ少しづつ降り積もる雪をただただ見つめ続けていた時もあった。サラサラサラサラ・・・・・・世界中の音が途絶え、ただ雪の降り積もる音だけを聞いていた子供の頃。あの頃、ゆったりとした時間を、何をして過ごしていたのだろう。今のように電気の暖房もなく、まだ石油ストーブもなかったあの頃。あるのは、囲炉裏と出始めたばかりの豆炭炬燵。しもやけとあかぎれの手や足。寒かったはずなのに、寒かったという記憶がない。

雪も少なく、暖房もしっかりして本当に楽になった今頃の故郷。もう、年配の人達も昔の頃の豪雪の生活は忘れていたのだろうな。あの頃と時代も随分変わってしまった。昔、どんなに雪が降っても、どの家にも雪堀の人手はあった。お父さん・お母さん・おじいさん・おばあさん・何人もの子供達。一家総出で雪堀をした。でも、今は年取った老人が二人か一人。田舎の家はとっても大きい。だから、屋根が広いから雪下ろしも大変なのである。

これだけの豪雪になれば、解ければただの水になる雪の為に、莫大な費用がかかる。結局、すべての問題が高齢化と少子化につながって行く。広い庭と沢山の広い部屋が幾つもある家に老人が二人か一人。その子供や孫の家族は都会で、物に囲まれて動きにくいほど、狭い家に住む。この不均衡!

温暖化が進めば、もっともっと豪雪・豪雨・大型台風・寒波・灼熱の夏・・・になって行くのだろうか。





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深大寺に初詣

2006-01-15 22:59:06 | Weblog
ちょっと遅めの初詣。毎年、最初の土曜か日曜に行くのだが、今年はカンボジアへ旅行していたので、今日行って来た。昨日は雨だったが、今日はいい天気だった。暖かくて、そんなに込んでいなくて。深大寺おそばも美味しかった。夫が深大寺ビールを飲みながら「アンコールワットビール、癖が無くておいしかった。普通、地ビールって癖があるからな」と。アンコールワットから帰って来て、あまり経っていないのに随分、日にちが経ったように思う。

深大寺の山門のお店にはFC東京のポスターがはってある。12月・1月・2月のカレンダーもはってあった。ルーカスもカジくんも写っている。もう、彼等はいない。このポスターを撮る時。彼らの中ではどうだったのだろう。ちょっと、そのポスターを見て寂しかった。でも、かれらはプロの選手。自分が一番気持ちよく活躍できる所に行ってプレーするのがベストなんだろう。

新しい監督のガーロ氏も来日したし、いよいよ動き始める。これから、キャンプの様子や、新しく加入した選手達の情報や、少しずつ少しずつイロイロな事が始まる。もう少し、もう少しの辛抱。

おさい銭を、ちょっと多めに入れて欲張ってお願いをした。その中で、何を叶えてくれるだろう。
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