森林ジャーナリストの裏ブログ

表ブログに書けない、書く必要もないドーデモ話をつらつらと。

幻の焼酎

2008-03-13 11:35:47 | 田舎・田舎暮らし

鹿児島でフラりと入った居酒屋「屋久島」。

 

そこのカウンターに座って、近くの席にいた人と話をした。すると彼は、若いころは大阪にいて理髪修業をしたこと、吉本の芸人やプロ野球選手をよく相手したことなどを語ってくれたが、出身は三島村黒島だという。ご存じか? 人口200人程度の離島である。

鹿児島の沖合にある硫黄島・竹島とともにある島だ。そこで島の話になって盛り上がり、離島の問題を語り合う。政府の辺境切り捨て政策に怒り、振興策を考え、侃々諤々。

 

そして島で限定醸造している焼酎「みしま村」を出してくれた。これ、島でしか販売していないし、そもそも作るのは3000本だけ。イモの品種も通常のイモ焼酎と少し違う。たまたま店に飾っていたものをあえて開けてくれたのだ。

 

感謝して味わう。なんというか、爽やかな口当たりと香り。これはなかなかのものですよ。4月に新酒ができたら送るというから期待しておこう。

でも、私がここで宣伝しても、このお酒は島に行かないと手に入らないんだよ。いつか黒島へ行かねば。2009年には、皆既日食が見られるぞ。

 

この島の話は、表ブログにも書いたので、そちらもどうぞ。


個人技

2007-10-16 00:54:30 | 田舎・田舎暮らし

今度行く山の中(^o^)の宿に電話した。

 

実は、先に行政の人が仮予約入れてくれている。テレビの番組でも取り上げられた(旅番組ではないよ)そうで、だから安心して電話したのだが、そこで面食らった。

 

まず、男の声なのだが、挨拶がなってない。さらに仮予約した日付を言うと、帳簿?予約表? を探しているようなのだが、見つからない。どこや、どこにやったんや、違う違う、それやない。くそ、ちゃんとわかるようにしとけよ……。探して見つからないことをなじっている声が丸聞こえ。保留にもしていないのだ。

 

完全に素人のおっさん。

 

ようやく見つかったのか、予約を確認できたのだが、ほとほとイヤになった。断ろうかと思うほど。が、そこで急に電話の相手が変わった。女将らしい。

すぐに失礼を詫び、テキパキと説明してくれる。要領やマナーがいいというより、人柄の良さとやり手のイメージが浮かぶ。

 

なるほど、この旅館はこの女将で保っているのだろう。もし最初から女将が出ていたら、気持ちのよい宿として印象に残ったはずだ。だが、その代わりができる人はいないのか。

 

先の電話主がその夫なのかどうかはわからないが、まったく従業員教育が行き渡っていない。この宿の良さは、女将の個人技なのだ。これはほめ言葉ではない。だから、ダメなのだ。
ここに、田舎の辛さ・問題点を感じた。田舎にも人材はいる。優れた人が、優れたビジネスを展開して成功するケースもある。が、広がらない。個人技では、その人が欠けた途端に崩壊する。システマティックな教育・経営理念がを確立していず、個人の資質や努力に頼った経営は、危険なのだ。せっかく生まれた点が線や面にならないのである。


焼梅

2007-08-08 00:37:27 | 田舎・田舎暮らし

高知に行ってきたことは、表のブログ?に書いている。そちらも読んでほしいが、そちらでは書かないこと。

写真は、高知県土佐町の道の駅「さめうら」で買った「焼梅」なる産品である。その名のとおり、梅干しを炭火で焼いたもの。6個入りで380円。
単純だが、これがなかなかイケルのだ。少し焦げ目がついているが、酸っぱさが少し弱まったかのようで、酒のアテにもなるのではなかろうか。

が、これが作られているのは、梅干しと備長炭が売り物なのだから、和歌山県みなべ町。高知のお土産ではない。和歌山ならぴったりだ。が、それでも私が買ったのは、「焼梅」は和歌山では手に入らないと聞いていたからである。事実、私が和歌山で探したときも見つからなかった。

