どこでも同じことかと思うが、私の住むところでは、市の健診というのがあって、毎年、生まれ月になると、その旨の通知書が来る。特殊な検査を除くと、一般的なものは無料である。昨日(18日)家人が検査結果を聞きに病院へ行ってきたが、コレステロールとγーGTPが高いという結果だった。私のことではない。私ならば少量とはいえ、夜毎に酒を呑んでいて、その累積でGTPが高くてもうなずける。しかし、家人はアルコールに関しては誰かの誕生日か、うんと暑い夏の日の夜にグラス1杯のビールを口にするぐらいのものだ。コレステロールの方も、ごく平凡な3食で、特に偏食ということもない。 家人は甘党だが、それが2つの高値に結びつくとは考えにくい。 ドクターも別に食事に関しての注意はしなかったようだが、つまりは、原因不明であるのだろう。 私はコレステロールに関してはドクターが驚くほどに善玉が多い。GDPの方はギリギリのセーフで、数値は家人を下回る。 2人とももう肥満体ではなく、私は明らかな運動不足だが、家人は週2回の体操会に参加するほど元気だ。家人が健康値に戻るためには、毎日を気楽に~がいちばんだと思っている。それができるような鈍感力は充分にあるだろう。
今朝(19日)のラジオで、「相撲は、テレビよりラジオの方が展開を想像するので、頭の運動によい」「テレビドラマより、天気予報を聞く方が(自分と関係があるので)頭の体操になる」と言っていたが、そうだろうか。相撲は力士の表情がテレビの方がわかる。この表情の変化、立ち合いに向けての気持ちの集中といったことをラジオで伝えるのはムリがある。天気予報で自分に関係があるのは、主婦たちが洗濯ものを干すときのこととか、サラリーマンが帰宅する頃に雨になりそうだというような事々、つまりはごくわずかな部分でしかなく、たとえば朝の時間なら『マッサン』を観る方が脳は活発になるのではないか。私はボケ防止に最も効果があるのは、脳を刺激することだと思っていて、そのために競馬と株にそれを求めている。この2つには金銭欲が絡んでいるが、もちろん刺激は充分にある。この話をすると、蕪と競馬では(金額に)差があるのではないかと言う友人もいるが、そのことはあまり問題ではない。株には株の、競馬には競馬の、それぞれにアタリ・ハズレがあり、アタリのおもしろさと喜びは、金額とはあまり関係なく、充分に脳を活性化してくれる。 1円の賭けすらしていないテレビゲームの麻雀でも全力を尽くす。昔とった杵柄というか、まだまだ相手の手は読めるし、プロ(ソフトはかなりハイレベルにできている)と戦っても互角以上の成績だ。 認知症予防法の最大の要素は、愉しくおもしろく、かつ刺激があることだと確信している。
昭和48年(だったと思う)のセンバツ高校野球でのファンの目は、1人のピッチャーに注がれていて、その投手は作新学院の江川卓君だった。彼の速球は高校生では打てないとまで言われていた。作新は抽選で、なんと開幕ゲームのクジを引き、相手は有田二三男投手のいる大阪北陽高だった。そしてそのゲーム、作新は、5対0で勝利し、2回戦でも柳川高校を江川が完封。この時点で誰もが作新の優勝、もしかすると江川が全試合を0点におさえるのではないかといった予想が飛び交った。 しかし、私は(なんとなく)作新の優勝はないような気がした。なんとなくであるから確たる根拠はない。つまりは、カンであり、友人達や酒場の知り合いにも、そのことを話して笑われた。作新が負ける、江川君が打たれるというのは想像しにくいが、こういうときには何か落とし穴があるのではないかと、私のアンテナが動いた。そのカンが的中する。作新は広島商業の3塁スチールという奇襲で失点し、味方の打線も江川を助けられなかった。 私は自分の予感が当たったことが残念だった。私もまた江川君の快投を決勝戦まで観たかったのだ。 以上は私のセンバツにおける最も思い出に残るゲームである。今年もまた次の土曜日から甲子園が沸く。注目は、県岐商の高橋投手で、彼にもまた少なくとも準決勝までは残ってほしいと思っている。7
大相撲9日目の妙義竜 対 照乃富士は、見ごたえがあった。がっぷり四つに組んでの再度の引き付けあい、寄りあい、最後に照乃富士が怪力で寄りきった。照乃富士は顔が好い。モンゴルのケンカ少年であり、番長であり、硬派である。どこの社寺にあるのか、金剛力士像というのをテレビで観たことがあるが、怖い顔をしている。照乃富士も立ち合いから顔面を朱に染めるが、勝負が終われば穏やかというか呑気そうな表情に戻る。 それにしても剛力である。快いパワー相撲である。四つに組めば向かうところ敵無しとなるには、まだ時間が要ると思うが期待は大きい。剛力力士の弱点の第一は女性である。といっても女遊びに溺れるのではない。硬派の男性というのは絶対に弱い者いじめをしない。むしろ弱い者をかばう役にまわることが多い。しかし、女性には弱く、女性相手の場面ではすぐに照れてしまうのだ。 照乃富士が照れ屋であることは間違いない。 彼が女性を前に大照れに照れている場面は、いい絵になるから、テレビコマーシャルに使える。 大相撲のよきスポンサーである永谷園さん、どうだろう? 剛力力士 照乃藤の顔を真っ赤にさせるのは、名前がピッタリの剛力彩芽ちゃんがいい。
表題の言葉については、以前に「この奇妙な丁寧語は、国会の質疑応答には似合わない」と書いたことがある。政治家で多用したのは鳩山由紀夫氏であり、それに続いたのが石原伸晃氏だった。鳩山氏は音羽御殿で育ったお坊ちゃんであり、石原氏も幼稚舎からの慶應坊やだから、そのぐらい御丁寧であってもいいのかもしれぬが、「今の国会に提出させていただいている〇〇法案」は、単に「提出している」で充分ではないだろうか。そして、このいいかs田は多方面に広がっている。 先の日曜日のテレビの競馬中継の中に、若い女性タレントが厩舎を訪問する場面があって、女性が或る1頭の馬を目の前で見たのだろうと思うが、「〇〇(馬名)に会わせていただいて」と言ったのには驚いた。いかに名馬であろうと、相手はウマである。彼女は、同じ4ツ脚の豚を豚舎で見て「丸々と肥った豚に会わせていただいて」と語るのだろうか。 丁寧な話し方というのはいいものである。しかし、それが過ぎると上品さが消えてしまうし、むしろ滑稽味を帯びることになる。 ヨソの家へ遊びに行って、そこの主婦が「この餃子、私が焼かせていただきました」と言ったら、畏れ多くて箸が出ないと思う。