団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

★★アメリカよ、日本を打つならまず自らの手を清めよ

2014年10月29日 | 誇れる日本

  何時もお世話になっている、ね ずさん中 山成彬さんBB さんが相次いで取り上げた素晴らしい論文があります。
  田母神さんがクビになったことで有名になったあのアパグループの懸賞論文です。何と、今年は杉田水脈さんが受賞した のだそうです。その懸賞で選外だったがご本人が自分のブログに発表されたものです。

  アパ日本再興財団主催 第七回「真の近現代史観」懸賞論文 最優秀藤誠志賞を杉田 水脈氏が受賞!

  この杉田さんの論文も早く読みたいものです。

  私は、この論文はねずさんのところで読みましたが、流石にねずさんが選ばれただけあって、素晴らしいものでした。そ の後、中山さんがツイッターで紹介されていたと思ったら、BBさんも取り上げられました。

  私も巡回路に入れていたのですが、ここ最近は回りきれなくて気が付きませんでした。かなり長いので、残りは、リンク 元で読んでください。

  戦後の日本がここまで堕落したのがアメリカの所為だと言うのが良く分かります。中身はねずさんのところなどで知った ことが殆どですが、ここまできちんとアメリカに物申すと書いたのはめずらしいのじゃないでしょうか。
  こういうきちんとした論文は英訳などで世界に広めてもらいたいものです。外務省ではやらないのでしょうね。

  伊豆下田発  高橋とみよ です!

  「ア メリカよ、日本を打つならまず自らの手を清めよ ~幾多のお吉たちへの鎮魂歌~」 選外のアパ論文

  
  アメリカよ、日本を打つならまず自らの手を清めよ
                ~幾多のお吉たちへの鎮魂歌~
 
                   静岡県下田市議会議員 高橋富代


  アメリカに愛着がある。私は下田の生まれで、物心ついた頃から黒船祭がありアメリカという国が水兵さんの姿で、時に はアメリカ大使の姿で日常にあった。
  先の戦争が、アメリカに巧妙に仕掛けられたのだと長じて認識してもなお、相模湾の潮騒と黒船祭を幼児期の原体験に 育った私は、同国への憧憬を捨て切れずにいた。
  それが、突然崩れ去ったのは、二〇一四年四月二五日のことである。
朴槿恵大統領とソウルで会談したオバマ大統領が共同会見で言い放った言葉で、私のアメリカへの片思いは終わった。この片 思いは多くの日本人が、アメリカに 対して抱いて来た心情と同種だと思う。ハリウッド映画や、ホームドラマで見つめてきた、豊かで明るい正義の国アメリカ!
 
  「甚だしい人権侵害だ」とオバマ大統領は切り出した。「慰安婦らの主張は尊重されるべきだ」「過去を正直かつ公正に 認識しなければならない」と日本を裁き「安倍首相や日本国民もそのことを分かっているはずだ」とまで口にした。
  一九四四年に朝鮮人慰安婦たち二十人へのアメリカ陸軍の尋問調書が収められているのは、他ならぬ米国立公文書館であ る。調書の「序」にいわく「慰安婦は売春婦、Professional camp followerにすぎない」と。
  しかしオバマ大統領にとっては真実など意味もなく、同盟国である日本を韓国と共に貶めることなど、蚊を叩く程度のこ となのだ。と、そう私は唐突に思い知ったのだった。
 
