tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

2017年から週3~4回の投稿といたします。しかし中身はより一層充実しますので、引続きのご愛読よろしくお願いいたします!

旭堂南青さん 奈良検定1級に合格/おめでとうございます!

2017年02月25日 | 奈良検定
嬉しいニュースが、昨日(2/24)の奈良テレビ放送「ゆうドキッ!」でオンエアされた。若手講談師の旭堂南青(きょうくどう・なんせい)さんが、今年(2017年)1月に実施された「第11回 奈良まほろばソムリエ検定」の「奈良通1級」に見事、76点で合格されたのだ(合格ラインは70点)、おめでとうございます!



これは同番組の「旭堂南青の無理ナンだい!」というコーナーでの話だ。南青さんは昨年の2級に90点という高得点で合格(合格ラインは70点)。これに続き、今年は1級に挑戦され見事、合格されたというわけだ。ウチの同僚が続々と沈没するなか、忙しい南青さんが1発合格されるとは、これは快挙である。



私は番組で合格を指南するという役回りだったので、南青さんには、おおよそこのようなアドバイスをした。いつもブログなどに書いていることだ。





1.公式テキストブックを隅から隅まで読みこなし、きちんと覚えること。
2.苦手分野を重点的に勉強すること。
3.過去問をできるだけ多く解き、間違えた部分をシッカリ覚えること。
4.公式テキストを読んだあと、2級対策用の『ズバリ!奈良検定2級の要点整理』をもういちどおさらいし、記憶を確実なものにすること。
5.奈良まほろばソムリエの会が実施する「奈良検定 受験対策講座」や、奈良商工会議所が実施する「認定支援セミナー」に参加すること。




南青さんがどれだけ実践されたかは定かではないが、昨年11月6日に馬見丘陵公園でお会いし、フリップを使った問題を出題したところ、ほぼ全問、正解されたのである。10月に過去問を解かれて38点だったと聞いていたので、これには驚いた。わずかの間にこれだけ進歩されていたのである。すごい集中力だ。「この調子でいけば、合格するかも」と意を強くした。



オンエアの前々日、南青さんの得点をこっそり聞いてビデオ収録し、それがオンエアで流された(もちろん南青さんは、オンエアまで結果を知らない)。南青さんの喜びようが尋常ではなかったのは申すまでもない。

南青さんが最上級の「奈良まほろばソムリエ」に挑戦されるかどうかは定かではないが、ぜひ受験していただきたいし、その場合は今日からでも準備を始めてほしいと願っている。ともあれ南青さん、ご立派です、おめでとうございました!
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奈良検定1・2級(第11回)の合格発表/旭堂南青さんの結果は、2月24日(金)「ゆうドキッ!」で

2017年02月23日 | 奈良検定
今週になって、2017年1月8日(日)に実施された「第11回 奈良まほろばソムリエ検定」(奈良検定)の奈良通1級と2級の合否が発表された(主催者のHPは、こちら)。皆さん、首尾はいかがだっただろうか? 過去4年間の合格率の推移を見ると、

2級は 65.9%→66.3%→61.0%→62.0%
1級は 27.5%→52.0%→39.5%→47.6%


2級は安定して6割台を維持している。1級は年によってバラツキがある。昨年は難しくなり、今年はやや易しくなった。それでも5割を切っているので、油断のできない試験である。

気になるのが1級を受験された旭堂南青さんの結果である。昨年11月、私は馬見丘陵公園で合格指南をし、それが奈良テレビで放送された。何しろ南青さんは過去問を解いてみたところ、38点という惨憺たる結果(合格ラインは70点)だったので、いろいろと厳しいことを申し上げたのである。



そんな南青さんの合否は、2月24日(金)午後5時58分から1時間のニュース番組「ゆうドキッ!」(奈良テレビ放送)で発表される! これはぜひ、ご覧いただきたい。私もチラッと出演する予定である。

なおNPO法人「奈良まほろばソムリエの会」では、「奈良通1級」や「奈良まほろばソムリエ」を受験される方のために、月2回の「奈良検定受験対策講座」を開催している。公民館を使い、受講料はわずか300円(資料代および教室使用料として)。同講座のチラシによると、

ソムリエ級合格者が交代で講師となり、受験対策講座を自身の成功体験を基に講義形式で進めています。過去問題をテキストに、関連する項目を深堀し、出題傾向を考えながらの実践的な講義です。今年も多数の合格者が出る事をめざして勉強して行きます。多数のご参加をお待ちしています。

開催日時 毎月 第2、第4土曜日 10 時~12 時
費 用 300 円(資料代、教室使用料)
場 所 奈良市中部公民館(奈良市上三条町23-4)
-申込・お問合せ-
NPO 法人 奈良まほろばソムリエの会
講座グループ代表 西川 誠 ☎ 090-8524-5000
担 当 前田 康一 ☎ 090-3657-5445 kouichi.maeda@leto.eonet.ne.jp


2級に合格された皆さん、ぜひ来年は1級にチャレンジを。その際は必須の「体験学習プログラム」のご受講をお忘れなく。1級合格の皆さん、ぜひ奈良まほろばソムリエにチャレンジしてください!




