大木昌の雑記帳

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岸田首相の訪米(3)―理念なき軍事化と対米過剰依存の危険性―

2024-05-07 07:45:38 | 国際問題
岸田首相の訪米(3)―理念なき軍事化と対米過剰依存の危険性―

今回の訪米の主目的は日米首脳会談と、それに基づいて「共同声明」を内外に発表することで、
その要点はこのブログの前回と前々回に書きました。

今回は、日本の首相の訪米に合わせて行われた岸田首相、フィリピンのマルコス大統領、バイデ
ン大統領の三者会談の「共同声明」と、今度の訪米全体の意義と問題点を包括的に検討します。

会談後の日比米首脳による「共同声明」の要点は以下の通りです。

(1)日比米は「自由で開かれたインド太平洋と国 際法に基づく国際秩序というビジョン」に
よって団結しており、南シナ海における中国の危険かつ攻撃的な行動に深刻な懸念をいだいて
いること、また尖閣諸島を含む東シナ海での一方的な現状変更の試みに強く反対する。また、
世界の安全と繁栄に不可欠な要素である台湾海峡の平和と安定の重要性を確認 し、台湾に関す
る我々の基本的立場に変更はないことを認識し、両岸問題の平和的解決 を促す。

(2)日比米は、多様なサプライチェーンに投資し、強じん性、持続可能性、包摂性、経済成
長、公平性及び競争力を推進するべく、インド太平洋経済枠組み(IPEF)の継続的な進展
を 支持する。

(3)日比米三か国は、フィリピンにおけるエネルギー需要に対応するため、太陽光や風力に
加えて、クリーンエルギーとして安心で安全な民生用原子力の能力構築に関するパートナーシ
ップの拡大を追求する。

なお、上記(1)について補足しておくと、岸田文首相はすでに2023年11月3日、フィ
リピンのマルコス大統領との会談で、中国を念頭に東・南シナ海情勢への深刻な懸念を共有し
ました。両首脳は、米国も含めた安全保障協力の強化を確認済です。中国の急速な軍拡を受け、
同盟国米国以外にも「準同盟国」の輪を広げたい双方の思惑が一致しました(注1)。

今回の日比米会談後の「共同声明」では、今後一年以内に、日比米三か国の海上保安機関は、
相互運用性を向上し、海洋安全及び保安を推進するため、インド太平洋において三か国間海上
合同訓練及びその他の海上活動を実施し、日比米海洋協議の立上げを発表するとしており、ま
すます日比「防衛同盟」の意味合いが強くなったといえます(『東京新聞』 2024年4月13日)。

合同軍事演習に加えて、「(日比米)三か国間の防衛協力を推進することを決意する」とも明記
しているので、日本も事実上フィリピンとの準防衛同盟を結ぶことを意味しており、それは同
時に、フィリピンと中国とが衝突した場合には、日本も巻き込まれることをも意味します。

いずれにしても、今回の日米会談によって、アメリカ、日本、韓国、フィリピン、AUKUS
(アメリカ、オーストラリア、イギリス)が中国封じ込めのための安全保障の同盟あるいは準
同盟の輪が出来上がったことになります。

以上で日米、日比米会談の「共同声明」の中の、主に安全保障に係わる問題に焦点を当てて整
理してきました。以下にこれらを含めて、岸田内閣の安全保障政策を広く俯瞰的に検討します。

私は岸田首相から、これからの日本はどうあるべきか、どのような国にしたいのか、という政
治家にとっての最も基本的な国家観や、国民と共有できる理念についての発言を聞いたことが
ありません。

岸田氏が首相になった時、記者に「首相になって何をしたいですか」という質問に対して「人
事をやりたい」と答えたことは良く知られています。つまり権力で人を動かしてみたいという
ことです。

私には、岸田氏にとっては(総理大臣)でいること自身が目標ではないか、とさえ思えます。

しかも、武器・兵器の米国からの爆買いによって、どれだけ現実に日本の防衛力が高まるのか
についての厳密で合理的な検証がなされてきませんでした。

理念がないだけでなく、重大な政策を国会での議論や国民への説明など、民主的な手続きを経
ないで閣議決定してしまいます。

たとえば、「日米共同声明」で日米軍事協力の強化に合意したことになっています。この合意内
容は岸田政権が2022年12月に改定した国家安全保障戦略に沿ったものですが、同戦略自体は国
会の議決も国民の審判も受けてはいません。

同様に、米国との軍事一体化を国民的な議論を経ず既成事実化しようとします。たとえば、殺傷
能力のある武器の輸出を一部解禁し、迎撃用地対空誘導パトリオットの対米輸出を決めています。

日米の軍事一体化に際して、指揮権は日本とアメリカがそれぞれ独立して持つ、とされています
が。有事にはそれは非現実的です。

以前、湾岸戦争(1991年1~2月)の時多国籍軍が編成されたら指揮はすべて米軍の司令官
が握っていました。これを考えれば、日本が米軍の指揮の下に入らずに行動することは事実上で
きません(『東京新聞』2024年4月12日)。

