まだまだ続くよ、懐かし林業写真館(^o^)。
これは、先にコメントでも触れられた木材を川に流すための堰。通常は筏を組んで課下流へ運ぶが、水量が少ないと無理である。そこで、上流部など川の状態によっては堰を築いて、水を溜めてから、一気に水とともに木材を流すこともする。水も丸太も勢いよく流れるから、「鉄砲」と呼ぶらしい。ただし、地方によっては別の名もあるだろう。この堰を形作っている丸太も流してしまうという。
話は聞くが、実際の堰の写真は、私も初めて見た。
この方法は、丸太も痛みやすいし、あまりお勧めではないが、機械を使わない時代には貴重なアイデアだったろう。
ちなみに、堰さえ作れず、また川幅が狭い、浅いなどの場合は、筏を組まず1本ずつ丸太を流す「管流し」の技術もあるそうだ。
目を閉じて、人が、木材が動いていく様子、音を想像してみたりして…
豪快というか、相当な重労働と危険と緊張感もあって
見たこともないのに何だか感慨深くなっちゃいます。
おそらく丸太の組み方や堰を外すタイミングなど、すごいノウハウが詰まっているのではないでしょうか。もう忘れられたかもしれない……。
秩父市(旧大滝村)中津川の森林科学館で図面をみたことがあります.写真はあったかどうか・・・東大秩父演習林には昔の写真がたまっているはずなので,林長の先生に聞いてみようかな.
あと,木曽(具体的には,王滝村)では堰と修羅を組み合わせていたという展示をみたような気がします.
写真も、なだか修羅のような滑り台が写っていますね。
どのように運営したのか、わかりませんが。
ただ吉野では、あまり堰などは使わなかったようです。明治時代に吉野川の掘削を行い、かなり上流部からでも筏流しをできるようにしたから。これも土倉庄三郎の功績でしょう。
http://www.komadorisou.jp/plan/2006/0625_teppouzeki/index.htm
それはすごいな。すると技術者もいるわけですね。