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竜頭山登山のことなど

(沢野ひとし著「山の帰り道」)

沢野ひとし著「山の帰り道」を読んだ。久し振りの山行の本と思って読み始めたけれども、山行の話はわずかで、山男も歳を重ねて、無理が利かなくなり、昔話を肴に街で飲んだくれているといったイメージの本であった。

かっては若者たちが青春を掛けた山が、いつか中高年の山となり、いまや山は老人たちの山になったという。若者たちは生活でギリギリの収入の上に、ゲーム、ケイタイ、アイパッドなどにお金が消えていく。かくして、アウトドアに出かける暇も金も無いということになる。

それよりも、汗を流し身体をいじめて山へのぼるなど、面倒くさくて、若者たちの念頭に上がることも無いのであろう。今やスキー場すら閑古鳥が鳴いていると聞く。

自分が登山を止めたのは、15年ほど前である。職場の山の会の仲間と北八ヶ岳の縦走の途中、体調を崩して途中で下山したことがきっかけであった。体調を崩したことよりも、気持が萎えてしまったことがショックであった。仲間たちへは縦走を続けてくれるように話したが、皆んな一緒に下山してしまった。

縦走を続けてくれていれば、自分も登山を止めると決めることは無かったかもしれない。自分のために、登山を途中で中止させてしまったことがショックであった。止めなければ、また迷惑を掛けかねないと思った。潮時であったのだろう。

最近、登山に燃えている後輩のH氏と話す機会があった。この冬、天竜の竜頭山へ登ったと聞いた。雪が多くて途中で下山して来たという。昔、自分が登ったのは秋だったが、天竜美林の材木を下す「木馬道」を登ったと話した。登山道が違ったのか、「木馬道」は見なかったようであった。
※ 木馬道-日本の林業において、かつて用いられていた木材搬出路のこと。馬が牽いた、そり状の「木馬(きうま)」を滑走させるために、木を横に敷き並べた。

夏には北岳に登ったとの話も聞いた。その他話題に出てくる山のいずれも、自分は登っていて話を合わすことが出来る。20年位の山歴であるが、けっこう登っている。最も夏山のノーマルな登山道に限るのであるが。

中国地方によい山が無いかと聞かれ、中国地方なら大山(だいせん)だろうと話す。大山には帰郷したおり、甥っ子たちと登ったことがある。仲間の一人が鹿児島から来るので、時にはこちらから出て行き、中間で落ち合うのもよいかと考えていると言う。それなら四国の石鎚山はどうだろう。標高は2000メートル弱だが、かつては修験者の山で、なかなか味わいがある。

石鎚山にはこの春のお遍路の途中で登頂を目指そうと計画している。
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