夢七雑録

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板橋区の旧粕谷家住宅を訪ねて

2018-12-02 07:54:31 | 東京の文化財

都指定有形文化財(建造物)で板橋区登録有形文化財(建造物)である旧粕谷家住宅については、当ブログでも東京の古民家めぐりの記事として既に取り上げているが、当時は修復工事中であったため入れなかった。その工事も既に終了し一般公開されているということなので再訪してみた。旧粕谷家住宅(板橋区徳丸7-11-1)は月曜と年末の休園日を除き無料で公開されており、最寄り駅は都営三田線の高島平駅になる。

旧粕谷家住宅は徳丸脇村名主粕谷家の浅右衛門が隠居した時に建てられたと伝えられているが、柱の墨書から建立年代が享保8年(1723)であることが明らかで、関東では最古級の古民家と考えられている。この家には粕谷家の別家が、必要な改修を行いながら平成に至るまで代々住み続けており、敷地の範囲は時代により変わってはいるものの、家の位置は当初のままと考えられている。今回の修復工事では建築当初の形に復元することを目的としており、以前の旧粕谷家にあった縁側も撤去されている。旧粕谷家は茅葺屋根で、南側と西側には軒が深く出ている。建物正面にある竪格子付のしし窓は、この民家の古さを物語るものという。

旧粕谷住宅は南向きで、建物の東側はダイドコロと呼ぶ土間になっている。写真は土間の天井である。土間にはカマドや水場が置かれている。井戸は建物の外、南東側にあったそうである。

建物の中心にあるヒロマ(広間)は3間四方の広い板敷きで、土間との境には三本の大黒柱が建っている。写真は土間から見たもので、板敷きのヒロマの向こうには、畳敷きのツギ(次)の間が見える。

ヒロマの北側には板敷のオカッテ(お勝手)があり、囲炉裏が備えられている。写真の左、ヒロマの北西側にあるオシイタ(押板)には、祈祷札などが取り付けられていたらしい。

12畳の畳敷きのザシキ(座敷)には床の間が設けられ、この家の格式を示している。天井は棹縁天井で長押を回し、ツギ(次)の間とは襖と欄間で仕切っている。

ザシキ(座敷)から10畳の畳敷きのツギ(次)の間を見る。庭には屋敷神の祠が祀られている。旧粕谷家住宅は村のほぼ中心に位置し、西側には安楽寺、南には天神(北野神社)がある。

旧粕谷住宅からの帰途として、安楽寺から北野神社にまわり、徳丸通りを南に行けば東武練馬駅に出られるが、今回は前谷津川の跡をたどり水車公園を経て下赤塚駅に向かう。水車公園には日本庭園が造られており茶室もある。公園内にはその名の通り水車が造られていた。

 

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