筋力?

2013年07月30日 | 日記
最近入門された男性の生徒さんのレッスンで、今日、ちょっとした実験をしてみました。小学唱歌の「富士山」を、4小節をワンフレーズで(=ノンブレスで)歌って頂いたのです。「あーたまをくもの」で切らず、そのまま「うーえにだーし」まで一息で。「しほうのやーまを」で切らず、そのまま「みーおろーしーて」まで一息で。この調子で「かーみなりさーまーをしたにきく」、「ふーじはにっぽんいちのやま」と最後まで歌って頂きました。その時、胸は軽く張ったままで。息が足りなくなると前かがみになって息を絞り出そうとしがちですが、そうすると呼気筋(内肋間筋)優位になるのでますます息が足りなくなります。ですから、決して胸をすぼめないようにします。
Kさんとおっしゃるこの男性は、標準かそれ以上のしっかりした体格ですが、筋力(特にインナーマッスルの筋力)は必ずしも体格に伴っているとは限りません。Kさんは、歌ではなく話し方のトレーニングの一環として最近ヴォイトレを始められた方です。まだ初心者なので、この練習は結構大変だったらしく、最初はフレーズの後半で身をよじりたいのを必死にこらえているという歌い方になっていました。体がぐらぐら揺れそうになるのです。もともと下腹が少し突き出たような姿勢なので、下腹を軽く引いて体をまっすぐにして頂いた上で、鏡を見ながらもう一度トライしてもらいました。「鏡を見て、最後まで胸を軽く張ったままの姿勢を保って歌って下さい」と言いました。すると腰回りにすごい抵抗がかかるようです。「これが歌うための筋力なんですよ」と言うと、納得の面持ち。相当お疲れになったようです。
この練習は、その前に充分に全身の筋肉を伸ばして柔軟性を回復し、且つ下あごの力を抜き、喉頭蓋を開け、声楽発声のためのフォームを充分に整えてからやらないと、腰回りの筋力不足を代償しようとして下あごや上半身に力が入って逆効果になります。Kさんもレッスンの前半でしっかりと体をほぐしてから、最後の仕上げにこの練習をしたのでよくわかったのだと思います。使っているのは外側の筋肉ではなく、インナーマッスルです。Kさんは「なんか、体の内側が熱くなってきました」と言いながら帰って行かれました。
胸を軽く張った姿勢を保つには全身の筋力が必要です。その姿勢で歌い続けるには、さらにインナーマッスルの筋力が必要です。横隔膜や、横隔膜と拮抗する補助呼気筋群、骨盤低筋など、腰回りの筋肉の動きを自分でコントロールできるようになるには、正しいトレーニングの積み重ねが必要です。発声に必要な筋力は声を出しながらでないと鍛えられない。これは声楽発声のポイントとも言えるかもしれません。発声時に反射的に体が正しく反応するようになれば、体が楽器になったと言えるでしょう。ヴォイストレーナーの仕事は、体という楽器を作ることなのです。声帯は楽器全体の一部に過ぎません。どんな声も磨けば光ります。磨くというのはつまり、共鳴の良い楽器を作ることなのですね。

話し声

2013年07月28日 | 日記
先ほど、友人とLINEで通話中に「だいぶ疲れてるんじゃない?」と唐突に言われました。びっくりして「そんなことないよ、普段と変わらないけど?」と言うと、「そう?LINEは音質が悪いから、そのせいかな」と言われましたが、こちらに聞こえてくる彼女の声は普段通りの声なので、やはり私の声が少しいつもと違うのでしょうね。
実はこのところ、自分でも自分の喋り声が気になっていました。一言で言うと「おばさん声」なんです。口の中の天井が低く、少しつぶれたような、響きの落ちた声に聞こえます。自分の耳にさえはっきりわかるほどですから、きっと生徒さん方は気づいていらしたのではないでしょうか。
少し気をつけて裏声っぽく喋るようにしてみましたが、かなり意識的に軟口蓋を挙げなくてはならないので、だんだん疲れてきていつの間にか元に戻っています。その理由の一つは、この暑さのせいで体力が衰えているので、上あごを挙げておく筋肉が十分に動かず、口腔の広さが保てない、ということだと思いますが、年齢的なものもありそうです。裏声というのは声帯の合わせ目の縁だけを薄く使って軽く振動させるのですが、更年期になると声帯から分泌している粘液が出にくくなるので、左右の声帯の吸い付きが悪くなるのです。粘液のお陰でピタッとくっついていた声帯を、今度は胴体の筋力を使ってくっつけなくてはいけなくなるわけですが、暑い時期は体力を無駄に消耗しないために体が省エネモードになっており、これがなかなかうまくいかないのです。
私がこんなふうでは、最近立て続けに入門された「話し声を磨くためのヴォイス・トレーニング」の生徒さん達へのレッスンが説得力を欠きます。喋る時になるべく上下の奥歯の間を拡げ、口の奥行きを深くして、軟口蓋も高く保つように心掛けたいと思います。
もうひとつ。疲れるとだんだん早口になって、しかも呂律が回らなくなりますよね。疲れている時ほど、なるべくゆっくり、語尾まできちんと喋るようにしないと、何を言っているかわからなくなります。これがまた大変で、つい語尾を飲み込んでしまったり、語尾が小さくなったり、センテンスの最後に向かってアッチェレランドになりがち。声が上滑りしてしまうのです。体とつながった声を出すことは、歌声だけでなく喋る時も大事です。歌っている時間より喋っている時間の方が長いのですから、気をつけないと喋る時に声帯に負担をかけてしまいます。
自分の声に意識的になることが大事ですね。明日から気をつけます。

