熊澤良尊の将棋駒三昧

生涯2冊目の本「駒と歩む」。ペンクラブ大賞受賞。
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回想記・その2、「駒づくりを楽しむ会」のたちあげ

2020-08-07 21:12:51 | 文章
2、回想記・その2  「駒づくりを楽しむ会」のたちあげ
 
 ノウハウもよく知らず、初めて作った盛上げ駒は、はからずも南口先生により「無双」と銘名された。そして、時の名人・九段との公開記念対局に使われるなどは考えもしなかったことで、幸運だったとしか言いようもなく、当日は一般観客に交じって天にも昇る心地で観戦。そのことが、次には本物正真の盛上げ駒を作ろうと思う私の心を強く後押しました。
 続く2作目は、1作目とともに大阪の盤屋さんから入手した駒木地で作り、3作目は京都のツゲ櫛屋さんが昭和16年に伐採したという根っこのツゲの塊から作りました。
 とにかく良いものを作りたい。参考にするのは、タイトル戦やプロ棋士が日頃の対局で使っている駒。有名専門店奥に大切にしまわれている高級駒江戸時代大名家博物館が収蔵している将棋駒。収集家が秘蔵する門外不出の駒など。それらをできるだけ数多く見るところから行動を開始した。
 一方、駒が載っていそうな将棋本や図録にも手を広げた。その中の一つ、至文堂「日本の美術・遊戯具」に収められた400年前の「水無瀬駒」には、ただならぬものを直感。紆余曲折はあったものの、駒が遺されている水無瀬神宮訪問を許されて拝見することができた。そのことが、以後の私の駒づくりのバックボーンとなったのだが、水無瀬神宮と水無瀬駒については、項を改めて述べることにします。
 
  やがて、南口先生の計らいもあり大山名人とも知己になり、大山名人の私設秘書的存在だった近代将棋誌の永井社長とも知り合って、同誌の表紙に私の作品が取り上げられるなどしたことで、世間では私の駒づくりが知られるようになった。 
 「駒づくり」の連載話が持ちあがったのもこのころで、それを契機に「駒づくりを楽しむ会」を思い立ち、「駒づくりは面白い、貴方もどうですか」と将棋ファンに呼び掛けたところ、各地より入会希望者が続出。連日10人20人30人と返事を書く日々が続いた。
 
 当時、タイトル戦で使われる駒の上物作りは、木村名人の実弟・木村文俊さんと金井静山さんの二人のみ。いずれも70才を超える高齢で先行き高級駒の供給が危惧される状況だった。そのあとに続く人は、品質と人気でやや差がついていて、これからの駒づくりは、趣味の駒づくりで底辺を拡げることだと思った。 そんな時に、たまたま私が駒を作り始めたのは、偶然の成り行きであった。
 しかし、底辺を拡げる行為はことさらに自分のライバルを作ることでもあり、葛藤もあった。だが、これからのことも考えて熟慮の末、止む無しとの結論に至り、駒づくりではだれにも負けないぞと心に秘めて、「駒づくりを楽しむ会」の発足に踏み切った経緯があります。
 
 「駒づくりを楽しむ会」での活動は、
①、会報の発行。
②、初心者のための講習会の開催。
③、会員が作った作品の発表の場を作る。
⑤、希望者へ、道具と材料となる駒木地の販売。
 など以上でした。
 会報は年4回、8ページほど。駒づくりのノウハウはもちろん、駒の話題や会の催し予告など。最初はすべて私の手書きだったものが、やがて投稿してくれる人が現れて大いに助けられた。
 手始めの講習会は、東京・名古屋・大阪の3か所で開催。それぞれ20人ほどが参加して、後の木村香順さん親子や、増山酔棋さんなどが顔がありました。
 第1回の作品展示即売会は、昭和52年8月、作品数30点余りを集めて大阪上六の近鉄百貨店将棋まつりで開催。続く第二回は東京池袋の西武百貨店将棋まつりで開催。この時は、大山名人はじめ原田九段・大内九段など多くの先生方の来場もあって、会場は大いに盛り上がった。
 
 材料とする駒形木地は事前に50組を準備したものの、入会者続出で、ひと月も持たずに底をつく有様で、急遽、追加作業に追われ、自分自身の駒づくりどころではなくなり、そんな日々が数か月続いた。 
 会費は年間3000円を貰い受けた。やがて1年もすると、入会者は3百人に膨らんで、もうやめられないと思った。 かくして「駒づくりを楽しむ会」は、当初の思惑以上に順調に経過したものの、一抹の葛藤も抱えていた。それは、私自身が将来、駒づくりのプロになる願望があって、プロになろうとする者がいつまでも趣味の駒づくりを奨励していてもいいのか、という疑問でありました。
 
 一方、駒の調査研究と資料収集は引き続き続行して、北は山形県酒田市の美術館、南は熊本県熊本市にある加藤清正ゆかりの本妙寺と。成果は都度、会報誌のほか、将棋世界や将棋賛歌枻(えい)などの将棋雑誌にレポートして、勝ち負けだけではない将棋文化の一端を探求できることに生きがいを見つける嬉しさが続きました。
 
この続きは「回想記・その3」へ。

 
 
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駒の写真集

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