週末を原村で

非日常性のユッタリした時の流れを信州は原村で。音楽を聴きながら星を眺め!最近は海外の旅の記事もアップします。

#058 -’18. 羽二重団子のお店でお茶して@日暮里

2018年03月02日 20時03分17秒 | 訪問した食事処、お茶処
『今日も、亭主&女房が一緒に笑っていますか。』

朝倉彫塑館を後に最寄り駅の日暮里へ。
今回は最初から羽二重団子を買う積りで来ましたが、こちらではお茶する事も可能でしたから美味しいスイーツを頂きました。

お店は羽二重団子日暮里駅前店です。
お団子店のスイーツと言う事で男子は私のみでした。
最近は布や糸など手芸を営む女性たちの聖地らしいですから、男性が少ないのかもです。
女性陣はお出かけする時亭主を置いて女友達と来るようです。
頂いたのは家内も私も羽二重アラカルトです。



小さくて可愛いスイーツ類です。


お雛様が飾られていました。
3月ですね。
子供の健やかな成長を願う親心、ジジババ心でしょうか。





お茶した後、羽二重団子をお土産に買い求めてきました。
そちらに添付されていた団子の栞から引用させて頂きます。

江戸の昔より、日暮しの里・呉竹の根岸の里といえば、音無川の清流にそうた塵外の小天地として知られました。花に鶯、流れに河鹿、眼には遥かな荒川の風光にも恵まれて、人々は競ってこの地に別荘を設けました。くだって明治大正の頃まで、粋で風雅な住宅地として憧れの土地柄でありました。

●文政二年、小店の初代庄五郎が、ここ音無川のほとり芋坂の現在地に「藤の木茶屋」を開業し、街道往来の人々に団子を供しました。この団子が、きめ細かく羽二重のようだと賞され、それがそのまま菓名となって、いつしか商号も「羽二重団子」となりました。こうして創業以来六代百九十年、今も江戸の風味と面影をうけ継いでいるのでございます。

●団子というものは、そもそもは中国渡来の野趣ある菓子でありましたが、江戸時代に入って普及したものです。ことに元禄年間には名物団子が随所に現れ、流行になりました。けれども今日では、昔からの名ある団子が都内ではほとんど見られなくなりましたことは、いささか心さびしいことです。

●羽二重団子は、その光沢と粘りとシコシコした歯ざわりが身上です。よく吟味した米の粉を搗抜いて、丸めて扁たく串にさします。昔ながらの生醤油の焼き団子と、渋抜き漉し餡の餡団子の二種類を商っております。材料の吟味に製法に、家伝に即した苦心を怠らず、いまの東京に類をみない古風な団子をご賞味いただけるのも、代々のご愛顧のたまもの、商売冥利と存じております。

羽二重団子六世 庄五郎




美味しい本来の味の羽二重団子でした。
お店では団子と言うよりスイーツでしたが、自宅では煎茶と羽二重団子でした。
独特な食感ですから、その製造方法から言っても賞味期限は当日中です。




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