記憶力

2016年09月25日 | 日記
中学校の大同窓会に出席してきました。オープニングの合唱がお目当てです。中学時代に校内合唱コンクールの課題曲だった「モルダウ」、「グローリア」、卒業式で歌った「ハレルヤ」の3曲を、当時の音楽の先生の指揮で歌いました。伴奏は私の学年の伴奏者だったKさんがずっと務めていますが、私の学年の合唱参加者は例年私一人で、いつも二人でさびしがっています(笑)。
実は今回の「モルダウ」と「グローリア」は、私たちが中学生の頃に歌ったものとは少し編曲が違っています。指揮の先生曰く、昔の楽譜が熊本地震で散逸してしまい、この楽譜しか手許にないとのこと。本番までに3回の練習があったのですが、昔の記憶というのは根強いもので、参加者一同、違うバージョンの編曲がなかなか覚えられませんでした。全然違っていればいっそのこと新たに覚えなおせるのですが、微妙な違いなので却って混乱してしまうのです。中に数名「私たちの学年はこの楽譜で歌いましたよ」という方がいらっしゃって、羨ましかったですね(笑)。
数年前にドイツでE.カークビーの講習会に参加した時、昔々(大学受験の時)歌った曲を急遽レッスンして頂く成り行きになったことがありました。楽譜もないのに不思議に歌詞もちゃんと覚えていて、我ながら驚いたのですが、「ちょっと歌詞の割り付けを変えてみましょう」と言われて軽いパニックになりました。ほんのちょっと変えるだけなのにうまくいかないのです。正確に言えば、「こんなふうに歌ってみて」と言われてオウム返しに歌った時はできたのに、もう一度一人で歌ってみると間違える(昔歌っていた歌い方に戻っている)。確認のために「こうですよね?」と何度かそこだけ歌ってみて、ちゃんと記憶を上書きしたつもりなのに、もう一度最初から歌ってみるとやっぱり元の木阿弥になっている。他の若い受講者たちが半ばあきれ顔で見守る中、何度もやり直してやっと一度だけ成功した(最初から通して間違えずに歌えた)時は、先生がバンザイをして喜んで下さって、情けないような嬉しいような、何とも複雑な気分でした。私はもともと頭の固いタイプの上に、歳とともに記憶力の柔軟性が著しく低下しているようです。M先生が合唱のレッスンの時によく「いつも同じことばかりしていると早くぼけるんですよ」と仰るのですが、最近は殊のほかこの言葉が身に沁みます(笑)。
同窓会の後、Kさんとお茶を飲みながらお喋りしました。演奏活動を続ける者どうし、「何度も同じ曲をプログラムに乗せる人がいるけどさ、あの気持ちわかるよね」、「うん、だんだん新しいレパートリーを開拓する体力と気力と記憶力が落ちてくるもんね」、「やっぱり若いうちに、浅く広くでいいからレパートリーを拡げておかなくちゃね」、「そうそう、表現の掘り下げは年取ってからでもできるもんね」というような話で大いに盛り上がってしまいました(苦笑)。演奏会の成否の半分はプログラミングにかかっていますからね。歳をとっても、演奏を続ける限りは、その都度のコンセプトに沿って一曲ずつでもレパートリーを拡げていきたいと思います。アンチエイジング!

顔の筋肉

2016年09月21日 | 日記
昨日、眼瞼黄色腫の除去手術を受けました。10年ほど前にも両瞼の上にタラコみたいな形の白い脂肪の塊ができて、会う人ごとに「瞼、どうしたんですか?」と訊かれるので、うつる病気かと心配させてもいけないと思って取ったのですが、「これは再発するんですよね~」と言われていた通り、今度は瞼の上だけでなく眼の下にもできてしまって。自分ではあまり気にもならない(何せ自分には見えないから(笑))のですが、左右両方なので、鏡を見ると何だかパンダみたいに見えなくもありません。父が「みっともないから取れ」と何度も言うので(笑)、そんなに気になるなら夏休みのうちに取っときましょ、ということで、前の時と同じ病院で手術を受けました。簡単な手術なので1時間もかからず無事終わり、そのまま帰宅。24時間が経過し、今日の午後に恐る恐るガーゼを外してみると...出血はほとんどありませんでしたが、縫い目が紫色に目立ってかなり怖い顔です(爆)。
今日の午後には生徒さんが3人来られたので「お見苦しい顔で済みません」と言いながらレッスンしたのですが、声を出す時に傷口が妙に引っ張ります。こんな感じで毎日レッスンしていたら抜糸前に糸が切れちゃいそうです(笑)。歌う時って、顔の筋肉を随分動かしているんですよね。特に眉間あたりは篩骨を持ちあげる感じでかなり緊張がかかるので、目頭の傷口がぱっくり開きそうな感じがします。はっは。
来週の月曜日が抜糸なので、後期の授業が始まる来週の金曜日までには元の顔(?)に戻っていると思いますが、今週の土曜日に中学校の大同窓会があるのを忘れていました。紫色の縫い目の目立つこの顔をさらすことになってしまいます。わお。ハレルヤ他3曲の合唱もあるのです。糸が...(笑)。
顔の筋肉は美容にも発声にも大事です。再認識しました(-_-;)

