シューマンを偲ぶ

2017年07月29日 | 日記
ドイツの作曲家、ロベルト・シューマンの108回目の命日にあたる今日、近所の禅宗のお寺で「シューマン忌」が行われました。シューマンを偲ぶとともに、熊本地震から1年余を経て、心の再建の一助となれば、との思いで企画されたものです。
それでは、今日の顛末を実況中継したいと思います(笑)。
まず、10:57に鐘が鳴りました。そして11:00から、本尊である薬師瑠璃光如来の本願功徳経の読経があり、その後「音の供養」ということで、ご住職がピアノの88鍵を1音ずつすべて鳴らし(正確に言えば、白鍵を一番低い音から順に一番上まで鳴らし、今度は黒鍵を高音から低音に向かって一音ずつ鳴らしていかれました)、最後に、K町から来られたご住職様が虚鐸(尺八のような楽器)を演奏されました。ここまでで約10分です。引き続き、ピアニストのUさんによる「トロイメライ」の演奏。ピアノは昨日のうちにご内陣に出して調律を済ませてあり、先日の打ち合わせの時と違って鍵盤のムラも調性されていたようで、絶品のトロイメライでした。Uさんが退場されるのと入れ替わりに私がご内陣に登場し、お話をスタート。シューマンの生い立ちから、ライプツィヒ大学で法律を学ぶ傍らピアノ修業に励んだ話、ピアノ教師ヴィークの娘で天才ピアニストのクララの話、文才があり、音楽評論家としても活躍し、同い年のショパンを絶賛する記事を書いた話までで一区切りして、「謝肉祭」というピアノ組曲の中の「ショパン」という曲(ショパンのノクターン風の小品)をピアニストのYさんに弾いて頂きました。
そして、ヴィークの娘クララと恋仲になり、ヴィークの怒りを買ったという話をしているあたりで、突然若い女性が大声を上げながら本堂に闖入してきました。どうも裏方の手伝いをしてくれていた若い男性の恋人らしく、彼が一ヵ月ほど無断で行方をくらませた挙句、今日ここにいるということをラインで知って激怒してとっつかまえに来た、ということのようです。一同あっけにとられて茫然。ご住職が2人を外へ連れ出してくれましたが、どんどんボルテージが上がっているようで、怒声とともに彼女が彼を張り飛ばす音が聞こえてきます(-_-;)やれやれ、いつの時代も恋のもつれは厄介です。
ここで5分以上のロスが出ましたが、気を取り直して話を先に進めました。シューマンとクララの恋はとうとうヴィークを相手取っての法廷闘争に及びますが、1840年、晴れて勝訴した2人は、クララの21歳の誕生日の前日に結婚式を挙げます。この年、シューマンは、それまであまり興味のなかった歌曲の作曲に目覚め、何と120曲以上もの歌曲を書いています。結婚式の前日にクララに捧げた歌曲集「ミルテの花」から、第1曲目の「献呈」をソプラノのSさんが、続いて第3曲「胡桃の木」を私が、それぞれYさんの伴奏で歌いました。
続いて連作歌曲の話をしました。シューマンは、複数の曲を一つのコンセプトでまとめた歌曲集をいくつか書いています。ストーリー性が明確な「女の愛と生涯」や「詩人の恋」、また、個々の曲どうしにあまり連関性のない「リーダークライス」など。その中で、アイヒェンドルフの12編の詩による「リーダークライス」(「歌の環」という意味です)に収められている「月の光」という曲は、シューマンが傾倒していた神秘主義の結晶のような珠玉の歌曲です。そこで、再びSさんにこの曲を歌って頂きました。
結婚後、シューマンの家庭生活は幸福で、4男4女の子宝にも恵まれます。親友の作曲家メンデルスゾーンが創設した音楽院に作曲とピアノの教授として招聘され、作曲家としての名声も確立し、ヴィークともようやく和解したシューマンですが、次第に精神を病んでいきます。転地療養の意味でドレスデンに引っ越しますが、ここで1歳の長男を亡くし、また親友メンデルスゾーンも亡くなってしまいました。シューマンは「思い出」というピアノ小品を作曲してメンデルスゾーンを偲びます。ここで、「ユーゲントアルバム」というピアノ曲集に収められているこの曲をYさんに演奏してもらいました。
ドレスデンは音楽的にあまり恵まれた土地柄ではなかったので、シューマン一家はデュッセルドルフに引っ越し、そこで音楽監督の職を得ます。しかし、だんだん病気がひどくなり、オーケストラの統率がうまくできず、指揮者を解任されてしまいます。そんな失意の中、知人の紹介で弱冠20歳のブラームスがシューマン家を訪れます。ブラームスの才能に驚嘆したシューマンは、ライプツィヒの楽譜出版社に手紙を書いてブラームスを紹介し、久しぶりにペンを揮ってブラームスの才能と将来を確信する文章を寄稿しました。しかしその翌年、シューマンの神経症は重篤になり、発作的にライン川に身投げします。救出されたものの、そのままボン郊外の病院に収容されます。病気に障るからと、クララはシューマンとの面会を許されませんでしたが、入院中シューマンは、愛情に満ちた手紙をクララに何通も送りました。シューマンの精神病の症状はついに回復せず、2年後、駆けつけたクララの腕の中で息を引き取りました。
このあたりの話をしている時、ふいに涙がこみあげてきて声が詰まってしまいました。この後、シューマンの恩義に深く感謝するブラームスが、残されたクララと子供たちを陰ながら献身的に支えるのですが、ブラームスはクララに対する恋心を封印して生涯独身を貫きます。この話も、やはり涙なしにはできませんでした。
最後に、シューマンとクララの魂のふれあいが結晶したような珠玉の歌曲「魂を身近に」を歌って私の話は終わり、締めくくりにK町のご住職が虚鐸で「君が代」を吹かれ、お客様と全員で「ふるさと」を歌って、約1時間の会は終了しました。
本堂には冷房がなく、ご参集の20名ほどのお客様はさぞ暑かったと思いますが、皆さん最後まで静かに耳を傾けて下さいました。生徒さんや友人知人の顔がいくつも見えたので、アウェイ感がなく、リラックスしてお話できました。シューマンが大好きだった若い頃(むろん今も大好きです)の情熱を思い出し、さらに、シューマンの魅力を初めて知った高校生の頃の初々しい感動を思い出し、胸の熱くなるひと時でした。最近のリサイタルではバロックや古典のものを中心に歌ってきましたが、またリートが歌いたくなりました。
余談ですが、くだんの若い男女、ご住職の説諭で一旦は落ち着いて出て行ったのですが、道々また女性の方が激高したらしく、男性がビリビリに破れたシャツを首に引っ掛けてふたたび境内に戻ってきました。おしまい。