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竹の寒干し/生駒市高山町(毎日新聞「ディスカバー!奈良」第5回)

2017年02月22日 | 奈良にこだわる
NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」が毎日新聞奈良版に好評連載中の「ディスカバー!奈良」、第5回(2/9掲載)は「竹の寒干し 生駒・高山 冬の風物詩」、執筆されたのは四條畷市にお住まいの津山進さんである。全文を紹介すると、

1月も半ばを過ぎると、生駒市の高山を訪れ「竹の寒干し」の写真を撮る人の姿をみかけます。竹の寒干しは、良質の竹を油ぬきし、1~2月にかけて円すいのように組み上げ、天日干しにする作業です。整然と並ぶ光景は、高山の冬の風物詩として知られています。

高山の竹を材料として作られるのが「茶筌(ちゃせん)」や「茶道具」などです。これらの竹工芸品は、小刀とやすりを用いて手作業で丹念に作り上げられます。

茶筌は、室町時代の中期に鷹山城主の次男であった宗砌(そうせつ)が、親交のあった奈良の称名寺ゆかりの茶人村田珠光(じゅこう)から製作を頼まれたのが始まりとされています。以後、今日まで脈々と受け継がれ、高山は全国一の茶筌の産地になりました。

また、高山竹林園には珍しい竹や笹(ささ)が約50種類も植えられ、資料館に茶筌の製作実演コーナーもあり、憩いの場としても楽しめます。 

(写真)竹の寒干し=生駒市高山町で       
(メモ)近鉄奈良線富雄駅、または近鉄けいはんな線学研北生駒駅から傍示行きのバスで「上大北」下車、高山竹林園まで徒歩5分。【奈良まほろばソムリエの会 津山 進】


これは珍しい光景である。昔ながらに円錐形に組んで天日干しにしているのだ。私もいちど訪ねたいと思う。津山さん、良い情報を有り難うございました!

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奈良ものろーぐ(10)前登志夫/吉野の風土に生きた歌人 

2017年02月21日 | 奈良にこだわる
毎月第4金曜日、奈良日日新聞に連載している「奈良ものろーぐ」、前回(2017.1.27)掲載されたのは「第10回 前登志夫 吉野の風土に生きた歌人」だった。生前、氏にお目にかかったことはないが、下市町ご出身・在住でいらっしゃったので、ご活躍にはいつも注目していた。『日本人名大辞典』によると、
※写真は広橋梅林の梅(吉野郡下市町広橋)

1926−2008 昭和後期-平成時代の歌人。大正15年1月1日生まれ。詩人として出発したが,昭和30年前川佐美雄に入門し短歌に転じる。郷里の奈良県吉野で林業をいとなむかたわら,自然を背景とした土俗的な歌をつくりつづけた。43年から「山繭の会」を主宰。53年「縄文紀」で迢空(ちょうくう)賞。平成10年「青童子」で読売文学賞。17年「鳥總立(とぶさだて)」で毎日芸術賞,長年にわたる短歌の業績で芸術院恩賜賞。同年芸術院会員。平成20年4月5日死去。82歳。同志社大中退。本名は登志晃。評論に「山河慟哭」など。

前氏はもともと詩人で、『宇宙駅』という詩集もある。ご本人が「異常噴火」と語るような転機を経て歌にのめり込む。歌人としてのスタートは
「かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり」(『子午線の繭』)

という一首だった。前置きが長くなった。以下、全文を紹介する。

 前登志夫歌集 (短歌研究文庫 (22))
 前登志夫
 短歌研究社

故前登志夫(まえ・としお)氏は、妹さんが私の母と吉野女学校の同級だった関係で、高名な歌人として早くから存じ上げていた。生家は、梅林で知られる吉野郡下市町広橋。

新聞などで氏の随筆を見つけると、いつも懐かしい気持ちで拝読したし、市民大学「万葉びとの歌ごころ」(NHKEテレ)も毎回待ちかねて視聴した。万葉の心が血肉化している氏ならではのお話だった。氏は生涯のほとんどを吉野の山中で過ごし、自らを「山人」と呼んだ。こんな美しい歌がある。
「散りのこる山のさくらは日もすがら杉の木群(こむら)に流れ入るなり」(『樹下集』)

記紀によれば、吉野川をさかのぼってきた神武天皇は、吉野で尾生ふる人(尻尾のある人)に出会う。この伝承を踏まえて氏は
「国原をめぐれる青きやまなみをしみじみと見む生尾人(せいびじん)われは」(『鳥獣蟲魚』)