和歌山では手に入らない和歌山産のものを高知で見つけたら、やはり買わずにいられないでしょう(笑)。

なぜ和歌山では売っていないか理由は知らない。販売戦略的なものか、単に販売ルートが得られなかった問題か、それとも地元でも一度販売したものの売れなかったのか。

でも、こんな産品があることも面白いかも。


祭かビジネスか

2007-04-19 15:15:25 | 田舎・田舎暮らし

昨日は東京へ行っていた。

そこで聞いた話。ある田舎地域にある木工所がつくる商品を扱っている店が、注文を出した。結構多い量である。ビジネスとしては悪くない話だ。

ところが、契約に合意したはずの木工所のオヤジさんは、あっさり納期をすっぽかすのである。焦って問い合わせる。が、出ない。言づけを頼んでも反応がない。

後でわかったのだが、そのオヤジさん、地域で有名な○○祭に出かけていたのだ。

だって、仕事だろ。一度OKしたんだろ。祭に行きたければ、それより前に仕上げるよう努力するもんだろ。仮に遅れるとしたら何日間延ばしてくれ、と交渉するもんだろ。

そうしたビジネスの常識が通用しない。しかも、このオヤジさんだけではない。むしろ田舎では普遍的なケースである。

ここで、田舎のビジネス感覚を批判したくなるのは私も同じなのだが、そもそも田舎の人にとって、祭とビジネスのどちらが大切なのか、問いかけたくなった。

表立っていうかどうかはわからないが、やはり祭なんだろうな。所詮、仕事より生活である。熱心にやるとしたら、それは生活の一部としての仕事、生業の場合であって、世間的なビジネスは、二の次三の次なのではないか。

そう考えると、豊かな精神の元に生きているなあ、と羨ましくもある。が、やっぱりオレも直面したら怒るだろうな。すっぽかすのは、なあ。


田舎起業の成功率

2007-03-16 16:16:18 | 田舎・田舎暮らし

福島の講演で、ちょっと話題になったのが、起業の成功率。

私は、約8割は失敗すると常々言っていた。つまり2割しか成功しない。それが甘い、もっと低いという声があったのだが、ここで問題となるのは、何を持って成功とするか、だ。

とりあえず、頭に描いていた事業展開ができて、それなりの収入が得られる(生活が送れる)状態を、私は田舎で起業した場合の成功と見なしている。
それが2割より高いか低いかは別として、では残り8割前後はみんな脱落するかと言えば、そうでもない。

おそらく残りの大半も、相当生活は苦しくなっても田舎生活は続けるだろうと思われるからだ。たいてい貯金の食いつぶしとか、何らかの別収入(家族が働きに出る、都会に残した家の賃貸収入がある、年金に頼る、自身もアルバイト的に起業したものとは別に働く……)があって持ちこたえるのである。何より住居と食費が安いから、生活が維持できるのだ。
こうした多角収入の家計は、田舎特有の構造でもある。多職種少収入従事者、とでも言えようか。

明らかに生活レベルは落ちるが、田舎暮らしは続けられる……。こうした人は、ある意味目的を達したところがあり、物質的にはともかく精神的には満足しているケースとなる。

これも、とりあえず田舎起業成功者に含めると、8割~9割にまで達するだろう。

 


鈍感力

2007-03-13 15:22:36 | 田舎・田舎暮らし

またまた、小泉前首相の言葉である。もっとも、その言葉の元は、小説家の渡辺淳一の本「鈍感力」から来ているのだろうし、その前には「老人力」なる言葉が流行ったこともあるとおり、そんなに新しい言葉ではない。

内容は、あまり周囲の批評などにピリピリ反応しなさンな、ということだ。老人のようにぼけて見せたり、そもそも感じない鈍感の方が、世の中うまくいく、という処世術を表しているのだろう。