  安倍総理の靖国参拝にアメリカが「失望した」と言ってきた時に、すでに違和感はあった。東京裁判の開廷者であるアメ リカが、A級戦犯の何たるかを知ら ぬはずもなく、要するにでっち上げの戦犯であり、日本が勝っていれば、アメリカに戦犯が大量に生まれていただけのこと だ。しかし私は、芽生えた不審の念に 視線を当てることを避けた。アメリカを敵に回したら、防衛の要である日米同盟が壊れ去る、と潜在的恐怖心があったのだと 思う。加えて、パブロフの犬的調教 として、日教組、そして当時はGHQのコントロール下にあったNHKなどから、戦後七十年弱かけて刷り込まれていたので あろう。「アメリカ様に逆らっては ならぬ」と。逆らえば餌をもらえず、叩かれるのだ、と。
  しかし、いともあっさり韓国に寄り添い日本を足蹴にしたアメリカ大統領に私は、悟らざるを得なかったのだ。親米保守 であった私の足元が瓦解した瞬間で あり、「鞭」の存在に気づいた瞬間であった。日本の頭上に常にふりかざされていた、アメリカの鞭である。この鞭は、日本 が歴史の真実、つまりはアメリカが 世界に知られたくない事実を日本人が知り始めた時、まず威嚇のために床にピシリと鳴り、日本が自立しようと立ち上がった 時は脳天に振り下ろされる鞭であ る。それと共にNHKも、民放のある番組も新聞も、いまだ戦時下のプレスコードを抜け出していないという現実に私は息を 呑んだ。日教組も、彼らが実質作る 教科書も、時には入試問題さえ、日本毀損と弱体化のいまだ道具である。
  オバマ大統領はあろうことか、東京大空襲の「ドーリットル爆撃隊」の隊員に、 議会最高位の勲章を授与する法案に署名した。日本各地の大空襲では無抵抗の赤ん坊や、小学生まで含めて民間人計三十三万人が空襲で殺された。原爆と合わせ ると七十七万人の非戦闘員が命を落としている。ドーリットル爆撃隊への授章理由は「傑出した勇気」だそう だ。  
 
  中韓の執拗な日本攻撃と反日の源流はつまるところ、東京裁判と、GHQの日本弱体化政策に帰する。思えば、進駐軍が 日本のマスコミにかけた規制「プレ スコード」には、連合軍への批判禁止に加えて「.朝鮮人への批判」と「中国への批判」があったではないか。わざわざ「朝 鮮人」と特定して批判を禁じた意味 を日本人は考えるべきであろう。在日優遇または犯罪お目こぼし政策は、彼らを自己増殖するトロイの木馬として日本に埋め 込んでいったということではない か。「朝鮮進駐軍」容認がその一例である。差別的見地で言うのではない、歴史の実相を直視するところから始めぬと、日本 の進むべき道が見えて来ぬ。日本人 として戦った朝鮮の人々を、日本の被害者として置き換えたのも、GHQの力技ではあった。
  奴隷使役国の誹りを世界から受けぬために、アメリカは自国以上の悪者に日本を仕立てる必要があった。日本には奴隷制 の歴史はないので、でっち上げたの が朝鮮半島の「植民地化」呼ばわりであり、人々を奴隷にしたというフィクションが、しかし東京裁判でノンフィクションと してすり替えられた。インディアン を殺戮し土地を奪い、奴隷をこき使い、苦力を牛馬のように扱ったのはアメリカである。ハワイ王国の滅亡もアメリカによ る。
  日韓併合は白人たちの概念にある植民地には該当しない。圧政と搾取が植民地であるが、日本が行ったのは合邦である。 韓国の近代国家への礎を作ったのは日本である。
 
  先の戦争の大義は、それまで白人が有色人種を動物扱いで使役、暴利を貪っていた世界を一気に日本が突き崩し、世界の 悪しきパワー・バランスを壊したこ とにある。日清日露の勝利は、白人たちにとっては黄色い猿が仰天すべきことをやってのけたということであり、彼らは憎み かつ怯えたのである。知力を備え文 化さえ持った「猿の惑星」の猿を呆然と見つめ、そして我に返った彼らは猿を叩き、再び立ち上がれなくなるよう手足を折っ たのである。
 
