連載中の「旅日記」に複数の方々からメール、お電話、コメント等を頂いています。直接感想を伝えて下さる方もあり、くみさんのご冥福をたくさんの方が一緒に祈って下さっていることに感動しています。先日コメントを下さったcvtさん、有難うございました。ご希望に沿って非公開にしましたが、お気持ちに心より感謝申し上げます。
昨年くみさんがはるばるドイツから参加して下さった合唱の合宿練習が、今年も昨日から今日にかけてありました。昨年くみさんが泊まられた部屋に今年は私が(同行した父と姪と一緒に)泊まりました。ホールや食堂、外の散歩道、どこに目をやってもくみさんのことが想起されて、今年も一緒にいるような気がしてなりませんでした。
合宿のご報告はまた改めて書くことにして、旅日記の続きを。前回書き忘れたことがありました。S夫妻のお宅での最後の日の朝、S家に電話がかかってきました。ハンニが出て、時折笑い声を立てながら何やら話し込んでいます。電話が終わると朝食のテーブルに戻ってきて、笑いながら「ヴォルフガングがすごく恥じ入っていたわ。「野ばら」の作曲者はモーツァルトじゃなくてウェルナーだった、って。「この歳になって自分の専門分野のことで日本人に誤りを正されるとは、何たる不覚!」ですって。」と(笑)。そうこうしているうちに何とご本人がS家へやってきました。何やら随分古い楽譜の束を持って。「昨日は有難う。お礼と言っては変だが、よかったらこれを日本へ持って帰って使ってくれたら嬉しいよ。不要なら処分して構わないから」と手渡してくれて、「元気で。Alles Gute!」と言って疾風のように帰っていきました(笑)。
さて、日本を発って1週間目の9月15日、エッセンからオスナブリュックへ、さらにバスで40分ほど走った郊外の講習会会場へと移動しました。これから5日間、エマ・カークビー女史の講習会が行われます。参加者は10名ほど、テノールの若い学生さんを除けば全員ソプラノ、そして私以外は全員ドイツ人で、音大生か卒業して数年ぐらいのプロを目指している若い人がほとんどでしたが、趣味で歌っている中年の女性や、ご主人と1歳半のお子さんも一緒に参加している若いカップルなどもいて、全体としては割とリラックスした雰囲気です。初日の夕食後、第1回目のレッスン。小さなホールにチェンバロと大小様々のリュートが置かれています。講師はカークビー女史一人で、伴奏者としてチェンバリストのロベルト、リュート奏者のウルフが待機しています。全員が自己紹介替わりに1曲ずつ歌うことになりました。初日だし、夜でもあるので軽めのリュートソングを歌う人が多く、美しく澄んだノン・ヴィブラートの古雅な響きにうっとりと聴き入ってしまいました。私はもともとこういう歌が好きだったんだよなあ、なんて若い頃を思い出しながら。
カークビー女史の教え方はとても親切で具体的で、必ず良いところをほめてから、実際に歌ってみせながら「ここはこういう風に」と指示します。そして、どうしたらそうできるか、発声上のテクニックを教えるのです。この日のレッスンでは「behind」という言葉が頻出していました。もっと後ろに、という指示です。口の奥を開けて、と。声をもっと上の方へ持って行くように、とも言っていました。「笑った顔はチャーミングだけど、歌う時はにっこりした口もとにはしないで、むしろ口は縦に開けて下さい。唇を横に引くと顎に力が入ってしまいます」とも。ああ、W先生の仰っていたことと同じだ、と思いながら聴いていましたが、受講生たちはその一言でパッと声が変わるのです。「どうですか?」、「ああ、ラクになりました」というやり取りが何度も交わされ、反応がいいなあと感心しました。
