もっと後ろです!

2012年08月30日 | 日記
レッスンに来られた生徒さんから、昨日、今日と続けて「こんなに後ろなんですね」という言葉を聞きました。
レッスンではいつも、まず大きく伸びをしながら口の奥を開けて「ア~」とあくび声を出して頂きます。そこから発声を誘導していきますが、「口蓋垂の後ろが見えるように口を開ける」というのが最初のステップです。そして、上の一番奥の歯のさらに後ろを斜め上に引き上げるようにして軟口蓋を上げます。体があくびの時と同じように開くので、ここであくびが立て続けに出る方も結構いらっしゃいます。そうしておいて音程をつけて発声の練習をするのですが、いろいろな音型や音程で声を出しているうちにだんだん口の開きが甘くなってくるので、「もっと引き上げて下さい」とか「もっと奥行きを深くして下さい」と言いながら発声を続けます。すると「こんなに後ろなんですね!」と言われるわけなのです。後ろが開いている時とそうでない時の響きの違いはご本人にもよくわかるようです。「ああ、そうか」とか「これですね」とかおっしゃっていますから。
発声ではよく開くようになっても、歌になると言葉が付いて口形が変わるのでまた閉まってきます。それを「もっと後ろです!」と言いながら修正していきます。日本人は普段口の奥を開けていないので、相当意識し続けないとすぐに閉まってしまうのです。口に指を突っ込んで軟口蓋をマッサージしたり、拳を突っ込んだり、コルクをくわえたり、薄手のハンカチを棒状にして上唇の両端に引っ掛け、てこの原理で上あごを持ち上げたり、とにかくいろいろな手段を駆使して上あごを挙げ、口の奥を開けます。このフォームができていないと十分な共鳴が得られません。口の奥を開けることは、呼気流を高く上げることと並んで最も基本的で重要なことです。
跳躍音程を歌う時の「ジラーレ」は、息を後ろから上へ回す技法です。ジラーレを言葉で説明するのはなかなか難しいのです。「息を回して!」というのを中学生に説明するために自らでんぐり返りをしてみせた熱血先生の話を今日友人から聞きましたが、私は「息を口の奥の突き当りの方へ吸うように持っていってから上へ飛ばして!」などと非論理的なことを言いながら誘導しています。この時も生徒さんたちは「こんなに後ろなんですね」と言われます。口の奥が開いていないとジラーレはできないのです。発声の技術はすべてそうですが、実際に正しいフォームに誘導してから改めて言葉で説明して認識して頂くことで初めて納得でき、身に付くのですね。

もみじ

2012年08月28日 | 日記
「秋の夕日に照る山もみじ...」という文部省唱歌がありますよね。あの曲を小学校2年生の姪が「嫌い」だと言うのです。姪の通っている小学校では11月の「今月の歌」が「もみじ」なのだそうですが、姪は11月生まれなので、誕生月の歌が自分の好みに合わないことを残念に思っているようで、「私は「音楽のおくりもの」が好きなんだ。あれが11月の歌ならよかったのに。」と言います。「音楽のおくりもの」は小学生に人気があるようで、私がスタッフの一人として関わっているピアノの発表会の今年の全員合唱曲でした。他の先生方の生徒さん達がやはりこの曲が好きで、これを歌いたいというリクエストがあったのだそうです。私は当日の歌唱指導と指揮を担当したのですが...「今風の曲だな」と思ったことは覚えていますが、1ヵ月余り経った今、残念なことに曲が全く記憶に残っていません。
さて、「もみじ」の話ですが、私も小学校の頃に「もみじ」を2部合唱で習いました。前半は輪唱風、後半は3度の和音でハモるのがとても新鮮で、家でも母にデュエットの相方をしてもらって何度も歌いました。輪唱の部分は何とかいけますが、後半になると母の歌うパートにつられて上手にハモれないのが悔しくて、繰り返し相手をしてもらったことっをよく覚えています。歌うたびに歌詞の情景が目に浮かび、私も秋の生まれなので、自分が美しい季節に生まれたのだと思えてとても嬉しかったものです。今歌ってみてもその魅力は褪せていないように思うのですが、この曲、現代っ子たちの心にはもう訴えないのでしょうか。一抹の寂しさを覚えます。読者の皆さんはいかがですか?

