わが合唱団の創立15周年コンサートが無事終了しました。
入場無料のホームコンサートなので、お客様にくつろいだ気分で楽しんで頂きたいと思い、バラエティを考えたプログラミングにしました。まずオープニングは、宗教改革500年を記念して、バッハのコラール「主よ、人の望みの喜びよ」をオルガン伴奏とフルート2本の助奏付きで歌いました。続いてア・カペラでドイツ民謡。蛙の歌、小鳥ならば(夜汽車)、かすみか雲か、この山光る、の4曲です。次はドイツの名歌。野ばら、ローレライ、眠りの精、ハイネの詩による3つの民謡。最初の2曲はお客様と一緒に歌いました。眠りの精は女声合唱で、ソロ付きです。休憩をはさんで後半は、ドイツ語の歌詞のついた日本の歌。もみじ、赤とんぼ、荒城の月、田原坂。これも最初の2曲はお客様と一緒に歌い、田原坂は男声合唱で歌いました。次がシューベルトの「ドイツ・ミサ曲」全曲演奏で、これがいわばメインステージです。熊本地震の犠牲になられた方々への追悼の祈りをこめ、オルガン伴奏でしめやかに歌い上げました。そしてクロージングに「ムシデン」。いずれ必ず帰ってくるよ、と恋人に誓って徒弟修業に旅立つ若者の歌です。私たちも次の節目に向かって旅立ちますが、いずれまたコンサートで皆様と再会しましょう、という気持ちをこめました。最後に「恋人よ、さよなら」という歌を歌いながら退場。しめて90分間のステージでした。
あいにくの雨降りでしたが、90名以上のお客様にご来場頂き、アットホームなコンサートになったと思います。打ち上げの席では、「荒城の月」を歌いながら泣きそうになりました、という方あり、今年は西南戦争から140年目ですよね、それで田原坂を選ばれたんでしょう?と仰る方あり(恥ずかしながら全然気が付いていませんでした)、教会の雰囲気にぴったりのオルガン伴奏で宗教曲を歌えてよかった、という方あり、「この数日は、夏休みの終わりに大量に残った宿題を持て余している小学生の気分でした」と仰る新入団員さんもありました。曲数が多かったのと、直前まで曲目や歌い方が変更になったのと、出入りが多かったのとで、皆さんさぞ身も心もアタマも忙しかったことでしょう。伏してお詫び申し上げます。
今回は7名の方が友情出演して下さり、ステマネや録画、照明なども外部から応援をお願いし、たくさんの助力を頂いたコンサートでした。実行委員の皆さんも本当に献身的によくやって下さいました。どんなにささやかなコンサートでも、準備の仕事は無数にあります。前日夜中まで連絡のメールが飛び交い、MCの打ち合わせは当日朝の練習後にまで持ち越されました。肝心の歌の方も、何しろ曲数が多いのに練習日数が少ないので、本番間際まで歌詞の読み方の確認や音取りをしているような状態でした。それでも、アマチュアの方たちというのは本番となると大化けするものでして(笑)、普段の練習のレベルから考えたら信じられないほど良い演奏になり(爆)、指揮者冥利に尽きる思いでした。
とはいえ、小さなアクシデントはいっぱい。1曲目の演奏が終わったまさにその瞬間、指揮者用の譜面台がどすんという音を立てて落ちたり(笑)、ステージ上で並び替えをするはずのところで一旦退場してしまう方がいたり、指揮をしっかり見ていながら全然違うテンポで歌い出す方がいたり。極めつけは、4拍子の曲を3拍子で振り始めてしまった私(-_-;)。それなのに全員一斉に見事なスタートを切ってくれました(爆)。しかも私自身は、自分が拍子を間違えたことに最後まで気づかなかったのです。次の小節から何食わぬ顔で(?)4拍子に戻っていたらしく、打ち上げの席でそれを聞いて我ながらボーゼンとしました。いやはや、人間って、大事なシーンで信じられないようなことをやらかすもんですね。なんて、全人類を自分と同列にしてはいけません。これは完全に私の落ち度です。顔を洗って出直すことにします。
ともあれ、一昨年に刊行した愛唱歌集のお披露目もこれで無事に済み、節目の年に一つの刻印をしるすことができ、肩の荷が降りました。これからも息長く活動を続けていきたいと思います。今後ともどうぞわが合唱団をよろしく。