最後の方で(あれは年齢順だったのかも)カークビー女史が名簿を見ながら「Rika...?」と私を見て声をかけてくれました。私は今回はメサイアのソプラノソロの曲しか持って行っていなかったので、まずは一番歌い込んでいる「Rejoice, greatly」を歌うことにしました。チェンバロの伴奏で最後まで歌い終わると、カークビー女史が何やら英語で説明を始めました。それまで人の歌に聴き惚れてすっかり失念していましたが、その時になってやっと自分が英語を話せないことにハタと気づきました。「Nein!私は英語がわかりません!!」と叫ぶと、親切なカークビー女史はドイツ語に切り替えて一生懸命説明してくれましたが、彼女のドイツ語は私の英語と大差なさそうです(笑)。何しろ英語は汎世界語だし、ドイツの若い人たちは皆英語ができるので、ドイツでの講習会ではあってもドイツ語しかできない人が参加するとは思っていなかったのでしょうね。見かねた親切な受講生たちがかわりばんこにドイツ語に訳してくれました。それによると、「発声はもう出来上がっています」、「よく準備ができています」、「フルヴォイスで歌わなくてもいいのですよ。バロックはもっと軽く、高音ほど小さく、低音ほど充実した声で歌うのです」、「あなたの英語の発音はドイツ語に近いですね。もっと滑らかにソフトに発音して下さい」、「中間部はテンポを遅くせず、メリスマと声の音色で曲想の変化を表現してみましょう」(これには留保がついて、「この部分を少しテンポを落として歌う歌手も大勢います。試しにイン・テンポで歌ってみた上で、どちらにするかはあなたが判断して下さい」と言われました)、「少し上ずるところがあります。支えを低くしてみて下さい」、「ヴィブラートは極力控えて。声をある程度セーヴした方がノン・ヴィブラートにしやすいですよ」といったことを指摘されたようです。なるほど、バロック音楽はこんな風に歌うのか。そういえばM先生に伴奏して頂いた時も同じようなことを言われたような気がしますが、その時は発声に気を取られ過ぎて、様式感や発音に細心の注意を払うところまで行っていませんでした。今回は人のレッスンを聴きながらどっぷりと古楽の世界に浸っているので、言われることがスーッと体に入ってきます。来てよかったなあ、と思いました。
こうして10時近くまでのレッスンが終わりました。
昨年くみさんがはるばるドイツから参加して下さった合唱の合宿練習が、今年も昨日から今日にかけてありました。昨年くみさんが泊まられた部屋に今年は私が(同行した父と姪と一緒に)泊まりました。ホールや食堂、外の散歩道、どこに目をやってもくみさんのことが想起されて、今年も一緒にいるような気がしてなりませんでした。
合宿のご報告はまた改めて書くことにして、旅日記の続きを。前回書き忘れたことがありました。S夫妻のお宅での最後の日の朝、S家に電話がかかってきました。ハンニが出て、時折笑い声を立てながら何やら話し込んでいます。電話が終わると朝食のテーブルに戻ってきて、笑いながら「ヴォルフガングがすごく恥じ入っていたわ。「野ばら」の作曲者はモーツァルトじゃなくてウェルナーだった、って。「この歳になって自分の専門分野のことで日本人に誤りを正されるとは、何たる不覚!」ですって。」と(笑)。そうこうしているうちに何とご本人がS家へやってきました。何やら随分古い楽譜の束を持って。「昨日は有難う。お礼と言っては変だが、よかったらこれを日本へ持って帰って使ってくれたら嬉しいよ。不要なら処分して構わないから」と手渡してくれて、「元気で。Alles Gute!」と言って疾風のように帰っていきました(笑)。