もうすぐ夏休み

2013年07月26日 | 日記
小中学校は既に夏休みに入っていますが、大学は8月の1週目までが前期試験期間で、それが終われば約2ヶ月の長い夏休み。先週ぐらいから心中ひそかにカウントダウンの毎日です。授業自体は楽しいのですが、この暑さで思いのほか疲れが溜まっているようで、授業中にふと壁の鏡に目をやると、土気色のおばさんが写っていてギョッとします(笑)。
夏休み中の公的なイベントとして、8月11日(日)、25日(日)、9月1日(日)と連続3回の健康発声セミナーをウェルパルくまもと1階あいぽーとで行います。入門編が午後5時から、応用編が6時から。飛び込み参加歓迎です。それから、真夏の第九は8月31日午後2時半から山鹿の八千代座で行われます。入場料は一般2500円。お近くの方はどうぞご来聴下さい。
夏休み中に少しワーグナーに親しまなくては。来年2月に熊本モーツァルト協会の例会コンサートでワーグナーを歌うことになっているからです。私は大学1年の時に上野の東京文化会館で「トリスタンとイゾルデ」を見て以来、一度もワーグナーのオペラを見ていません。ちょっとアレルギーなのです。しかし、自分が歌うとなるとそうも言っていられませんから、何とか苦手意識を克服しなくてはいけませんね。
それから、9月28日から30日まで阿蘇・小国の木魂館という教育文化施設で合宿をします。M先生を講師として、ピアノ、歌、指揮法、合唱など参加者が習いたいものを習える講習会を開催する予定。うちの生徒さんが中心ですが、M先生の生徒さんが遠方から来られるかもしれません。涼しい阿蘇でリフレッシュできそうで、楽しみです。皆様も夏バテや熱中症にはくれぐれもお気をつけてお過ごし下さい。寝ることと食べることが健康の基本ですね。あと、おいしい水と新鮮な空気。熊本は水と食べ物はいいのですが、最近は空気が...夏休みはなるべく山や川や森の近くに行くようにしたいと思います。

米寿

2013年07月24日 | 日記
締切間近の書類があり、昨日はブログの更新ができませんでした。
さて、昨日また、久し振りの生徒さんが我が家に現れました。御歳88歳のMさんです。一昨日、「Mです。覚えていらっしゃいますか?病気ばかりして、入退院を繰り返していました。生活に張り合いがないと老けてしまうので、また歌いに行ってもいいでしょうか?」とお電話を頂きました。いつでもどうぞと申し上げ、昨日おいで頂きました。
久し振りにお会いしてみると、若干お痩せになったようですが、以前と変わらず気持ちはしっかりしていらっしゃいます。ただ、やはりお体にはあちこち故障があるようで、特に気管支が弱いのだそうです。お医者さんから「呼吸が浅くなっているから、カラオケに行ってどんどん歌いなさい」と言われたけれど、カラオケに行くよりうちにレッスンに来る方がいいと思われたそうです(笑)。早速レッスンをしてみると、さすがに長年お茶の先生をなさってきただけあって姿勢が良いので、呼吸筋もそんなに衰えていません。胸を張って勢いよく息を吐き、息がなくなったら引っ込んだお腹を元に戻して吸気を取り込む練習を数回やったら、頬がピンク色に上気してきました。本当に勘の良い方で、口の奥を開けるのも、下あごの力を抜くのも、すぐに要領を思い出されました。ただ舌の動きが少し鈍いようなので、舌のストレッチを十分にやりました。こんなに舌が動きにくくなっているんですね、これは家でも練習しなくちゃ、とおっしゃいます。そして最後に「浜千鳥」を歌われました。「どれぐらいの高さで歌えますか?」と伺うと、最初は二長調で歌い出されましたが、すぐに「これじゃ地声と裏声の切り替えがうまくいかないので、もう少し高くします」と言われ、変ホ長調に移調しましたがまだ低いと言われます。ホ長調でも「もっと高い方が歌いやすそうですね」と言われるので、ヘ長調にしたら「ああ、これなら全部裏声で歌えるからラクです」と言われ、音程もはずさずにきちんと歌われました。素晴らしい!
「ああ、今日は随分足腰を使いました。疲れました」とおっしゃりながらも「歌うとスッキリしますね。月に2,3回来させてもらってもいいでしょうか」と、やる気満々のご様子。帰り際、「できていたことができなくなる、というのは辛いものでね。なかなか現実を受け入れられないんですよ。でも、「あなた、その年で一人で身動きができるだけでも有り難いじゃないの。もっと感謝しなきゃ」と保健師さんに言われたんです。それもそうだなあと思いますけど、私は、実年齢は88歳でも気持ちは48歳ぐらいのつもりでいたいと思います」とおっしゃっていました。Mさんにそう言われると、48歳の私は自分の年を嘆くことができなくなります(笑)。ともあれ、自分たちの行く道を先に歩いて下さっている高齢者の方のお姿を見ていると、色々な意味でとても勉強になります。

