昨日は母校の中学校の大同窓会に参加しました。台風の接近でやむなく欠席する人が続出する一方、台風接近で他のイヴェントが中止になったため急遽出席できることになった方もあり、幹事学年のスタッフさんたちはてんやわんやだったようです。本当にご苦労様でした。
平成最後の同窓会、幹事学年は昭和最後の卒業生という不思議なめぐりあわせです。私はこの学校に非常勤として9年間お世話になったので愛着も強く、また大同窓会では例年オープニングに「ハレルヤ」を合唱するので、それも一つの吸引力になって例年参加しているのですが、さすがに今年はどうしようかと直前まで迷いました。マイコプラズマ肺炎がなおり切らず、金曜日に病院を再受診した時にも「1週間前より症状が悪化している」と言われたからです。でも、ハレルヤの指揮をして下さる恩師I先生が「僕の指揮は今年で終わり」と公言されていましたし、伴奏者のKさん(長い付き合いの同級生)も先生と一緒に伴奏を退くと言っていましたから、最後の記念にハレルヤの舞台にだけでも立ちたくて(まだ歌えませんが)、やはり出かけていきました。合唱の時もマスク着用、お食事の時だけ一瞬はずしますが、基本的にはマスク着用のままで2時間を過ごしましたが、恩師の先生方やかつての同僚の先生、また同級生や親しい先輩後輩にも会え、楽しい時間を過ごせました。最後は4部合唱の校歌で締め。歌に始まり、歌に終わるこの同窓会は、歌に出会い、歌を志した中学時代に帰り、人生の原点を思い起こす日でもあります。
1年生の時の担任だった先生がご入院中なので、午前中に友人たちとお見舞いに行く予定だったのですが、行ってみたら病院を移っておられました。ご自宅にお電話して転院先を伺い、友人たちはそちらへ向かいましたが、私は午後からの仕事があったので残念ながら断念。でも、私は行かない方が良かったのかもしれません。また改めて、体調が回復してからお顔を見に行きたいと思います。同窓会にはその先生の奥様も出席しておられ、ご挨拶ができました。奥様は元音楽教師でいらして、先生も音楽がお好きでしたから、ホームルームの時間に「野ばら」や「歓喜の歌」をドイツ語で教えて下さいました。このクラスだったから、私は歌の道に進んだのだと思っています。
この学校は東京でも毎年同窓会を開いているのですが、来月行われる今年の東京同窓会の幹事は私たちの学年です。東京在住の同級生たちを中心に準備が進んでいますが、若い人たちに来てほしいというので甥姪教え子たちに声をかけ、彼らが行ってくれるというので、それでは私もということで、日帰り参加することにしました。4部合唱の校歌を、今年はもう一度歌えます。
散会直前、I先生が私たちの学年のテーブルにやってきて、Kさんに「もう一年だけハレルヤの指揮をすることになった。伴奏を頼む」と仰いました。I先生は腰痛を抱えておられ、Kさんも「歳のせいで手が開かないのよね(-_-;)この曲弾くのはキツイのよ~」とぼやいていましたから(ハレルヤの伴奏はオクターブの中にいくつも音が入っていて、それが終始一貫続くので手に負担がかかるのです)、あまり無理をさせるのは酷なのですが、I先生、来年の幹事学年の卒業生たちに拝み倒された模様(笑)。
今日は台風のため、午前の仕事も午後の仕事もキャンセルになりました。やっと休めます(笑)。
平成最後の同窓会、幹事学年は昭和最後の卒業生という不思議なめぐりあわせです。私はこの学校に非常勤として9年間お世話になったので愛着も強く、また大同窓会では例年オープニングに「ハレルヤ」を合唱するので、それも一つの吸引力になって例年参加しているのですが、さすがに今年はどうしようかと直前まで迷いました。マイコプラズマ肺炎がなおり切らず、金曜日に病院を再受診した時にも「1週間前より症状が悪化している」と言われたからです。でも、ハレルヤの指揮をして下さる恩師I先生が「僕の指揮は今年で終わり」と公言されていましたし、伴奏者のKさん(長い付き合いの同級生)も先生と一緒に伴奏を退くと言っていましたから、最後の記念にハレルヤの舞台にだけでも立ちたくて(まだ歌えませんが)、やはり出かけていきました。合唱の時もマスク着用、お食事の時だけ一瞬はずしますが、基本的にはマスク着用のままで2時間を過ごしましたが、恩師の先生方やかつての同僚の先生、また同級生や親しい先輩後輩にも会え、楽しい時間を過ごせました。最後は4部合唱の校歌で締め。歌に始まり、歌に終わるこの同窓会は、歌に出会い、歌を志した中学時代に帰り、人生の原点を思い起こす日でもあります。
1年生の時の担任だった先生がご入院中なので、午前中に友人たちとお見舞いに行く予定だったのですが、行ってみたら病院を移っておられました。ご自宅にお電話して転院先を伺い、友人たちはそちらへ向かいましたが、私は午後からの仕事があったので残念ながら断念。でも、私は行かない方が良かったのかもしれません。また改めて、体調が回復してからお顔を見に行きたいと思います。同窓会にはその先生の奥様も出席しておられ、ご挨拶ができました。奥様は元音楽教師でいらして、先生も音楽がお好きでしたから、ホームルームの時間に「野ばら」や「歓喜の歌」をドイツ語で教えて下さいました。このクラスだったから、私は歌の道に進んだのだと思っています。
この学校は東京でも毎年同窓会を開いているのですが、来月行われる今年の東京同窓会の幹事は私たちの学年です。東京在住の同級生たちを中心に準備が進んでいますが、若い人たちに来てほしいというので甥姪教え子たちに声をかけ、彼らが行ってくれるというので、それでは私もということで、日帰り参加することにしました。4部合唱の校歌を、今年はもう一度歌えます。
散会直前、I先生が私たちの学年のテーブルにやってきて、Kさんに「もう一年だけハレルヤの指揮をすることになった。伴奏を頼む」と仰いました。I先生は腰痛を抱えておられ、Kさんも「歳のせいで手が開かないのよね(-_-;)この曲弾くのはキツイのよ~」とぼやいていましたから(ハレルヤの伴奏はオクターブの中にいくつも音が入っていて、それが終始一貫続くので手に負担がかかるのです)、あまり無理をさせるのは酷なのですが、I先生、来年の幹事学年の卒業生たちに拝み倒された模様(笑)。
今日は台風のため、午前の仕事も午後の仕事もキャンセルになりました。やっと休めます(笑)。