さて、日本を発って1週間目の9月15日、エッセンからオスナブリュックへ、さらにバスで40分ほど走った郊外の講習会会場へと移動しました。これから5日間、エマ・カークビー女史の講習会が行われます。参加者は10名ほど、テノールの若い学生さんを除けば全員ソプラノ、そして私以外は全員ドイツ人で、音大生か卒業して数年ぐらいのプロを目指している若い人がほとんどでしたが、趣味で歌っている中年の女性や、ご主人と1歳半のお子さんも一緒に参加している若いカップルなどもいて、全体としては割とリラックスした雰囲気です。初日の夕食後、第1回目のレッスン。小さなホールにチェンバロと大小様々のリュートが置かれています。講師はカークビー女史一人で、伴奏者としてチェンバリストのロベルト、リュート奏者のウルフが待機しています。全員が自己紹介替わりに1曲ずつ歌うことになりました。初日だし、夜でもあるので軽めのリュートソングを歌う人が多く、美しく澄んだノン・ヴィブラートの古雅な響きにうっとりと聴き入ってしまいました。私はもともとこういう歌が好きだったんだよなあ、なんて若い頃を思い出しながら。
カークビー女史の教え方はとても親切で具体的で、必ず良いところをほめてから、実際に歌ってみせながら「ここはこういう風に」と指示します。そして、どうしたらそうできるか、発声上のテクニックを教えるのです。この日のレッスンでは「behind」という言葉が頻出していました。もっと後ろに、という指示です。口の奥を開けて、と。声をもっと上の方へ持って行くように、とも言っていました。「笑った顔はチャーミングだけど、歌う時はにっこりした口もとにはしないで、むしろ口は縦に開けて下さい。唇を横に引くと顎に力が入ってしまいます」とも。ああ、W先生の仰っていたことと同じだ、と思いながら聴いていましたが、受講生たちはその一言でパッと声が変わるのです。「どうですか?」、「ああ、ラクになりました」というやり取りが何度も交わされ、反応がいいなあと感心しました。
最後の方で(あれは年齢順だったのかも)カークビー女史が名簿を見ながら「Rika...?」と私を見て声をかけてくれました。私は今回はメサイアのソプラノソロの曲しか持って行っていなかったので、まずは一番歌い込んでいる「Rejoice, greatly」を歌うことにしました。チェンバロの伴奏で最後まで歌い終わると、カークビー女史が何やら英語で説明を始めました。それまで人の歌に聴き惚れてすっかり失念していましたが、その時になってやっと自分が英語を話せないことにハタと気づきました。「Nein!私は英語がわかりません!!」と叫ぶと、親切なカークビー女史はドイツ語に切り替えて一生懸命説明してくれましたが、彼女のドイツ語は私の英語と大差なさそうです(笑)。何しろ英語は汎世界語だし、ドイツの若い人たちは皆英語ができるので、ドイツでの講習会ではあってもドイツ語しかできない人が参加するとは思っていなかったのでしょうね。見かねた親切な受講生たちがかわりばんこにドイツ語に訳してくれました。それによると、「発声はもう出来上がっています」、「よく準備ができています」、「フルヴォイスで歌わなくてもいいのですよ。バロックはもっと軽く、高音ほど小さく、低音ほど充実した声で歌うのです」、「あなたの英語の発音はドイツ語に近いですね。もっと滑らかにソフトに発音して下さい」、「中間部はテンポを遅くせず、メリスマと声の音色で曲想の変化を表現してみましょう」(これには留保がついて、「この部分を少しテンポを落として歌う歌手も大勢います。試しにイン・テンポで歌ってみた上で、どちらにするかはあなたが判断して下さい」と言われました)、「少し上ずるところがあります。支えを低くしてみて下さい」、「ヴィブラートは極力控えて。声をある程度セーヴした方がノン・ヴィブラートにしやすいですよ」といったことを指摘されたようです。なるほど、バロック音楽はこんな風に歌うのか。そういえばM先生に伴奏して頂いた時も同じようなことを言われたような気がしますが、その時は発声に気を取られ過ぎて、様式感や発音に細心の注意を払うところまで行っていませんでした。今回は人のレッスンを聴きながらどっぷりと古楽の世界に浸っているので、言われることがスーッと体に入ってきます。来てよかったなあ、と思いました。
こうして10時近くまでのレッスンが終わりました。