入場無料のホームコンサートなので、お客様にくつろいだ気分で楽しんで頂きたいと思い、バラエティを考えたプログラミングにしました。まずオープニングは、宗教改革500年を記念して、バッハのコラール「主よ、人の望みの喜びよ」をオルガン伴奏とフルート2本の助奏付きで歌いました。続いてア・カペラでドイツ民謡。蛙の歌、小鳥ならば(夜汽車)、かすみか雲か、この山光る、の4曲です。次はドイツの名歌。野ばら、ローレライ、眠りの精、ハイネの詩による3つの民謡。最初の2曲はお客様と一緒に歌いました。眠りの精は女声合唱で、ソロ付きです。休憩をはさんで後半は、ドイツ語の歌詞のついた日本の歌。もみじ、赤とんぼ、荒城の月、田原坂。これも最初の2曲はお客様と一緒に歌い、田原坂は男声合唱で歌いました。次がシューベルトの「ドイツ・ミサ曲」全曲演奏で、これがいわばメインステージです。熊本地震の犠牲になられた方々への追悼の祈りをこめ、オルガン伴奏でしめやかに歌い上げました。そしてクロージングに「ムシデン」。いずれ必ず帰ってくるよ、と恋人に誓って徒弟修業に旅立つ若者の歌です。私たちも次の節目に向かって旅立ちますが、いずれまたコンサートで皆様と再会しましょう、という気持ちをこめました。最後に「恋人よ、さよなら」という歌を歌いながら退場。しめて90分間のステージでした。
あいにくの雨降りでしたが、90名以上のお客様にご来場頂き、アットホームなコンサートになったと思います。打ち上げの席では、「荒城の月」を歌いながら泣きそうになりました、という方あり、今年は西南戦争から140年目ですよね、それで田原坂を選ばれたんでしょう?と仰る方あり(恥ずかしながら全然気が付いていませんでした)、教会の雰囲気にぴったりのオルガン伴奏で宗教曲を歌えてよかった、という方あり、「この数日は、夏休みの終わりに大量に残った宿題を持て余している小学生の気分でした」と仰る新入団員さんもありました。曲数が多かったのと、直前まで曲目や歌い方が変更になったのと、出入りが多かったのとで、皆さんさぞ身も心もアタマも忙しかったことでしょう。伏してお詫び申し上げます。
今回は7名の方が友情出演して下さり、ステマネや録画、照明なども外部から応援をお願いし、たくさんの助力を頂いたコンサートでした。実行委員の皆さんも本当に献身的によくやって下さいました。どんなにささやかなコンサートでも、準備の仕事は無数にあります。前日夜中まで連絡のメールが飛び交い、MCの打ち合わせは当日朝の練習後にまで持ち越されました。肝心の歌の方も、何しろ曲数が多いのに練習日数が少ないので、本番間際まで歌詞の読み方の確認や音取りをしているような状態でした。それでも、アマチュアの方たちというのは本番となると大化けするものでして(笑)、普段の練習のレベルから考えたら信じられないほど良い演奏になり(爆)、指揮者冥利に尽きる思いでした。
とはいえ、小さなアクシデントはいっぱい。1曲目の演奏が終わったまさにその瞬間、指揮者用の譜面台がどすんという音を立てて落ちたり(笑)、ステージ上で並び替えをするはずのところで一旦退場してしまう方がいたり、指揮をしっかり見ていながら全然違うテンポで歌い出す方がいたり。極めつけは、4拍子の曲を3拍子で振り始めてしまった私(-_-;)。それなのに全員一斉に見事なスタートを切ってくれました(爆)。しかも私自身は、自分が拍子を間違えたことに最後まで気づかなかったのです。次の小節から何食わぬ顔で(?)4拍子に戻っていたらしく、打ち上げの席でそれを聞いて我ながらボーゼンとしました。いやはや、人間って、大事なシーンで信じられないようなことをやらかすもんですね。なんて、全人類を自分と同列にしてはいけません。これは完全に私の落ち度です。顔を洗って出直すことにします。
ともあれ、一昨年に刊行した愛唱歌集のお披露目もこれで無事に済み、節目の年に一つの刻印をしるすことができ、肩の荷が降りました。これからも息長く活動を続けていきたいと思います。今後ともどうぞわが合唱団をよろしく。