楽曲解析11.さくら横ちょう

2019年09月25日 | 日記
今日から2曲、また日本歌曲が続きます。今日は「さくら横ちょう」。加藤周一の詩で、中田喜直と別宮貞雄が付曲していますが、私は昔から別宮貞雄の方が好きで、今回もこちらを歌うことにしました。

春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう
想いだす 恋の昨日
君はもうここにいないと

ああ いつも 花の女王
ほほえんだ夢のふるさと
春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう

会い見るの時はなかろう
「その後どう」「しばらくねえ」と
言ったってはじまらないと
心得て花でも見よう
春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう


高校生の頃、中田喜直の「さくら横ちょう」が好きな友人が多くて、私も伴奏の練習をしてみたりしましたが、この歌詞がどうもしっくりきませんでした。内容はわかるのですが、書きぶりが何だかギクシャクしていてすっと心に入ってこない感じがしたのです。
かなり経ってから、別宮の付曲の方を本番に乗せる機会があって調べてみたところ、この詩はフランスの詩形であるロンデル形式を日本語の詩でもやってみようという実験的な試みで書かれたことがわかりました。ロンデル形式というのは、2つの四行連+1つの五行連(あるいは六行連)=全13行(あるいは14行)という形で、第1連の最初の2行は、第2連の最後の2行と第3連の最後の1行(あるいは2行)にリフレインになるのだそう。 なるほど、「春の宵 さくらが咲くと / 花ばかり さくら横ちょう」という冒頭2行が、第2連の最後の2行と第3連の最後の2行に繰り返されていますね。
ロンデル形式の押韻は「ABba abAB abbaA」あるいは「ABba abAB abbaAB」だそうですが、この点も抜かりありません。各行末が「と」か「う」で終わっていますが、「とーうーうーと」「うーとーとーう」「うーとーとーうーとーう」で,第3節だけちょっと変則ですが、ほぼ規則通り。音節に関しては、元来のロンデル形式は1行8音節ですが、日本語の定型の五七調を基調としているようです。
なるほど、この形式に当て嵌めて詩を作ろうと思えば、多少のギクシャク感は仕方ありませんねえ。この枠組みの中で言いたいことを言うのは大変です。ヨーロッパの詩にはこういう厳密な形の縛りがあるので、日本のように小学生でも自由に詩を書くというわけにはいかず、小学校ぐらいではもっぱら古典的な名詩をたくさん暗誦させる、と聞いたことがあります。その点、日本は自由律の詩をどんどん書かせたり、俳句や短歌なども子供たちが自由に作りますよね。五七五(七七)ぐらいの字数なら子供でも作れますからね。

さて、この技巧的でありつつ哀愁を漂わせた、「さくら」という日本情緒のシンボルを基調にしたハイブリッドの詩に、別宮貞雄はきわめて日本的な、つまり拍節にとらわれず、横の流れを重視した朗誦調の、「こぶし回し」を多用したメロディをつけました。琵琶法師の語る平家物語もかくやと思わせます(琵琶法師の語る平家物語を聞いたことはありませんが)。別宮はパリ音楽院のダリウス・ミヨーのクラスを受験した時にこの曲を提出して合格したそうですが、その時ドイツのシュトックハウゼンも一緒に受験し、別宮が合格したのでシュトックハウゼンは落とされたのだそう。フランス人の審査員たちは「さくら横ちょう」をいたく気に入り、「あの曲のおかげで合格できた」と別宮は言っていたそうです。私も今ではこの曲が大好きです。

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