ロッコさんの散歩

街を歩く。近くの山に登る。店に入って安くておいしいものを食べる。掘り出し物を見つける。それが散歩の醍醐味。

伊吹山麓を歩いて

2018年12月25日 | その他

青春18切符で近江長岡まで行き、伊吹せんろみちを歩く。伊吹山を見ると山肌が大きく削り取られているのがよくわかるがこれはセメント用の石灰岩を採った跡なのだそうだ。かってその石灰岩を運ぶための専用鉄道があったのが現在はその跡が遊歩道になっているのでこれを歩いてみる。

伊吹山とかっての電柱が並ぶ線路道

 

ダブルトンネル

 

梅林を過ぎ

 

柿畑を過ぎ

 

ここが終点。線路が少しだけ残してあった

 

マンホール

 

全長3.5キロをのんびり歩いてあとは伊吹山登山口まで行くが、今日は山には上らずその先の集落まで行かねばならない。

今年2月に伊吹山に登り、山頂でホワイトアウトに巻き込まれ方向を見失いスタートの登山口に戻れずかなり方向の違う集落に下りてしまったことがあった。その際すでに暗くなった集落の一軒の方に親切にも駅まで車で送っていただいた。そのお礼に伺わなくてはと思いつつ延ばし延ばしにしてしまいすでに年末、年を越す前にけじめをつけておきたいと思ったのだ。

あの出来事のあと、反省の意味も込めて、いったいどういうルートをたどったのか二万五千分の一の地図で検証し、今回グーグルマップでも確認し、助けていただいお宅の場所もだいたい特定できた。幸い本数は少ないがバスの便があったので伊吹登山口からバスに乗りその集落へ行くことにした。最寄りと思われるバス停で降りて表札で覚えていた名前のお宅を目指すとすぐにわかった。

ごめん下さいと玄関を開けるとあの時送ってくださった奥様が出てこられあちらもすぐに「あのときの」とわかっていただいた。伺うのが遅くなったお詫びとお礼を述べ心ばかりの品をお渡しすると、わざわざ来てくれたのだからと自家製の佃煮をお土産に下さって恐縮するばかり。

お宅を辞し駅まで戻り電車に乗る。ずっと気にかかっていた今年のやり残しが解消できたことでホッとすると同時に、改めてあの時の愚行を反省するのだった。

 

 

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今年も締めはジャズで

2018年12月21日 | その他

去年の年末、県立芸術センターでで聴いたオールスター・ジャムセッション。今年も同じメンバーであるというので聴きに行った。

 

今年は20代の女性アルトサックス奏者が加わったがなかなかパワフルな音色だった。奏者、観客とも去年同様、平均年齢が高かった。今の若い人はやはりロックとかJポップスの方が好みなのだろうかな。それとも私が今の若いジャズプレイヤーを知らないだけで聴く方も若い人がいるのだろうか。昔はジャズ喫茶やスポットに若い人も多かったのだが。

さて聴き終わって張り出された曲目を見ると去年と重複する曲が何曲かあった。アンコールも同じじゃないの。ちょっと残念

 

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山男、海に死す

2018年12月11日 | その他

奥穂高岳直下の山小屋、穂高岳山荘の小屋番だった宮田八郎さんが今年4月に亡くなった。特に面識があるわけではないが出身が神戸の灘区ということもあり、いつもブログ「ぼちぼちいこか」を読んでその写真を楽しみにしていた一ファンにしか過ぎないのだが。

仕事柄、山で亡くなるならまだわかるが、伊豆の海へシーカヤックで漕ぎだしそのまま行方不明になり死亡が確認されたと聞いたときはその運命の皮肉さに驚いた。その宮田さんが撮った多くの映像作品の上映会が灘区民ホールであるとのことで観に行った。

 

小屋番として遭難者の救助にも携わり、映像のなかにはその模様を撮った現場の息の詰まるような映像もあったが、そのほとんどは美しい自然の映像だった。雪で白くなった3000Mの稜線の山々、朝焼け、雲海、流れる滝雲、満天の星空の流れ星など溜息のでる美しさだった。登山者として年に何回か山に登っていれば時折は実際に見られるものもあるが、気象条件が整わなくては観られず、そのチャンスは決して多くはない。長期間稜線の小屋にいればこその映像ばかりだった。

