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私的図書館

本好き人の365日

十一月の本棚 『となり町戦争』

2005-11-03 23:57:00 | 日々の出来事
どうしてこういう本を書くかな*(びっくり2)*

めっきり寒くなってきましたが、みなさんいかがお過ごしですか?
私はまだちょっと風邪気味です。

さて、今回ご紹介する本は、三崎亜記さんの『となり町戦争』という小説です☆

最初に確認しておきますが、これは小説です。
実際には、誰も死にません。
誰も傷つきません。
誰も(多分作者以外)不幸にはなりません。

すべて架空のお話で、作者の頭の中の物語を文字にしただけです。

…この小説を映画化して、誰か役者さんに演じさせることには断固反対します。

だって、すごくフラストレーションが溜まる作品なんです!
こう自分に言い聞かせないと、いつまでもこの小説から抜け出せない。

主人公の会社員は、ごく普通の青年。
恋人の影もなく、バリバリ仕事をやるタイプにも見えない。

ごくごく普通の日常を送っています。

ひとり暮らしのアパートには、様々なダイレクトメールや請求書、町の広報誌なんかが送られてくる程度。

その広報誌に、町民税の納期や下水道フェアのお知らせに挟まれるようにして、小さく載っていたひとつの記事。

「となり町との戦争のお知らせ」

…となり町との戦争がはじまる。

日常生活の中に突然紛れ込んだ「戦争」という非日常的な言葉。
しかし、人々は「戦争」さえも日常として受け入れていく。

となり町との戦争。
その開戦日とお知らせに記されていた朝。
ごく普通の通勤風景。
いつもの通勤電車。
窓から眺めるとなり町には、戦争の気配はなく、会社でその話題を口にする者もいない。

しかし、その次に届けられた広報誌の、町の人口の動きが載っている[町勢概況]には、転出、転入、出生、死亡のそれぞれの人数の後、「戦死者12人」という文字が!

自分の知らないところで、でも確実に戦争は行なわれている。

ここまで読んで、村上春樹さんの小説『パン屋再襲撃』をなぜか思い出していました。
日常の中に紛れ込んだ非日常。
しかし、それを日常として受け入れる人々。

こういう小説は、終わり方がとっても難しい。
さて、いったいこの広げた風呂敷を、作者はどうやって納めるのか?

そんなちょっと意地悪な気持ちも持ちつつ先を読んでいったのですが…

やられました!

まんまと作者の思惑にはまってしまった感じ。
こんなにもありえない設定なのに、いつの間にか普通の日常と変わらない現実感で、登場人物と共感しながら読んでしまっていました*(びっくり2)*

「偵察業務」という名目で、となり町への潜入調査を日曜日の草刈りみたいな感覚で引き受けてしまう青年。

役場からは、地味だが美しい女性職員が派遣され、二人は”新婚夫婦”として、となり町に”勤務”することになります。

戦場となる地域住民への説明会。
一般会計から戦時特別会計への臨時予算の獲得。
両町の職員による、戦争業務に対する勉強会。
条例にもとずく戦争の遂行。

書類にハンコ、お役所仕事のオンパレードで、黙々と、静かに、しかし確実に進んでいく戦争が、どこか不気味で背筋が思わず寒くなりました*(汗)*

こう考えて下さい。

あなたが毎日食べている食事。
それがどうやってあなたの食卓まで届けられているのか、あなたは知っていますか?
日本のほとんどの食糧は輸入品。
港に入る前。
海を渡る前。
収穫されて工場で加工される前。
その食べ物は、誰かが人を殺して、手に入れた物だとしたら?
戦争によって奪われた農作物だとしたら?
誰かを、ひどく安い賃金で働かせ、収穫させた物だとしたら?

あなたが考えているより、たくさんの人の手を渡ってようやく届いた食べ物を、私たち日本人は、半分近く食べずに捨てているとしたら?

世界で飢えて亡くなっていく子供たちが、あなたのせいじゃないって言えますか?

このお話に、ミサイルも戦車も登場しません。
戦闘も、争いも、厳密にいうと死体すら目に見える形では登場しません。
それなのに、冷たいナイフのような感情を、ずっとつきつけられているような気がするのです。

私たちは、戦争とはこうあるものだというイメージだけで、戦争を見ているのかもしれない…

あぁ、こういういつまでも心に引っかかる小説は年に二回くらいしか読めないよ~

せめてものなぐさめは、現実には主人公の青年も、一緒に暮らすことになる役場の女性も、存在しないってこと。

失うことの痛み。

なにげに始まったとなり町との戦争は、何も変わらない町並みと対照的に、しだいに人々の暮らし、青年の心、世界を変貌させていきます。

いや、それまで見えていなかったものが、だんだん姿を現してきただけなのかも。

これ、続編とかは、絶対に書かないで欲しい。

特にラスト。
これでいいのか?
こうまでするのか?
と、作者を責めたい気持ちになりました。

でもやっぱり、魅力のある作品には違いありません☆






三崎 亜記  著
集英社