誌上セミナー(2)

2016年09月19日 | 日記
今日は、熊本地震の後初めての発声セミナーでした。今回はご参加申し込みが普段より少なめでしたので、第1部をエクササイズ中心に組み立てました。
まずウォーミングアップ。最初に蝶形骨をゆるめる(周囲の骨との接合部分にアソビの空間を作る)エクササイズです。目を動かす、耳を少しだけ引っ張る、鼻から深く息を吸い込む、上を向いて大きく口を開ける、の4種。神経疲労が解消し、横隔膜の動きがスムーズになって呼吸が深くなります。また、指先で軽く肩に触れて肘をゆっくり徐々に大きく回すエクササイズや、壁を使ったスクワットなどで上半身をほぐします。
ウォーミングアップの後は「呼吸」、「発声」、「共鳴」に分けてレクチャーとエクササイズです。呼吸の練習では、「横隔膜呼吸」のコツをつかむために、右腕を挙げて左手の手のひらで右のわき腹を触りながら右の体側を伸ばします。左側も同様に。
あれ、今気付きましたが、今日皆さんにお渡しした資料には「右腕を挙げて左の側筋を伸ばす」、「左腕を挙げて右の側筋を伸ばす」と書いていました(-_-;)間違いです。右腕を挙げて右側を伸ばすのです。大変失礼しました!!
横隔膜はとても大きな筋肉で、肺に空気がたくさん入っている時は水平に近い形でおへそのあたりまで下がっていますが、肺から空気がなくなると、上端が乳首ぐらいまでドーム型に上がります。ですからなるべく下がった状態でキープすると息が長持ちするわけですが、横隔膜は半随意筋ですから「下げて!」と言っても下げ方がわかりません。そこで、軽く胸を張ったまま息を吐き切ったところで身体の緊張を解くと、肺に一気に空気が流れ込み、横隔膜が押し下げられます。この練習を繰り返すうちに横隔膜の動きがだんだんわかってきます。
次に発声のしくみについて少し説明しました。声域別の声帯の写真や声帯の開閉や振動の様子がわかる写真などをお見せし、声帯の形状や位置、動き方などを確認しました。喉仏のあたりを触りながらあくびをすると喉頭が下がるのがわかります。これが喉頭蓋の開いた(いわゆる「喉が開いた」)状態で、そのまま声を出してみると声帯の振動が伝わってきます。音程を上げる時にこれが上がると喉頭蓋が閉まって喉声になるので、喉頭はなるべく低い位置に保ちます。
最後に共鳴のしくみです。最初に蝶形骨の話をしましたが、ここが一番大きな共鳴箱です。トランペットのマウスピースを吹くと呼気が蝶形骨まで届くことや、軟口蓋を指で軽くマッサージして上へあげ、上あごを挙げることで口の中が広くなり、共鳴がよくなること、軟口蓋が上がれば口蓋垂も上がって口の中も咽頭腔も広くなることを説明して、指で輪を作って口元に当て、強く息を吹いて呼気圧を強める練習、前屈して少しずつ上体を起こしながらハッハッハと軽く高めの声を出す練習をしました。「声は共鳴腔で響く」ということが何となく感じられたようでした。
ここまでで1時間が過ぎ、第2部では、春のセミナーの時と同じ曲で斉唱、輪唱の練習をした後、クリスマス会で歌う「I saw three ships」というイギリスのクリスマスキャロルの練習をしました。日本語と違って口の奥を使って母音を発音するよう気をつけながら、一節ずつ歌詞を読み上げてから音程をつけて歌います。男性の参加者がお2人だったので、全パートを全員で練習してから、お好きなパートを歌って頂いて合唱にしてみました。全曲通したところでちょうど1時間経ちました。
終了後、いつものように茶話会をしましたが、最後はやはり地震の話になり、まだ復興途上なのだなど改めて思いました。こうしてセミナーができるのも当たり前ではないのだなと。今日は台風も接近していましたし、参加して下さった皆様に改めて感謝です。
次回は来年の3月19日、2017年春の発声セミナーです。ちょうど半年後ですね。復旧復興の進捗を祈りたいと思います。

