まだ義父が元気だったころ・・・
義母が骨折をして、家でしばらく二人のお世話をしていた。
(当時のブログはこちら)
その頃だったのか、義父が亡くなったあたりだったのか・・
記憶は定かではないが、
精神的に結構まいっていた私が、切り抜けた方法・・・
それは
「お金に換算する」だった。
いくらつくしても、当たり前と思われていることの苦痛。
ココを抜け出すには、
「報酬をもらってる、コトにする!」ことが一番(笑)
実家に通って、一万円。
車椅子を押して、一万円。
買い物に連れて行って、一万円。
食事を出して、数千円。
うひょひょ、ガッポガッポ儲かるじゃん~~~
・・・という、「つもり」(笑)
あれは我ながら、いい方法だったなあ。
正直、義父母のお世話は私の本業なのだ。
お金は夫が稼いでくれる。
家をしっかり守らねば、とは思うけど
案外つらい。
仕事を持っていたら、言い訳に出来るのにと
どんなに思ったことか。
実際、「おばあさんの面倒を見ながらフルタイムで仕事をした」
とか自信満々に過去を振り返る人がいるけれど
よくよく聞いてみると、子供の世話や食事の支度は
そのおばあさんがやってくれていた、のだったりする。
転勤族で核家族で、
両親の世話にならずに子供らを育てた、っていうのも
気楽とはいえ、案外大変な場面もあったよ~と
今となっては思うのだが。
同居元年、いろいろある毎日で私が始めたひとり遊び。
心が壊れてしまわないために、必要な妄想。
少しずつ書いていきます。
おっと、義母が起きてきた。
朝ごはんの時間。