先日の東京-福島の巡業で、この言葉を私も使うべきかと思いついた。世の中、敏感に反応しすぎる。

地域づくりのために地元の人たちのグループに、Iターンの人が入ってきた。Iターンの人は張り切って、都会感覚でいろいろアイデアを出す。起業をしようというのだから、仲良しグループだけではダメだとか、会計的な目も取り入れるとか、まあ当然すぎる意見を口にした。が、すると地元の人々は引いてしまったそうである。そんなこと言われるのなら、と肝心の地域づくりをあきらめてしまう。
一方、Iターン者は、なぜコッチが熱心にやろうと思っているのにみんな協力してくれないのだろう、と悩む。

まさに、よくあるパターンなのである。実際、田舎の人は、外部からちょっと批判されると、すぐ引く。すねる。逆切れする。Iターンの人のアイデアや言い方に問題があったかどうかはともかく、なぜそんなに過剰反応するの、と言いたくなる。言い返して、喧嘩した方がマシではないか。でも、争いごとは嫌らしい。

そこで、「鈍感力」が必要なのだ。

同じことは、公務員全体にも言えるだろう。外部の批判に対して、なぜあれほどまで気にするのか。わずかな批判に驚天動地するがごとく対応するか、あるいは聞く耳持たない。どちらも過剰反応だ。

政治家ほど鈍感でも困るが、ハンドルに遊びがないと運転に支障をきたす。話半分、ではないが、批判・批評をやんわり受け止め、やんわり跳ね返す精神がないと、人と人がぶつかる地域づくりや政策執行はできないよ。


集落消滅

2007-02-22 00:21:43 | 田舎・田舎暮らし

国土交通省の市町村アンケートによると、今後、2641の集落が消滅する可能性があるそうだ。

消滅集落は、いわば限界集落の行き着く先。全国には6万2271の集落(町内会)があるそうだが、そのうち限界集落が12・6%。2641の消滅の可能性がある集落は、4・2%に相当する。また422は10年以内に消滅するだろうという。

もっとも割合が高いのは、四国で、中国や中部や近畿も高い。意外なのは、東北や中国地方だ。限界集落数は多いのだが、消滅が見込まれる数は少なめ。

……こんな結果を見ていると、なんとか止めるための政策はないか、と考えたくなるが、正直言って、もはや手遅れ。いかなる手も受け入れないだろう。それが限界集落なのだから。
たとえば、すぐに思いつくのは移住者を受け入れて集落人口を増やす手だが、仮にそこに住む人が現れたとしても、その人は集落の歴史や文化を背負った人でない限り、集落の伝統は途切れるのだ。

むしろ限界から消滅への軟着陸と、消滅後の廃村対策を考えるべきではなかろうか。それに日本の人口が減少期に入った今、消滅集落は、未来の日本を伝える信号のようなものだ。

辺地にこそ、もっとも早く未来が訪れる


田舎住民の目

2007-02-19 12:27:50 | 田舎・田舎暮らし

先日、ある田舎を訪れた。川の傍の家に住みたい、という人を案内したのである。

で、心当たりの家を紹介する(俺は不動産仲介業か)ほか、現地で雑談の中から出てきた家の在り処を訪ねた。男二人に女一人、幼児一人。

すると、近所の人が出てきて、遠目に見ている。おおお、出た、田舎の監視の目。少しずつ近づいて来るが、まだちょっと距離があるなあ。

あっ、前進が止まった。もう少し来てよ。

でも、ちらちら見ているぞ。近くまで来てくれれば、こちらから話しかけるのに。

こちらから近づくと、逆に警戒されるかもしれないし、移住先探しと言っても、まだ触り部分。まだ地元と交渉する段階ではないしなあ。

あっ、また近づき始めた。

いや、また止まった。

まだ50メートルくらいあるから、話しかけられない。

あああ、もうあきらめたのか、帰っちゃった。

きっと、今晩は我々の情報が飛び交うだろう。よそ者の正体を探ったり、噂のネタとして重宝されるに違いない。あの4人はどんな関係なんだか、想像が広がるかもしれない。

我々は、ある意味田舎社会になれているので、全然平気なのだが、これを苦痛と感じる人もいるだろう。そんな人は、田舎暮らしはできないだろうな。
プライバシーの尊重もいいが、よそ者は基本的に怪しまれる。それを解消するために、どんどん自らの素性を話さないといけない。