身体のこと

2017年07月14日 | 日記
忙しくしているうちに今月ももう半分過ぎてしまいました。それにしてもひどい雨でしたね。豪雨被害の地域の方々は、今どんなに大変な思いをなさっていることでしょう。復旧の進捗を祈るばかりです。
一昨日、父が冠動脈のバイパス手術を受けました。しばらく前から息が苦しいと言って喘息の治療を続けていたのですが、この頃とみに苦しがるようになり、検査を受けたところ、何と狭心症とのこと。思いがけない診断で家族一同びっくり仰天(本人が一番驚いていましたが)。冠動脈が2本完全に詰まっていて、残る一本も下半分が詰まりかけとのこと。重篤な状態なのでバイパス手術を勧められ、検査から1週間ほどで手術となりました。朝8時から始まって9時間もの大手術でしたが、お陰様で無事終わり、翌朝CCUに面会に行くと、チューブを何本もつないだ体をベッドから起こし、もうリハビリをさせられていました。これにもまたびっくり仰天。手術からまだ1日も経っていないのです。「痛いんじゃないの?」と訊くと「全身痛い」とうめくように言います。さすがに可哀想になりましたが、筋力が落ちて回復が遅れたり、日常生活に戻れなくなったりすることを防ぐためだそう。昔とは随分変わったものです。
父のような大病とは比べ物にもなりませんが、私もしばらく前から左膝の具合が悪く、整骨院や整体、マッサージなどいろいろ通いましたが、その時は一時的によくなるものの翌日にはまた痛みがぶり返し、とうとう足を引きずりながらよろよろ歩くようになってしまいました。困ったなあと思っていたら、数日前、2年ぶりにレッスンにみえた年配の生徒さん(うちの近所の方)が、「最近この近くにできた整骨院がすごく上手ですよ、私もあっという間に治りましたから、先生、ぜひ試しに行ってみて下さい」と熱を込めて勧められ、藁にもすがる思いで行ってみたら、驚くなかれ私もあっという間に良くなりました。しかも3日経ってもぶり返しません。ここの先生、とても柔和で優しい方ですが、どうもただ者ではなさそうです。治療の合間の説明がとても興味深いのです。左膝痛は漢方で言えば瘀血が原因で、排泄がうまくいっていないこと、水分摂取が足りないこと、あと、私の身体の状態をいろいろ言い当てられ、関節がゆるむ原因、左側に症状が出る原因などを教えて下さいました。自分でできる簡便な体操や手技も教えてもらいました。そして、明日は頭蓋骨調整のセミナー(?)が1時間ほどあり、その中で治療もなさるそうなので、参加することにしました。「吉田さんは先天的に脳の右側が大きいです。これも調整できます」と仰ったので、どんなことをするのか、何だか楽しみです。以前、東京のW先生の紹介で、脳脊髄液還流の手技をして下さる整体に何度か行ったことがありますが、それと似たこともなさるようです。この頃ちょっと声が出にくいんです、と言うと、「片方の足の内側の真ん中にもう片方のかかとを付けて90度の角度にしてみて下さい、左右を変えてみて、安定の良い方で立って下さい、そして片手を心臓にあて、もう片方の手を重ねてみて下さい、これも左右の手を変えてみて、体が伸びる、ひろがる感じがする方にして下さい。そのポーズで1分間直立してみてください。そうすると声が出やすくなりますよ」と。今日試してみたら、あらら、あんなに声が出しにくかったのに、スムーズに歌えるではありませんか!シューマン忌を控えてとても困っていたので、地獄に仏の思いでした。
この続きはまた後日。