強化練習

2012年08月26日 | 日記
私が指揮をしている合唱団、例年8月は夏休みにしているのですが、今年は11月にコンサートを控え、9月にも一つ演奏の機会を頂いている関係で、昨日、今日と1時から5時までの強化練習を2日続けてやりました。
昨日は、最初に復習とウォーミングアップを兼ねて、7月に音とりを終えた(はずの)ハイドンのオラトリオ「天地創造」の中の合唱曲「天は御神の栄光を語り」を一回通してみました。ところが、皆さん1ヵ月のお休みの間にきれいさっぱり忘れてしまったようで、全然曲になりません(笑)。そこで、今日はとにかくこの曲の目鼻を付けよう、と腹を括って練習を始めました。この曲の良い点は歌詞が少ないことです(笑)。ドイツ語で歌うのですが、日本語に訳せば「諸々の天は御神の栄光を語り、空は御手のわざを示す」、たったこれだけ。古典派の音楽ですから和声もリズムもごくシンプルです。しかし後半でカノン風に4声が掛け合っていくところがあり、入るタイミングを間違うと途中で空中分解してしまいます。この事故が頻発して練習がなかなか進みません。普段は鷹揚な(能天気な)私もさすがにちょっと頭を抱えてしまいました。結局この曲に練習時間の大半を使ってしまい、後はシューマンの「流浪の民」とブラームスの「ジプシーの歌」の練習をして終わりました。
2日目の今日は、男声の参加者少なかったこともあり、練習に入る前に「今日は一人ずつの個別練習をしましょう」と宣言しました。「昨日の練習で改めて思いましたが、それぞれのパートで中心になってくれる人の声に頼っていてはダメです。一人一人の力を底上げしないと良い合唱はできませんから、頑張りましょうね」とハッパをかけたのです。これが効果テキメンで、今日のメインであるア・カペラのドイツ民謡を実に生気のこもった声で歌って下さいました。男声合唱の練習は、各パート一人しかいなかったので実質的に「一人ずつの個別練習」になりました。2日目になって感覚がようやく戻ってきたのかもしれませんが、昨日とは格段に違います。女声は残念ながら個別練習をする時間がありませんでしたが、最後に練習したシューベルトの「神をたたえる歌」という女声合唱曲がようやく形になってきて一安心。これは3月に「オハイエくまもと とっておきの音楽祭」に出演した時の演目だったのですが、十分な練習ができないままステージに乗せたため、女声の皆さんにかなりの不全感が残っていて(というか、ほとんどトラウマになっていて)、私も含め全員に捲土重来の気持ちが強かったので、2日間の練習の最後でだいぶ疲れが溜ってきたところではありましたが、よく頑張って下さいました。
一人ずつやりましょう、と言った時、「もう年なので...」とおっしゃった方がいましたが、私は「年はみんな同じです」と非論理的なことを言いました(笑)。確かにこの合唱団は年齢層が比較的高いので、練習も体力的には大変かもしれません。でも、ドイツ語の歌を歌おうという志を持ってわざわざ集まって来られるのですから、精神年齢は若いはずです。自然現象としての肉体の衰えは受け入れつつ、人生を楽しみ、慈しむ余裕が老年の醍醐味ではないでしょうか。「青春とは人生の特定の時期ではなく、心のありようのことを言うのだ。(中略)人は年を重ねて老いるのではない、理想を失う時に老いるのだ」というサミュエル・ウルマンの有名な詩がありますが、私も、年を重ねることで精神の輝きが増していくような境地をめざしたいと思います。合唱団の皆さんの後ろ姿に一つの範型を見る思いがします。