国会の関与も国政選挙もなく(つまり民主主義的手続きを経ないで)、平和憲法の理念を形骸化さ
せる政策転換は許されるものではありません(『東京新聞』2024年4月12日「社説」)

日米首脳会談に先立って、岸田首相は日本とイギリス、イタリアの三か国で共同開発する次期戦
闘機の第三国への輸出解禁を国会に諮らずに与党の密室協議で閣議決定してしまいました(『東京
新聞』2024年4月26日)。

このような、国権の最高機関である国会を無視し、憲法の理念をないがしろにすることは民主主
義の破壊であり、安倍元首相の安保法制以来、自民・公明の政権与党によって常態化しています。

日本政府はことあるごとに、「自由と民主主義という価値を共有する」「法の支配」という表現を
慣用句のように用いますが、実態は言葉から遠く離れ中身が空っぽです。

岸田首相はなりふり構わず、民意も無視して軍事化に走っていますが、そこにも何らかの理念や
構想に基づいているとも思えないし、それによって日本の安全がより強固になることも検証され
ていません。

むしろ、アメリカからの要請を忖度して軍備を増強している感じがします。

では、今回の訪米において岸田首相は、日本はどう世界の平和構築に貢献するべきか、といった
理念やメッセージを提示できたのでしょうか?私には、むしろ逆で否定的な姿勢しか感じられま
せん。以下に主な問題点を挙げておきます。

1.ウクライナ・ガザ・パレスチナ問題のダブルスタンダード
同志社大の三牧聖子准教授 は「米国を国際秩序の盟主としてのみ見るのは一面で古い価値観だ」
と首相の基本的な世界観に疑問を投げかけます。

首相は、米国議会でのスピーチでロシアのウクライナ侵攻で支援を呼びかける一方、イスラエル
によるパレスチナ自治区ガザへの攻勢には触れませんでした。三牧氏は「ガザに関しては法の支
配を乱しているのはイスラエルであり、支援する米国だ。演説で敢えてガザに触れないことで、
米国の耳が痛い問題には触れない日本の姿勢を世界にさらしてしまった」と批判しています。

さらに、「イランを批判する一方で、ガザの市民を巻き込むイスラエルの軍事行動を批判しない欧
米は、アラブやグローバルサウスの国々(新興工業国)には二重基準に映る。米国が負の歴史を
持つ中東では、日本は米国とは距離を取った外交が求められているはずだ」とコメントしていま
す(『東京新聞』2024年4月16日)。

岸田首相は、アメリカばかりを気遣っていますが、これからの世界の動向はアメリカや欧米のG7
だけでなく、グローバルサウスも大きな発言力を持つようになります。

このような状況を考えると、アメリカのダブルスタンダード(二重基準)に同調する日本は、グロ
ーバルサウスの国々から尊敬され信頼されなくなるでしょう。

2.核兵器廃絶へのメッセージの弱さ
日本が世界に向かって世界の平和にたいして貢献できるテーマに、唯一の被爆国として核兵器の廃
絶があります。

広島を選挙区とする岸田首相は「核なき世界」を持論としています。「共同声明」では両国がその実
現への決意を共有すると表明しましたが、ただ申し訳程度にふれただけで具体的な中身には触れてい
ません。

長崎大学鈴木達治郎教授(原子力政策、有識者グループ座長)首脳会談直前にグループの見解として
「いままでやってきたことの繰り返しでしかない」と切り捨て、「首脳会談の場で、すべての核保有国
と核の傘の恩恵を受ける国が『核の不使用継続』の理念を共有すべきだ」との宣言を岸田首相に求め
ました。

鈴木教授によれば、米中の間で「日本は特別な役割を果たすことができる」のに、「共同宣言」では逆
に日米のパートナーシップを強調し核抑止論への依存をさらに高めるというメッセージ」になってしま
っている。「被爆国の日本が核保有国と非保有国との核軍縮の議論の場を提供することを期待したが、
正直残念だ」と苦言を呈しています(『東京新聞』2024年4月16日)。

3.平和構築への貢献はあったのか
残念ながら「共同声明」では中国への脅威と対決姿勢がことさら強調し、「平和構築の努力が見えないま
まAUKUSや日米豪印のクワッドなど米国主導の対中国包囲網は強化が進んだ」と言えます。

前出の三牧氏は「対中強硬論には具体的な対応が次々と出てきたが、中国との対話については具体案がな
い。その陰で米国は、経済的な依存を意識した対中外交をしている。隣接する日本は中国とはさらに複雑
な関係を構築しなければならない」、と述べています。