こういう自然の作り出す美しさを見てしまうと街で観る電飾がなんとなく薄っぺらな気がしてしまう。もちろんそれも美しいのだが、美しく見えるように造っているのだから当たり前としか思えず心を打つような感動はない。

「虎は死して皮を留める、人は死して名を残す」というが、宮田さんとその残した映像は長く人の記憶に残ることは間違いない。それにしても52歳での早すぎる死は痛ましい。

 

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寒天山道を登る

2018年12月09日 | ちょっと裏山

12月に入っても暖かい日が続いていたが、週末にグッと気温が下がった。冷気に体をさらしてシャキッとしようと山に上がる。今日は久しぶりに寒天山道を上がってみようと渦森台までバスで上る。ここまで車で上がるとすぐに登山道に入れて効率的かつ手抜き。

日曜の朝の渦森台公園。誰もいない。渦森台もできてからかなりの歳月を経て、住民も子育て世帯から高齢者世帯に代替わりしているようだ。

 

確かに気温が低い。上っていてもほとんど汗をかかない。途中油コブシに合流して六甲ケーブル頂上駅に着く。バスに乗ったおかげで1時間10分ほどしかかからなかった。

記念碑台の自然保護センターで観たいものがあるので車道を歩いていく。途中、かっての登六庵跡に新しくできたカフェで昼食。この前通った時は観光客が多くて遠慮したが、さすがにこの季節は殆どがハイカーだ。中では薪ストーブが燃えているが、標高800M まで上がると十分暖かいとはいえないほど気温が低い。

記念碑台にある自然保護センターでは加藤文太郎関連の展示をしているでこれを拝見

 

新田次郎の作品「孤高の人」で有名になった兵庫県浜坂町出身の加藤文太郎。昭和初期、神戸で会社勤めの合間に登山をするようになり六甲山もよく歩いたようだ。早朝須磨の自宅を出て今の六甲全山縦走路を歩いてまたその日のうちに戻ってきたというのだからその健脚力はこれぞ半端ない。

年譜によれば活動時期の後半は主に北アルプスの厳冬期登山に挑み、昭和11年の1月に槍の北鎌尾根で落命。享年30歳。

現代のように軽い装備があるわけじゃなし、重い装備で冬山に入っていたことを思うと、もし現代に生きていればどんな山行をしていたことだろうと想いを馳せる。

 今日は寒くていったん建物の中で温まっていたら外へ出るのがつらいなと思ってしまうが文太郎さんに怒られそうなので外へ出て歩き出す。

丁字ヶ辻からダイアモンドポイントを経て三国池に向かう。寒いはずだ、水たまりの水が凍っている

 

冬枯れの三国池

 

掬星台から山寺尾根を降りる。以前痛めた右足首が急こう配の下りで痛み、利き足の踏ん張りがいまいち。細心の注意で降りる。

標高を少し下げると寒気も緩み、山にはまだ秋の雰囲気が残っていた

 

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住吉川散歩

2018年12月03日 | 散歩

今年も追い立てられるように師走になってしまった。とはいえ急用があるでなし、今日も住吉川沿いを散歩。

冬になっていつの間にかカモの到来が増えている。河口にかなりの数が集結している。

 

中州にはアオサギやカワウもいるようだ

 

左カルガモ、上オナガガモ、下ヒドリガモ。このカモ三種、外見は明らかに違うが特徴としては東京人、名古屋人、大阪人くらいの差か、それとも日本人、中国人、韓国人くらいの違いがあるのだろうか

縄張り争いなどするのだろうか。見たところ仲良さそうに泳いでいて気分が和む

 

毛づくろいしたり、頭を水に突っ込んだり、羽ばたいたり、観ているとほんとうにかわいい。飛べないのなら1羽さらってベランダのたらいで飼いたいくらいだ

 

見上げるとイチョウの枝でアオサギが睥睨している

 

 この辺り、まだ秋の様相

 

 

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