  占領軍の検閲対象の一箇条に「GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判」というのがあることに留意されたい。 これは語るに落ちる話であり、昨今 憲法改正について緒論かまびすしいことであるが、連合軍がプレスコードという形で、はからずも告白しているではないか。 日本弱体化のために我々は日本国憲 法を起草したのだ、それゆえ批判することまかりならぬ、と。
  となれば、日本が自立した国家たらんとするなら憲法改正は避けて通れぬ道であるということである。
  「プレスコード」には次の条項もある。「占領軍兵士と日本女性との交渉」を報道してはならぬ、と。交渉とはおそらく 米兵による日本女性の強姦をも含 む。これは多かった。ここに思いを致す時、私は米兵たちのレイプ頻発を防ぐため、性の防波堤となり、日本全土のあちこち に横たわった無数の「お吉」たちの 顔が浮かぶ。生活苦から慰安婦を志願した女達もいるだろうが、彼女たちが身を挺してアメリカ兵たちを受け止めてくれたか らこそ、強姦の発生件数が抑制され たのである。
  連合軍にはわずかの豪州、英国の兵もいたが、圧倒多数はアメリカ兵だったのだから、「アメリカ兵」と一括した呼び方 も許されると思う。
  日本に進駐したアメリカが、まず要求したのは慰安所の設置だった。各地にそれは要求され「千葉公文書」として知られ る史料には、昭和二十年九月五日、館山に上陸した米軍第一一二騎兵連隊相手に、慰安所が設置された詳細が記されている。
  そのことを憤るほど私は偽善者ではない。異性から長く遠ざかった若い兵士たちが、どれほど猛り立っているか、動物と してのオスの衝動である。これを、 率直に認めないから清教徒の多いアメリカの、きれいごとの嘘がものごとの本質を歪める。日本に設けられた慰安所は「余 暇・娯楽協会」とアメリカ風美名で呼 ばれたが、売春宿である。アメリカ軍は公には売春施設を認めない。だから、なかったことにする。シカゴ・サン紙特派員 マーク・ゲインは慰安所を「米軍を腐 敗させようとする日本の謀略。その武器は酒と女で、目的は占領軍の士気と占領政策の破壊」とすり替え、占領期間中米兵に よる日本人殺害毎年平均三五0人。 一000人以上の婦女子暴行(調達庁調べ)には触れない。一0万人が亡くなった東京大空襲は「死者六千人」と縮小。なん という偽善と嘘。外国特派員協会は GHQの情報発信基地だったが、その体質はいまだ生きている。
  「余暇・娯楽協会」はやがて封鎖される。ルーズベルト夫人の反対が原因であるが、彼女の「清らかさ」ゆえに、巷では 再び強姦が増え、一般の日本女性が犠牲者になったのである。
  私が、大勢の無名のお吉たちに対して悲しみと憤りを感じるのは、身を挺して日本女性の貞操を守った彼女たちの犠牲を 無視、アメリカは自らの手は汚れて はいないとして、日本を一方的に打ち据えるからだ。日本女性への狼藉を防ぐために、日本各地で横たわった大勢のお吉たち は、何のために払った犠牲であった のか。アメリカは、その時そこにそんな日本女性たちがいたことを見ようともしない。いや、いなかったことにしてしまった のである。私はそれを許さない。彼 女たちの墓碑銘は私が刻み続ける。…中略

  しかし東京裁判史観からの脱却に、政府レベルでは限度があるのではないか。たとえば、安倍政権の河野談話見直しは、 韓国(とアメリカ)に痛打だった。 それならなぜいっそ、談話を破棄するなり河野洋平氏を国会喚問せぬのだろう。後者は「前例がない」という納得しがたい理 由で、呼ばぬという。
  ひょっとしてアメリカへの慮りであり、またアメリカからの「圧力」ではないかと、穿ってしまうのだ。明らかなことは 唯一つ、何らかの理由で、政府が米 国に対して及び腰であることだ。ならば、民間で立ち上がり声を上げるしかないではないか。いかなアメリカとて、国民の声 までは封殺できぬ。政府を頼むな、 自ら立ち上がり戦え。一部が怯える如き「ナショナリズムの復活」などではない。自力で立ち、自分で身を守れる普通の国に なろう、と言っているだけのことで ある。
 
  具体案は幾つかあるが、たとえばアニメの製作。題材はこれもたとえばヨーコ・カワシマ・ワトキンズの「竹林はるか遠 く―日本人少女ヨーコの戦争体験 記」。この製作委員会を民間で立ち上げ、寄付を募る。その行動自体が大きな問いかけになろう。日本の汚名をそそぎ、真実 を世界に伝えるに日本のアニメ技術 と人気を使わぬてはない。尖閣であれだけのお金が集まった。映画がヒットすれば、回収は出来る。利益が出ればそれと合わ せて、次のアニメ制作を企画する。 具体的腹案は割愛するが、私は動いてみようと思う。…以下略

  「私は動いてみようと思う。」が素晴らしいですね。外務省任せではどうにもならないことが分かっているのでしょう。
  それにしても、何で元気が良いのは女性ばかりなんでしょう。女性は家庭で子育てと家事に特性を発揮してもらいたいと 思ってる私も、素晴らしい女性が社 会で活躍することに反対するつもりはありません。どちらも重要でしょう。特に、男がだらし無い今、優秀な女性が活躍する のも必然なのかも。



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