と詠んだ。半人半獣の尾生ふる人の末裔に自らを仮託したのである。氏には『森の時間』という不思議な味の短編小説集がある。主人公は吉野の山中に住む人たち、背景には吉野の風土がある。


 森の時間
 前登志夫
 冨山房インターナショナル

村にツキノワグマが出たので罠を仕掛けてとらえた。しかしこの熊をどう処分するか、村人の意見が分かれた。森へ戻そうという声も出たが、やはりそれも怖い。結局《熊の入った檻をみんなで担いで行き、川へ沈めた。熊はそんなに暴れることもなく、水中で潜りをするように檻の中で身を平たくしたという》(「沈められた熊」)

精神を病み、石牢に入れられていた清十郎という村人がいた。それを苦にして半病人となった母親が亡くなった。《「狂ってる息子を眺めながら、心を残して死んでいかはりました。あの椿の花が今いっぱい咲いてきれいでしてなぁ――。みんな泣いてましたんやけど、あのひとの葬式が出るときにねぇ、清十郎はん、からから笑いながら、『きれいな結婚式やなぁ』っていうんですわ……。それ聞いた時、わたしらみんな、かなしうなって声をあげて泣きましてん……」》(「月夜茸」)


 魂の居場所を求めて
 白洲正子/前登志夫
 河出書房新社

10年前、氏は講演会でこんな話をされた。吉野の風土は俗界を超越している。自然は永劫の時間の中にある。やがて草木は実をつけ、水は岩を打って落ちる。《そのかたわらをわれわれは、ほんのしばらくの間だけ、そこをふっと通り過ぎるだけなんです。そこが見えないんですね。見えないから自分はもう、地球を手のひらの上に乗せたような、世界中みんなわかったような気持ちでおりますね。それはひとつ非常に怖いことだと思います》(森と水の源流館報告書 平成19年10月)。
 
自然に生かされ自然と同化し、永劫のものとつながる、そんな自らを詠んだ歌がある。
「山道に行きなづみをるこの翁(おきな)たしかにわれかわからなくなる」(『鳥獣蟲魚』)

吉野にこだわり続けた氏の歌は、混迷の現代社会においてますます輝きを増している。


広橋梅林の梅も、まもなく見頃を迎えることだろう。広橋に足を運ばれたおりには、ぜひ前登志夫氏の偉業に思いをはせていただきたい。

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大仏うどん(毎日新聞「ディスカバー!奈良」第4回)

2017年02月20日 | ディスカバー!奈良(毎日新聞)
毎日新聞奈良版(毎週木曜日)に好評連載中の「ディスカバー!奈良」、2月2日(木)付で掲載されたのは《大仏うどん 奈良市の「鶴の茶屋」》だった。初めて奈良市に移り住んだ頃(1978年)「奈良では、何でも大きいものには『大仏』ってつけるんやなぁ」と思った。

この「大仏うどん」は存じ上げなかったが、大きいのではなく、大仏さまのお顔をかたどったカレーうどん!なのである。筆者は「走るソムリエ」2号の楠田英雄さん。全文を紹介すると、

春日大社参道半ばにある「鶴の茶屋」。豊富な種類のソフトクリームなどで多くの海外からの観光客も足を止める場所ですが、ここでしか味わえない特別メニューがあります。それが「大仏うどん」です。

「大仏」と名がつくものは、以前からステーキやプリンなどがありましたが、「大仏の姿」をしているのは私の知る限り、この「大仏うどん」だけです。梅干しがおでこの白毫(びゃくごう)で、肉団子が髪の毛にあたる螺髪(らほつ)。食べるのが惜しくなります。気になるのは顔の油揚げの巾着で、なんと中からはカレーが!仏さまがインドから伝わってきたからでしょうか。

はるかなるシルクロードまで歴史のロマンを感じさせてくれる「うどん」も、そうはないでしょう。ちなみに、お店の外の紹介文には外国の方のために「buddha noodles」と書いてあるのはご愛嬌(あいきょう)。メモ 春日大社表参道バス停降りてすぐ【奈良まほろばソムリエの会 楠田英雄】


油揚げの中にカレーとは、よく考えたものである。お寺で使う塗香(ずこう)には、鬱金(うこん=ターメリック)が使われているので、カレーの香りがする。だから「カレーは奈良時代に奈良で生まれた食べ物である」と極論する人もいるほどだが、塗香はインドから伝わったものである。麺類は中国発祥で、西洋に伝わってパスタ、日本に伝わってそうめんやうどんになった。豆腐も中国由来の食べ物だ。仏教伝来のルートで伝わったものなので、これらを1つの丼に収めたアイデアは秀逸である。

楠田さん、興味深い記事を有り難うございました。私もいただいて、紹介したいと思います!

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