プライバシーを重んじすぎて、地元の人が欲しがっている情報も出さない、そして自分を理解してもらうための情報まで隠してしまうと、住めないだろう。

ちなみに、その家は、ちょっと裏山が崩れそうなので敬遠したのでした(笑)。

 

 


朝拝式

2007-02-05 23:28:46 | 田舎・田舎暮らし

吉野の川上村で執り行われた朝拝式に参列してきた。

この朝拝式、説明すると永くなるが、南北朝の後に続く後南朝と呼ばれる皇胤一統の儀式である。南北朝統一後も、再び南朝の時代を狙って、京の御所を襲って神器のうち玉を奪った。ところが、それを狙った赤松一族の襲来により、二人の皇子が暗殺される。そのため、皇子の兜や鎧を祀って、天皇の元旦の儀式とされる朝拝式を今も催しているのである。なんと、暗殺から550年間、途切れることなく続いた。

実は、今年は村内二カ所で行われていた儀式を一カ所に統合し、当時敵と戦った土豪の末裔しか参列できなかったところを一般に開放した。そして村の文化財として維持することにした。その経過では、村内でかなり激しい議論があったようだが、過疎化などに対応するにはそれしか手がなかったのだろう。

この儀式について触れたいことは山ほどあるが、ともあれ、山里に550年間朝廷儀式が続いていたことに圧倒された。田舎の底力を感じる。果たして、薄っぺらな大都市は、この歴史に対抗できる何を持っているのか? 

ただ今年は、一般に開放した結果、(私も含めて)550年の歴史始まって以来?という大人数が押しかけた。そしてカメラやビデオが乱舞し、おいおい、それでは式典を邪魔してるじゃないか、無礼だろ! と思えるような所作も少なくなかった。

一般化するということは、そういう面もある。田舎が田舎の矜持を持って生き残るために必要なことは何か、考えこんでしまった。

写真は、朝拝式に列席した各地区の代表。口にサカキの葉を加えていることに注意。


「島へ。」から「村へ。」

2007-02-04 11:11:02 | 田舎・田舎暮らし

島へ。」という隔月刊の雑誌がある。

現在発売中の3月号に、記事を書いた。森とも林業とも関係ないが、このブログで紹介したことのある五島列島の黄島についてだ。よければ見てほしいが、それ以上に注目してほしいのは、この雑誌そのものだ。

一見、「島旅」の観光案内雑誌のように見える。実際、そんな記事もある。が、編集長によると違うのだそうだ。この雑誌は、島の情報を扱い、島おこしを応援する雑誌をめざして発刊されたという。

実際、今号の特集も、「ステキな島家探し」であり、「島の求人と不動産」を扱っている。島への移住者を増やそうという、田舎暮らしの中でも島暮らしを提唱しているわけだ。だからネットも通じて、島の特産物も扱う。視点は、極めて島側にある。

それなら「村へ。」という雑誌も作れないかな、と考えてしまった。全国の村を結ぶ情報誌である。平成の大合併を通じて、568あった村も、今や198に減った。おそらく、今後は強制合併もあるだろうから、もっと減るだろう。

その貴重な村をつなぐネットワークがあってもよい。村であることに稀少価値が生まれる可能性だってある。今でも政治レベルの全国村ナントカ連絡協議会はあるかもしれないが、それではダメなんで、一般読者、つまり市民の村ファンを取り込まないといけない。民間主導の、村の外部からの村おこし応援である。

でも「島へ。」も経営は、厳しいそうだからなあ。苦戦覚悟で発行を続けるという。
「村へ。」も覚悟がいる。


住民票

2007-01-30 12:40:23 | 田舎・田舎暮らし

春には、統一地方選挙がある。そろそろ候補者が動きだす頃だ。

我が地元、生駒市も市議選があるが、すでに何人かが名乗りを上げている。ところがその一人は、昨年生駒市に転居したばかりだった。それまでは大阪の堺市にいたのだけど、堺市は合併などがあり議員定数が減り当選が難しいので、生駒市に移ってきたらしい。生駒も軽く見られたものだと思うが、そもそも現市長も、よそ者で数年前に移ってきて、昨年当選すると市外に転居した実績?の持ち主だから、問題ないと思ったのかもしれない。