腰痛その後

2012年08月24日 | 日記
整体の先生から「薄皮を剥ぐように良くなっていくと思います」と言われた通り、まだ油断はできないものの、腰痛は徐々に快方に向かっています。私の腰痛はぎっくり腰そっくりの症状ですが、先生の診立てではおそらく腰仙関節炎だろうとのこと。ごく小さい頃から20代までの間に何度も交通事故や高所からの転落(!)を繰り返したことが遠因でしょう。こういう身体はポンコツ中古車と同じで、一般の方よりも頻繁かつ手厚いメンテナンスが必要なようです。
声楽を志す場合、一般的には「持ち声のよしあし」や「音楽的基礎力」、オペラ志望の場合は「容姿」、「演技力」などが適性として問われ、音大の声楽科の入試でも大体そのあたりが判定基準になっているようですが、声や容姿のように一目(一聴?)瞭然ではないけれど、腰が弱いことは声楽を学ぶにはかなりのハンディキャップです。というのも、このブログでも再々力説しているように、発声は筋肉の仕事なので、筋力は声のよしあしなどよりよほど重要だからです。特に腰は身体の要。目覚ましい美声に恵まれてはいなくても、全身を合理的に正しく使った発声によって驚くほど素晴らしい声になることはしばしばあるのです。
しかしながら、それよりもっと大事なのは、良い発声を身につけたいという明確な意志と、倦まず弛まず焦らずコツコツとレッスンを積み重ねる根気ではないでしょうか。尤もこれはどちらかと言えば習う方より教える方に必要な資質かもしれませんが。ともかく、しっかりした意志と粘り強ささえあれば、多少のハンディキャップは大局的には何らかの形で補償されるような気がします。身体的条件は人それぞれですから、無理をせずに様々な工夫によってハンディを乗り越えていくことが大切だと思います。
昨日、9月の八代でのコンサートのための伴奏合わせをしました。曲は中田喜直の「風の子供」と、先月上京した折にW先生にみて頂いたリストの「愛の夢」です。あの時も腰痛を発症していましたが、直前に身体呼吸療法の治療を受けたおかげか、レッスン中に「あれ、この曲ってこんなに低かったっけ?」と思うほどラクに声が出ました。これで腰が万全ならもっと高音が飛ぶんだけどなあ、とは思いましたが。しかし昨日はこの曲がやたらと高く感じられ、高音部では喉頭蓋が開かず喉に声がひっかかります。高音を出す(声帯をひっぱる)にも喉頭蓋を全開にするにも腰をすごく使いますが、今は反射的に腰を庇ってしまうため高音が出にくいのですね。こういう時に無理して練習すると体が間違った使い方を覚えてしまうので、なるべく練習はしない方がよいのです。昨日も、テンポやアゴーギク、ブレスの位置を確認するぐらいで早々に切り上げました。幸い昨日も今日もそれほど仕事が立て込んでいなかったので助かりました。大学が夏休み中で本当に有り難いです。今は休養の時と心得て9月のドイツ行きはやめることにしました。年明けのウィーン行きを楽しみに、しっかり身体のケアをしようと思います。