誌上セミナー(1)

2016年09月11日 | 日記
来週は「秋の発声セミナー」ですが、シルバーウィークで様々な行事と重なっていて参加できない常連さんが多いので、セミナーの準備も兼ねて、最近のレッスンで感じていることを少しまとめてみたいと思います。
最近、高1の男子が入門してきました。「高音域が出ない」のが悩みとのことでしたが、レッスンしてみると、息(呼気)を垂直に高く飛ばすための呼気圧が弱いので、高音域で呼気が蝶形骨まで届いていませんでした。そこで、腰かけておいて立ち上がりながら(←下半身に負荷をかけながら)声を出す練習や、内転筋、股関節回り、足の指の付け根などをしっかり使う練習、またトランペットのマウスピースを吹いて呼気圧を強める練習で下半身の筋力アップを図っています。うまくいくと高音域まで良い声が響きますが、声を出すことと身体を使うことがまだ完全に結びついていないので、喉だけで声を出してしまったり、筋肉の緊張のタイミングや度合いが適切でなかったり、つまり「発声にとって必要十分な筋肉の使い方」を会得するのに苦戦しているところです。
彼には、立って歌う時の基本のフォームを「重心を踵にかけ、足の指の付け根をアーチ状に持ち上げるようにして重心のバランスを取り、下腹は軽く引いて腰を伸ばし、あくびをして骨盤と肋骨の間を拡げる」と説明しましたが、もちろんこのフォームは固定的なものではありません。声を発する瞬間には重心は前に移動しますが、次の瞬間にはまた後ろへ。でもグラグラふわふわしてはいけません。重心の前後移動は「ミリメーターアルバイト」、外から見てもほとんどわからない程度の動きです。また、下腹が前へ突き出るのは腹筋と背筋のバランスが悪いからなので、下腹は軽く引いて立ちますが、下腹を引き過ぎると力が入り過ぎて腰が固まってしまいます。肋骨の下部(背中側)の下後鋸筋という筋肉は横隔膜と繋がっていて、肺の背中側にたくさんの空気を取り込むのを助けるので、下腹はあくまでも「軽く」引き、背中が十分拡がることができるようにします。今はまだ筋力自体が弱いので、「しっかり使って」と指示しますが、それは「固める」ことではありません。そして、あくびをするのは胸郭を拡げて吸気筋を動かすためですが、首や肩や胸や肩甲骨周り、つまり上半身の筋肉が固いと、胸郭を拡げた時に上半身に力が入って重心が上に来てしまいます。上半身は弾力性を失わないよう、首も肩も腕もいつでも自由に動かせるようにしておきます。最初のうちは歌いながら時々動かして確認するといいでしょう。
人体の基本構造は共通でも、筋力の強さやしなやかさは人それぞれですから、実際に出てきた声を聴きながらウィークポイントを見極め、適切な訓練方法を提供しないといけません。また、人体は日々変化するので、いつも同じことをしていれば良いわけでもありません。前回と全然違うことや正反対のことを言うこともあります。レッスンは常にフレキシブル、大局的に見て「歌うからだ」を作っていくプロセスなのです。

