細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文(113)「人をどう信じるか」 飯田 理紗子 (2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-21 08:18:06 | 教育のこと

「人をどう信じるか」 飯田 理紗子

 人間が生きていくうえで、どうしても譲れないものは何だろうか。お金だという人もいれば、食糧や飲み水であると考える人もいるだろう。人はこのようにそれぞれ自分にとって決して譲ることができないものを持っているのであるが、これまでの歴史の中でそれらが奪われそうになったとき、人々は必死で守ることや、時には奪おうとしている相手を傷つけたり妨害したりして制御することが多くあっただろう。

 人々は昔から「争いに勝てば欲しいものが手に入るが、その一方で負ければ手に入らない、または譲渡しなければならない」というような暗黙のルールの下で数えきれないほどの争いをし、そうしたことが繰り返されて出来たのが今の我が国である。日本の歴史に着目すると特に戦国時代というのは、その名の通り一見戦いばかりしていたように見えるだろう。しかし、「国を治める」とは、すなわち大きな力や権力を振りかざすという手段によって人々を無理やり従わせることではないし、自分の思うままに独裁的な支配をしたりすることでもない。本講義で武田信玄の行った治水事業をはじめとした数々の業績を改めて見つめることでそうだと確信した。真に「国を治める」とは、争いや戦の有無に関わらず、為政者自身やそれぞれの人々がどのような社会を望むのかについて考えながら社会が向いていくべき方向を定めていくことであると考える。以下では、戦国時代の代表武将である武田信玄について触れながら、現代を生きる我々がそこから何を学ぶことができ、土木の分野に必要なことはどのような事柄であるのかについて考えていこうと思う。

 まず、信玄は「分かち合い」を重視した人物であるということについてである。例えば、川や海などは所有者を明確にしづらいため、人々に水をどのように分配するかという問題で揉めて争うことは昔からよくある話であった。しかし、信玄は「三分一湧水」と呼ばれる分水システムを生み出すなど、皆が均等に水を分け合うことができるようにしたのである。人々が生きていくのに必要不可欠な水に関する問題だからこそ、強引な手法ではなく知恵を振り絞ることでどうしたら多くの人々が納得するだろうと彼は深く思考していたのだろう。ここから彼がいかに周りの状況を注意深く観察し、いかに人々を思った行動を起こしていたかを見て取ることができる。これより、今の我々が信玄の「水の分かち合い」の考え方から心得るべきことは、「人々に対する思慮深さの重要性」であるのではないだろうか。社会の役に立ちたいと願いつつも次第に地位や名声欲しさに人々の利を考えることができなくなってしまうのは人間の悪しき性であるのかもしれない。しかし常に人々を思い、人々のために何ができるかをよく考え、それを実行していくことは、長い目で見ても多くの人々が豊かな暮らしをすることに繋がるということを心に刻まなければならない。

 次に、信玄の有名な言葉、「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」について考える。彼は、どんな立派な城や堅固な石垣よりも家臣や部下など周りの人間と良好な関係を築くことが重要であるという考えを持っていたという。人に対して仇となるような言動は後々自らの首を絞めることになる一方で、人に対して情を持ち大切に接すれば自らを救うことになるのである。決して「トップの人間なら何をしても良い」ということではなく、一人ひとりが自分と同じ人間であるということを忘れてはならない。また、信玄は戦の前に合議制の軍議を行ったことや実力主義で人材を選んだことも高く評価されている。人を導く立場の人間が人との関係やその関係の透明性を大事にすることは重要であるが、これこそその人物が世を治めることができるか否かに大きく依存しているといっても過言ではないだろう。よって今の我々に必要なのは、人の意見に耳を傾けるのはもちろんのこと、人から慕われるほどにまず自分自身がその人のことを思う気持ちであるのではないか。

 武田信玄にまつわるこれら二点を踏まえると、最も重要なことは「誰の何のための土木であるか」を明確にすべきということである。これを明確にしなければ次第にインフラは迷走していき、我々の住む世界は貧しくなってしまう。そして社会が豊かでなくなれば、我々のなかには徐々に不満や妬みが募るようになり、やがて争いごとが絶えなくなるだろう。目的を見失い人々をないがしろにしたインフラは、もはや土木の賜物とは言えず、権力者のパワーを示すただの飾りのようになってしまうかもしれない。インフラがそのような末路を辿らないためにも、我々は今こそ「人」の持つ無限大の可能性を信じることが必要であると考える。


参考文献
・けんせつプラザ「文明とインフラ・ストラクチャー 第47回 真の名将 ―奪い合いから分かち合いへ―」
https://www.kensetsu-plaza.com/kiji/post/20799 (閲覧日:2022年1月7日)
・大塚商会「偉人に学ぶ!「経営基盤強化」に効く名言」
https://www.otsuka-shokai.co.jp/media/theme/business-foundation/phrase-shingen/ (閲覧日: 2022年1月8日)年12月24日)

 


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