ところで、逆の意味で住民票が話題になるのは、田舎暮らしだ。とくに最近流行りの、2地域居住の場合、たいてい当事者は住民票を田舎側には移さない。大半を田舎で過ごしている人の中にも、住民票を移動させない人もいる。本来、居住地に置かないと法律違反のはずだが、それこそ政治家に至るまであまり気にしていない。

住民票の置き場所とは何を意味しているのだろうか。
おそらく、心のアイデンティティにかかわっているのだと思う。自分の心の所属地域を決めるものだ。どんなに田舎が好きだと言っても、住民票を移したがらない人は、その地域に距離感を抱いているのではなかろうか。

しかし田舎地域がIターンを誘致する目的の一つは、選挙権を与えることではなく、地域の人口を増やすことである。だが住民票を移さなければ人口増と見なせない。

何より住民票のあるところに税金は落ちる。所得税のほか、自治体に交付される地方交付税も人口が基準だ。そして、それ以上に、根付くつもりがあるかどうかの意識の上での一里塚ではないか。そうした重大事項を無視して、田舎に溶け込むと言っても難しいだろう。

今後、田舎暮らし希望者が本気かどうか計るには、住民票に対する意識を尋ねてみるのもよいかもしれないな。

 


田舎暮らしフォーラムの参加者

2007-01-15 10:43:17 | 田舎・田舎暮らし

昨日は、田舎暮らしフォーラムに講師として参加。

100人前後の参加者がいたが、やはり年配者が多い。リピーターも2割ほどだという。相談会に並ぶ人もいた。
終わってから主催者側に、どの程度本気で田舎暮らしをめざしているのか聞いてみると、「こうしたフォーラムに参加するだけで満足する人も多い」という。

つまり、田舎暮らしに憧れて、体験談などを聞きにこの手のセミナーに幾度も参加するものの、実行するより他人の生活を聞いて想像するだけの人が少なからずいるということだ。
そういえば雑誌「田舎暮らしの本」の読者も、最近は「読んで満足」という層が少なくないと聞いた。少し前は、移住する意志は高まっており、そのためのノウハウが知りたい、という読者が多かったのだが、いまや田舎の生活の物語を知りたい、味わいたいというのだ。

とすると、結構悲惨な田舎暮らし失敗例を紹介した私の講演は「夢を壊された」と思われたかもしれない。いや、他人の不幸は蜜の味、だから「物語として」楽しんだかな。

バブルが崩壊した当初は、都会がダメなら田舎へ、的な逃避指向が多かったように感じた。その後不景気が続く中で「自分は無理だけど他人の田舎暮らしをかいま見て楽しむ」層が増えた気がした。そろそろ景気も回復してきたから、ポジティブな田舎指向が生まれて欲しいのだが……。


だから田舎は……

2007-01-12 01:44:00 | 田舎・田舎暮らし

ちょっと愚痴書いてみようかなあ。

近く、某山村で講演を頼まれていた。といっても少人数の気軽そうな会なのだが、それでも日程を空けて準備を進めていた。

と、昨日突然の電話で延期となった。なんでも、用?ができたのだそうだ。

日延べは3月となった。まあ、いいんだけど。さして実害ないし、実は予定日周辺は立て込んでいたので助かった面もある。

私も頭の中が田舎時間になっているが、世間ではこんな間際になってキャンセルしたら、「だから田舎は~」と言われるんだろうなあ。

 

そういえば、数年前に山村地域の講演が当日の朝にキャンセルになったこともある。それは大雪が降ったからである。現地入りも難しいし、そもそも地域の人が集まれない。たしか日時も今回と似ている。1月末で、延期になったのは3月だった。

