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庚申さんの御札とお供物他

(今年もクロッカスが咲いた、ただ夕方には花を閉じてしまう)

先週末の班長会で、年1回の庚申講の当番班から、いつもは各班長さんまで配っているが、今年は平日になって配る手間がないので、公民館まで取りに来て欲しいと依頼があった。各班長に配っても10数軒、手分けすればものの30分で配れる。それでも、都合が悪いという3つの班を除いて、取りに行くことを承諾した。

午後一番で女房が取りに行くと、お供物を各戸ごとに袋詰めする作業も終わって、慰労会でお酒が入っていたよという。お酒を飲むから届けられないということだったのか。何だか騙された感じで愉快ではなかった。その後に、我が班では34軒に、班長が御札とお供物を配らなければならない。食べ物だから郵便受けに放り込む訳には行かず、留守だと何度か足を運ばねばならない。当番班が各班長さんまで配るというルールは、班長さんの苦労を少しでも軽減しようとの気配りから決めたはずで、誰も文句を言わなかったからよいというものでもないだろう。

配って歩いた女房が、庚申さんとは何なのかと質問されたが、答えられなかったという。庚申さんについては過去にブログで書き込んだ記憶があった。女房にはそのページを出して説明した。お供物を配る前に、簡単な案内を作って持たせればよかったと思う。

先日、「専務」のお葬式で会った、A氏とK氏に、一昨日「四国お遍路まんだら」の本を送った。今日その二タ方から、御礼の電話を頂いた。

A氏は88ヶ所のガイド本と地図を見ながら、もう読み始めたという。2年後位に自分もお遍路をして見たいと思っている。自分の場合は自転車だと聞いた。自転車もいきなり長距離を走らないで、はじめは距離を減らして無理ぜずに行けばよいけれども、自転車もけっこうきついから、足を痛める人もいると、S氏の例を話した。

K氏は文才があるんだねぇと誉めてくれ、1ヶ月くらい前から歩く訓練をしたと書いてあったが、やはり訓練しないと無理なのだろうかと聞く。そんなに訓練しなくても、最初は歩く量をセーブして、スロースローにスタートすれば、足は段々慣れてくると話した。結局、二タ方に同じ話をしていた。

駿河古文書会の過去の名簿にお父さんの名前を見つけたという件については、聞いたことのある会だと思っていたが、やはりそうだったか、たまに家に帰ると町の旧家に出かけていて、遅くなって帰ってきたことが度々あった。古文書を見せてもらいに行ってたのだと、今頃になって思うと、父親を改めて見直したようなことをいう。

自費出版の本でも、わずかでも色々な人に色々な影響を与えたならば、それだけでも存在する意義があったと思うことにしよう。
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