声帯

2012年03月02日 | 日記
以前私のセミナーに参加された方から、先ほどメールを頂きました。「声帯結節ができたため言語聴覚士について音声訓練を行ったが、感覚的に身についていないので、練習することでかえって声を枯らしてしまう悪循環に陥っている」とのこと。おそらく、声を出すための身体の使い方がわからないでおられるのではないかと思います。声帯結節の原因は「慢性的な機械的刺激」ですから、まずは喉を休めるのが一番ですが、再発防止にはやはり正しい発声を身につけることが必要です。
「声帯」とは喉の左右から中央に向かって隆起した2枚の分厚い粘膜で、声が出る時はその2枚がぴたっとくっついて複雑な動きをします。呼気が声帯の間(声門)をこじあけて声帯の上へ出てきたものが声の素(喉頭原音)になるので、声門はぴたっと閉じていなければいけません。以前、「喉を開ける」という言葉を「声帯を開く」ことだと勘違いしていた人がいましたが、開けるのは声帯の上の口頭蓋。声を出す時は声帯は閉じなければいけません。声帯結節や声帯ポリープができると声帯が閉じなくなってしまいます。そして、この声帯の太さ、厚さ、長さ、位置によって音域や声質が決まります。太く厚い声帯からは太い声が、長い声帯からは低い声が出ます。また、声帯が少し下の方にある人は下咽頭腔が長くなるので、短めの声帯でも低い声が出やすいのです。
今日レッスンに来た大学生のNさんの声帯は、どうも極太らしく思えます。彼女は話し声が高めのハスキーヴォイスで、それがチャームポイントでもあるのですが、この数カ月のレッスンの中で「ひょっとしたら声帯が重くて、くっつけたり引っ張ったりするのが大変なのかもしれない」と思い当たり、アインザッツで思い切り身体の筋肉を使ってしっかり「声たて」をしてもらうようにしました。すると、それまでちょっと息モレしているような感じの声だったのが、驚くほど立派な声が出るようになったのです。本人も「あ、これ、すごく気持ちいいです。喉に全然息が残っていない感じです」と言います。声帯の辺りに息が残らないことがとても大切なのです。呼気は声帯を抜けた瞬間にはもう頭の方に抜けていなくてはいけません。喉のあたりに残してはいけないのです。息を高く挙げるためには身体の筋力が要ります。つまり、声帯自体を意識するのではなく、息をなるべくスピーディーに上へ抜くことが大事で、そのための筋肉の使い方を覚えなければいけないのです。
昔の話ですが、私は高校3年生の冬に耳鼻咽喉科で初めて声帯を診て頂きました。別に故障があったわけではなかったので、おそらく音大を受けるにあたって素質を鑑定して頂くためだったと思います。その時の医師の言葉は今でも忘れられません。「あなた、本当に声楽科を受けるの?やめた方がいいんじゃないかな...」更に追い打ちをかけるように、「声楽をやっていればだんだん声帯も鍛えられていくものなんだよ。声楽家の声帯は普通の人の2倍ぐらいの厚みがあるんだ。ところが、あなたの声帯は普通の人の半分ぐらいしかない。とても薄いんだ。あなた、ずっとコーラス部で歌ってきたんでしょう?声楽のレッスンも何年もやっているんでしょう?それでこの太さでは、声楽は無理だと思うよ」と。この非情な言葉に反骨精神をかきたてられた私は、何が何でも音大に行って声楽家になるぞと心に誓ったのでした(これは余談ですが)。確かにオペラ歌手になるには太くて立派な声帯が必要でしょうが、声楽家の道はオペラだけではありません。リサイタル活動だけをやる声楽家もいるし、宗教音楽などには透明感のある細い声質が求められます。本当に歌がやりたければ必ず何か道があるはずだと思って声楽科受験を強行しました。
月日は流れ、10年前に初めてW先生のところに伺った時、それまで高音が出ないので自分はアルトだと思っていた私に、W先生は「あなた、ソプラノじゃないかしら」とおっしゃいました。「いえ、アルトです。これまでついていた先生もそうおっしゃっていたし、ドイツの合唱団でもアルトでソロまで歌ったぐらいですから」と答えましたが、あら不思議、その初めてのレッスンの翌日から何だか高音が出やすいのです。というより、低音域を歌う気がしないのです。それでも一ヶ月後の公開演奏会には「メゾソプラノ 吉田李佳」として出演しましたが、それ以後、何を歌っても音域が低すぎるように感じられ、レパートリーも変わってしまいました。私は首が長いので、おそらく下咽頭腔も長く、声帯が薄いわりには低音も出やすかったのでしょう。しかし、正しく訓練すれば各自の声帯に合ったその人の本当の声が出てくるのですね。身をもって体験したこの驚きと喜びを、一人でも多くの方と分かち合いたいと願っています。Nさんにも、今日メールを下さった方にも、正しく訓練しさえすれば明るい希望の未来が待っていることを私は信じて疑いません。

最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
貴重な体験 (ばんぺいゆ)
2012-03-03 00:31:43
最近主人の母が喉に何か詰まった感じがするというので耳鼻咽喉科に行ったら「カメラで見てみましょう」ということになり私もリアルタイムで見ることとなりました。声帯や喉頭蓋、喉の構造は解説付の図でしか見たことがありませんでしたのでついくいいるように見てしまいました。貴重な体験でした。(ちなみに母の喉に異常はありませんでした)
返信する
Unknown (吉田)
2012-03-03 00:42:23
お母様が身体を張ってばんぺいゆさんに貴重な経験を提供して下さったのですね。
余談ですが、「喉に何か詰まった感じ」というのは心療内科や神経内科でよくある訴えだと聞いたことがあります。季節の変わり目に身体の恒常性が崩れると、それが神経系に影響して喉が詰まったように感じるのだとか(私も詳しくはわかりませんが)。お母様のご不快が早く復調されますようお祈り申し上げます。
返信する

コメントを投稿