埼玉でも、大雪で開催が遅れたことがある。私も現地入りが大変だったのだが、やはり地元の人がなかなか集まれないので、時間を繰り延べて開いた。

山村地域では、こういうことがあるのだ。あっ、今回は大雪ではないけど(~_~;)。


瑠璃の島

2007-01-07 01:30:21 | 田舎・田舎暮らし

昨日(いや一昨日か)のNHK人間ドキュメント「空師」のことはさておき……?
今日(いや昨日)見たのは、日本テレビ系列の「瑠璃の島スペシャル」でありました

ドラマとしてはそんなに出来がよくないという印象である。相変わらず、心に傷を持つ人が離島という田舎にやってくる……というありふれた展開。しかも自然食にこだわる都会人である。
が、ちょっと感心したのは、背景に描かれた開発問題だった。これまたお決まりの産廃処理場建設が登場する。

でも、ステロタイプな開発賛成と反対の対立ではなかったんだな。
「国に何かやってくれと言うばかりではなく、島が国のためにできることは何かを考えた」とか、
「リゾートはよくて、産廃は反対か」
「珊瑚礁を破壊して付設した送水管の水を反対した人が使っている」
「開発されて島の自然が破壊されても、ここは私の島」
なんて、見る人によっては、これは開発促進ドラマか! と怒りだしそうなセリフが並んでいる。ある意味、プロデューサーは勇気ある人だ。

ところでテレビを見ながら、つらつら考えたのは、田舎の定義である。

一般に田舎移住を希望する人は、田舎を「自然がたくさん残されているところ」と定義づけているように思える。しかし、田舎によっては自然が豊かではない、荒れているところもある。また開発で自然が破壊された田舎はどうなるのか。
自然に憧れた都会人は、そこを捨てて、また別のところに移り住むのかもしれない。そこは田舎ではなくなったから。

しかし田舎をそこに住む人の社会の形態と定義付ければ、自然がなくなっても、住民の人間関係さえ変わらなければ田舎であり続けるし、存続する。
では、その人間関係とはどんな形態か。住民の同一性、共通の歴史観、集団共同記憶、お互いのある種のシンパシー、暗黙の規範……それがわかれば、私は論文書いて、博士号狙うよ

 


田舎暮らし失敗談の裏側

2006-12-30 17:11:44 | 田舎・田舎暮らし

年の瀬も押し迫ってきたが、「田舎暮らしの本」2月号が届いた。

ここに私も、「失敗事例を徹底検証!田舎暮らし成功のカギ」という記事を書いている。田舎暮らしライター山本一典さんと分担で執筆した。

このブログでも時々触れてきたが、昨今は田舎暮らしがブーム(実はマスコミ上で)なのだが、そこで求められるのが失敗例。でも、取り上げるのはなかなか難しい。

記事では実名匿名取り混ぜて多くの失敗談を紹介したが、実は本当の意味での田舎移住の失敗や問題点は触れられていない。なぜなら完全に失敗している人は取材に応じないし、内容も差し障りがありすぎて書けない。


具体的には、移住者本人に問題があるケース(笑)。田舎を馬鹿にしきっていて、地元の人を毛嫌いしている田舎移住者というのが、意外といる。自分の家のまわりに鉄条網を張りめぐらせて、誰も入られないようにした、なんて自慢話が出る。
あるいは、本人は失敗と思っていないケース。自分は地元ともうまくやっているというのだが、実は地元からは鼻摘みものなんてこともある。

自給自足生活だ! といいながら、実は都会で稼いだ金をつぎ込んで遊んでいるだけにしか思えない人もいるし、逆に自給しているつもりで自足できず、栄養失調で倒れた人もいる。

自然を守るんだ! とか、俺が田舎を変える! と張り切っている人も、地元には煙たい人だろう。いくら熱心でも、空回りするだけだ。本人は田舎の生活も仕事も一人前のつもりでも、見る人が見れば、真似事しているだけと言われていることを知らない。

なかには、田舎側にだまされている人もいる。田舎移住に協力するように見えて、何かと金を引き出させる。使えない土地を高く売りつけ、家に付随した建築工事を地元業者にさせ、必要ない産物を買わせる。あげくに借金を押しつけられた人も。まあ、地元側にとってはだましているつもりはないのだろうけど。


来年は、マスコミと自治体の願望に踊らされて、定年後に田舎に移住する人も出るかもしれないが、気をつけてね。