呼気流

2012年08月22日 | 日記
今日は県南の合唱協議会主催のヴォイス・トレーニング講習会でした。6月からスタートして今日は3回目、今年の最終回です。
前回までの復習を兼ね、合唱の練習メニューとして必ずやって頂きたいことを最初にお伝えしました。まずウォーミングアップです。この地域では発声練習をせずにいきなり音とりや譜読みに入る合唱団が少なくないと聞いていたので、「声を出すことは筋肉の仕事なので、必ずストレッチをして筋肉をほぐしてから練習に入ってください」とお話しました。体をほぐす運動にはいろんなやり方がありますが、W先生はいつも「一般的なもので充分」とおっしゃいます。今日はたまたま「ラジオ体操」の伴奏譜を持ってきている方がいらしたので、最初に皆でラジオ体操第一をやりました(私はぎっくり腰なので見ていただけですが)。体力や筋力には個人差があるので、必ずしも全部を真面目にやる必要はありません。端折りながらでも、多少ずれながらでも構いませんが、目的は筋肉の伸縮性を回復することなので、よーく体を伸ばすことに気をつけて頂きました。ラジオ体操をするようなスペースや時間がない場合は気功体操をやります。これならほんの数分でできるし、場所もほとんど取りません。前屈して脱力し、鼻から息を吸い込みながら上体を起こします。上体が起きたら丹田を引き、両手を前から上に上げながらまた息を吸い込みます。そして息をとめたまま両手を真横に下ろし、今度は息を吐きながら両手を下ろしていきます。そして脱力。これがワンセットです。2回ぐらいで充分です。
次に、お腹に両手をあて、胸を軽く張ったまま前歯の間から息を強く噴き出します。イメージとしては息は上へ。吐く息を垂直方向に強く上げることがとても大事です。「呼気流」の方向の重要性についてはW先生が学会で発表されて反響を呼んだたことがあるそうですが、その目的は「呼気を蝶形骨まで届ける」ことです。これは共鳴と関係します。胸を軽く張って息を吐くと、吸気筋と呼気筋が拮抗状態になり、横隔膜が上がってきます。息を吐き切って脱力すると、今度は横隔膜が下がって空気が反射的に肺に入ってきます。こうして横隔膜呼吸(腹式呼吸)のきっかけができます。息をわざわざ吸わなくても、こうして反射的に入ってくる空気を上手に使えば呼気は長く続きます。この体の使い方に合わせて今度は声を出してみます。息に声を同調させるような感じです。必要以上に大きな声を出す習慣のある人は「え、これでいいの?」と拍子抜けするようですが、声は共鳴腔に届けば自然に響くので、これで充分鳴っているのです。
これが基本中の基本なので、ここまでのエクササイズを終えてから解剖図を見ながらのレクチャーをしました。そして次に、口腔を開けること(つまり上あごを上げること)や喉頭蓋を開けること(つまりあくびの喉にすること)の練習をしました。世話人のMさんにモデルになってもらって、上あごを上げると頭部共鳴がよくなることを実際にやってみせて頂きました。皆さん大いに納得された様子。また、下あごや舌根が硬いと声が上へ飛ばないので、下あごを左右に動かしたりリップロールをしたりしながら下あごの緊張を取り、舌のストレッチもしました。秘策の「札幌ラーメン」を伝授しましたが(笑)、40人を相手にしているので一人一人のチェックができません。これは各自の自習課題(?)となりました。そして最後に、上体を前屈させ、少しずつ上体を起こしながらアクセントをつけた裏声発声をして頂きました。すると声が蝶形骨に届きます。これは、引力の法則の助けを借りながら息を蝶形骨に送る練習です。
こうして基本的な練習を1時間ほどして、休憩をはさんで後半は合唱曲「大地讃頌」の練習をしました。後半の課題は発声と実際の合唱の橋わたしです。この地域の合唱祭では毎年この曲を全員合唱するそうで、曲は皆さんよくご存じのようでした。しかし、まず一回歌ってもらったところ、息が低い!息の上がりが悪いとテンポも遅れていくし、音程も下がっていくし、声の密度も薄くなります。そこで、呼気を上に飛ばす練習をしてからもう一度「その息に声を乗せて!」と言って歌って頂くと、びっくりするほどよい響きになりました。呼気流の方向とスピードがいかに大切か、改めて痛感しました。呼気の方向が揃えばハーモニーも良いのです。合唱では他のパートを聴きながらバランスをとることが大事なので、そういう練習も織り交ぜました。また、アルトは少し地声を混ぜてミックスヴォイスにしないと響かないので、ミックスにしても息が落ちないよう、下腹を丸太のようにふくらませながら呼気圧を高める練習をしました。ソプラノの跳躍音程では、重心を後ろにかけてジラーレする練習をしました。こういうテクニック的な練習に対する反応がとても良く、最後には鳥肌がたつほど素晴らしい合唱になりました。
今回は腰痛の不安を抱えながらでしたが、無我夢中であっという間の2時間が過ぎていきました。波動の良い声を聴いていると体も癒されます。今年も本当に良い経験をさせて頂きました。合唱協議会の皆様に心から感謝申し上げたいと思います。