アメリカは経済的相互依存を意識した対中外交を続けています。つまり一方で中国との対決姿勢を見せな
がら、自国の利益のために常に中国との交渉を行っているのです。

例えば、つい最近もブリンケン国務大臣は習近平首相と、イーロン・マスク氏は中国経済閣僚と北京で直
接に交渉しています。

日米では利害関係が異なるのに、日本が必要以上に中国脅威論を強調し中国包囲網を主張していると、日
本だけが中国関係で不利益を被ることになりかねません。

本来は、中国が脅威であればあるほど、軍事的に対抗しようとするのではなく、まず外交努力によって平
和構築を目指すべきでしょう。

私は、今回の訪米全般をつうじて岸田首相のアメリカに対する思い入れが、尋常ではないとの印象をもっ
ています。

「共同声明」は拘束力をもつので、その発表のスピーチで露骨にアメリカ礼賛することはできませんでし
たが、米国上下議会でのスピーチで次のように、議員に語りかけます。

    ほぼ独力で国際秩序を維持してきた米国。そこで孤独感や疲弊を感じている米国の国民の皆様に、
    私は語りかけたいのです。
    そのような希望を一人双肩に背負うことがいかなる重荷であるのか、私は理解しています。
    世界は米国のリーダーシップを当てにしていますが、米国は、助けもなく、たった一人で、国際
    秩序を守ることを強いられる理由はありません。
        (中略)
    皆様、アメリカの最も親しい友人、トモダチとして、日本国民は、自由の存続を確かなものにす
    るためにアメリカと共にあります。ほぼ独力で国際秩序を維持してきたアメリカ。そこで孤独感
    や疲弊を感じている米国の国民の皆様に、私は語りかけたいのです。
        (中略)
    皆様、日本は既に、アメリカと肩を組んで共に立ち上がっています。
    アメリカは独りではありません。日本はアメリカと共にあります。

議会でのスピーチの原稿は、大統領のスピーチライターを務めたことがあるアメリカ人に依頼したそうです
が、上記のような無条件の礼賛ぶりは、日本人として恥ずかしくなりませんか?

「トモダチ」という言葉は、あたかも日本は同志としてアメリカと対等の立場にいて、まるでアメリカを支
えつつ共に世界の秩序を維持するために闘うような印象を与えます。

しかし実態は対等とは程遠い状況です。たとえば、日米地位協定による米国軍人の治外法権的な不平等協定、
横田空域と呼ばれる首都圏を中心とした空域が米軍の支配下にあること、「寡婦製造機」と呼ばれるほど事故
が多い危険な航空機(オスプレイ)を輸入している(実は買わされている)のは日本だけであること、本当
に必要であるかどうかわからない兵器の米国からの爆買い、横田基地から流出したと思われる有害物質PF
AS(フッ化化合物)の問題などなど、数え上げればきりがないほど日本は不利な立場に置かれています。

私には、日本はアメリカの植民地ではないかと思われるほど従属的な状態に置かれていると感じられます。

しかも、イラク戦争の例を挙げるまでもなく、アメリカが判断を誤れば、国際情勢に深刻な影響を及ぼしま
す。もし、日本はアメリカの最も親しい友人と胸を張るなら、たとえアメリカにとって耳の痛い話でも、ア
メリカが独善的な行動に走る場合には誤りを正し、修正を促す役割があります。

岸田首相の「日本国民はアメリカと共にある」との呼びかけは、アメリカに常に追従し、軍事・財政負担の一
層の用意があると受け取られかねません(『東京新聞』2024年4月12日 「社説」)。

岸田首相は、防衛予算をGDPの1%から2%に倍増させ、23年から5年間の防衛予算を43兆円へ大幅
に増額、敵基地攻撃能力の保有に舵を切ったことを示し、「アメリカは独りではない」などと日本が米国を支
える姿勢さえ強調しました。

日本はアメリカのトモダチで「肩を組んで共に立ち上がり」「日本はアメリカと共にある」などと見栄を切っ
ていますが、その防衛費のために日本国民はさまざまな形の税負担が増え、福祉や教育など国民生活に直結す
る予算が削られて苦しんでいます。

たとえて言うと、重厚な鎧を身に着けて、見かけだけ勇ましく見せてはいるが、鎧の下ではやせ細った体(国
民)が不相応に重い鎧の重圧に苦しんでいる、という状態です。

日本の軍事・経済的実力は「アメリカと共に」、とか「アメリカとを組んで立ち上がる」ことなど到底できない
ほど小さく、G7の一員でいることが恥ずかしい状態です。

岸田首相の異常なまでのアメリカ礼賛は、裏返せば彼自身の日本や世界の平和と秩序にかんする理念や長期的
展望がなく、それを全てアメリカにゆだねていることを物語っています。


(注1) 『東京新聞』(2024年4月13日);Jiji.com (2023年11月04日07時07分)
     https://www.jiji.com/jc/article?k=2023110300468&g=int;
(注2)(2023年1月2日 https://web.tku.ac.jp/~juwat/journal5-199.html)
    『情報労連 Report』(2023/08/16 http://ictj-report.joho.or.jp/2308-09/sp02.html)


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