ニューフェイス続々

2013年07月21日 | 日記
このところ立て続けに新しい生徒さんをお迎えしています。しばらくぶりにレッスンに復帰される方も多く、ちょっと新鮮な気分の毎日です。
新しい方たちはなぜか皆「人前で話すことが多いので、声の通りをよくしたい」とおっしゃって来られるのですが、私は最近では、そういう方たちにも「声楽発声」主義でやることにしています。やっぱり歌う方が身につくのです。楽譜の読める方にはコンコーネ、読めない方には童謡や唱歌を教材に使います。フレーズを最後まで歌いきるために、喋る時とは段違いに身体の筋力を使わないといけないので、正しい発声を維持する体力がつきやすいのです。無論、最初は基本のエクササイズから始めるので、いきなり歌から入るわけではありませんが。
昨日も今日も新しい方がお一人ずつみえました。昨日来られた中年の男性は、呼吸や共鳴の仕組みのレクチャーがとても興味深かったらしく、「来月の発声セミナーには会社の同僚たちも連れてきます。これは皆に聞かせないと損ですから」と言いながら帰って行かれました。今日いらしたSさんという女性は、高校の国語の先生だそうです。軽い顎関節症だそうで、口の開きがあまりよくありません。教室の広報まで声が届かないと指摘されるそうですが、お話される様子を見ていても「そうだろうな」と思いました。口の中の空間が狭いので、喋る声もあまり響いていません。そこで「まず顎関節症をなおして下さい」と言いました。今は顎関節症の治療をする歯科医院もありますし、うちのレッスンではハンカチを使って上あごを引き上げたり、口の中に指を突っ込んで軟口蓋をマッサージしたり、ワインコルクを奥歯に挟んだりと、かなり激しい(?)エクササイズをするので、器質的な問題はなるべく解決して頂いておいた方が心おきなくレッスンできます。試しに顎関節の周辺を触ってみると、やはり硬くなっていました。マッサージすると「かなり痛いです」とおっしゃいます。口腔の共鳴をよくするためには上あごをしっかり挙げ、口の奥行きも深くして、口の中をできるだけ広くしないといけません。要するにあくびのフォームなのですが、顎関節症の方はあくびが十分にできない方が多いのです。今日最初にSさんにやって頂いたのは、棚に下あごを載せ、上あごを挙げて口を開ける練習です。口がうまく開くかな、とちょっと心配しましたが、問題なくできました。そこで今度は、手鏡で口の中を見ながら、口蓋垂の後ろの壁が見える状態をキープして声を出す練習をして頂きました。これは少々難しかったようです。声を出そうとすると舌根が盛り上がって口の奥をふさいでしまうのです。舌を平らにキープするよう気をつけて頂くと、腰回りに負荷がかかります。「小学生の頃コーラス部に入っていて、お腹から声を出しなさい、とか、口を大きく開けなさい、とよく言われましたが、どうすればいいのかよくわかっていませんでした。こういうことだったんですね」とおっしゃったのが印象的でした。
歌う時は口を大きく開けなさい、と小中学校の音楽の先生は必ず言います。しかし、その意味ややり方がきちんと伝わっていないことが本当に多いのですね。先日、数年ぶりにレッスンに復帰した生徒さんは、うちのレッスンを休んでいる間に別の先生についていたそうですが、その先生が「もっと口を開けなさい」と言われるので困ったそうです。「だって、吉田先生は「そんなに口を開けなくてもいいんですよ」っておっしゃっていたでしょう?」と言われましたが、それこそまさに「下あごを下げてはいけませんよ」という意味なのです。口を開ける=下あごを下げる、だと思っている方が多いので、「下あごを下げても口の中は広くなりませんよ」といつも言っています。確かに下あごを下げると外見的には口を大きく開けているように見えますが、喉は圧迫されるし、下あごに力は入るし、良いことは無いのです。口の奥が開いている人は、あまり口をあんぐりと開けているようには見えませんよね。
発声は、フォームに関していろいろ誤解が多いようです。声を出す時、口は大きく開けるのか否か。下腹は引っ込めるのか、ふくらますのか。重心は前か、後ろか。答えは、基本的にはすべて後者ですが、常に固定的にそうだとは言えないところが難しいところです。やはり実際のレッスンの中で納得しつつ身に付けて頂くしかありませんね。ニューフェイスの皆さん、復帰組の皆さんの今後が楽しみです。