友情出演

2016年09月03日 | 日記
友人Iさんのリサイタルが今日、盛会のうちに無事終わりました。M先生のピアノとオルガン、東京在住のN氏のヴァイオリン、それに私が賛助出演、ちょうど1年前の私のリサイタルの時と同じ顔ぶれです。元々は場所も同じ会場を予約していたのですが、震災の影響で使えなくなり、震源に近い東区の教会に場所を変えての演奏会でした。
今年は尋常ならざる猛暑日続きの上、地震で休講になった分の補講のため夏休みに入るのも遅く、忙しさと夏バテで練習らしい練習ができないまま時間だけが過ぎていく焦りの中で(Iさんも同業者ですから同じ状況です)、最後は開き直りに近い心境でした。賛助出演の私でさえそうなのですから、今回初めて自主リサイタルを主催したIさんは本当に大変だったと思います。自主リサイタルというものは、チラシ、チケット、プログラム作りから、会場との折衝、出演者のスケジュール調整と航空券や宿泊の手配、当日のお手伝いの依頼、レセプションに至るまで気の抜けない雑事が数多くあり、もちろん日常の仕事や生活もあり、その中で練習を重ねてコンディションも維持しなくてはならないのですから、相当の気力と体力が必要です。几帳面なIさんはヘロヘロになりながらもそのすべてを手を抜かずにきちんとこなしていました。結婚して熊本へ来て15年、熊本でコツコツと勉強を続け、人間関係を築き、今では熊本にしっかりと根を張って頑張っているIさんを応援しようとたくさんの方が集まり、120名を超えるお客様で会場は満席でした。ご郷里の福井からご両親もはるばるおみえになりました。
ちょうど台風が接近して天候が危ぶまれましたが、何とか雨も降らずにもち、いよいよ開演。私は第1ステージのペルゴレージ作曲「スターバト・マーテル」に賛助出演します。小さいながら柔らかく美しい音色を持つパイプオルガンの通奏低音とヴァイオリンのオブリガートをバックに、二重唱と独唱で織り成す20分間のステージは、教会という場の力にも支えられて荘厳で崇高な雰囲気に包まれました。続く第2ステージはM先生のオルガン独奏。讃美歌のメドレーです。その後、Iさんが今とくに心惹かれるという山田耕筰の歌曲を5曲。「この道」、「待ちぼうけ」、「中国地方の子守歌」、「赤とんぼ」、「松島音頭」と懐かしい歌のメドレーです。
ここで休憩。休憩中に携帯電話やスマホから高潮警報のアラームが一斉に鳴り、その騒々しいこと(笑)。休憩時で本当に幸いでした。後半はN氏のヴァイオリン独奏からです。「愛の喜び」、「トロイメライ」、「ユモレスク」、「チャルダッシュ」、いずれも珠玉の小品。とりわけチャルダッシュは圧巻でした。そして最後はヴァイオリンとピアノと歌のコラボで、Iさんの本領とも言える曲が並びます。黒人霊歌の「わが悩み知り給う」、ドヴォルザークの「わが母の教え給いし歌」、ガーシュインの「サマータイム」、ララの「グラナダ」。グラナダで締めるなんていかにもIさんらしい洒落た趣向です。
全部のプログラムが終わり、アンコールに「五木の子守歌」、そして最後に讃美歌「感謝します」を4人で演奏しました。これがまた、本当に心に沁みる歌なのです。

感謝します 試みに遭わせ 鍛え給う主の導きを
感謝します 苦しみの中に 育て給う主の御心を

感謝します 悲しみの時に ともに泣き給う主の愛を
感謝します こぼれる涙を ぬぐい給う主の憐れみを

しかし 願う道が閉ざされた時は つまづき 心が揺れました
どんな時でも あなたの約束を忘れない者として下さい

感謝します 試みに耐える力を下さるみ恵みを
感謝します すべてのことを最善となし給う御心を

しみじみと静かな歌です。第1節をIさんが原詩のドイツ語で歌います。2節以降は日本語で。ヴァイオリンやソプラノのオブリガートが入り、最後は4人で感謝いっぱいに大音量で終わります。歌詞があまりにも心の琴線に響き過ぎて、リハーサルでは何度歌ってもIさんも私も泣いてしまい、声が詰まって困っていましたが、本番ではあっぱれ、Iさんが見事に難所を堪え、素晴らしい盛り上がりを見せて終わりました・・・が、私はやっぱり泣いてしまいました。「しかし願う道が閉ざされた時は つまづき 心が揺れました」、「感謝します すべてのことを最善となし給う御心を」のフレーズはどうしても涙を抑えることができません。
人間、50年以上も生きれば誰でも大なり小なり「願う道」が閉ざされ、絶望の淵に立った経験があるでしょうが、私も過去に、拠り所を失って歌が歌えなくなった時がありました。その経験によって「すべてのことを最善となし給う御心」を知り得たこと、今の自分があることが決して当たり前ではないことが、この歌詞によってリアルに心に立ち昇ってくるのです。これは人生そのものに対するかなり本質的な感動だろうと思います。終演後、「アンコールが素晴らしかった」と何人もの方からお声をかけて頂きました。お客様とワンハートになれたことで、更に感動でいっぱいになりました。こんなに温かい、心の触れ合う素晴らしいコンサートが実現して、Iさん、Iさんのご主人、Iさんのご両親の感慨はいかばかりでしょう。私も本当に嬉しいです。
レセプションの席で、「来年の春は吉田さんのリサイタルをやりましょう」、「5月には福井でもやりましょう」と矢継ぎ早のM先生のご提案に眼を白黒させながら帰宅しました。さてどうしましょう?とりあえず今日はゆっくり寝ます(笑)。